デンマンが日々思ったこと考えたこと感じた事を書きます。


by denman705
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

バカな大人にならない(PART 1 OF 3)


 

バカな大人にならない(PART 1 OF 3)

 


(baka912.jpg)


(ireba03.jpg)


バカなおとなにならない脳


(ijime.jpg)

ぼくたちが生きている複雑な世の中で、人間にとって、もっとも必要な能力といったら、他人を理解する能力、そして相手にものを伝えて、逆に相手からものを伝えてもらう能力だ、ということはわかるでしょう?

つまり、言葉の能力と、それから相手の気持ちを察したり、見抜いたりする能力。

この二つが、人間にとってとてもだいじ
だってことは、思い当たるでしょう?

で、その能力がない人が、しばしばバカって呼ばれるよね。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
イラストはデンマン・ライブラリーより)




31ページ 『バカなおとなにならない脳』
著者: 養老猛司
2011年7月15日 初版第1刷発行
発行所: 株式会社 イースト・プレス





(ohta03.png)

デンマンさん。。。。 今日 オイラを呼び出したのは、もしかして。。。、もしかして。。。、オイラが“バカなおとなの脳”を持っているからですかァ~?


(kato3.gif)

オマエも、自分で そう思うのォ~?

いいえ。。。 そう思ってないから、デンマンさんに尋ねているのですよ。。。

やっぱり、オマエは“バカなおとなの脳”を持っているのだよ。

どうして、そのような根も葉もない事を言うのですか?

根も葉もあるのだよ! オマエには言葉の能力と、それから相手の気持ちを察したり、見抜いたりする能力がない!

その証拠でもあるのですか?

これまでに、何度も何度もオマエに見せたじゃないかァ~! 次の文章はオマエが書いたものなんだよ!




私は、この曲集を書き終えたとき、老人見習いから、正真正銘の老人になるのではないか、と思うこの頃である。
真の老人とは、もはや、失うべき何ものも無くなった人のことを言うのではないか。

長女は、私から去った。
次女は、中立を保つ為に、この家に寄りつかない。
家内と言えば、日本語も通じなくなってから何年にもなる。


私には、S.Kierkegaard の言った、一番易しく一番難しいこと、すべてを捨てること、が、案外、無理なくできるのではないか。
いや、その時には、捨てるべき何ものも見当たらなくなった境地であろう。

その意味では、老人になる前に、不慮の死で亡くなった人は気の毒である。
私は、若い時に、死ぬのはいいが風邪をひくのは嫌だ、などと言って、粋がって与太をほざいていた。
今も、願わくは、あまり苦しむことなく死を迎えられたなら、それにこしたことはない、と考えている。


(kierke02.jpg)

Kierkegaard は、また、永遠とは有限が無限に出会う瞬間である、と言っていた。
私の人生に、かつて、そのような瞬間があったであろうか。
いや、それもまた、超越の命題であろう。

私の人生は、無明に迷ったそれに終わるのかもしれない。
しかし、私の背後には、母の祈りがあった。

ある麻薬中毒患者が、お母さん、僕は、こんな遠くまで来てしまった、と淋しげに呟いていたが、私は、麻薬中毒者ではないけれど、その気持ちが解かっている、と思う。
どのみち、人生は、rehearsal無しの、ぶっつけ本番なのである。



しかし、私は、F.M.Dostoevsky の「白痴」にある、あの「イッポリトの告白」に書かれているように、もし、生まれる前に、この条件を知らされていたとしたならば、私は、生まれるてくることを肯(がえ)んじなかったであろう、とは思っていない。
私は、感謝して死ねるように、今からでも、心の準備をしておこう。

S.D.G

コーダ(蛇足):

私の懐疑なるものが、深いのか、深くないのか、私自身も知る由もない。
仮に、深かったとしても、そもそも、懐疑の深さというものは、誇るべきものであるのか、という疑問が残る。




【デンマン注:】 改行を加え読み易くしました。あしからず。

S.Kierkegaard: キルケゴール (1813-1855) デンマークの哲学者

S.D.G.: Soli Deo Gloria (ラテン語) To God Alone the Glory(英語) 神に栄光あれ。

F.M.Dostoevsky: ドストエフスキー (1821-1881) ロシアの小説家・思想家




56ページ Michel-Richard de Lalande
『後奏曲集(後書きばかり)』 作品3
著者: 太田将宏
初版: 1994年1月 改定: 2006年9月

『馬鹿やって人気?』にも掲載
(2015年8月18日)




デンマンさん!。。。 一体 何度この告白文を公開したら気が済むのですか?。。。 もう、オイラも見飽きましたよ!。。。 んもおおおォ~。。。!



でもさァ~、オマエの実の娘はオマエから去ってしまった! しかも、オマエの心優しい奥さんは、日本語が通じなくなるほど オマエを毛嫌いして話をしなくなってしまったのだよ。 つまり、オマエには言葉の能力がないから、心優しい奥さんは、日本語が通じなくなってしまったのだよ。。。 しかも、オマエには相手の気持ちを察したり、見抜いたりする能力がないから、オマエの実の娘はオマエから去ってしまったのだよ。。。

なるほどォ~。。。 確かに、言われてみると、そういうことになりますねぇ~。。。 でも。。。、でも。。。、たまたま上の告白文が本の内容にマッチしたということじゃありませんかァ!。。。 オイラが告白した一つのエピソードから、オイラが“バカなおとなの脳”を持っている、と決め付けるのは理不尽だと思います。

あのさァ~、証拠は上の告白文だけじゃないのだよ!。。。 次の手記もオマエが書いたものだよ!


恋愛は、年頃の男女が肉体に

触発された心理現象?




音楽は、けっして、世界共通の言語などではない。
異なる時代にも亘る言語ですらなかった。
それでは、ヨーロッパ音楽の伝統とは、
そもそも、いったい何であったのだろうか。

小澤征爾が言っていたことであるが、彼が若い頃、
東洋人がヨーロッパの音楽をする意味、
可能性について問われたとき
(そういうことを聞く田舎者が
 世界のどこにもいるものである。)、

音楽は、世界の共通の言語であるからと、
(当たり障り無く)返事をしていたところが、近頃では、
何か自分が壮大な実験をしているのではないか、と思うようになってきたそうである。

壮大な実験、これは、彼だけのことではないであろう。
ようやく我々が西洋音楽を扱うことに関して
欧米(を超える)水準に達した今日の、この倦怠は何であろう。

かといっても、我々が邦楽に戻るなどとは、
一般的にいって、非現実的であり、できない相談である。
バスク語を話せ、と言われた方が、まだしも抵抗が少ないのではないか。

(中略)

いつだったか、小澤征爾と H.V.Karajanの指揮する M.Ravel の 
“Bolero” を聞き比べたことがあった。
小澤の演奏は、英語で言う too square であったが、
Karajanのそれは、なんとも sexyで妖艶ですらあった。
フランス人でもないのに。
やはり、小澤のような指揮者でさえ日本人では及びがたいところが今なおある。

(中略)

わたしは、何々至上主義、といったものが嫌いである。
例えば、恋愛至上主義。

大体、恋愛感情などというものは、ある年頃の男女が肉体に触発された心理現象にすぎないのではないか。
そもそも、成熟した夫婦が、夫婦であるのにもかかわらずに仲が良い、などというのは、どこか異常ではないか。
長い間、生活を共にしていて、まだ互いにsexualityを感じたとしたならば、それは近親相姦に近くはないか。


(bach914.jpg)

J.S.Bach は、
前妻、後妻と共に仲が良かった様子であるので、
私はここを書いていて、少し、困っているが。


芸術至上主義も同じ。
人生は芸術を演出する時空ではない。




pages 5 & 6 間奏曲集 (主題なき変奏) その2 
著者: 太田将宏 初版: 1994年1月 改定: 2006年6月




『愛の会話 (2009年3月19日)』より

(violin03.gif)



つまり、この上の手記からも オマエには言葉の能力と、それから相手の気持ちを察したり、見抜いたりする能力がないという事がよく解る。 だから、J.S.Bach が、前妻、後妻と共に仲が良かった事実が オマエには理解できなくて、「私(愚かな太田将宏)はここを書いていて、少し、困っているが」とオマエは苦しんでいるのだよ。。。 要するに、言葉の能力と、それから相手の気持ちを察したり、見抜いたりする能力がないオマエは、心から人を愛したこともない!。。。 だから、オマエの奥さんは日本語が通じなくなるほど オマエを毛嫌いして話をしなくなってしまったのだよ。



この事を言うために デンマンさんはオイラを呼び出したのですか?

いや。。。 他にも言いたいことがあるのだよ。

いったい、他に何が言いたいのですか?

オマエが成りすまそうとした芸者さんの言うことを聞いてごらんよ。


(ozashiki1c.jpg)

 


太田将宏老人は、初め 私に成りすまそうと

したのですけれど、デンマンさんに見破られて、

下のおばあちゃんに成りすましたのです。

うふふふふふ。。。


(grandma9.jpg)

でも。。。、でも。。。、それでも飽き足らずに

今度は、デンマンさんに 成りすましました!

アホんだらですわァ~。 (爆笑!)

太田将宏老人の悪い性格が

さらに拗(こじ)れて 

ネットで迷惑を撒き散らしています。

高齢化社会では、

このような性格異常の老人が

ネットで迷惑行為を

振りまくようになっています。

どうか、皆様も 気をつけてくださいませ。




オマエが僕に成りすましてコメントを書いているのは、日本語が解る世界の123ヵ国のネット市民の皆様に知れ渡っているのだよ!



それは、デンマンの言いがかりです!

だったら、オマエが大年増芸者(A.I.)と義兄(V.T.)と Denman に成りすまして書いたコメントをここに書き出すから読んでごらんよ。



コメント記入者:A.I. と V.T. と “デンマンこと加藤明”


ここで本物のデンマンが注釈:

日本に居る A.I. と V.T. が 不思議にも カナダのトロント市のスカーバロー地区に住む太田将宏のパソコンを使って書き込みました。

しかも、オツムがイカれた太田将宏老人によれば、デンマンまでが太田将宏の自宅まで飛んで行って、ご老人のパソコンを使って “デンマンこと加藤明”というハンドル名で下のコメントを書いたということです。

大脳が萎縮してしまった愚かな太田将宏が 一つのコメントに3人に成りすまして書いているのが見え見えですが、

本人は、すっかり耄碌(もうろく)してしまったので、日本語が解る世界の123カ国のネット市民の皆様に もの笑いになるのも理解できないのです! (微笑から次第に爆笑!)


2016-06-06 04:40:33

Identity theft を続けている

デンマンこと加藤明さんについて


皆様、まずは、何らの具体的な根拠のない太田さんの精神についてのデンマンこと加藤明さんの言いがかりについてなのですが、それは、太田さんの紀要論文自体を少しでも読まれれば、全てがデンマンこと加藤明さんの太田さんへの故ない単なる悪意によると分別されると思われます。

もし太田さんがデンマンこと加藤明さんの中傷どうりであるならば、太田さん自身があのような終始一貫した論文を書けるわけがないでしょう。

デンマンこと加藤明さんは、自分が意味不明の駄文を書くのみでなくて、人様の文章をまともに読むことすらもできない知能程度なのですね。

彼は太田さんの紀要論文を一行も理解できないのでしょう。

次に、デンマンこと加藤明さんの太田さんの謝罪なるものを転写したとの虚構文についてですが、太田さんがあのような拙文、駄文を書くわけがないではないですか。

太田さんがデンマンこと加藤明さんに謝罪した事実などは全く無く、それは人非人の捏造です(狂犬の妄想?)。

それらは、一切、デンマンこと加藤明さんの創作です。

そうした事実は、今までの経緯での私たち三人の文章を誰が読んだとしても明白でしょう。

どの世間の女性からも相手にされなく、女性にあぶれて子供一人いない男、いかずwidower、デンマンこと加藤明さんが太田さんの奥様、娘様方のことをあれこれ言う資格は無いでしょう。

デンマンこと加藤明さんは、書けば書くほど自分自身の恥をさらしているということが分からないのですね。

そんなデンマンこと加藤明さんを相手にし続けるのは、私たち三人ともやめることで合意致しました

(太田さんご自身は既に、とっくに、デンマンこと加藤明さんなんぞは相手にされていませんが)。

ただ、私、A.I.も私たち三人を代表しているわけではないのでご報告に留めておきます。

A. I.




Identity theft を続けているデンマンこと加藤明へ 

君があれこれ太田氏の文章について言うのは五十年早いのだよ。

ただ、しかし、君は百二十歳まで生きられますか。

それまで私たちは待つわけにはいかないので、待つ気もないので、私が私たち三人のなかで一番に年長であるが故、此処で三人を代表し、もはや、狂犬、デンマンこと加藤明を相手にすることを止め、三人で書いてきたものを太田氏に受渡すことを表明致しておく。

ここで、「無駄な抵抗はやめろ!すみやかに投降せよ!正義は最後に勝つのだ!逮捕する!!!」などと書いても私は太田氏ではないよ。大玉差広氏でもないよ。

V. T.




自己懺悔と謝罪

太田氏は私に関して、私はおろか皆様へも一切の謝罪なんぞを致しておりませんでした。

それに関する全ては、私、デンマンこと加藤明のでっちあげ、捏造です。

これも一種のidentity theftでしたので、いえ、I. A.様を騙ったのは全くのidentity theftでしたので、太田氏とI.A.様を含み、全て私、デンマンこと加藤明が煩わした人々に謝罪を致します。

此処にて皆様方に平に重ね重ねご容赦のほどをお願い致す次第です。

デンマンこと加藤明




『ボダとキレた老人(PART 2 OF 3)』のコメント欄より
(2016年5月9日)




つまり、オイラがA.I. と V.T. と “デンマンこと加藤明”に成りすまして 上の駄文を書いたとデンマンさんは断定するのですかァ~?



その通りだよ! 太田将宏の愚かなオマエが 日本語が解る世界の123ヵ国のネット市民の皆様の物笑いになっているとも知らずに、このような愚かな事を続けているのだよ! あのさァ~、日本に居る A.I. と V.T. が カナダのトロント市のスカーバロー地区に住む太田将宏のパソコンを使って書き込んだのだよ! しかもだよ、僕がバンクーバーからオマエの自宅まで飛んで行って、オマエのパソコンを使って “デンマンこと加藤明”というハンドル名でコメントを書いたということなんだよ! そのような馬鹿げた事があり得ないにもかかわらず、オマエは真面目くさって上のコメントを書き込んだのだよ!

うへへへへへへ。。。 でも。。。、でも。。。、デンマンさんが そう言うからには確かな証拠があるのでしょうねぇ~。。。?

もちろんだよ。。。 根拠も無い事を言うと、オマエが カナダのオンタリオ州の地方裁判所に誹謗・中傷、名誉毀損で僕を訴えかねないからねぇ~。。。 ちゃんとここに証拠を示すから オマエもじっくりと見たらいいよ。


 (すぐ下のページへ続く)
[PR]
by denman705 | 2016-06-12 03:54 | 太田将宏批判