デンマンが日々思ったこと考えたこと感じた事を書きます。


by denman705
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ショーペンハウエルと太田将宏 (PART 2 OF 5)






 

ショーペンハウエルと太田将宏 (PART 2 OF 5)






私は、この曲集を書き終えたとき、老人見習いから、正真正銘の老人になるのではないか、と思うこの頃である。
真の老人とは、もはや、失うべき何ものも無くなった人のことを言うのではないか。

長女は、私から去った。

次女は、中立を保つ為に、この家に寄りつかない。

家内と言えば、日本語も通じなくなってから何年にもなる。


私には、S.Kierkegaard の言った、一番易しく一番難しいこと、すべてを捨てること、が、案外、無理なくできるのではないか。
いや、その時には、捨てるべき何ものも見当たらなくなった境地であろう。

その意味では、老人になる前に、不慮の死で亡くなった人は気の毒である。
私は、若い時に、死ぬのはいいが風邪をひくのは嫌だ、などと言って、粋がって与太をほざいていた。
今も、願わくは、あまり苦しむことなく死を迎えられたなら、それにこしたことはない、と考えている。


(kierke02.jpg)

Kierkegaard は、また、永遠とは有限が無限に出会う瞬間である、と言っていた。
私の人生に、かつて、そのような瞬間があったであろうか。
いや、それもまた、超越の命題であろう。

私の人生は、無明に迷ったそれに終わるのかもしれない。
しかし、私の背後には、母の祈りがあった。

ある麻薬中毒患者が、お母さん、僕は、こんな遠くまで来てしまった、と淋しげに呟いていたが、私は、麻薬中毒者ではないけれど、その気持ちが解かっている、と思う。

どのみち、人生は、rehearsal無しの、ぶっつけ本番なのである。



しかし、私は、F.M.Dostoevsky の「白痴」にある、あの「イッポリトの告白」に書かれているように、もし、生まれる前に、この条件を知らされていたとしたならば、私は、生まれるてくることを肯(がえ)んじなかったであろう、とは思っていない。
私は、感謝して死ねるように、今からでも、心の準備をしておこう。

S.D.G

コーダ(蛇足):

私の懐疑なるものが、深いのか、深くないのか、私自身も知る由もない。
仮に、深かったとしても、そもそも、懐疑の深さというものは、誇るべきものであるのか、という疑問が残る。




【デンマン注:】 改行を加え読み易くしました。あしからず。

S.Kierkegaard: キルケゴール (1813-1855) デンマークの哲学者

S.D.G.: Soli Deo Gloria (ラテン語) To God Alone the Glory(英語) 神に栄光あれ。

F.M.Dostoevsky: ドストエフスキー (1821-1881) ロシアの小説家・思想家




56ページ Michel-Richard de Lalande
『後奏曲集(後書きばかり)』 作品3
著者: 太田将宏
初版: 1994年1月 改定: 2006年9月


【デンマン注】

これは本ではありません!
強烈なエゴの持ち主の太田将宏は、これが“本”のつもりで、このように書いていますが、この“原稿”は、どの出版社からも拒絶されて本になってません!

この男が愚かなのは、その事で出版社にイチャモンをつけて問題を起こしています。
ボイジャー社長の鎌田純子さんとも、問題を起こしているのです!

悪いのは、もちろん、強烈なエゴの持ち主の太田将宏ですよ!
批判を素直に受けることができずに、行く先々で問題を起こしているのです!


『馬鹿やって人気?』にも掲載
(2015年8月18日)




あのさァ~、オマエはオツムが単細胞の癖にしてショーペンハウエルに少しでもあやかろうとして次のような哲学的な思考を書いているのだよ。。。

私の人生は、無明に迷ったそれに

終わるのかもしれない。

しかし、私の背後には、母の祈りがあった。

ある麻薬中毒患者が、

お母さん、僕は、こんな遠くまで来てしまった、

と淋しげに呟いていたが、

私は、麻薬中毒者ではないけれど、

その気持ちが解かっている、と思う。

 。。。

私は、感謝して死ねるように、

今からでも、心の準備をしておこう。




このオマエの似非(えせ)哲学的な思考を、もっと解かり易く書くと次のようになるのだよ。

私の人生は、無明に迷ったそれに

終わるのかもしれない。

なぜなら、ショーペンハウエルのように

私は母の愛を得られないで

青少年期を過ごしたのだった。

しかし、私の背後には、母の祈りがあった。

そう思いたい。。。

ショーペンハウエルの母親のように

私の母親も自己本位の母親だったけれど、

自分の母性を振り返って

悔い改めようとして

祈りを捧げていたと思いたい。

ある麻薬中毒患者が、

お母さん、僕は、こんな遠くまで来てしまった、

と淋しげに呟いていたが、

私は、麻薬中毒者ではないけれど、

母親の愛を知らずに

ついに、カナダのトロントまできてしまった。

私と母親は、精神的にも物理的にも

離れ離れになったままだ。。。

このまま、母親の愛情を知らずに

人生の最後を迎えるのであろうか?

 。。。

私は、せめてあの世では母親の愛を

ゲットできるように、感謝して死ねるよう、

今からでも、心の準備をしておこう。




しかし。。。、しかし。。。、これはデンマンさんが勝手に注釈を加えたのですよ。。。 これはオイラが母親の愛情を得られないまま大人になったという証拠にはなりません!



僕はオマエの書いた文章に手を加えないで、ネット市民の皆様にも解り易いように説明を加えただけじゃないか!

でも。。。、でも。。。、余計な事を書いてますよ。。。 こんなものを証拠だと言って欲しくありません。。。

じゃあ、次の証拠をここに書き出すから読んでごらんよ。


2.11 Hildegard von Bingen


(hildegard.jpg)

     (1098 – 1179)


私の伯父と伯母が通う横浜のあるバプテスト教会では、聖餐式の際に、葡萄酒の代わりに醗酵していない葡萄汁を使っていた。
それを、伯母に話した時、教会でお酒を飲むわけがないじゃあない、との返事が返ってきた。

当時、普段に私が行っていた別の教会だけではなく、普通は、新約に書かれてあるとおり、葡萄酒を使用している。
それも言ったとき、だから、田舎の教会は困る、というのが彼女の返事であった。
私は、こうした専業主婦の知的怠慢を憎む。

こういう連中が、この世の中をおかしくしているのではないか。
それに較べるなら、窃盗、詐欺などは一過性である(草子地:行間を読む、という体裁の良い言葉があるが、何のことは無い、これは勘繰りながら読むということではないか)。

日本で、一般消費税が導入されようとしていたとき、難しいことは解らないけれど、反対だ、といった主婦団体の代表がいた。
解らなかったのならば、反対も賛成も言えないと思うのが常識であろう。

こちら、カナダでは、もう少しは、知的訓練ができているのではないか。
自分の利益にならないこと、自分の損になることには、反対して、梃子でも動かない、という態度は、どこの社会でも受け入れられるべきではない。
日本の彼女らに、本当に、選挙権が必要か。

女は教会で話してはならない、と新約のコリント前書14章34節に書かれている(草子地:唱うのはいいのか)。
しかし、これは、後代の加筆である、つまり、Paulus自身が書いた文ではない、という説が有力である、とのことである。

ただ、この文に限らず、新約のその種の節が削除されたとか、削除の方向にある、などの話は、私は、未だかつて聞いたためしがない。
それ故、この節を保持する限り、私は、Johannes-Paulus IIの女性の聖職(草子地:そんなものがあったとしての話ではあるが、)についての否定的な決裁だけは支持する。
それに不満であるのならば、自分自ら新しい宗派を創るなり、新しい宗教でもでっちあげれば良いではないか。




出典: 49ページ
『Ⅵ 後奏曲集 音楽(後書きばかり)』
by 太田将宏




オマエは強烈な“男尊女卑”の精神に凝り固まっているのだよ!。。。 つまり、女性を馬鹿にしているのだよ! だから、もともと女性の心理や気持ちが解らない。 そういうわけで “長女は、私から去った。次女は、中立を保つ為に、この家に寄りつかない。 家内と言えば、日本語も通じなくなってから何年にもなる。”と自分で書いているように、女性とコミュニケーションをうまくとることができない。 オマエの身内のどの女性ともうまくやってゆくことができない。 だから、オマエは伯母に対しても“私は、こうした専業主婦の知的怠慢を憎む”と書いて蛇蝎(だかつ)のごとく嫌っているのだよ。



デンマンさんは、オイラの作品を読んで、こんな些細なところにまで気づいたのですか?

そうだよ。。。 僕は、心優しいオマエの奥さんには大変お世話になったのだよ。。。 それなのに、オマエは奥さんともうまくいってない! なぜ。。。? なぜ。。。? “文は人なり!”と昔の人が言ったのだけれど、オマエが書いたものを隅から隅まで読めば、オマエという人間の40%ぐらいは理解できるのではないだろうか? そう思って、オマエの書いたものを隅から隅まで繰り返して僕は何度も読んだのだよ。。。

マジで。。。?

そうだよ。。。 そもそも、オマエがなぜ僕にムカついたのか? その理由が僕には全く解らなかった。。。 それで、オマエが書いたものを読めばオマエという人間が理解できるのではないだろうか? そう思って、僕はひたすら、オマエが書いた、読みにくい、ウザッたい文章を何度も何度も繰り返して読んだのだよ!

それで、オイラの人間性が理解できたのですか?

理解できた。。。 結局、オマエはショーペンハウエルの少年時代と同じような経験を持っているのだよ。。。 つまり、太田将宏の“悲観的な思想は、彼が母という病に苦しんだ中から生み出された”という事が充分に理解できたのだよ。

オイラの考え方はそれほど悲観的でしょうか?

だってぇ、オマエは次のように書いているのだよ!

真の老人とは、もはや、

失うべき何ものも無くなった人のことを

言うのではないか。


つまり、オマエは実の娘にも、妻にも、そっぽを向かれ、伯母ともうまくやってゆけない。 要するに、オマエは“母という病”に冒(おか)されてしまったのだよ。。。 でも、実の母親を心の底から憎むことができない。。。 それで、憎しみが身近な女性に向けられてしまう。

デンマンさんは、もしかして精神科のお医者さんなのですか?

あのなァ~、この程度の事は、オマエが書いたものをじっくりと読んで、精神の病について書いてある本を何冊も読めば、大体理解できるものなんだよ。。。 つまり、“母という病”を克服できないでいるオマエは、結局、失うべきものがなくなってしまった。。。 家族にはそっぽをむかれ、親戚の者ともうまくやってゆけない。。。 当然、心から語り合える友人も知り合えさえ居ない。。。 オマエは、まさに天涯孤独の正真正銘の老人に成り果ててしまったのだよ。。。 そういうオマエが次のような事を書けば、それが大嘘であることがバレてしまうのだよ!




デンマこと加藤明への抗議録

太田将宏

 

ご挨拶に代えて

 

以下に述べる概要は、筆者の自衛のために、デンマンと称する加藤明氏(*)への抗議、告発文であります。

まず第一に告発すべきこととしては、筆者、太田将宏に対しidentity theftを為したことなのですが、その後も何かの逆恨みにて筆者および筆者の著作に対する謂れも無い中傷、誹謗を彼のwebsitesに於いて重ねてきております。

残念ながらinternetの領域は彼の行為のような無法に対して法的に無整備でありますので、彼の姿勢、即ち、彼の対外への対応の態度につき告発し、筆者と彼の何れの側に理があり、何れに非があるかの判断、判定を皆様に要請するに資するものでありますが故、この文書の性格とし、此処では筆者が経験している個別性の著述になっていいるのではありますが、もし、その個別性の前提となる普遍性にも興味を持たれる方がおられるならば、更に、拙著、<<あれかこれか>>の第一部、<実践知性批判>中の<市民、国民性 Iと人種>や<民族、国民性 II>等を参照されるならば、それを筆者が幸いとするところであります。

さすれば、この文書の内容が、単なる筆者の私憤に基づく加藤明氏への私闘を試みているものだけではないという事情をも理解、認識を頂けるのではないか、と期待する次第であります。

幸いにして筆者の三人の友人(I. A., A. I., V. T. )が筆者を擁護するcommentsを加藤明氏のwebsitesに書き続けて下さるが故、それをもってしてこの文書の本文とさせて頂きます (私の友人の名がinitialsのみの表示であるわけは彼らが弁明いたします。また、V. T. による筆者の文章の引用は、筆者の加藤明氏へ私信であったことを此処におことわりいたします)。

彼らの文章を借りるのは、更なる客観性の理解を頂く為なのですが、加えての一方、相互の公平の為にも加藤明氏のwebsitesをも検索して頂けますでしょうか。

その理由は、この著書への皆様の感想や批判を其処にある加藤明氏のcomment欄にて頂く機会を提供するが為、加えて、加藤明氏に反論の機会を付与するのにもfairであり、かつ、筆者としても彼に反省を促す為にも便利であろうと期待するが故なのです。

* 「デンマン」と称する人、また、「加藤明」と称する人のそれぞれの別人が各々のwebsitesを開設しているが故、紛らわしさを避ける為、以下、「デンマンこと加藤明」として記述を続けます。




本文 ................................................... 5

I. A. による告発 .................................. 5

A. I. による告発 .................................. 9

V.T. による告発 .................................. 11




出典: 『デンマこと加藤明への抗議録』より




 (すぐ下のページへ続く)
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by denman705 | 2016-07-27 04:29 | 太田将宏批判