デンマンが日々思ったこと考えたこと感じた事を書きます。


by denman705

カテゴリ:日本・日本文化( 709 )

白石川の桜 (PART 1)



 


白石川の桜 (PART 1)


 



(whiteriv2.jpg)



(himiko90.gif)



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あらっ。。。デンマンさん。。。白石川の桜を見に行ったのでござ~♪~ますかァ?



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。。。ん? 僕が白石川の桜を見に行ったと卑弥子さんは思ったのですかァ~。。。


だってぇ~、タイトルにそう書いてあるではござ~ませんかァ!


あのねぇ~、僕が見に行ったわけではありません。。。 だから、写真に卑弥子さんを登場させたのですよ。。。


白石川というのは、いったいどこを流れているのでござ~ますかァ~?


宮城県の南部を流れて柴田町の付近で阿武隈川に合流して 太平洋に注(そそ)いでいるのですよ。。。


デンマンさんが白石川の桜を見に行かないのに、どういうわけで“白石川の桜”を取り上げたのでござ~ますかァ?


あのねぇ~、福島市に住む柴田 明美(しばた あけみ)さんが、そろそろお花見のシーズンなので 今年はどこへ行こうか? そう考えながらネットをサーフィンしていたら“白石川の桜”に出会ったというわけなのですよ。。。 ちょっと次のリストを見てください。



(liv70414a2.png)



『拡大する』


『大伴柴田臣の末裔』



これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の日本時間で4月13日の午前9時12分から午後7時33分までの約10時間の「生ログ」の一部です。。。 赤枠で囲んだ箇所を見て欲しい。。。



4月13日の午前11時6分に『大伴柴田臣の末裔』を読んだのですわねぇ~。。。


そうです。。。 でも。。。、でも。。。、“白石川の桜”が“大伴柴田臣の末裔”と関係あるのでござ~ますか?


もちろん、関係あるのですよ。。。 赤いアンダーラインが引いてある「リファラ」をクリックすると次のページが表示されるのです。



(riv70414a.png)



『拡大する』


『実際のページ』



あらっ。。。 川の名を調べる地図のページなのですわねぇ~。。。



そうなのですよ。。。 福島市に住む柴田 明美(しばた あけみ)さんは宮城県を流れる白石川の桜がオツムに浮かんできてネットで調べたわけです。。。 何か桜の情報が書いてあるかもしれないと思ったわけです。。。


それでページを見ていったら、デンマンさんが投稿した『大伴柴田臣の末裔』のタイトルが目に付いたわけでござ~ますか?


そうです。。。 それでタイトルをクリックして記事を読んだわけです。。。


でも。。。、でも。。。、福島市に住む柴田 明美(しばた あけみ)さんが記事を読んだとどのようにして判ったのでござ~ますかァ~?


IPアドレスを調べたのですよ。。。



(ip127245b.png)


『拡大する』



IPアドレスを調べれば、確かにアクセスポイントは判りますけれど、プライバシーを保護するために、アクセスしたネット市民の名前までは判らないのでござ~ますわァ。。。



卑弥子さんは意外に厳しい突込みを入れるのですねぇ~。。。 そのような堅い事を言わないでサラリと僕の話を聞いてくれませんかァ~?


分りましたわァ~。。。 デンマンさんが そのようにおっしゃるのでしたら クドクドと詮索するのはやめにいたしますわァ~。。。 で、柴田 明美(しばた あけみ)さんは白石川のお花見に行くことにしたのでござ~ますかァ?


そうなのですよ。。。



(whiteriv3.jpg)



柴田 明美(しばた あけみ)さんは なぜ白石川のお花見に行こうと決めたのでござ~ますか?



次のメールを読んだからですよ。。。


宮城県柴田郡柴田町の


船岡城址公園・四保山の丘上から


白石川の堤の桜並木を見下ろす



(funaoka.jpg)



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日本時間: 3月23日午後1時20分
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Comments:



初めまして、いろいろ文献を読んで、貴殿のサイトにたどり着きました。
私は、大伴柴田臣の末裔だと思っている者です。


しかし家紋からするに、下藤一で藤原の親戚になってしまいます。
私は、シボ族で不動明王を祖先に持つ者だと思っております。


貴殿の考えに賛同いたし、心が爽快になりました。
藤原の捏造で大伴氏族系柴田の流れが分断されて、困りはてています。
貴方の考えは如何でしょう。


藤原の由来は、安東将軍で、トウタン、トルファンであると思います。
近衛文麿が陸軍を先導して太平洋戦争まで持ち込み、強いては、天皇の座まで狙った。
それを知っている、昭和天皇は、愛知県にある東条秀樹の墓参りをして、これをわびた、と思っています。


現在ですら、NHKの作った大化改新は愚作の極みで下らない出来で日本人の恥と思える作品です。
あたかも、現代の中国、韓国の思想に近い、考えの人が作ったと解ります。
今ですら藤原が怖いと思っている人がいる。


我々は、法の元で平等で自由で公平な目で物事を判断できる。
我々は道徳を重んじ、恥を最も嫌う優秀な日本人である。
それが、現在の米国、英国、ロシア、イスラエル、中国、韓国人とは決定的に違う民族である、と思います。


Thank you for using Bravenet Email Form Processing!



つまり柴田 明美(しばた あけみ)さんも もしかしたら大伴柴田臣の末裔かも知れないと思ったのでござ~ますかァ~?



そうですよ。。。 それで明美さんも『大伴柴田臣の末裔』をじっくりと読む気になったのですよ。。。


そもそもデンマンさんは、どのようなわけで『大伴柴田臣の末裔』を書く気になったのでござ~ますかァ?


あのねぇ~、柴田町は、1970(昭和40)年のNHKの大河ドラマ『樅ノ木は残った』で注目を浴びたのです。


どのようなお話なのでござ~♪~ますか?


原作は山本周五郎さんの作品です。 江戸時代の有名な伊達騒動の話ですよ。 柴田町は、その主要人物である原田甲斐こと原田宗輔の城下町として知られていたのです。 でも、この人物は寛文事件(伊達騒動)で斬死し、原田氏は断絶するのです。



1200年(正治2年)頃 - 芝田次郎が居城。同氏は宮城小四郎家業(宮城四郎)によって追討を受ける。


16世紀初頭 - 伊達氏の家臣で柴田家の祖四保但馬定朝の居城となった。


1593年(文禄2年)- 屋代景頼が居城。


1615年(元和元年) - 原田宗資が居城。


1671年(寛文11年)- 原田宗輔が寛文事件(伊達騒動)で斬死し、原田氏断絶。


1681年(天和元年) - 柴田宗意が5000石を拝領し居城。


1694年(元禄7年) - 柴田氏が三の丸に居館を築造し、居住した。



当時、『樅ノ木は残った』は、それほど有名だったのですか?



そうですよ。 しかも、僕は学生時代に仙台で6年近く暮らしたことがある。 実家の埼玉県行田市と仙台の間を東北本線で行ったり来たりする時には決まって船岡城のそばを通った。 桜の時期には車窓から白石川沿いの堤の桜がきれいに咲きほこっているのが見えたものです。 だから、上の写真の情景は僕の眼に焼きついていますよ。 1990年(平成2年)には一目千本桜とともに宮城県で唯一、日本さくら名所100選の地に選ばれ、毎年4月中旬には多くの花見客で賑わいます。


。。。で、柴田さんは、その桜並木のお近くに住んでおられるのですか?


ところが柴田さんの IPアドレスを調べたら、東京をはさんで宮城県とは反対方向の岐阜県に住んでいることが判った。



IPアドレス: 114.185.4*.**


ホスト名:
i114-185-4*-**.s02.a021.ap.plala.or.jp


IPアドレス割当国: 日本 ( jp )
接続回線: xDSL
都道府県: 岐阜県


プロバイダー: PLALA
IPネットワークアドレス: 114.185.0.0/17
組織名: 株式会社NTTぷらら
ドメイン名: PLALA.OR.JP
Network Service Name: NTT Plala Inc.



つまり、デンマンさんの推測は全く的外れだったのでござ~♪~ますわね。



そうなのですよ。 


柴田さんは「藤原の捏造で大伴氏族系柴田の流れが分断されて、困りはてています」と書いておられますが、藤原氏の捏造で柴田氏は宮城県と岐阜県に分断されてしまったのですか?


だから、僕も調べてみましたよ。 その結果を見てください。



○「柴田」という苗字は、ある統計によると現代日本のなかでは多い方から第63位となっており、その分布が最も多い県は愛知県で、茨城県は必ずしも多いとはいえない。
しかし、その県内分布はきわめて特徴的である。
具体的には、西茨城郡友部町と多賀郡十王町友部が分布の二大拠点をなしているようであり、後者は『和名抄』の多珂郡伴部郷の地であった。
同書には茨城郡の近隣、真壁郡にも伴部郷があげられるから、茨城郡の友部も同様に古代伴部の居住に由来か。
友部はもと伴部(←大伴部)であり、大伴連の部民に由来する地名であった。
かって、十王町を含む地域を仕事の管轄地としていたことがあったが、そのときはそうした問題意識を何ら有していなかったことが惜しまれる。


○大伴連とその部民の東国・陸奥における分布は、四世紀中葉の倭建命(日本武尊)の東征に由来する場合が多く、この遠征には大伴連の祖・武日命の子弟・配下が主力部隊として随行し功績を建てた。
この辺の伝承は、大伴宿禰家持の「陸奥国より金を出せる詔書を賀く歌」(『万葉集』歌番4094)に詠まれる。
すなわち、「海行かば水漬く屍 山行かば草生す屍 大王の辺にこそ死なめ 顧みはせじ」と詠われるが、この情景は、大王(オホキミ)すなわち倭建命の東征関連であったと考えられる。


常陸から陸奥、具体的には茨城県から宮城県にかけての地域には、靱大伴連、大伴行方連、大伴苅田臣、大伴柴田臣、大伴白河連、大伴亘理連、大伴安積連、大伴山田連、大伴宮城連という大伴□□連(臣)という形で「大伴」(のちに「伴」)を冠する姓氏が頻出する。
これらは大伴連一族かその配下・部民の出自という系譜をもつと推される。


○柴田氏については、これらのうち大伴柴田臣との関係に注目されるが、この氏は陸奥国柴田郡(現宮城県南部の柴田郡)の地名に因んだ郡司級の地方大族であった。
なぜ古代常陸の伴部郷の地に「柴田という氏」が多いのかは不明であるが、何らかの形で陸奥国柴田郡から常陸の先住地・縁故地に帰ったものか、柴田という地名の元が常陸国にあったか、そのいずれかではなかろうか。


○中世、三河の土豪・柴田氏は、その出自を秀郷流藤原氏の下河辺一族の出で、常陸国鹿島郡の柴田に因むと伝えるが、本来、同氏が三河古族の出だとみられ、この系譜自体は仮冒ではなかろうか。
なお、下河辺一族に柴田氏があったこと、鹿島郡の柴田という地名も確認できない。
しかし、中世の常陸の前掲地区にある程度の土豪として柴田氏があったことは認めてよかろう。


○なお、尾張の柴田氏については、今のところ全く手がかりがない。
有名な柴田権六勝家を出した柴田氏については、管領家斯波氏の庶流とも伝えるが、勝家の父くらいからしか知られず、明らかに系譜仮冒であろう。
尾張に分布が多いということは、古来海神族の地であったという性格から考えれば、その流れを汲むものか、その地域を何らかの縁由で知行したものか。
いずれにせよ、柴田氏に絡む謎は多く、資料が皆無に近い。


赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。)




出典:『常陸の柴田氏について(メモ)』



岐阜県だと尾張・名古屋に近いですわね。 大伴柴田臣は、あの有名な豊臣秀吉の家来の柴田勝家と関係がある氏族なのでござ~♪~ますか?



でも、上の記事によると、「柴田権六勝家を出した柴田氏については、...勝家の父くらいからしか知られず、明らかに系譜仮冒であろう」と書いてありますからね。。。


要するに、尾張の柴田氏は大伴柴田臣と関係ないのでござ~♪~ますか?


だから、その事を柴田さんは藤原の捏造と言っているのかもしれません。


。。。で、デンマンさんは柴田さんにお返事を書いたのですか?


書きましたよ。 読んでみてください。





(foolw.gif)


Subj:柴田さん、古代史へのコメント


ありがとうございました。


バンクーバーの加藤です。


Date: Sun, Mar 25, 2012 9:17 am
Pacific Daylight Saving Time
日本時間: 3月26日 午前1時17分
From: denman12345@infoseek.jp
To: yasu60@******.plala.or.jp
CC: barclay1720@aol.com

 

柴田さん、コメントありがとうございます。
僕の記事には、めったにコメントが付かないのですよ。
コメントを書いてくれるのは、熱心な読者か? それとも底抜けの馬鹿か? そのどちらかです。 (爆笑)


柴田さんの場合は、もちろん、「熱心な読者」です。 (微笑)



私は、大伴柴田臣の末裔だと思っている者です。
しかし家紋からするに、下藤一で藤原の親戚になってしまいます。
私は、シボ族で不動明王を祖先に持つ者だと思っております。
貴殿の考えに賛同いたし、心が爽快になりました。
藤原の捏造で大伴氏族系柴田の流れが分断されて、困りはてています。
貴方の考えは如何でしょう。


そうですか。。。柴田さんの先祖は「大伴柴田臣」ですか!?
藤原の捏造で大伴氏族系柴田の流れが分断されて困りはてている、ということですが、藤原氏のやりそうなことなので僕には柴田さんの困り果てている様子が充分に理解できますよ。


実は、僕の先祖は藤原氏の先祖と同じく百済からやって来たのです。
つまり、藤原氏とは同郷なのですよ。
もし興味があったら次の記事に書きましたので読んでみてください。



(himiko40.gif)


『デンマンの祖先は百済からやってきた』


(2010年8月4日)


しかし、藤原氏が「勝ち組」だとすると僕の先祖は「負け組」でして、百済軍の親衛隊の一員として 663年に唐と新羅の連合軍と「白村江」で戦い、敗れると百済の貴族・官僚などと共に日本へ亡命したのでした。 
この人たちの中には大和朝廷の役職に付いて、現在の大臣に当たる役職に付く者まで出てきます。


藤原不比等が「養老律令」を作ろうとした時に集めた、唐から帰ってきた若い留学生たちの中に百済人成(くだらのひとなり)という人物が居ますが、この人物の祖先と僕の一族の祖先は同族だったのです。
しかし、僕の祖先は要領が悪くて大和朝廷で出世することはなかったのです。
戦争に嫌気がさした僕の祖先は開拓団の一員として関東を目指して移住したのでした。
でも、百姓になりきれなくて、やがては武蔵国の豪族である成田氏に仕えるようになります。
騎馬武者だったのですが、漢学の素養を買われ、城主の祐筆(記録係)に出世します。


1590年(天正18年)の小田原の役の際には 城主・成田氏長は小田原城にて籠城しました。
嫡男・成田長親を城主とし、家臣と農民ら3,000の兵が忍城に立てこもったのです。



(oshi1.jpg)


    忍城


僕の14代前の加藤家当主である加藤兵庫介は、この時、農民たちと行動を共にし、豊臣方の忍城攻めの総大将・石田三成と対峙したのです。


三成は、忍城を一望する近くの丸墓山古墳(埼玉古墳群)に本陣を置き、近くを流れる利根川を利用した水攻めを行うことを決定しました。
この時、あの有名な総延長28キロメートルに及ぶ「石田堤」を築いたのです。
しかし忍城はついに落城せず、結局は小田原城が先に落城したことによる開城となり、城側は大いに面目を施すことになったのでした。



(ishida90.jpg)


石田堤(いしだづつみ)



(maruhak2.jpg)


丸墓山


明治になると廃藩置県に伴い「忍県」の県庁が二の丸に置かれましたが、その後廃城となりました。
僕の曽祖父は手先が器用だったので武士を辞めて忍城下で「くりもの屋」になったのです。
祖父の加藤定吉は優秀な作品を作るという定評を得て、県展に出品して大正6年に県知事より2等の賞状を頂戴しました。
しかし僕の父親が7歳の時に癌で亡くなってしまいました。
まだ働き盛りの42歳でした。


そのような訳で大黒柱を亡くした加藤家は赤貧を洗うような貧乏になってしまったのです。
僕の父・加藤佐吉は小学校を卒業すると母校の給仕をしながら独学で教員検定試験を受けて18歳のときに助教師として母校の教壇に立つようになったのです。
しかし、まもなく太平洋戦争が始まり赤紙で戦地へ引っ張られたのでした。


同じ百済からやって来たのに、「勝ち組」の藤原氏の末裔は日本帝国総理大臣の近衛文麿になりました。



(konoe01.gif)


近衛文麿


「負け組」の加藤家の当主・佐吉は小学校の給仕を経て助教師です。
「勝ち組」と「負け組」の差は大きい! (苦笑)


しかし、“人間万事塞翁が馬”と申します。
近衛文麿氏には1945年(昭和20年)12月6日、GHQからの逮捕命令が伝えられました。
巣鴨拘置所に出頭を命じられた最終期限日の1945年12月16日未明に、荻外荘で青酸カリを服毒して自殺。
僕の父親は満州から最後は沖縄戦へ転戦しましたが、幸運にも沖縄本島ではなく宮古島に駐屯したので戦死を免れたのでした。



(miyako88.jpg)



(miyako87.gif)


運命のいたずらとでも申しましょうか。。。?
どのように栄達しようとも、人の命は、このように歴史の流れとともに変わってゆくのですね。


百済難民の末裔である僕は、さらに東を目指し、太平洋を越えてバンクーバーに移住したと言う訳です。
「白村江」の戦いに敗れてから、実に、今年で 1349年目になります。


約1350年の歴史をざっと語りましたが、柴田さん、僕の家系を信じることができますか?
僕の家族と親戚の一部だけが、この家系を信じているのですよ。


しかし、藤原氏は、百済からやって来たのにもかかわらず、日本古来から連綿として伝わっている中臣氏の出身だと主張し続けています。
それが学校で教えている日本史では信じられているわけですよね。


どうして。。。?


もちろん、それを可能にしたのが『古事記』と『日本書紀』の編纂です。
「勝ち組」の藤原不比等のやる事は日本史を書き換えるようなことまでしてしまうのですよね。



(kamatari2.jpg)


中央が藤原鎌足


左が次男の不比等


右の坊さん姿が


長男の定慧(じょうえ)


僕は別に日本史を書き換えるつもりはありませんが、ネット上に加藤家の家系を広めながら藤原氏の「六韜史観」とは、どういうものだったのかを語り続けようと思っているのです。
まだまだ語りたいことはたくさんありますが、この続きは次の記事で読んでください。


『大伴柴田臣の末裔』


(2012年3月26日)


日本時間で3月26日の午前8時までには投稿します。
とにかく、コメントありがとうございました。
おかげさまで、久しぶりに自分の書いた記事を読み返して、いろいろと考えることができました。
柴田さんも、日本史を紐解(ひもと)いて、日本人とはなにか? さらに突き詰めて考えてみてください。
では。。。



柴田さんがコメントを書いたというのは、一体どの記事なのですか?



実は柴田さんは、次の3つの記事をじっくりと読んでくれたのですよ。



『真理とは何か?』


『真理は作られた?』


『韓人(からひと)とは誰か?』


どうして上の3つの記事を読んだとデンマンさんには判るのですか?


上の3つの記事を読まない限り、柴田さんには上のコメントが書けないからですよ。 


それで明美さんは大伴柴田臣の末裔であると確信したのですか?


あのねぇ~、コメントを書いてくれた 柴田yasuhiroさんは岐阜に住んでいるのですよ。。。 それから比べれば、明美さんは福島市ですからねぇ~。。。 柴田yasuhiroさんよりも 柴田町にずっと近いところに住んでいるわけですよ。。。


それで、明美さんは末裔であると確信したのですか?


いや。。。 確信したというよりも、柴田町になんとなく近親感を覚えて、白石川の土手を歩きながらお花見を楽しんだ後で柴田町に寄って花見団子でも食べながらじっくりと町の中を散歩しようと決めたのです。。。


マジで。。。?


明美さんにじかに訊いてみないと解らないけれど、僕はそう思うのですよ。。。


どうして。。。


明美さんは柴田町では花見団子が食べたいからですよ。。。 (微笑) 卑弥子さんも花より団子でしょう!?



(laugh16.gif)


 (すぐ下のページへ続く)


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by denman705 | 2017-04-19 02:58 | 日本・日本文化

白石川の桜 (PART 2)



 


白石川の桜 (PART 2)



【卑弥子の独り言】



(himiko22.gif) 


ですってぇ~。。。


確かに、お花見しても おなかは満ち足りませんものねぇ~。。。


どちらかと言えば あたくしも 花より団子でござ~ますわァ~。。。


では、あなたのために白石川の桜をお目にかけますね。


じっくりとご覧くださいませぇ~。。。



(whiteriv4.jpg)



どうですか? おなかが空(す)いたでしょう!


でも、このページを最後まで読んでから、お団子屋さんに走ってくださいねぇ~。。。 (モナリザの微笑)


ところで、話は変わりますけれど、あたくしは“平成の紫式部”と呼ばれているのでござ~ますわァ。


うふふふふふふ。。。


ええっ。。。 信じられないってぇ~。。。?


じゃあ、『卑弥子の源氏物語』を お読みくださいませぇ~。。。



(genjiero4.jpg)


『卑弥子の源氏物語』


どうですか? あたくしが “平成の紫式部”だと納得がゆきましたか?


ええっ。。。 ちょっと納得がゆかないのでござ~ますかァ?


でも こう見えても 一応 京都の女子大学で腐女子たちに「日本文化と源氏物語」を講義しているのでござ~ますわァ。


ただし、なかなか あたくしの魅力を認めてもらえないのでござ~ますう。


つまり、結婚相手が 現れないのですわァ。


この際 高望みはいたしません。


“寅さん”のような人でもいいですわ。


旅に出ていることが多いので 手がかからないと思うのでござ~ますう。


ついでだから、寅さんの映画でも見て、希望をつなごうと思います。


“袖触れ合うも他生の縁”と申します。


あなたも 一緒に寅さんのYouTubeでも見てくださいねぇ~。。。



(tora019.jpg)



ちなみに、紫式部のお話も面白いですけれど、古代のお話も心にしみますわァ。


たまには、日本の古代史の記事も読んでくださいませぇ。


そういうわけで あなたのために平安史、古代史の記事を用意しました。


ぜひ 覗いてみてくださいね。


天武天皇と天智天皇は


同腹の兄弟ではなかった。
 


天智天皇は暗殺された 


定慧出生の秘密 


藤原鎌足と長男・定慧 


渡来人とアイヌ人の連合王国


なぜ、蝦夷という名前なの?


平和を愛したアイヌ人


藤原鎌足と六韜


古事記より古い書物が


どうして残っていないの?


今、日本に住んでいる人は


日本人でないの?


マキアベリもビックリ、


藤原氏のバイブルとは?


とにかく、次回も興味深い記事が続きます。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。
じゃあ、またねぇ~。。。



(hand.gif)


ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
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(surfing9.gif)




(sayuri5.gif)


ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。


卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。




(hama10.jpg)


『ハマグリにハマる』


『ハマグリの誘惑』


『ハマグリの足跡を追って』


『芭蕉と遊女』


『光源氏もビックリ』


『エロエロ源氏物語』


『悲痛の紫式部』


『卑弥子のえっち』


『白妙の和歌を探して』


『キーワード診断』


『紅のボート難民』


『ん?ネトウヨ』



(miya08.jpg)


『下衆のかんぐり』


『桓武天皇のママがネットで』


『ござが天皇とGOOGLE』


『エロ 建礼門院』


『一敗が三人に!』


『行田の黒い霧をはらう』


『ペルシャ人が飛鳥に』


『小柴垣草子』


『後白河上皇ダントツ』


『ブスと美人』


『エロい話が好き?』


『死んでも生きてる』


『失意の太田将宏』



(annasalleh.jpg)


『オルフェと聖徳太子』


『源氏物語とおばさんパンツ』


『霊仙はなぜ毒殺されたの?』


『紫式部が地獄へ』


『破戒僧円載』


『アショーカ王の愛と苦悩』


『どら平太の世界』


『三四郎とデンマンさん』


『ヒトラーの姪』


『ゴヤと三島由紀夫』


『仏陀とキリストと娼婦』



(zurose2.jpg)


『ズロースと戦争』


『伊藤若冲ブーム?』


『ブッダと物理学』


『加藤清正ブーム?』


『愛憎と三輪山』


『松原智恵子 お尻ペンペン』


『坂本龍馬は流れ者か?』


『野ざらし』


『紫式部堕獄説』


『日本最古のポルノ?』


『源氏物語の性描写』


『寅さんの本棚と急行まつしま』


『ヒトラーは草食系?』


『ブッダとキリストと娼婦』


『顔文字とオナラ』


『宝暦の恨みを明治維新で』


『デウキと紅葉@行田』


『薄い陰毛と紅のボートピープル』


『江戸の閨房術』


『ずるがしこい現代人』


『春画@源氏物語』


『千早振る』


『あれっ、松本清張』


『キスと源信』


『伎楽は呉から…?』


『紺瑠璃杯に魅せられて』


『神聖娼婦 マリア』


『安徳帝は生きていた』


軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
(godiva05.jpg)



(byebye.gif)


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by denman705 | 2017-04-19 02:57 | 日本・日本文化


 


紺瑠璃杯に魅せられて(PART 1)


 



(renge62h.jpg)




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デンマンさん。。。最近 紺瑠璃杯に魅せられたのでござ~♪~ますか?



(kato3.gif)


いや。。。 僕が紺瑠璃杯に魅せられたわけではないのですよ。。。 ちょっと次のリストを見てください。。。



(liv70327a.png)



『拡大する』


『ラピスラズリと紺瑠璃杯』



これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の 3月26日の日本時間で午後10時23分から27日の午前3時20分までの 約5時間の「生ログ」の一部です。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目してください。。。



あらっ。。。 3月26日の午後10時23分に『ラピスラズリと紺瑠璃杯』を読んでから、30分後の午後10時55分に もう一度『ラピスラズリと紺瑠璃杯』を読んだのでござ~ますわねぇ~。。。


そうなのですよ。。。 佐賀県の武雄(たけお)市に住んでいる 今野 瑠璃子(こんの るりこ)さんはマジで“紺瑠璃杯”に魅了されているのです。。。


デンマンさんは瑠璃子さんをご存知なのですか?


いや。。。 「生ログ」で初めて知ったのですよ。。。


どのようにして。。。?


もちろん、IPアドレスを調べたのです。。。



(ip47240b.png)


『拡大する』



でも。。。、でも。。。、アクセスした人の名前までは判らないはずなのでござ~ますわァ。



卑弥子さんの言うこはもっともです。。。 でもねぇ~、僕には判るのですよ。。。


だから、どのようにしてアクセス者の名前をゲットしたのでござ~ますかァ?


あのねぇ~、ラピスラズリと紺瑠璃杯に興味を持つ人の間には、不思議な以心伝心が働くのです。。。


以心伝心で今野 瑠璃子さんのお名前をゲットしたのでござ~ますか?


卑弥子さんは僕の言うことが信じられないのですかァ~?


要するに、テレパシーだと言うのでござ~ますわねぇ~。。。


そうです。。。 いけませんかァ~?


そのような子供騙しなことを あたくしが信じるとでも思っているのですかァ~?


分かりました。。。 卑弥子さんは僕の言うことを信じないようだから、この際 卑弥子さんが納得のゆくように説明します。


余計な事は言わなくても結構ですから、なるべく手短にお話しくださいませぇ。。。


あのねぇ~、今野 瑠璃子さんは『ラピスラズリと紺瑠璃杯』の記事の中に出てくる次のメールを読んだのです。。。





(foolw.gif)


Subj:
コメントありがとう!


バンクーバーのデンマンです。


Date: Mon, Feb 13, 2012 1:16 pm.
Pacific Standard Time
日本時間: 2月14日 午前6時16分
From: denman@infoseek.jp
To: neko****@hb.tp1.jp
CC: barclay1720@aol.com


旅猫マイケルさん、コメントありがとうございます。
僕の記事にコメントをもらうことは極めて稀なのですよ。


『ラピスラズリとラピスラズリ・ロード』という記事は2005年6月17日に書いたもので、それ以来コメントを書いてくれたのは旅猫マイケルさんが初めてでした。


僕が子供の頃はラピスラズリ (lapis lazuli) なんて耳にしたことも目にしたこともありませんでした。
エジプト、シュメール、バビロニアなどの古代から、宝石として、また顔料ウルトラマリンの原料として珍重されてきたというわけで、日本とは関係ないモノのようです。


ところが、ずっと昔、奈良時代に日本に渡っていたなんて、本当に世界は意外にも、昔も狭かった時期があったのですよ!
それが正倉院の紺瑠璃杯として残っている。


ラピス(Lapis)はラテン語で「石」。
ラズリはペルシア語からアラビア語に入った "lazward"(ラズワルド: 天・空・青などの意でアジュールの語源)が起源だそうで「群青の空の色」を意味しているらしい。


しかし、和名では瑠璃(るり)といい、考えてみれば「浄瑠璃」という名で耳に親しんでいる!
サンスクリット語のヴァイドゥーリャないしパーリ語のヴェルーリヤの音訳であるらしい。
でも、「るり」には聞こえないのだけれど。。。(微笑)。


しかし、どうして「浄瑠璃」に「ラピスラズリ」が入っているのか?


「浄瑠璃」の起源は、中世末期ごろの御伽草子の一種『浄瑠璃物語』であるらしい。
その物語は浄瑠璃御前と牛若丸の情話に薬師如来など霊験譚をまじえたもの。
その物語を語って神仏の功徳を説いた芸能者があったということで、そこから「浄瑠璃」の名が生まれたようです。
要するに、浄瑠璃御前の名前からとったということなんですよね。
「群青の空の色」のように、「紺瑠璃杯」のように、きれいな、きれいな御前だったのでしょう。



(winglass.gif+seisho05.gif)


とにかく、旅猫マイケルさん、コメントありがとうございました。
コメントをもらったお陰でいろいろと考えさせられました。
その事で2月14日に記事を書きます。
次のリンクをクリックして読んでみてください。


『ラピスラズリと紺瑠璃杯』


日本時間で2月14日のお昼頃には投稿を済ませているはずです。
さらに時間があったら卑弥子さんがマスコット・ギャルをやっている次のサイトも覗いてみてください。



(himiko92.jpg)


『ちょっと変わった 新しい古代日本史』


では、歴史を面白く楽しんでください。



(denman01.gif)




『ラピスラズリと紺瑠璃杯』より
(2012年2月14日)



このメールを読んで、今野 瑠璃子さんは更に刺激されて『ちょっと変わった 新しい古代日本史』を読んだのです。。。



それで。。。?


瑠璃子さんは、とにかく“紺瑠璃杯”に魅せられていますからねぇ~、紺瑠璃杯のことならば、貪欲に情報をゲットしようと記事を一つ一つ見ていったのですよ。。。 すると、次の記事に出てくる“紺瑠璃杯”に目が留まった。



(fc30802e.png)



『拡大する』


『実際の記事』



それで上の記事をじっくりと読んだのでござ~ますかァ?



そうです。。。


それで、テレパシーはどうなったのでござ~ますか?


今野 瑠璃子さんは、それ以上記事を読むのが面倒になってぇ、ページの下にある「御意見・御感想」に感想を書いたのですよ。。。




Beaverland Net Form Processor
From: konno****@yahoo.co.jp
To: denman****@gmail.com
Date:Sun, Mar 26, 2017 9:27 am.
Pacific Standard Time
日本時間: 3月27日 午後5時27分


MESSAGE SENT THROUGH YOUR WEBSITE


This form was submitted: Mar 26 2017 / 09:27:21


userid = barclay1720
YahGeo = encoding-identify-good
Your_Name = 今野瑠璃子
Your_Email_Address = konno****@yahoo.co.jp


Comments:



「徒然ブログ」に掲載された「ラピスラズリと紺瑠璃杯」を大変興味深く読ませていただきました。
本文中のリンクをたどってゆきましたら、紺瑠璃杯が冒頭に出てくるこのページにやってきました。
「飛鳥とシルクロード」も大変面白く読むことができました。
加藤様はずいぶんと古代史に詳しいのですね。


バンクーバーには一度旅行で訪れたことがあります。
大変きれいな街だという印象が今でも鮮やかに記憶に残っています。


私は佐賀県の武雄市という町に住んでおります。
町の中心には開湯以来1300年経つ武雄温泉があります。
この温泉には日本銀行や東京駅の設計を行った辰野金吾設計の楼門があり、国の重要文化財に指定されています。


バンクーバーは雨が多いところだとも聞いておりますが、
お体に気おつけて、更に興味深い記事をたくさん書いてくださることを期待しています。
では。。。




だから、“テレパシー”などという眉唾物を持ち出さずに、今野 瑠璃子さんが書いた感想を初めから持ち出せばよいではござ~ませんかア!



でも。。。、でも。。。、それでは、この記事が面白くならなじゃありませんかァ~。。。



(laugh16.gif)


 (すぐ下のページへ続く)


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by denman705 | 2017-03-30 03:21 | 日本・日本文化


 


紺瑠璃杯に魅せられて(PART 2)



【卑弥子の独り言】



(himiko22.gif) 


ですってぇ~。。。


ところで、“紺瑠璃杯”が大和朝廷にもたらされた頃


都では“伎楽”が楽しまれていたのでござ~ます。


ええっ。。。 “伎楽”とは、どのようなものなの?。。。とあなたは尋ねるのですか?


最近でも、“伎楽”あるいは“雅楽”が演奏されているのですわ。


では、ここに天皇陛下御在位二十年東京都慶祝の会の雅楽をお見せしますわねぇ~。。。



(gagaku09.jpg)



話は変わりますけれど、あたくしは“平成の紫式部”と呼ばれているのでござ~ますわァ。


うふふふふふふ。。。


ええっ。。。 信じられないってぇ~。。。?


じゃあ、『卑弥子の源氏物語』を お読みくださいませぇ~。。。



(genjiero4.jpg)


『卑弥子の源氏物語』


どうですか? あたくしが “平成の紫式部”だと納得がゆきましたか?


ええっ。。。 ちょっと納得がゆかないのでござ~ますかァ?


でも こう見えても 一応 京都の女子大学で腐女子たちに「日本文化と源氏物語」を講義しているのでござ~ますわァ。


ただし、なかなか あたくしの魅力を認めてもらえないのでござ~ますう。


つまり、結婚相手が 現れないのですわァ。


この際 高望みはいたしません。


“寅さん”のような人でもいいですわ。


旅に出ていることが多いので 手がかからないと思うのでござ~ますう。


ついでだから、寅さんの映画でも見て、希望をつなごうと思います。


“袖触れ合うも他生の縁”と申します。


あなたも 一緒に寅さんのYouTubeでも見てくださいねぇ~。。。



(tora019.jpg)



ちなみに、紫式部のお話も面白いですけれど、古代のお話も心にしみますわァ。


たまには、日本の古代史の記事も読んでくださいませぇ。


そういうわけで あなたのために平安史、古代史の記事を用意しました。


ぜひ 覗いてみてくださいね。


天武天皇と天智天皇は


同腹の兄弟ではなかった。
 


天智天皇は暗殺された 


定慧出生の秘密 


藤原鎌足と長男・定慧 


渡来人とアイヌ人の連合王国


なぜ、蝦夷という名前なの?


平和を愛したアイヌ人


藤原鎌足と六韜


古事記より古い書物が


どうして残っていないの?


今、日本に住んでいる人は


日本人でないの?


マキアベリもビックリ、


藤原氏のバイブルとは?


とにかく、次回も興味深い記事が続きます。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。
じゃあ、またねぇ~。。。



(hand.gif)


ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
(30june.jpg)



(surfing9.gif)




(sayuri5.gif)


ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。


卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。




(hama10.jpg)


『ハマグリにハマる』


『ハマグリの誘惑』


『ハマグリの足跡を追って』


『芭蕉と遊女』


『光源氏もビックリ』


『エロエロ源氏物語』


『悲痛の紫式部』


『卑弥子のえっち』


『白妙の和歌を探して』


『キーワード診断』


『紅のボート難民』


『ん?ネトウヨ』



(miya08.jpg)


『下衆のかんぐり』


『桓武天皇のママがネットで』


『ござが天皇とGOOGLE』


『エロ 建礼門院』


『一敗が三人に!』


『行田の黒い霧をはらう』


『ペルシャ人が飛鳥に』


『小柴垣草子』


『後白河上皇ダントツ』


『ブスと美人』


『エロい話が好き?』


『死んでも生きてる』


『失意の太田将宏』



(annasalleh.jpg)


『オルフェと聖徳太子』


『源氏物語とおばさんパンツ』


『霊仙はなぜ毒殺されたの?』


『紫式部が地獄へ』


『破戒僧円載』


『アショーカ王の愛と苦悩』


『どら平太の世界』


『三四郎とデンマンさん』


『ヒトラーの姪』


『ゴヤと三島由紀夫』


『仏陀とキリストと娼婦』



(zurose2.jpg)


『ズロースと戦争』


『伊藤若冲ブーム?』


『ブッダと物理学』


『加藤清正ブーム?』


『愛憎と三輪山』


『松原智恵子 お尻ペンペン』


『坂本龍馬は流れ者か?』


『野ざらし』


『紫式部堕獄説』


『日本最古のポルノ?』


『源氏物語の性描写』


『寅さんの本棚と急行まつしま』


『ヒトラーは草食系?』


『ブッダとキリストと娼婦』


『顔文字とオナラ』


『宝暦の恨みを明治維新で』


『デウキと紅葉@行田』


『薄い陰毛と紅のボートピープル』


『江戸の閨房術』


『ずるがしこい現代人』


『春画@源氏物語』


『千早振る』


『あれっ、松本清張』


『キスと源信』


『伎楽は呉から…?』


軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
(godiva05.jpg)



(byebye.gif)


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by denman705 | 2017-03-30 03:20 | 日本・日本文化

舞踏会 明子


舞踏会 明子

 

(nobelbanquet.jpg)

(nobelbanq3.jpg)

(dance011.jpg)

(warpeace4.jpg)

src="https://www.youtube.com/embed/SYXbz49zD0c" width="500">

 

旧ソビエト連邦時代のグルジア出身の

アルメニア人音楽家アラム・ハチャトゥリアンの作曲した

仮面舞踏会はミハイル・レールモントフの戯曲

『仮面舞踏会』を題材にした音楽作品で

当初は劇音楽として作曲されたが、

後に作者本人によって管弦楽のための

組曲に編成された。

この組曲の最初の“ワルツ”に合わせて

ヒロインのナターシャ・ロストワが

初めての舞踏会でアンドレイ・ボルコンスキー公爵と

踊るのだけれど、このシーンが

デンマンの心を最も捉(とら)えたのでした。

ケイトーは明子さんじゃなくて真由美ちゃんと舞踏会で踊ったのォ~?

(kato3.gif)

ん。。。? 僕が明子さんじゃなくて真由美ちゃんと舞踏会で踊ったのですかァ~。。。

続きは次のリンクをクリックして読んでください。

『舞踏会 明子』


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by denman705 | 2017-02-13 11:01 | 日本・日本文化

ひょうたんから駒


 


ひょうたんから駒


 



(chiwawa5.gif)



こんにちは。
いつも元気なジューンですよ。
ご機嫌いかがですか?
風邪など引かないようにしてくださいね。


ところで“ひょうたんから駒”って聞いた事があるでしょう?
わたしも聞いた事がありますよ。
でも、はっきりと意味を確かめた事がなかったのです。


わたしは長い事“ひょうたんからコマ”だと思っていたのです。
つまり、おもちゃの、あの回すコマだと思っていたのですわ。


実は、上のように“駒”と書くのですよね。
字を見れば間違いなく“ひょうたんから馬が出てくる”ことだということが分かります。


調べてみたら次のようなことが分かりました。



ひょうたんから駒


【意味】


冗談で言ったことが本当になったり、思いがけないところから
予想もしなかったものが出ること。


【ゆらい】


ひょうたんのような小さなものから馬が出るわけのないこと。


『ことわざの参考書』より


仮に、おもちゃのコマだとしても意味は同じようなものですけれどね。。。
うふふふふふ。。。


ところで英語で“ひょうたんから駒”を何と言うのか?


わたしの知る限りそのものズバリの言い方って英語にないのですよ。
調べてみたのですが、やっぱり見つかりませんでした。


ところで“ひょうたん”のことを英語では“gourd”と言います。
これは俗語で北米では“頭”と言う意味になります。
次のように使われますよ。



Are you out of your gourd?


あなた、気は確かなの?


あなた、気でも狂ったの?


あなた、どうかしちゃったの?


では、“ひょうたんから駒”を意訳して英語で言うとしたら、どのようになるのでしょうか?
ちょっと試してみますね。



It was only a joke, but it has come true.


ほんの冗談のつもりで言ったのよ、でも本当になっちゃったわ。




Something unexpected has happened.


思い掛けないことが起こってしまったわ。




Something impossible has taken place.


不可能な事が起きちゃったわよ。





An incorrect statement may turn out to be correct in the end.


うそから出たまことということもあるかも。。。



(june001.gif)


英語で言うならばこのように言うほかないでしょうね。。。デンマンさんは、もっとぴったりした英語の表現を知ってますか?



(kato3.gif)


うん、うん、うん。。。僕にも思い当たる文がありますよ。


教えてくださいな。


ところで、ジューンさんは“ひょうたん”って見たことがありますか?


もちろんありますわ。瓜(うり)の大きなものでしょう?


そうなんだけれど。。。僕の言うのはひょうたんで作った器の事ですよ。


器ですか?


そうですよ。ずっと昔、日本ではそのひょうたんの中に水を入れたり酒を入れたりして持ち歩いたものなんですよ。


水筒(canteen)の代わりだったのですね?


そうです。実物は次のような形をしています。



(gourd5.jpg)


ずいぶんと胴がくびれているのですねぇ~


日本で“ひょうたん”と言えば、このように胴がかなりくびれたものを普通言いますよ。もちろん、くびれがほとんど無いひょうたんもあるんですよ。


先がずいぶんと小さいのですわね?


そうですよ。だからこそ、ひょうたんから駒がでる事など不可能だというために、わざわざ先の細いひょうたんを持ち出した訳ですよ。つまり、次のようなことはありえないわけですよね。



(gourd6.jpg)


それで、デンマンさんが考えている英語の表現とはどのようなものですか?


だからね、僕は“ひょうたんから駒”というのを英語に訳すとき、この不可能な事を強調したいのですよ。ジューンさんが訳した中では最後から2番目に近いのですよ。僕なら次のように訳します。



The impossible turns into reality.


どうですか、ジューンさん。。。?英語になっていますか?


ええ。。。なんとなく諺らしい訳ですわ。


そうですか。。。そう言ってもらえるとうれしいですね。実は、僕には“ひょうたんから駒”のエピソードがあるのですよ。


聞きたいですわ。ぜひお話してくださいな。


そうですか。。。じゃあ、ここでそのエピソードを披露しますよ。まず、次のレンゲさんの手記を読んでみてくださいよ。



オマエと対話しないのは、


わたしはオマエが嫌いやからです。


2005/01/09 08:56 編集 返信


オマエに暴言吐かれてバ.カにされて憶測でわたしを非難した。
オマエのコロコロ変わる態度も不安感を与えてるんや、
今は耳障りのいい言葉を使ってるけど、
いつお気に召さないことがあって
コテンパンにやられるかって不安な相手と付き合いたかないやろ。

オマエと対話するって事は、
一か八かのバクチみたいなもんや。
わたしはおべんちゃら言う気はないからな。


でもオマエは自分の周りに、
耳ざわりのいい事ばかり言ってくれる
おべんちゃらの上手な、
オマエの思い通りになる、
ふぬけばっかり集めたいんやろ?
太鼓もちみたいな人間、
それでいて対話してて手応えのある
知性も兼ね備えた人材がほしいんとちゃうか?


甘いな。
そんなヤツおらへんわ。


頭のいいヤツは、そんなバ.カげた輪の中には、はいらへん。
入ってもすぐ気付いてどっかいってまうわ。
残ってるのは、かしこくない・気がついてない人間とちゃうか?


それに、何も裏づけもないのに、
わたしの事決め付けて余計なこと書くのもやめや。


オマエ、わたしに対話を申しこんでるんやろ?
あんだけクソミソに書かれて、
オマエのことなんか考えたくなくなるんちゃうん。
普通の神経やったらな。


あいかわらずの北風さんやな。
上着ぜったいぬがへんわ。
オマエの価値観、人に押し付けて洗脳でもしたいん?
オマエのせいで、「精神的な苦痛」を与えられ続けてるの、わかる?


告訴したろか?
さっきの不法アクセスの事も含めて。


by レンゲ




『ムカつくコメント』より


このレンゲさんの手記が“ひょうたん”と関係あるのですか?


そうですよ。レンゲさんは僕のことを“北風さん”と決め付けて、絶対に上着ぬがへん、と言っているのですよ。


“北風さん”って何ですか?



(sunwind2.gif)


ジューンさんは“太陽と北風”の寓話を聞いた事がないのですか?


ありませんわ。


太陽と北風が旅人のコートを脱がせようとするのですよ。北風は強風を吹き付けて旅人のコートを脱がせようとするのだけれど、吹き付ければ吹き付けるほど旅人は必死になって胸元を押さえてコートが風に吹き飛ばされないようにします。


ああっ。。。、その話なら聞いた事がありますわ。太陽の番になると、お日様がポカポカとした日の光を投げかける。旅人は汗ばんできて、ついにコートを脱いでしまうのですよね。


そうです。その話の中の北風さんが僕だと言う訳ですよ。つまり、僕はレンゲさんに対して無理やり接近しようとしていると受け止めてしまったのですよ。


つまり、ネットストーカーですか?


そうなんですよ。レンゲさんは僕のことをネットストーカーのように嫌った訳ですよ。


デンマンさんは不法アクセスまでした訳なのですか?


いや、僕はしませんでしたよ。それはレンゲさんの思い込みなのですよ。その不法アクセスしたのは、実はBLOOのスタッフだったのですよ。


つまり、現在レンゲさんが困り果てている不法アクセスの犯人が、レンゲさんが上の手記を書いた時の不法アクセスの相手なのですか?


そうですよ。現在のレンゲさんはすべてのことを理解しています。少なくとも僕が不法アクセスしていない事は充分に納得しているのですよ。


でも、上の手記ではレンゲさんはデンマンさんを完全に嫌っていますよね。


そうですよ。毛嫌いしていたのですよ!最悪の状態でしょう?。。。これでは仲直りは絶望的だとジューンさんも思うでしょう?


そうですわ。不可能に近いですよね。。。でも。。。仲直りができたのですか?


そうなんですよ。僕はほとんど諦めかけていたんですよ。だからレンゲさんから仲直りのメールをもらった時には“青天の霹靂(へきれき)”でしたよ。まさに、真夏に雪が降ってきたようでしたよ。


つまり、“ひょうたんからレンゲさん”ですね。



(gourd7.jpg)



(kato3.gif)


そうですよ。ジューンさん、うまい事を言いますね。まさに、僕にはひょうたんからレンゲさんが出てきたように思えましたよ。



(june001.gif)


それで、デンマンさんはレンゲさんを大切にしているのですわね。


僕がレンゲさんを大切にしているように見えますか?


そう見えますわ。


ジューンさんの言ったことをレンゲさんに聞かせてあげたいですよ。僕は本当にレンゲさんを大切な人だと思っていますよ。


レンゲさんもこの記事を読むのでしょう?


でもね、このようなすばらしい事はレンゲさんは読んでもすぐに忘れてしまうのですよ。


その時は、この記事を見せれば良いではないですか?


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by denman705 | 2017-01-18 04:28 | 日本・日本文化

キスと源信 (PART 1)



 


キスと源信 (PART 1)


 



(kissanim.gif)



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(himiko92.jpg)




(himiko22b.gif)


デンマンさん。。。 “キスと源信”ということは、恵心僧都の源信さんが接吻をしたのでござ~ますかァ~?



(kato3.gif)


たぶん、そうです。。。


そのような事は絶対にないと、あたくしは信じておりますわァ~。。。


どうしてですか?


だってぇ~、源信さんと言えば、とっても偉いお坊さんだったのでござ~ますわァ~。。。




(genshin1.jpg)


   源信


 


源信は、平安時代中期の天台宗の僧。
恵心僧都(えしんそうず)と尊称される。


浄土真宗では、七高僧の第六祖とされ、源信和尚、源信大師と尊称される。


源信は日本の浄土教の祖と称され、法然や親鸞に大きな影響を与えた。


浄土宗の開祖である法然は、源信の主著「往生要集」によって7世紀の唐の僧善導の浄土思想を知ることとなった。


浄土真宗の宗祖とされる親鸞は、主著『顕浄土真実教行証文類』(『教行信証』)「行巻」の末尾にある偈頌『正信念仏偈』(『正信偈』)「源信章」で、「源信広開一代教 偏帰安養勧一切 専雑執心判浅深 報化二土正弁立 極重悪人唯称仏 我亦在彼摂取中 煩悩障眼雖不見 大悲無倦常照我」と源信の徳と教えを称えている。
また『高僧和讃』において、「源信大師」10首を作成し称讃している。


なお、紫式部の『源氏物語』、芥川龍之介の『地獄変』に登場する横川の僧都は、源信をモデルにしているとされる。


略歴


(年齢は、数え年。日付は、文献との整合を保つため、旧暦(宣明暦)表示(生歿年月日を除く)とした。)


天慶5年(942年)、大和国(現在の奈良県)北葛城郡当麻に生まれる。幼名は「千菊丸」。父は卜部正親、母は清原氏。


天暦2年(948年)、7歳の時に父と死別。


天暦4年(950年)、信仰心の篤い母の影響により9歳で、比叡山中興の祖慈慧大師良源(通称、元三大師)に入門し、止観業、遮那業を学ぶ。


天暦9年(955年)、得度。


天暦10年(956年)、15歳で『称讃浄土経』を講じ、村上天皇により法華八講の講師の一人に選ばれる。そして、下賜された褒美の品(布帛〈織物〉など)を故郷で暮らす母に送ったところ、母は源信を諌める和歌を添えてその品物を送り返した。その諫言に従い、名利の道を捨てて、横川にある恵心院(現在の建物は、坂本里坊にあった別当大師堂を移築再建)に隠棲し、念仏三昧の求道の道を選ぶ。


 母の諫言の和歌 - 「後の世を渡す橋とぞ思ひしに 世渡る僧となるぞ悲しき まことの求道者となり給へ」


永観2年(984年)11月、師・良源が病におかされ、これを機に『往生要集』の撰述に入る。永観3年(985年)1月3日、良源は示寂。


寛和元年(985年)3月、『往生要集』脱稿する。


寛弘元年(1004年)、藤原道長が帰依し、権少僧都となる。


寛弘2年(1005年)、母の諫言の通り、名誉を好まず、わずか1年で権少僧都の位を辞退する。


長和3年(1014年)、『阿弥陀経略記』を撰述。


寛仁元年6月10日(1017年7月6日)、76歳にて示寂。臨終にあたって阿弥陀如来像の手に結びつけた糸を手にして、合掌しながら入滅した。




出典: 「源信 (僧侶)」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』



つまり、偉いお坊さんは接吻しないのですかァ~?



もちろんで ござ~ますわァ。 偉いお坊様は、絶対に女性を身近に近づかせなかったのでござ~ますわァ。


あのねぇ~、建前はそういう事になっていたのだけれど、坊主ほど花街に出入りした者はいなかったのですよ。。。


いいえ。。。、昔のお坊様は妻帯も許されていなかったのですわァ。。。


だから、禁欲もできないで花街に出入りしていたのです。。。


それは、デンマンさんの独断と偏見ですわァ~。。。


卑弥子さんだってぇ~、接吻ぐらいしたことがあるでしょう!?



(kissanim.gif)



あらっ。。。 あたくしが接吻するのをデンマンさんは隠しカメラで撮っていたのですわねぇ~。。。 うふふふふふふ。。。



キスしている上の女性は卑弥子さんではありませんよ!


デンマンさん!。。。 そのような事を言わなければ、この記事を読み始めたネット市民の皆様は、あたくしが星の王子様と接吻していると思うのですわよう! んもおおおォ~!


誰も、そのような事を考えませんよ!


とにかく、どうして“キスと源信”というタイトルにしたのでござ~ますか?


実は夕べ、バンクーバー市立図書館で借りていた本を読んでいたら次の箇所に出くわしたのですよ。



  キス



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【キス】 大河『義経』の打ち合せ中に「はたして平安時代の人はキスをしたのか?」という話題になった。


『今昔物語』には大江定基が死んだ妻への愛惜に耐えかね、死体の「口を吸ひける」に異臭がして、それが出家のきっかけになったというグロテスクな話がある(巻19の2)。


また寛和元年(985)に完成した、源信の『往生要集』に「(う)」という言葉が出てくる。


「鳥が互いにクチバシを突き合う」意味でつまりキスのことである。


「いはんや抱(うほう)[接吻して抱き合うこと]して淫楽せんをや」(岩波書店『日本思想大系 源信』38頁)。


とすると平安時代すでにキスはあったということになる。


しかし、九歳で比叡山に入った日本史上屈指の学僧源信はいかにしてこの言葉を知り、わざわざ自著に使ったのだろうか。



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(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)




82ページ 『考証要集』
著者: 大森洋平
2014年6月25日 第9刷発行
発行所: 株式会社 文藝春秋


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つまり、九歳で比叡山に入った日本史上屈指の学僧源信はいかにしてこの言葉を知り、わざわざ自著に使ったのだろうか?。。。と、デンマンさんも不思議に思ったのでござ~ますかァ~?



いや。。。 僕は別に不思議とは思わなかったのですよ。。。


どうして、不思議とは思わなかったのござ~ますかァ~?


卑弥子さんは忘れてしまったのですか?


あたくしが何を忘れたとデンマンさんは言うのでござ~ますかァ~?



『源氏物語』に描かれた春画


 



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平安時代中期の祭主・歌人で36歌仙の一人、大中臣能宣(おおなかとみのよしのぶ 921-991)が、春画を前にして和歌を詠んでいるのです。


「又、男女けしからぬことどもかかれたるところに」という詞書(ことばがき)につづいて、「うしろめた したのこころは しらずして 身をうちとけて まかせたるかな」という和歌が、『能宣集』(984~986年の成立)という能宣自撰の和歌集に収められています。
男女のいけないことが描かれた絵というものを能宣は目にしていたのです。


そこにあからさまな官能を詠む歌が寄せられます。
10世紀に春画が描かれていたことを示す貴重な記録です。


この序文には「勅ありて歌集をめす」とあり、春画にまつわる和歌が選ばれているのです。
『源氏物語』(11世紀初期成立)のなかにも、男女がともに寄り添って横たわる絵が描かれる場面があります。


宇治十帖の「浮舟」のなかで、貴公子・匂宮は宇治にいる浮舟という女性を訪ねます。
浮舟は薫(源氏の妻・女三宮と柏木との不義の子)の想い人でしたが、匂宮は薫を装って寝所に入り、浮舟と契ります。
その強引な振る舞いのなかに、浮舟は匂宮の情の深さを感じます。


匂宮は浮舟に男女が添い寝している絵を描いて見せ、「お逢いできないときは、この絵を見てください。いつもこうしていたいものです」といいます。



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浮舟は匂宮の描いた絵を時々見ては、自分の境遇に涙するのです。


江戸時代には『源氏物語』のこのシーンは、匂宮が春画を描いたものと理解されていました。


(略) 月岡雪鼎が描いた18世紀後半の肉筆春画には、春画を描くに当たって雪鼎が参考にした文献の名が書かれていますが、そのなかに『源氏物語』の「浮舟」の段を読んで、参照したことが記載されています。


(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)




67-68ページ 『春画を旅する』
著者: 山本ゆかり
2015年9月25日 第1刷発行
発行所: 柏書房株式会社


『春画@源氏物語』に掲載。
(2016年12月29日)



去年の大晦日を前にして、僕と卑弥子さんで『源氏物語』に描かれた春画について語り明かしたのです。。。 まだ1ヶ月と経ってないのですよ。。。 卑弥子さんは忘れてしまったのですかァ~?



思い出しましたわァ~。。。 大中臣能宣(おおなかとみのよしのぶ 921-991)が、春画を前にして和歌を詠んでいるのですわねぇ~。。。 つまり、10世紀に春画が描かれていたことを示す貴重な記録なのですわねぇ~。。。


そういうことですよ。。。 春画を前にして和歌を詠んだ大中臣能宣が10世紀の人ならば、恵心僧都の源信さんも10世紀の人物なのですよ。。。 だから、好奇心が旺盛な源信さんも次のよな春画を見ていたはずなのです。。。



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だから、当然、キスシーンも見て知っていたのですよ。。。



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 (すぐ下のページへ続く)


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by denman705 | 2017-01-15 05:03 | 日本・日本文化

キスと源信 (PART 2)




 


キスと源信 (PART 2)



【卑弥子の独り言】



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ですってぇ~。。。


あなたは デンマンさんの意見に同意いたしますかァ~?


確かに、キスなど、もっともっと ずっと昔からあったのかも知れませんよねぇ~。。。


ところで、話は変わりますけれど、あたくしは“平成の紫式部”と呼ばれているのでござ~ますわァ。


うふふふふふふ。。。


ええっ。。。 信じられないってぇ~。。。?


じゃあ、『卑弥子の源氏物語』を お読みくださいませぇ~。。。



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『卑弥子の源氏物語』


どうですか? あたくしが “平成の紫式部”だと納得がゆきましたか?


ええっ。。。 ちょっと納得がゆかないのでござ~ますかァ?


でも こう見えても 一応 京都の女子大学で腐女子たちに「日本文化と源氏物語」を講義しているのでござ~ますわァ。


ただし、なかなか あたくしの魅力を認めてもらえないのでござ~ますう。


つまり、結婚相手が 現れないのですわァ。


この際 高望みはいたしません。


“寅さん”のような人でもいいですわ。


旅に出ていることが多いので 手がかからないと思うのでござ~ますう。


ついでだから、寅さんの映画でも見て、希望をつなごうと思います。


“袖触れ合うも他生の縁”と申します。


あなたも 一緒に寅さんのYouTubeでも見てくださいねぇ~。。。



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ちなみに、紫式部のお話も面白いですけれど、古代のお話も心にしみますわァ。


たまには、日本の古代史の記事も読んでくださいませぇ。


そういうわけで あなたのために平安史、古代史の記事を用意しました。


ぜひ 覗いてみてくださいね。


天武天皇と天智天皇は


同腹の兄弟ではなかった。
 


天智天皇は暗殺された 


定慧出生の秘密 


藤原鎌足と長男・定慧 


渡来人とアイヌ人の連合王国


なぜ、蝦夷という名前なの?


平和を愛したアイヌ人


藤原鎌足と六韜


古事記より古い書物が


どうして残っていないの?


今、日本に住んでいる人は


日本人でないの?


マキアベリもビックリ、


藤原氏のバイブルとは?


とにかく、次回も興味深い記事が続きます。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。
じゃあ、またねぇ~。。。



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ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
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ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。


卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。




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『ハマグリにハマる』


『ハマグリの誘惑』


『ハマグリの足跡を追って』


『芭蕉と遊女』


『光源氏もビックリ』


『エロエロ源氏物語』


『悲痛の紫式部』


『卑弥子のえっち』


『白妙の和歌を探して』


『キーワード診断』


『紅のボート難民』


『ん?ネトウヨ』



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『下衆のかんぐり』


『桓武天皇のママがネットで』


『ござが天皇とGOOGLE』


『エロ 建礼門院』


『一敗が三人に!』


『行田の黒い霧をはらう』


『ペルシャ人が飛鳥に』


『小柴垣草子』


『後白河上皇ダントツ』


『ブスと美人』


『エロい話が好き?』


『死んでも生きてる』


『失意の太田将宏』



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『オルフェと聖徳太子』


『源氏物語とおばさんパンツ』


『霊仙はなぜ毒殺されたの?』


『紫式部が地獄へ』


『破戒僧円載』


『アショーカ王の愛と苦悩』


『どら平太の世界』


『三四郎とデンマンさん』


『ヒトラーの姪』


『ゴヤと三島由紀夫』


『仏陀とキリストと娼婦』



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『ズロースと戦争』


『伊藤若冲ブーム?』


『ブッダと物理学』


『加藤清正ブーム?』


『愛憎と三輪山』


『松原智恵子 お尻ペンペン』


『坂本龍馬は流れ者か?』


『野ざらし』


『紫式部堕獄説』


『日本最古のポルノ?』


『源氏物語の性描写』


『寅さんの本棚と急行まつしま』


『ヒトラーは草食系?』


『ブッダとキリストと娼婦』


『顔文字とオナラ』


『宝暦の恨みを明治維新で』


『デウキと紅葉@行田』


『薄い陰毛と紅のボートピープル』


『江戸の閨房術』


『ずるがしこい現代人』


『春画@源氏物語』


『千早振る』


『あれっ、松本清張』


軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
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by denman705 | 2017-01-15 05:02 | 日本・日本文化


 


あれっ、松本清張(PART 1 OF 3)


 



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デンマンさんは松本清張さんのファンなのですか?



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そうです。。。 清張さんの歴史小説、時代小説、それに“昭和発掘”、“日本の黒い霧”などは、むさぼるように読みました。。。


それで、今日は“あれっ、松本清張”というタイトルにしたのでござ~ますか?


そうです。。。 いけませんか?


何を書こうとデンマンさんが投稿するのですから、あたくしは別段 異論はござ~ませんけれど、なんだか、ぱっとしないタイトルでござ~ますことォ~。。。


そうですかァ~。。。 あのねぇ~、実は 夕べバンクーバー市立図書館で借りていた清張さんの本を読んでいたら次の箇所にぶち当たったのですよ。。。 



解題 香山二三郎


 


1950年代後半、すなわち短篇「張込み」でミステリーの世界に進出、『点と線』、『眼の壁』をきっかけに社会派推理のパイオニアとして人気作家にのしあがる頃から、1960年代初頭、『日本の黒い霧』で歴史ノンフィクションに新境地をひらくあたりまでの頃に発表されたものが収められていることがわかる。



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数々の話題作の舞台裏を知る上でも清張ファンには読み逃せない一冊といえよう。


中でも、ミステリー、推理小説に新たな地位を築こうとする意欲的な論考、作品の着想、ヒントにまつわるメモを日記形式で記した「創作ノート」等は興味深い。
前者の論考については、何よりも社会派推理のパイオニアとしての意気込みが伝わってこよう。 (略)


『日本の黒い霧』についても、



「もとより、私は『固有な意味での文学』などを書こうとは思わなかった。
そういう既成の枠からはずれてもかまわない、自分の思い通りの自由な文章で発表したかった。
作者が考えていることをもっとも効果的に読者に伝達するには、これまでの形式などはどうでもよいのである」(「現代の犯罪」/『黒い手帳』)


…と、これまた前衛的な姿勢を貫いたことを明言している。


いっぽう後者の「創作ノート」については、清張が書斎にこもり切りになるタイプの作家ではなかったことがよくわかる。
取材に歩き、先輩作家を訪問し、パーティにも出席。


ときには「終日街を彷徨す」(「推理小説の発想」/『黒い手帳』)ということもあった。
その折々の日常の場面から、様々なヒントやアイデアを得ていたのである。


清張の場合、



「電車の中や散歩に、なんとなく面白そうな考えがうかぶことが多い。
電車といってもいつも見馴れているような沿線でないと目移りがしていけないし、多少、退屈な状態でないと思索が働かない。


こういう意味では、満員電車の中に挟まれて身動き出来ない状態のほうがいいようだ。
散歩でも、いつも通っている道のほうが思考を凝集させやすいようである」(同前)


(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)




283-284ページ 『松本清張傑作選』
編者: 佐藤 優
発行所: 株式会社 新潮社



上の小文を読んでも判るように、清張さんは書斎に閉じこもって毎日作品を書くことに没頭する作家ではないのですよ。。。



つまり、ときには「終日街を彷徨す」こともあったということですわねぇ~。。。


そういうことです。。。 だから、例えば、次の文章を読むと、更にその事がよく解るのですよ。。。



たづたづし




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夕闇は 
 


路(みち)たづたづし
 


月待ちて
 


行かせわが背子
 


その間にも見む


 


(709)



この歌は奇妙にわたしの頭に印象を刻んでいる。
別に万葉集や和歌に趣味があるのではない。
たまたま本屋に寄って万葉集の本を開いたとき、偶然、この歌が眼にふれて頭に残ったのだ。


そのときも、どのような心理で本棚に並べてある万葉集を手に取ったかよく分からない。
それも東京ではなく、信州諏訪の本屋だった。
妙な土地で見たものだ。


この歌の意は、「月が出るまでの暗がりの路は、たどたどしくて分かりにくいものです。 あなた、どうか月が出るまで待って、その上でお出かけ下さい。 その間にもあなたのお側にいとうございます」というのであろう。


なぜ、こんな歌がそのとき、わたしの頭に沁みこんだのだろうか。
万葉の頃は、婿が女房の家に行く通婚(かよいこん)だったから、こういう情景もあったのだ。


夫は昼ごろから来ていたのか、宵から通って来たか、とにかく女房と一刻を過ごした夫はいざわが家に帰ろうとする。
歌には夕闇とあるが、もっと遅い時刻と考えてもさしつかえなかろう。
月の出が遅い晩もあるからだ。


女房は何のかんのと云って引き留める。
夫の肩を抱き、月が出るまではここに居て下さいね、途中が危ないわ、などといって口説いている。
夫は、そうだな、とか、まあ、とか云いながら、女の情にひかされてぐずぐずしている。
……そんな場面がうかぶのだ。


実は、このままの感情が、ついその前まで、わたしの身に降りかかっていたのである。
そして、この歌を読んだ時と場所がいっそうわたしに感銘を与えたのであった。


 (270-271ページ)




 


解題 香山二三郎


 


「たづたづし」(「小説新潮」1963年5月号)の表題もまた万葉集から取られたものだが、こちらは考古学とは関係ない。
官庁の課長(小官僚だ!)が不倫相手に刑務所に入っている夫が居るのを知って殺そうと決意、女を中央線の富士見に誘い出すが……。



「書いたときは少しイヤ味な題だと思ったが、いまはそれなりに落ちついている。
この小説に使った場所は、わたしが以前に住んでいた練馬区の上石神井のあたりである。


いまから17,8年前は、上石神井も武蔵野の名残りがあって、雑木林の小径がいたるところで見られたものだ。


暗い木立の下を抜けると月光の路に出、また闇の林の中に入るといった風情であった。
今は雑木林がとり払われ、団地や建売住宅地になっている。


「諏訪の本屋」というのは、上諏訪にいて、先年物故した考古学者の藤森栄一氏が経営した本屋のことである。」(あとがき/『松本清張全集 38』文藝春秋)



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東京郊外の“新開地”を舞台にした万葉の恋歌さながらの情事が、身勝手な犯罪劇へと転じていくサスペンスの妙。
八ヶ岳や木曽等、信州の自然、風景との対照も読みどころ。


 (344ページ)


(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)




『松本清張傑作選』
編者: 原 武史
発行所: 株式会社 新潮社



要するに、松本清張さんは足で歩いてモノを書く作家なのですわねぇ~。。。



そうなのですよ。。。


。。。で、デンマンさんも足で歩いてブログを書くのでござ~ますか?


もちろん、僕も毎日往復1時間かけて自宅のマンションとバンクーバー市立図書館を往復して記事を書いているのですよ。。。


つまり、この事が言いたかったのですか?


いや。。。、それだけじゃなく、僕は本屋で清張さんに会ったことがある。。。


まさかあああァ~。。。 マジでござ~♪~ますかァ~。。。?


このような重要な瞬間に、僕はウソやデマカセを言いませんよ。。。


。。。で、どこの本屋で松本清張さんに出会ったのでござ~ますかァ~? まさかァ~。。。、まさかァ~。。。、バンクーバーの本屋さんではないでしょうねぇ~。。。!?


いや。。。 バンクーバーの本屋ではありません。。。 まだ、僕が日本で松下に勤めていた頃の話です。。。


だから、どこの本屋さんですか?


それが、こともあろうに、新宿の東口の紀伊国屋書店。。。 それも本店の2階です。。。


 (すぐ下のページへ続く)


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by denman705 | 2017-01-14 04:10 | 日本・日本文化


 


あれっ、松本清張(PART 2 OF 3)




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あらっ。。。 デンマンさんはマジで こうして清張さんにお会いになったのでござ~ますかァ~?



間違いなく会いました。。。 でもねぇ~、このような微笑ましい出会いではなかったのですよ。。。


つまり、清張さんに完全にシカトされたのでござ~ますかァ~!?


いや。。。、シカトされたというのとも ちょっと違うのですよ。。。 とにかく、清張さんの吐く息が感じられるくらい近かった。


あらっ。。。出版のパーティとか講演会で会ったのでござ~ますかァ?


いや。。。、パーティとか講演会ではないのですよ。。。 さっきも言った通り本店の2階の新刊書のあたりですよ。。。


それ以前にデンマンさんは清張さんと話したことがあるのですか?


いや。。。僕は全く清張さんの一読者に過ぎません。 それまでに会ったことも見たこともない。


つまり、新宿の本屋さんで見かけた程度だったのですか?


そうなのですよ。 


デンマンさんのことですから清張さんのサインを求めたのでしょう?


いや。。。そういう雰囲気ではありませんでしたよ。 あの風貌ですからねぇ~。。。 ブスッとした表情を浮かべているように見えるでしょう? 話しかけたいような気にならない。 清張さんには人を寄せ付けない雰囲気があるのですよ。。。


もしかして他人の空似ではありませんか?


あのねぇ~、清張さんの顔は、写真で見ても一度見たら忘れられないような個性的な人相ですよ。 あの人相は、そうやたらにあるもんじゃない。 だからこそ、すぐに清張さんだと判ったのですよ。


それで清張さんは紀伊国屋の本店で本のサイン会を開いたのですか?


いや。。。僕と同じように本屋に立ち寄ったという感じでしたよ。 入り口から5メートルぐらい入った所の新刊書の書棚の前で僕は本を手にとってパラパラめくっていた。 そしたら隣に背の低い 冴(さ)えない着古したコートを着た男がやって来た。 本を手に取るでもなく背表紙を見ているといった感じでした。


その人が清張さんだったのですか?


そうなのです。 150センチぐらいしかない小男ですよ。 どのように見ても155センチ以上はなかった。 松本清張ってぇこんな小男なのだろうか!? 顔が大きく大柄な人だと僕は思い込んでいた。 それが意外にもブスッとした小男だった。 それが僕の第一印象でしたよ。


それで、その場に居た他の人はどのような反応を示したのですか?


その日はたぶん土曜日か日曜日だと思うのですよ。 でも、それほど店内は混んでいたわけじゃなかった。 5メートルほどの本棚の並びには僕と清張さんの他に2人か3人程度だった。 誰も気づいていないようだった。 気づいていたとしても、僕と同様に「人を寄せ付けない雰囲気」を感じていたに違いない。 だから、誰も話しかけようとはしなかった。


いつ頃の話ですか?


まだ僕が海外に出る前、日本に居た頃ですよ。 当時、僕は松下産業の正社員で横浜港北区にある松下通信工業(株)に出向していた。 その日の事はよく覚えていますよ。


どうして。。。?


あのねぇ~、会社のダンスパーティーで仲良くなった技術管理課の女の子とデートをする予定だったのですよ。


あらっ。。。会社のダンスパーティーでナンパしたのでござ~ますかァ~? うふふふふふ。。。


やだなあああァ~。。。そのように茶化さないでくださいよう。


つまり、真面目に付き合おうとしていた女性なのですか?


当然ですよ。 かなり前に記事に書いたことがありますよ。 ちょっと読んでみてください。



床上手な女



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上の記事の中でも7番目に「ダンスのうまい女性は床上手」と書いてあるでしょう。。。僕も、実際、そう思いましたよう。



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デンマンさんには体験談があるのですか?


あるのですよう。 僕は松下産業に入社して横浜の綱島にある松下通信工業に出向したんですよう。それで、毎年ダンスパーティーに顔を出すようになった。


社内ダンスパーティーですか?


そうです。どう言う訳か、綱島の大食堂ではやらずに、佐江戸にある工場の集会場でやったのですよう。3000人ぐらい入れる会場なのですよう。


綱島から、かなり離れているのですか?


同じ横浜市にあるのだけれど、僕は車を持っていなかったので電車を乗り換えてゆくから、1時間ぐらいかかりましたよう。



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左の方に「松下電器産業」と書いてあるけれど、ここが僕が松下通信工業で働いた時には、通信工業の佐江戸工場があった所ですよう。現在では都築(つづく)区にあるけれど、この区は港北区と緑区の一部が分区して、新しくできたとか。。。僕が居た頃は港北区だったように思うのですよう。当時は工場の周りは畑で、家などほとんど無かった。おそらく、新しい区ができるほどだから、今では、工場の周りには家が建ち並んでいるのでしょうね。東横線の綱島駅から菊名駅で乗り換えて、横浜線で鴨居駅で降り、そこから田んぼの中を工場まで20分ぐらい歩いたものですよ。



それで、たくさんの人が集まったのですか?


そうですよう。まるでお祭りさわぎでしたよう。少なく見積もっても1500人ぐらいがやって来ていました。“芋の子を洗う”ようだと言う形容があるけれど、まるでイモを洗うように人がゴロゴロとダンスしていると言う感じだったですよう。うしししし。。。


大勢の人たちが所狭しと踊っていた訳ですか?


そうなのですよう。僕はデータ制御事業部の技術部で働いていたのだけれど、技術部技術課はすべて男だけです。技術部には250人ぐらい居ました。 女性が居るのは技術管理課という課だけで、そこには課長1名と係長1名、それに7人の女性が居たのですよう。


。。。で、デンマンさんのことだから、すぐにその7人の女性たちと仲良くなったのでしょう?


そうです。 やっぱり技術管理課の女性たちと仲良くしないと仕事がやりにくいですからね。


どうしてですか?


打ち合わせがあったりすると、技術管理課の女の子に頼んでコーヒーを入れてもらうのですよう。 そう言う時でしか会社の只のコーヒーが飲めない。うしししし。。。


つまり、会社の只のコーヒーを飲むために女の子のご機嫌をとって仲良くしていたのですか?


うん。。。、確かにそういう下心が半分ありましたよね。うへへへへへ。。。お金を払って飲むコーヒーショップが会社の食堂の一角にあったけれど、そういう所で打ち合わせをしたことが無い。うしししし。。。


それで、その女の子たちと踊った訳ですか?


そうですよう。同じ社員でも見ず知らずの女性と踊るよりは、普段、顔を合わせている女性の方が、やっぱり踊りやすいですよね。


それで、どう言う事があったのですか?


あのねぇ~、僕は学生時代から数えれば、少なくとも200人を越す女性と踊ったと思うのですよう。


それで。。。?


その7人の中に山本恵子さんと言う女性が居たのですよう。この人と踊った時だけ、僕の背後に他のカップルが近づいてくると、僕の肩に置いた手の人差し指だったか?あるいは中指だったか?“すぐ後ろに他のカップルが近づいてきて、ぶつかりそうになっていますよう”。。。まるで僕にそう言うように指先に力を込めて知らせるのですよう。“あっ。。。うしろ。。。うしろ。。。”なんて、言葉で言う女の子も居たけれど、やっぱり、指先で知らせる方が洗練されているような感じで、僕は改めてこの恵子さんを見直したのですよう。


そのような事をするのはデンマンさんのお相手では恵子さんだけだったのですか?


そうなのです。後で話を聞いたら、女子高時代にそうするように先生に教わったと言うのですよう。それがマナーなのかもしれないけれど、僕は教わった事が無いし、それまでに、そのような事をする女性と踊った事が無い。


。。。で、実際に恵子さんは床上手だったのですか?


残念ながら、ベッドの中でお相手をしてもらうような関係にはならなかったのですよ。 本当に残念でした。 でも、上の記事を読み返しながら、恵子さんならば、まず間違いなく床上手だろうと、しみじみと懐かしみながら思い出したと言う訳なのです。




『床上手な女』より
(2008年9月16日)



つまり、この恵子さんと新宿でデートしたのですか?



そのつもりだったのだけれど、当日になって急用ができたので行けないと言ってきたのですよ。


デンマンさんの下心を見透かして遠回りに断ったのですわ。 うふふふふふ。。。


あのねぇ~、そのような下心はありませんでしたよ。


それで一人でブラブラと新宿まで出かけて行ったのですか?


そうです。 新宿でデートするつもりだったので、他にすることが思い浮かばなかったから新宿まで行った。 これからどうしようかと考えながら時間つぶしに本屋に入ったのですよ。


そしたら松本清張さんを見かけたというわけですか?


そうです。 どうせ有名人を見かけるなら松本清張さんよりも原節子さんに会いたかったですよ。 うへへへへへ。。。



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原節子さんが人通りの激しい新宿に行くはずないでしょう!?



どうして。。。?


だってぇ~、小津安二郎監督が亡くなってからは、まるで雲隠れしたように姿を公衆の面前に現さないというもっぱらの評判でしたわ。


確かにそうなんだけれど、いつだったか山手線の電車の中で吊り輪につかまって単行本を読んでいた原節子さんを見たという人の手記をネットで読んだことがありますよ。


きっと他人の空似ですわよ。


ところで、『ウィキペディア』で清張さんの面白いエピソードを見つけました。




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•酒も食事もあまり興味はなく、唯一の趣味はパチンコであった。行きつけの店は西荻窪の駅前にあり、周囲に気づかれないよう変装してパチンコ店に入ったこともあったが、すぐに清張とわかってしまい困ったという。


•人見知りをするところもあり、人との付き合いが下手であったとされる。文壇との関係も薄かった。ただ、無口ではあったが、暗い性格ではなく、身内や馴染みの者に適度に茶目っ気を見せることもあった。


•「ぼくのマドンナ」像を問う企画の際、以下のように述べている。「私のマドンナ像は、いくつかの条件がある。まず、その女性との交流はプラトニックなものでなくてはならない。肉欲を感じさせるものなどもってのほか、あくまでも清純で、処女性を備えている必要がある。次ぎに、その関係は私の側からの片思いでなくてはいけない。相思相愛では、神聖な域にまで高められたイメージも、たちまちにして卑近な現実の無禄と化す。この世では到底思いのかなわぬ高嶺の花 - この隔たりこそ、切ないまでのあこがれをかきたてる要因である。私にとってのマドンナはまた、絶世の美女ではなくてはならない。いやしくもマドンナというからには、普遍化された理想像であって、個性などというものの入り込む余地はないはずだ。美人ではないが気立てのいい女、というのでは、話にならないのである」。


•小説中の女性の描写に関して、瀬戸内寂聴は以下のエピソードを伝えている。清張の執筆量が激増した頃、ある女性と縁ができた。この女性は結婚願望が強かったが、清張は夫人を大切にしていて、離婚は思いも及ばないことであった。しかしその女性はどうしても清張夫人の座が欲しく、あらゆる難題を吹きかけ、手を尽くして自分の欲望を遂げようとした。のちに瀬戸内がその女性を取材した際、女性は悪しざまに清張を罵倒したため、瀬戸内は書く気が失せ、その仕事を降りた。そののち、清張は瀬戸内が書かなかったことへのお礼を述べ、「悪縁でしたね」と言った瀬戸内に、「そうとも言えないんだ。彼女のおかげで、ぼくは悪女というものを初めて識った。あれ以来小説に悪女が書けるようになった。心の中では恩人と思ってるんだ」と答えたという。


•『黒い画集 寒流』『風の視線』『霧の旗』など清張原作の映画に出演しているが、清張は新珠三千代が大のお気に入りであったと言われる。『婦人公論』1962年10月号紙面には清張と2人で登場し、演出家の和田勉によれば、1980年代になっても、良い「若手女優」を清張に尋ねると、清張はすでに50歳となっていた新珠を推してきたという。


•清張との厳しい思い出を語る関係者は多い。「(清張のあからさまな門前払いに遭い)涙を流した」(森村誠一)、「(清張に自分の取材結果を一蹴され)一瞬、殺意を感じましたよ」(郷原宏)。他方、「(清張)先生はジェントルマンなんですよ」(藤井康栄)、「逆境にあったり、虐げられた立場にあったり、コツコツ努力する人間に対しては殊の外暖かい」(林悦子)、「陰口をたたいた者は一人もいなかった」清張邸のお手伝いなど、優しく他人を思いやる人だったと回想する関係者も多い。


•本人が評価していた映画作品は『張込み』『黒い画集 あるサラリーマンの証言』『砂の器』だけであったという(三作とも脚本は橋本忍)。




出典: 「松本清張」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』



変装してパチンコ店に入ったと書いてあるけれど、なまじ変装などして入るから見破られて話しかけられてしまうのですよ。 そのままで入れば、清張さんには近寄りがたいオーラのようなものがあるから、僕のように好奇心が強い男でも、なんとなく避けるものなのですよ。



そうでしょうか?


それにしても清張さんに夢中になってしまった女性が居るというのは意外ですねぇ~。。。 「蓼(たで)食う虫も好き好き」というけれど、マジでそう思いましたよ。


デンマンさん。。。! ご自分のことを考えたらどうですか?


それもそうですねぇ~。。。 顔で判断してはいけませんよね。 うししししし。。。



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by denman705 | 2017-01-14 04:09 | 日本・日本文化