デンマンが日々思ったこと考えたこと感じた事を書きます。


by denman705

カテゴリ:日本・日本文化( 717 )

ヒシしようよ (PART 1)


 


ヒシしようよ (PART 1)


 



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わたしの中の悪いわたし


 



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わたしの中には悪いわたしが棲んでいる。


こましゃくれた子どもはいまも苦手だし、かといって天真爛漫であれば、それはそれでどうもうんざりする。


 


このあいだひどいことがあった。


娘は保育園から帰って、ささやかなおやつを食べていた。


一日園ですごして甘えたかったのだろう。


 



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ビスケットとヤクルトのほかに牛乳がほしい、牛乳をこぼしたから拭いてほしい、拭くのはそのタオルじゃなくてピンクのやつにして、などと次々に要求してくる。


ヤクルトを飲み終わったボトルをさしだして、「これ、かたづけて~」と言ってきた娘に、家事がはかどらずにイライラしていたわたしは、つい「わたしはあなたのメイドじゃないんだからね」と言ってしまった。 (略)


急にわけのわからない理屈をぶつけられた娘はぽかんとした後にしょんぼりし、沈黙が部屋を支配した。


わたしは口にしたとたん「しまった……」と思っているのに、バツがわるくて撤回できず、背を向けたまま夕飯のしたくをつづけた。


……シーン……


トントントントン(包丁の音)


ポリポリポリ(ビスケットをかじる音)


なんとかしなくてはと思いつつ舌がほぐれない。


しばらくすると、「ママ?」と娘が呼んできた。


「ヒシしようよ」


 



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ヒシというのは、彼女の用語で「ハグ」のこと。


「ひしと抱きあう」
という言い回しをどこかで聞いて気に入ったらしく、ぎゅっと抱擁しあうことを「ヒシ」と言う。


わが家では、2歳数か月の子どものほうが母よりずっとおとななのであった。


こういう時ばかりは、わたしの中の悪いわたしは跡形もなく消えてしまう。


 


(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)




97-98ページ 『孕むことば』
著者: 鴻巣友季子
2008年5月22日 第1刷発行
発行所: 株式会社 マガジンハウス




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デンマンさん。。。 なんだか 私に対する当て付けのようなエピソードを持ち出してきましたわねぇ~。。。



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あれっ。。。 小百合さんも 鴻巣友季子さんのように子どもの前でヒステリーを起こしたことがあったのですかァ~?


台所で夕飯のしたくをしている時などに、子どもがうるさく まとわりついてくる時など ついついムカついて 言わなくてもいい言葉を口走ったりしたことがありましたわ。。。


。。。でしょうねぇ~。。。 僕にも子どもの頃、甘えたいのに母親につっけんどんにされたことがありましたよ。。。


小さな子どもの頃ってぇ、誰にでも同じような経験があるのではありませんかァ~。。。?


でもねぇ~、僕が子どもの頃にはハグをする習慣というのは、全くありませんでしたよ。。。 最近、日本に帰省してテレビを見ていると、アメリカの映画の影響か? あるいは欧米を旅行してハグをするのを見慣れるようになったせいか? 中学生か、あるいは女子高生か? 戸外で女の子同志でハグをしているのを見かけることが多くなったけれど、僕が小学生か中学生の頃には、そのような事は全くありませんでした。。。 小百合さんの子どもの頃はどうでしたか?


やっぱり、ありませんでしたわァ。。。 アメリカ文化の影響だと思いますわァ。。。


僕が小学生の頃だって、テレビでアメリカのホームドラマをやっていたけれど、ハグをするのって、あまりテレビに映ってなかったよな気がするのですよ。。。


私が子どもの頃は、アメリカのホームドラマで たまにはハグを見かけましたけれど。。。、でも、その真似をしてハグする人はいませんでしたわァ。。。


海外で暮らしている人にとっては、ハグはけっこう当たり前ですからね。。。 例えば、ブラジルですよ。。。



アブラッソ不在の美



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日本に住み始めた頃、ここには、ブラジルのアブラッソ(ハグ)の習慣がないことぐらいはすぐに気づきました。
しかし、これを試みると嫌われるとまでは、分かりませんでした。


だから、アブラッソを試みて拒否されると、ずいぶんと傷つき、いやな思いをしたものです。
「心の温かさを伝えたいだけなのに、なぜこの人は逃げるの?」


それは夫との間でも同じでした。
彼との交際が始まり、後に結婚してからも、私はアブラッソをしたかったのだと思います。


でも日本では、人前でベタベタすると嫌われますよね。
ですから外を歩く時など、夫の腕に手を回すだけにしていました。


(略) 東京都町田市にあった夫の実家でしばらく過ごすことになりました。
ある日、夫と腕を組んで歩いていたら、道の向こうから、知人(夫の友人の母親)が私たちのほうに歩いてくるのが見えました。


すると彼は私の腕をぱっ!と振りほどき、通りの向こう側に行ってしまったのです。
なにも通りの向こうのほうにまで行くこともないのにねぇ。


腕を組んで歩くくらいなら東京(新宿など)でも自然にやっていたことですし、オーストラリアでは当たり前でした。
でもそこは、町田。
人出の多い新宿などとは違って、住宅地。
腕など組んでいるカップルは、当時はまだ珍しかったようです。


 



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(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)




47-48 ページ
『悪いけど日本人じゃないの』
著者: 日向ノエミア
2013年5月25日 第1刷発行
発行所: 柏書房株式会社


 


あらっ。。。 アブラッソというのは、ハグのことなのですわねぇ~。。。



そうなのです。。。 小百合さんもハグということが分かって懐かしいでしょう!


私が懐かしがらなければならにことでもあるのですか?


やだなあああァ~。。。 もう忘れてしまったのですかァ~。。。


私が何を忘れたとデンマンさんは言うのですかァ~?


かつて僕が小百合さんに出したメールを読んでみてください。





Subj:小百合さん、おはよう!


きのうは10月だというのに


油蝉が鳴いて


呆れましたよ!


きゃはははは。。。



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From: denman@infoseek.jp
To: sayuri@hotmail.com
Cc: barclay1720@aol.com
Date: Thu, Oct 13, 2011 10:53 am


Infoseekのメールシステムがリニューアルしたので、うまく送信ができなくなってしまったのですよ。


それでAOLのメールシステムを使って送信したのだけれど、これも、うまく送ってくれなかったようです。


このメールはINFOSEEKの旧システムで送ってます。


昨日は小百合さんと会えて十分に楽しみましたよ。
9月30日、館林では時間的なゆとりがなかったのでガストでも、なんとなくせわしい気持ちでダベッたので、なかなか落ち着けなかったようですよね。


昨日は盛りだくさんな1日だったけれど、小百合さんが気分的に落ち着いていたようで、僕ものんびりとできました。



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大長寺の大仏様の前でHよりも感じるハグをしてから東屋(あずまや)でダベッていたら油蝉が飛んできて鳴いたのには驚きましたよ。
ロマンチックというよりも呆れましたよ!
10月12日なのに、夏の気分になって蝉が飛んできたようです。(爆笑)


確かに昨日は10月にしては暑かった。
実家に4時に戻った時には汗ばむほどの陽気でした。23度。
でも、油蝉が鳴くほど暑くはなかった。



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「かねつき堂」のゼリーフライは久しぶりに食べてうまかったですよ。


水城公園で小百合さんがIrish Cream Coffee Beansで入れてくれたコーヒーを飲みながら食べたので一味うまかったのでしょうね。


それにしてもガチョウの“チョウ助”が居ませんでした。



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僕がバンクーバーで暮らしている1年の間に、可哀想にも一人で寂しく亡くなってしまったのでしょう?!


 


小百合さんが久しぶりにマクドでシナモンロールが食べたいと言ったので行田イオン(eaon)モールに行ったのだけれどマクドナルドが無くなっていたんだよね。



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行田市内は寂れる一方ですよ。


どうしてもお客さんが郊外のショッピングモールへ行ってしまうんだよね。たぶん。。。


そう言う訳で17号バイパスのケーヨーD2吹上店へ行きました。



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敷地の南東の隅にマクドナルドがあった。
でも、シナモンロールは、もうやってないとのこと。。。


NHKの「おはよう日本」では、最近、キッシュが日本で流行っているというようなことを言っていたけれど、
ガストにもマクドでもキッシュは置いてない。



キッシュ(仏語 Quiche)



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キッシュは、卵とクリームを使って作るフランス、アルザス・ロレーヌ地方の郷土料理。


パイ生地・タルト生地で作った器の中に、卵、生クリーム、ひき肉やアスパラガスなど野菜を加えて熟成したグリュイエールチーズなどをたっぷりのせオーブンで焼き上げる。
ロレーヌ風キッシュ(キッシュ・ロレーヌ)では、クリームとベーコンを加える。
ナッツ類を加える場合もある。


生地ごと三角形に切って皿に出す。
地中海沿岸の地域でも一般的な料理である。
語源はドイツ語のKuchen(クーヘン)である。




出典: フリー百科事典
ウィキペディア(Wikipedia)』



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仕方なく、マックナギットを頼んでコーヒーを飲みながら一緒につまみました。


“マクドでコーヒーのお代わりなんてできないわよ!”
と小百合さんはいつも言っていたけれど、D2のそばのマクドでもコーヒーのお代わりが無料でできました。
きゃはははは。。。



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明日も、また会えるといいね。
今度は「さきたま古墳公園」で“田舎っぺうどん”を食べましょう。
じゃあね。



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『タリアセン夫人と再会』より
(2011年10月13日)



どうですか?。。。 思い出しましたかァ?



ええ。。。 思い出しましたわァ。。。 つまり、大長寺の大仏様の前でHよりも感じるハグをしたことを私に思い出して欲しかったのですわねぇ~?


いけませんかァ~。。。


そのために、わざわざヒシしようよというタイトルにしたのですかァ?


そうです。。。 いけませんか? 上の本の著者の日向ノエミアさんの両親は日本人なのですよ。。。 でも、生まれがブラジルで24歳の時に日本へ留学するまでは ずっとブラジル育ちだったのです。。。 それで、ハグするのは 至極当たり前の習慣として 日本でも親しくなった人と会ったりすると ついついハグをしようとしたわけです。


すると、ハグする前に日本人から逃げられてしまって、いやな思いをしたというのですねぇ~。。。


そういうことですよ。。。


。。。で、デンマンさんもカナダ暮らしが人生の半分以上を占めるようになったので ハグするのが習慣になったと言いたいのですか?


そうですよ。


つまり、デンマンさんにも 日本へやって来た時に日向ノエミアさんと同じような経験があると言いたいのですわねぇ~。。。?


そうです。。。 そのことでも、かつて記事を書いたのですよ。。。 読んでみてください。




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デンマンさんは次のように書いてましたわね。


今度は古代蓮を見ながら


“Hよりも感じるハグ”をして


再会を喜び合いたいものです。



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確かに、このように書きました。


それでデンマンさんはハグにこだわるのですか?


いけませんか?


だってぇ、デンマンさんのハグは、まるでプロレスの胴締めのように肋骨をギュッと締め付けるのですわ。


まさか。。。?


私はいつも死ぬかと思うほど呼吸困難に陥ってしまうのですわ。


それは、ちょっとオーバーではありませんか?


とにかく、いつ会ってもハグをっするのは、いったいどういうつもりなのですか?


やだなあああァ~、小百合さんが「ハグは素敵ですね」と言ったからですよ!


私がですか?


そうですよ!。。。もう忘れてしまったのですか?


そのような事を言ったかしら?


言いましたよ。。。次の写真を見ながら小百合さんはしみじみと言ったのですよゥ。。。



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つまり、白熊の真似をしてデンマンさんは私に会うとベアハグをするのですか?



いや。。。ちがいますよ!。。。白熊が人間のハグを真似したのですよ!


とにかく、デンマンさんのハグは肋骨が折れると思うほど締め付けが激しいのですわ。


まさか。。。?


だってぇ~、今年も肋骨の1本がボキッと音をたてましたわ。。。肋骨が折れたと私は思いましたわ。


あのねぇ~、僕はプロレスラーじゃありませんよ。 小百合さんの肋骨が折れるほど強烈なベアハグをしませんよゥ。。。 んもおおおォ~!


でも とにかく、肋骨がボキッと音を出すようなハグだけは止めていただけませんか!?


だから、それ程に僕は小百合さんとの再会を喜んだわけですよ。


でも、肋骨が折れるのが心配ですわ。


分かりました。 今度は白鳥を優しく抱きしめるようなハグをしますよ。 うししししし。。。




『タリアセン夫人と再会』より
(2011年10月13日)



あのねぇ~。。。 小百合さんは反応が大げさなのですよ。。。 いくらなんでも小百合さんの肋骨が折れるほど僕は強烈なベアハグなどしませんでしたよゥ。



だってぇ~、肋骨の1本がマジでボキッと音をたてましたわァ~。。。


だから、それが大げさだと言うのですよ。。。 僕には全く聞こえませんでした。。。 第一、僕はプロレスラーじゃないのですよ。。。 それほど強烈に小百合さんを抱きしめるわけがないじゃありませんかァ!


とにかく、私はベアハグされた本人だから、間違いなく脊椎を伝わってきた音が内耳に届きましたわァ。


つまり、それが理由で小百合さんは僕のハグから逃げるようになったのですかァ~?


いいえ、違いますわァ~。


じゃあ、どういうわけで、僕がハグしようとすると逃げるのですか?


デンマンさんは知らないのですか?


何を僕が知らないと小百合さんは言うのですか?


ちょっと次のページを見てくださいなァ。



(tousatsu2.png)


『実際のページ』



あれっ。。。 ハグを盗撮して サイトに貼り出したのですねぇ~。。。



そうですわァ。


つまり、小百合さんと僕がハグをしているのを盗撮されて ツイッターで公開されるかもしれないという不安から、僕がハグしようとすると小百合さんは逃げるのですか?


だってぇ~、デンマンさんのハグは5分から10分ぐらい続くのですものォ~。。。


いくらなんでも それはオーバーですよ。。。 そんなにハグしていたら、僕の腕はしびれてしまいます。



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 (すぐ下のページへ続く)


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by denman705 | 2017-06-23 02:55 | 日本・日本文化

ヒシしようよ (PART 2)



 


ヒシしようよ (PART 2)



【卑弥子の独り言】



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ですってぇ~~


あなたは どう思いますかァ~?


あなたも銀座で友達と出会った時などに、ハグしますかァ~?


海外では、同性であっても、ハグする人がいるようですわァ~。。。


あたくしは、大和撫子(やまとなでしこ)ですので、どちらかと言えば、おしとやかにお辞儀をして ご挨拶をするのがクセになっておるのでござ~ますわァ~。。。


でも、もしデンマンさんが あたくしの肋骨が折れるほど


ハグしようとなさったら、あたくしはジャイアント馬場の


コブラツイストでお返しをしようと思っていますゥ。。。 うふふふふふふ。。。



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ええっ。。。 そんな事はどうでもいいから、何か面白い事を話せとおっしゃるのでござ~ますかァ~?


分かりましたわ。。。 あたくしが余計な事を言ったので


あなたは、いやな気分になったのでしょうから、


気分直しに、あなたの気分爽快になるように次の曲を聴いてくださいまし。。。



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いかがでしたかァ~。。。?


ところで、小百合さんが「軽井沢タリアセン夫人」と呼ばれているのですわァ。


なぜ。。。?


ご存知でござ~♪~ますか?


実は簡単な事なのですわよう。


小百合さんは軽井沢に別荘を持ったのですわ。


小さな頃から軽井沢に住むことが夢だったのですってぇ~。。。


分からない事ではござ~ませんわ。


そもそも小百合さんが軽井沢に興味を持ったのは、朝吹登水子のエッセーなどを読んだことがきっかけだったとか。。。


現在、朝吹登水子の山荘、睡鳩荘(すいきゅうそう)は軽井沢タリアセンに移築されて公開されています。



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それで、小百合さんは軽井沢タリアセンを訪れては睡鳩荘に足を運んで少女の頃の事を思い出すのが楽しみなんですってよ。


そういう訳で、デンマンさんが小百合さんのことを「軽井沢タリアセン夫人」と呼ぶようになったのですわ。


軽井沢・雲場池の紅葉



軽井沢のイルミネーション



秋の旧軽井沢銀座ぶらり散歩



とにかく、明日もデンマンさんが興味深い記事を書くと思いますわ。
だから、あなたも、お暇なら、また読みに戻ってきてくださいまし。
じゃあねぇ~~。



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ィ~ハァ~♪~!


メチャ面白い、


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こんにちは。ジューンです。


「上を向いて歩こう」がアメリカで人気が出るきっかけは


何だったのでしょうか?


通説によると、1963年の春、


アメリカ西海岸のローカルラジオ局のDJが、


異国情緒を味わってもらおうと、たまたま手元にあった


日本の曲をオンエアーしたところ、


リスナーからリクエストが殺到したために


人気に火がついたと言われています。


果たして、その話はどこまで本当なのでしょうか?


アメリカで「上を向いて歩こう」をシングルとして


最初に発売したレコード会社はキャピトルです。


同じ時期にキャピトルはイギリスの親会社であるEMIが


ビートルズのシングルを出すようにと要請してきたのです。


ところがアメリカでは人気が出ないと断っているのですね。


では、いったい誰が「上を向いて歩こう」をシングルとして


発売したのでしょうか?


その発売を決定した人の名前が


デンマンさんが描いた次のチャートに出ています。



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デイブ・デクスター・ジュニアさんなのです。


「A&Rマン」と言われていた人で、


売れる可能性のあるアーティストを発掘し、契約を結び、


制作を担当する仕事をしていた人です。


ローカルラジオ局のDJからある日電話がかかってきて


「上を向いて歩こう」が人気が出ていると聞いて、


さっそく自分でも聞いてみたそうです。



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九ちゃんが日本語で歌っているので


詞の内容は理解できなかったけれど、


これならイケそうだと直感して売り出すことに決めたそうです。


つまり、ビートルズの曲はヒットしないと蹴ったけれど、


九ちゃんの「上を向いて歩こう」は直感的に


ヒットすると思ったのだそうです。


ところで、デンマンさんが小百合さんの記事をまとめて


次のサイトを立ち上げました。


時間があったら下のリンクをクリックして覗いてみてくださいね。


『夢とロマンを持って前向きに生きる


小百合さんの物語』


では、今日も一日楽しく愉快に


ネットサーフィンしましょうね。


じゃあね。



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by denman705 | 2017-06-23 02:53 | 日本・日本文化

うるさい夏 (PART 1)


 


うるさい夏 (PART 1)


 



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デンマンさんは、日本の“うるさい夏”が嫌いなのですかァ~?



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。。。ん? 僕が日本の“うるさい夏”を嫌っている、とジューンさんは思っているのですかァ?


だってぇ、タイトルにそう書いてあるではありませんかァ!


いや。。。、このタイトルは僕の思いを表現したものではないのですよ。。。


じゃあ、誰の思いなのですかァ~?


やだなあああァ~。。。、ジューンさんは忘れてしまったのですかァ~?


わたしが何を忘れた、とデンマンさんは言うのですか。。。


もうずいぶん前になるけれど、ジューンさんが初めて日本の夏に東北地方を旅行したときのことですよ。。。 その時、ジューンさんは「セミの鳴き声がうるさくて昼寝ができないわァ~! んもおおおォ~!」とボヤいていたではありませんかァ!


あらっ。。。 そういうことがあったかしらァ~?


あったのですよ。。。 


。。。で、どうして、その事を思い出したのですか?


実は、バンクーバー図書館で借りていた本を読んでいたら次の箇所に出くわしたのです。。。



立石寺


 



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山形領に立石寺と云う寺あり。
慈覚大師の開基にして、殊に清閑の地なり。
一見すべきよし、人々のすすむるに依(よ)りて、尾花沢よりとって返し、その間七里ばかりなり。


日いまだ暮れず。
麓の坊に宿かり置(おき)て、山上の堂にのぼる。


岩に巌(いわお)を重ねて山とし、松柏年旧(としふり)、土石老いて苔滑(なめ)らかに、岩上の院々扉を閉じて、物の音きこえず。
岸をめぐり、岩を這って、仏閣を拝し、佳景(かけい)寂寞(じゃくまく)として心すみ行くのみおぼゆ。




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閑(しずか)さや


 


岩にしみ入る


 


蝉の声


 



There is a mountain temple in the domain of Yamagata called the Ryushaku-ji.
It was founded by the Great Teacher Jikaku, and is a place noted for its tranquility.
People had urged us to go there "even for a brief look," and we had turned back at Obanazawa to make the journey, a distance of about fifteen miles.


It was still daylight when we arrived.
After first reserving pilgrim's lodgings at the foot of the mountain, we climed to the temple itself at the summit.


Boulders piled on boulders had created this mountain, and the pines and cedars on its slopes were old.
The earth and stones were worn and slippery with moss.
At the summit the doors of the temple buildings wete all shut, and not a sound could be heard.


Circling around the cliffs and crawling over the rocks, we reached the main temple building.
In the splendor of the scene and the silence I felt a wonderful peace penetrate my heart.




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How still it is here


 


Stinging into the stones,


 


The locusts' trill.


 



 


(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)




98-99ページ 『おくのほそ道』
著者: ドナルド・キーン 挿絵(切り絵): 宮田雅之
1997年2月1日 第2刷発行
発行所: 講談社インターナショナル株式会社



この本は芭蕉の『奥の細道』の対訳本ですわねぇ~。。。 なるほどォ~、上の本を読んで、わたしが山寺に行った時の写真をアルバムから引っ張り出して 冒頭に貼り出したのですわねぇ~。。。



そうです。。。 いけませんか?


かまいませんけれど、この記事を読み始めた日本語の解るネット市民の皆様には、山寺はとりわけ珍しくないと思いますわァ~。。。


あのねぇ~、東京よりも西に住んでいる日本人は、芭蕉の有名な俳句を耳にしたことはあるけれど、おそらく山に登って立石寺に参拝したことはないと思うのですよ。。。


それで、山寺を取り上げたのですか?


いや、そればかりではないのです。。。


他に何がデンマンさんの興味を引いたのですか?


あのねぇ~、ドナルド・キーンさんが訳した芭蕉の句を見てください。。。 赤字にした箇所ですよ。。。


それが、何か可笑しいのですか?


そうです。。。 ついでだから、ジューンさんも次の「立石寺」の説明を読んでみてください。。。



立石寺


 



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立石寺(りっしゃくじ)は、山形県山形市にある天台宗の寺院。
山号は宝珠山。本尊は薬師如来。山寺(やまでら)の通称で知られ、古くは「りゅうしゃくじ」と称した。
寺号は詳しくは宝珠山阿所川院立石寺(ほうじゅさんあそかわいんりっしゃくじ)と称する。


蔵王国定公園(第2種特別地域)に指定されていて、円仁が開山した四寺(中尊寺・毛越寺、瑞巌寺)を巡る、「四寺廻廊」を構成しているほか、若松寺・慈恩寺を巡る出羽名刹三寺まいりを構成する。


立石寺の創建について、寺伝では貞観2年(860年)に清和天皇の勅命で円仁(慈覚大師)が開山したとされている。
当寺の創建が平安時代初期(9世紀)にさかのぼることと、円仁との関係が深い寺院であることは確かであるが、創建の正確な時期や事情については諸説あり、草創の時期は貞観2年よりもさらにさかのぼるものと推定される。


『立石寺記録』(立石寺文書のうち)は、「開山」を円仁、「開祖」を安慧(あんね)と位置づけており、子院の安養院は心能が、千手院と山王院は実玄が開いたとされている。
安慧は円仁の跡を継いで天台座主となった僧であり、心能と実玄は円仁の東国巡錫に同行した弟子である。
安慧は承和11年(844年)から嘉承2年(849年)まで出羽国の講師の任にあり、東国に天台宗を広める役割をしたことから、立石寺の実質的な創立者は安慧であるとする説もある。


また、円仁が実際に東国巡錫したのは天長6年(829年)から9年(832年)のこととされ、この際、弟子の心能と実玄をこの地に留め置いて立石寺の開創にあたらせたとの解釈もある。


立石寺には貞観2年(860年)12月の日付をもつ『円仁置文写』が伝わるが、この文書は必ずしも寺の創建年次を示すものではなく、この文書自体が後世の仮託とする説もある。
貞観2年(860年)には、円仁は当時としては高齢の60歳代で、しかも天台座主の高位にあった。
したがって、この時期に円仁が実際に今の山形県に出向いて立石寺を建立したということは、年齢と地位の両面から、文字通りの史実とは考えがたく、円仁の意を受けた安慧らによって9世紀半ば頃から徐々に寺観が整えられたとみるのが穏当である。


なお、根本中堂に安置されている木造毘沙門天立像は近年の調査によって9世紀頃の作であることが判明しており、円仁とみられる頭部のみの木彫像と同様、立石寺創建期の一例に加えられる。
また、胸甲の上で甲締めの結び目を表していることや細い腰帯の下に幅広の腰帯を着けるなど珍しい甲制となっているが、これらは東北地方の神将形の作例にしか見られないもので、平安時代には同種の作例がある寺院との間に繋がりがあったことを示唆させる特徴を持つ点でも注目に値する。


元禄2年(1689年)に松尾芭蕉が旅の途中で訪れ、その時のことが『おくのほそ道』に書かれている。
また、当地で名句「閑さや 巖にしみ入る 蝉の声」を詠んでおり、参道に句碑がある。


 



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出典: 「立石寺」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』



上の説明にも、何か可笑しな所があるのですか?



ジューンさんは、上のYouTubeのクリップを観ましたか?


ええ。。。、デンマンさんが せっかく貼り出してくれたので観ましたわァ。。。 カナダ人の女性が案内しているのですわねぇ~。。。


そうです。。。 ジューンさんのお友達でしょう?


違いますわ。。。 一度も会ったことがない女性ですわァ~。。。


ところで、クリップの中で彼女が案内する場面を観て ジューンさんは、何か不自然な事に気づきませんでしたかァ?


別に、可笑しな所はなかったと思いますけれど。。。 


あのねぇ~、ドナルド・キーンさんはセミを “locust” と訳したのですよ。。。 これは間違っているでしょう!?


デンマンさんは、どうして間違っていると思ったのですか?


だってぇ~、YouTubeのクリップには次のような画面が出てきますよ。



(yamadera99.jpg)


    ちょっと可愛い可笑しなカナダ人



(yamadera98.jpg)



「セミの声」を “Voice of Cicada” と訳している! これが正しいのですよ。。。 “locust” というのは「イナゴ」や「バッタ」のことで、「セミ」は“cicada”と訳すべきですよ。。。



あらっ。。。 デンマンさんは知らなかったのですか?


僕が何を知らないと、ジューンさんは言うのですか?


ドナルド・キーンさんは、アメリカ人ですわ。。。


その程度のことは僕も知ってますよう。。。


だったら、アメリカでは「セミ」のことを “locust” と言う人はたくさん居ますわァ。


マジで。。。?


信じられないならば、ネットで調べると次のようなページがすぐに見つかりますわよゥ。。。



locust


音節lo・cust 発音記号/lóʊkəst|lˈəʊ‐/


名詞可算名詞


1) 【昆虫】 バッタ,イナゴ 《時に大群をなして移動し農作物に害を与える》.



(locust01.jpg)


2) 《主に米国で用いられる》 【昆虫】 セミ.



(locust02.jpg)


3) 【植物, 植物学】


a: =locust tree.


b: =locust bean.


【語源】 ラテン語「はねるもの」の意




研究社 新英和中辞典での「locust」の意味



2番の赤字にした所に注目してください。。。



あれっ。。。 “locust” を 主に米国では「セミ」の意味で使っているのですねぇ~。。。


デンマンさんは、知らなかったのですか?


知りませんでした。。。 中学の英語の時間から「セミ」は “locust” だと教(おそ)わったものですよ。。。 アメリカでは、どうして「イナゴ」や「バッタ」が「セミ」になってしまうのですか?


デンマンさんは、バンクーバーでセミの鳴き声を聞いたことがありますか?


あのねぇ~、不思議なことに、僕はこれまで20年以上バンクーバーに住んでいるのだけれど、一度もセミの鳴き声を聞いたことがないのですよ。。。


。。。でしょう? アメリカ人の中にも「セミ」を一度も見たことがないという人も居るのですわよう。。。 そういう人には「セミ」も「バッタ」も似たような昆虫に見えるのですわァ。



(locust02.jpg)



(locust01.jpg)



。。。どうですか? 初めて見る人には上の2枚の写真に写っている昆虫は「セミ」と言われれば、2つともセミのように見えると思いませんか?



う~♪~ん。。。 僕には「セミ」と「バッタ」は同じようには見えませんよ。。。


たとえば日本では、“牡丹雪”とか、“粉雪”とか、“霧雪”…、何々雪というように言いますけれど、カナダの北極地方に住んでいるイヌイット(エスキモー)には、それぞれの種類の雪に、特有の単語が当てられているのですわ。。。



(inuit007.jpg)



(snowflakes.jpg)



つまり、いろいろな雪の種類を区別して、それぞれに特定の単語を割り当てて使っているのです。。。 それだけ雪に接する機会が多いから。。。



なるほどォ~。。。 ところが、アメリカ人は「セミ」を見たことがない人も居るので、「セミ」も「バッタ」も ひとまとめにして“locust” と呼ぶわけですねぇ~。。。


そういうことだと思いますわァ~。。。


ジューンさんは大学で比較言語学でも専攻したのですかァ?


いいえ。。。、わたしはパブリック・リレーションズとヒューマン・リレーションズを専攻したのですわ。。。


それにしては、言語学に詳しいですねぇ~。。。


その程度のことは常識に毛を生やしたぐらいだと思いますけれど。。。



(smirk007.jpg)


 (すぐ下のページへ続く)


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by denman705 | 2017-06-18 02:52 | 日本・日本文化

うるさい夏 (PART 2)



 


うるさい夏 (PART 2)



【卑弥子の独り言】



(himiko22.gif)


ですってぇ~。。。


あたくしも英語の授業では「セミ」は“cicada”だと教わりましたわァ。。。


あなたは、どうでしたか?


ところで、バッタやイナゴは大発生することがあるということを知っていますか?


日本では、あまり耳にしませんけれど中国やアフリカでは過去に周期的にイナゴが大発生してきたようですわ。。。


では、あなたのために、驚きのクリップをここに貼り出します。。。


じっくりとご覧になってくださいませぇ。。。



(locust03.jpg)



ところで、話は変わりますけれど、あたくしの“ヴィーナスのえくぼ フィーバー”が起こっているのですわよう。。。


ええっ。。。 信じられないというのでござ~ますかァ?


じゃあ、ちょっと次の検索結果を見てくださいまし。。。



(gog60409a.png)


『拡大する』


『現時点での検索結果』


「卑弥子 女性の本当の魅力 ヴィーナスのえくぼ」と入れてGOOGLEで検索する殿方が多いのでござ~ますわァ。


つまり、あたくしの“ヴィーナスのえくぼ”を目当てにやって来るのですわァ~。。。


うふふふふふふ。。。


ジムに毎日通って“ヴィーナスのえくぼ”をゲットしたのですわよ。



(buttdimp5.jpg)


どうでござ~ますかァ?


ええっ。。。 あたくしのお尻だとは思えないのでござ~ますかァ~?


どうしてよう?


ええっ。。。 スタイルがよすぎると、おっしゃるのござ~ますかァ~?


あたくしが十二単を一枚、一枚脱いでゆくと、
最後には上のようなおヌードになるのですわよう。
信じてくださいましなァ~。。。


ところで、あなたは『万夜一夜物語』を読んだことがござ~ますかァ~?


“千夜一夜物語”ではなくてぇ、“万夜一夜物語”ですわ。



(manya02.jpg)


『万夜一夜物語』


デンマンさんが書いたのでござ~ますわよう。


ええっ。。。 10,001の話が書かれているのかってぇ~。。。?


とにかく、上のリンクをクリックして読んでみてくださいませぇ~。。。


あなたも、絶対にビックリするようなお話が出てきますわァ。


『万夜一夜物語』だけでは、物足りないのでしたら、
ジューンさんが登場する面白いお話もたくさんあります。


興味のある方は、どうか次のリンクをクリックして読んでくださいましねぇ~。。。



軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人
(godiva05.jpg)


『乙女と処女』


『戦場に行くことを教えた女教師』


『桜井の別れと母上様』


『ダイアモンドは女の親友』


『愛のコリーダを訳す』


『マルタ島のロマン再び』


『大前研一 奇妙な検索』


『ついに千夜一夜』


『いいね攻略と良妻賢母』


『批判が無いとヒトラーがのさばる』


『混浴入浴風景』




(roten101.jpg+cleoani.gif)


『9日間の女王』


『あなたは敬語?』


『原節子とジューンさん』


『モナリザの妹』


『ナイアガラとマリリンモンロー』


『おばさんパンツ@大晦日』


『ヴィーナスのえくぼ@ジューン』


『乳房振動とブラの研究』


『G線上のアリア』


ジューンさんの熟女下着
(30june.jpg)


『悲愴と白鳥』


『ブッダと千夜一夜物語』


『絹の道と千夜一夜物語』


『ヤノマミの乙女』


『ジャータカと今昔物語』


『白木屋お熊とセックス』


『パンツを売る乙女』


『床上手な女@マルタ島』


『宮沢りえとおばさんパンツ』


『マチュピチュとインディー・ジョーンズ』


『映画を愛する薄命の女』


『ベニスの騒動』


『アンネとハンナ』


『名器たこつぼ』


『レダの卵を探して…』



(miro0018.jpg)


『サモトラケのニケとミロのヴィーナス』


『薄命な女のパンツ』


『ロトの娘たち』


『もう一人のモナリザ』


『万夜一夜の謎』


『自由という誘惑』


『驚異の大洪水』


『おつまみミステリー』


『混浴風景を探して』


『ハレルヤ』



(sylvie122.jpg)


『マルタ島のロマンだ』


『宮沢りえ人気@海外』


『癒しを奏でるパンツ』


『マルタ島deロマン』


『生ログdeロマン散歩』


『宮沢りえ@クールジャパン』


『混浴風呂ガー』


『ウェルカムバック』


『コペンハーゲンからやって来た』


『ロシアからやって来た』


『海外美女ランキング』


『ブログを解剖する』


『スイスからトランプ見に来る』



(fan004.jpg)


『海外美女を探して』


『パンツde大晦日』


『Tバック@三賀日』


『とっちゃん坊や』


『また千夜一夜』


『初恋の思い出』


『乳房振動とブラ』


『白木屋お熊』


『肥後ズイキ@セルビア』


『紐パン熟女』


『美尻のビーナス』


『紐パン熟女に惹かれて』


『あの二人が気になって』


『肥後ズイキ@セルビア』


『私は下着女装です』


『ドリアンを探して』


『パリの日本人』


『ペンタゴン式己を疑う』


『薄命な女と映画』


『ラーメン@ベリーズ』


とにかく、次回も興味深い記事が続きますわ。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。
じゃあ、また。。。



(hand.gif)



(chiwawa5.gif)


こんにちは。ジューンです。


スパムメールが相変わらず多いですわよね。


あなたのメールボックスにも、


ジャンクメールがいっぱい入っているでしょう!?


スパムメールを飛ばしているのは


いったい、どういう人たちなのでしょうか?


出会い系サイトのオーナーたちが多いそうですわ。


彼らは会員を集めるためにスパムメールをばら撒きます。


そのためにメールアドレスのリストを購入しています。


では、そのようなリストを販売している人は


どうやってメールアドレスを集めているのでしょうか?


ロボット(自動巡回プログラム)によって


自動収集させているのです。


ところで、サーチエンジンの自動巡回ロボットは


毎日世界中のサイトを訪問し、


その内容をデータベースに書き込んでいます。


同じように、このメールアドレス収集巡回ロボットも、


HTMLソースを分析し、


メールアドレスらしきものをどんどん記録してゆきます。


でも、使っていないメールアドレスが


たくさんあるのですよね。


あなたの使っているメールアドレスのことを


考えてください。


あなたはメールアドレスをいくつ持っていますか?


一つだけではないでしょう?


10以上持っているのではありませんか?


多分、ほとんどのメールアドレスは使ってないでしょう?


そのために、現在実際に使っている


メールアドレスを集めるために、


怪しい人物が使用度の高いメールアドレスを


集めているのですわよ。


だから、あなたもむやみに信用できない人に対して


返信しないようにしてくださいね。


詳しいことはデンマンさんが次の記事で書いています。


『コメント魔』


(2012年4月3日)



(himiko92.jpg)


ところで、卑弥子さんが面白いサイトを


やっています。


興味があったら、ぜひ次のリンクをクリックして


覗いてみてください。


『あなたのための笑って幸せになれるサイト』


とにかく、今日も一日楽しく愉快に


ネットサーフィンしましょう。


じゃあね。 バーィ



(juneswim.jpg)



(byebye.gif)


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by denman705 | 2017-06-18 02:51 | 日本・日本文化

芭蕉と遊女再び (PART 1)



 


芭蕉と遊女再び (PART 1)


 



(basho113.jpg)



(basho110.jpg)




(himiko22b.gif)


デンマンさん。。。 芭蕉と遊女のことを再び取り上げるのでござ~ますか?



(kato3.gif)


そうです。。。 いけませんか?


なぜ、また取り上げる気になったのでござ~ますかァ?


あのねぇ~、大阪市に住んでいる奥野 美智子さんが『芭蕉と遊女の出会い』を読んだのですよ。。。


その証拠でもあるのでござ~ますかァ?


もちろんです。。。 次のリストを見てください。。。



(liv70606a4.png)



『拡大する』


『芭蕉と遊女の出会い』



これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の日本時間で6月5日の午後5時48分から6月6日の午前2時16分までの約8時間半の「生ログ」の一部です。。。 赤枠で囲んだ箇所を見て欲しい。。。



あらっ。。。 6月5日の午後7時29分にGOOGLEで検索して『芭蕉と遊女の出会い』を読んだのですわねぇ~。。。


そうです。。。 次のように検索したのですよ。。。



(gog70606d.png)



『拡大する』


『現時点での検索結果』



あらっ。。。「芭蕉 遊女 出会い」と入れて検索したのですわねぇ~。。。 



そうです。。。 9,040件ヒットする内のトップに 僕が2014年4月24日に投稿した『芭蕉と遊女の出会い』が出てくるのですよ。 


ちょっと、できすぎているのではござ~ませんかァ!?


信じられないのだったら、卑弥子さんも上のリンクをクリックして現時点での検索結果を確認してください。。。


でも。。。、でも。。。、どういうわけで大阪市に住んでいる奥野 美智子さんが『芭蕉と遊女の出会い』を読んだと特定できたのでござ~ますかァ?


IPアドレスを調べたのです。。。



(ip140167b.png)


『拡大する』



IPアドレスを調べてもプライバシーを保護するためにアクセスしたネット市民の名前まではゲットできないようになっているのですわァ~。。。



もちろん、僕もそのことは知ってますよ。。。 奥野 美智子さん上の記事を読んで疑問が解決したので、嬉しくなって「ありがとうございました」とメールを書いてくれたのですよ。。。


マジで。。。?


卑弥子さんは信じられないのですかァ~。。。


だってぇ、できすぎているではござ~ませんかァ!?


とにかく、あまり厳しいツッコミを入れないで素直に僕の話を聞いてくれませんかァ~。。。


デンマンさんが そのようにおっしゃるならば とやかく穿鑿(せんさく)いたしませんわァ。。。 で、奥野 美智子さんは、どのような疑問を解決したと おっしゃるのですかァ~?


卑弥子さんは知ってるはずですよ。。。 忘れてしまったのですかァ~? かつて僕と次のように語り合ったのです。。。




(jbeauty7.gif)


ほんのちょっとした事でもおそろしい事はあるものです。


ほんのちょっとした、たとえば「も」が「と」とかわっただけでももう全部の意味ばかりでなく、芭蕉といった様な大人物まで、もう一度考え直してみなければならなくなるのはおそろしい事です。


一つ家に遊女も寝たり萩と月


その「遊女も」を「遊女と」と直したら、忽ち人生観まで変わってしまいます。


この一句の意味は、華やかな花の様な存在も世の中にはあるだろうが、自分は淋しい秋を友として生きている、遊女は見えずただ萩と月がある、それでもそういう色々の物が一緒にまじって暮らしているのが世の中というものだ、と云えば云える様な、孤独のあきらめがにじみ出ています。


が、もしミスプリントで、「遊女と」になっていたら、萩も月も、狸までうかれ出て、芭蕉と一緒に狂っている様なお祭気分になってしまいます。


おかしなものです。


(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
イラストはデンマン・ライブラリーより)




34ページ 『たしなみについて』
著者: 白洲正子
2013年10月10日 第8刷発行
発行所: 株式会社 河出書房新社


 




つまり、上の小文を読んでデンマンさんは芭蕉が遊女と一つ屋根の下で寝ただろうと言うのでござ~ますか?



そのとおりですよう。


でも、そうであったなら、白洲正子さんが言っているように芭蕉の人生観を見直さねばならなくなるのですわ。 しかも、もし芭蕉が遊女と一つ屋根の下で寝たとしたら、萩も月も、狸までうかれ出て、芭蕉と一緒に狂っている様なお祭気分になってしまうと、言っているのでござ~ますわァ。


あれっ。。。 卑弥子さんも、そう思うのですか?


だってぇ、俳人の芭蕉さんが遊女と狸と一緒になってお祭気分で踊りだすなんて考えられないですわ。


でもねぇ~、「遊女も」という元のままの俳句を解釈しても、僕には「遊女は見えずただ萩と月がある」とは考えられない! 「一つ家に遊女も寝」ているとしか考えられないのですよ。


でも、それでは、白洲正子さんが言っているように芭蕉が遊女と狸と一緒に踊りだしてしまうのですわ。


だから、それが白洲正子さんの独断と偏見なのですよ。 たとえ遊女と一つ屋根の下に寝たからといって、ただそれだけの事を針小棒大に解釈して、芭蕉が凡人のように遊女と狸と一緒に踊りだし、下らない人間になりさがってしまうとは思えない。


つまり、デンマンさんは、どうしても、芭蕉が遊女と一つ屋根の下で寝たとしか考えられないのでござ~ますか?


あのねぇ~、卑弥子さんも、もう一度じっくりと俳句を味わいながら読んでみてください。


一つ家に遊女も寝たり萩と月


どのように読んだとしても、一つ家に遊女も寝たのですよ。 そうじゃなければ、「遊女」を持ち出した意味がない! 


だってぇ~、それだと芭蕉は“スケベじいさん”になってしまうのですわァ。


あのねぇ~、もしもですよゥ、“スケベじいさん”を描くのであれば、次のような俳句になるのですよ。


一つ褥(しとね)遊女も寝たり萩と月


「褥」とは「布団」あるいは「寝床」の意味ですよ。 このような句であれば、当然、芭蕉がスケベ心を起こして遊女と寝たかもしれない。 でもねぇ~、「一つ褥」じゃなくて「一つ家」になっている。 遊女と芭蕉の間にはかなりの距離があるのですよ。 要するに一つ家の中でも一緒の布団に寝たわけじゃない。


そうだとして、それでは、デンマンさんは どのような情景を思い浮かべるのですか?


だから、次のようなやり取りが芭蕉と遊女の間に交わされたのですよ。




(basho112c.jpg)


芭蕉: 旅のものですが、どうやら道に迷ってしまったらしく、もうすぐ日が暮れます。 宿を探すにも、どうもこの辺りには一軒もそれらしいものは見当たらず、探しあぐねていたら、この草庵を見かけたというわけです。


遊女: そうでございますか。。。 それはお困りでしょう。


芭蕉: もし差し支えなければ、今夜、軒下でもお借りして夜露をしのぎたいと思うのですが、ご拝借できるでしょうか?


遊女: 軒下では、夜露をしのぐにも ご不自由しますもの。。。 むさくるしい草庵ではございますが、宜しければ どうぞおあがりくださいませ。。。


芭蕉: しかし、それではあまりにも不躾(ぶしつけ)と言うもの。。。 旅は慣れておりますので、軒下で結構でございます。


遊女: いえいえ、お見かけすれば、お年を召しておられますし、軒下では寒さもきびしゅうございます。。。お風邪を召したら、この先、長旅はきびしゅうございます。 “袖振り合うも他生の縁”と申します。 どうそ、ご遠慮なさらずにおあがりくださいませ。


芭蕉: しかし、このような老体(ろうたい)が上がりこんでは、ご家族に迷惑をかけるというもの。。。


遊女: こう申しては何ですが、あたくしは囲われ者。。。、主人は留守をしております。 独り者ゆえ、他の誰にも気兼ねはご無用でございます。 何もおもてなしはできませぬが、夜露をしのぐには、このあばら家も充分にお役に立つことと存じます。 さあ、どうぞ ご遠慮なさらずにおあがりくださいませ。。。



芭蕉も、この遊女の親切に甘えて草庵に上がらせてもらったわけですよ。



それで一つのお布団に一緒に寝たのでござ~ますか?


やだなあああァ~。。。 それじゃあ、“スケベじじい”が狸と遊女と一緒になって踊ってしまって俳句にならないのですよ。 そうじゃなくて、粗末な草庵だけれども、ちゃんと衣文掛(えもんか)けかなんかで芭蕉の爺さんとはちゃんと仕切りを設けたのですよ。



(emon02.png)



(emon03.jpg)



つまり、別々に寝たのでござ~ますか?



当然でしょう! この遊女は卑弥子さんのように積極的ではなかったのですよう!


あらっ。。。 あたくしは、それほど積極的でしょうかしら!


何を言っているのですか? 卑弥子さんは、もう忘れてしまったのですか? 次のような事があったのを思いだしてくださいよ。




『芭蕉と遊女の出会い』より
(2014年4月24日)



あらっ。。。 きわどい所で打ち切ってしまったのですわねぇ~。。。 うふふふふふふ。。。



これ以上長く引用する必要はないのですよ。。。 あのねぇ~、僕は 思ったのだけれど、白洲正子さんは原典を読んでいないのではないか? ここまで読み返して そう感じたのです。。。


そのような無責任な事はしないと思いますわァ~。。。 白洲正子さんは「も」が「と」とかわっただけでももう全部の意味ばかりでなく、芭蕉といった様な大人物まで、もう一度考え直してみなければならなくなる、と言いたかっただけですわァ~。
 
実は、僕も上の記事を書く時には原典を読んでいなかったのです。。。 だから、上の芭蕉と遊女の対話になったのですよ。。。 もし白洲正子さんが原典を読んでいたら、芭蕉と遊女が一つ屋根の下に居たことがすぐに読み取れるのです。。。


つまり、最近 デンマンさんは原典を読んだのでござ~ますかァ?


そうなのです。。。 原典じゃないけれど、原典に近いものを読んだ。。。 それには次のように書いてあった。



一振



(basho81.jpg)


 


今日は親しらず・子しらず・犬もどり・駒返しなど云う北国一の難所を越えてつかれ侍れば、枕引きよせて寝たるに、一間隔(へだ)て面(おもて)の方に、若き女の声二人ばかりときこゆ


年老いたるおのこの声も交(まじ)りて物語するをきけば、越後の国 新潟と云う所の遊女なりし


伊勢参宮するとて、この関までおのこの送りて、あすは故郷(ふるさと)にかえす文(ふみ)したためて、はかなき言伝(ことづて)などしやるなり。


白浪(しらなみ)のよする汀(なぎさ)に身をはふらかし、あまのこの世をあさましう下(くだ)りて、定めなき契(ちぎ)り、日々の業因(ごういん)、いかにつたなしと、物云うをきくきく寝入りて、あした旅立つに、我々にむかいて、


「行方(ゆくえ)しらぬ旅路のうさ、あまり覚束なく悲しくはべれば、見えがくれにも御跡(おんあと)をしたいはべらん。 衣の上の御情(おんなさけ)に大慈(だいじ)のめぐみをたれて結縁(けちえん)せさせたまえ」


……と、泪を落とす。


不便(ふびん)の事にははべれども、


「我々は所々にてとどまる方(かた)おおし。 只人の行くにまかせて行くべし。 神明の加護、かならず恙(つつが)なかるべし」


……と、云い捨て出(いで)つつ、哀(あわ)れさしばらくやまざりけらし。




(basho80b.jpg)


 


一家(ひとつや)に


遊女もねたり


萩と月


 


曾良にかたれば、書きとどめ侍る。




Today we passed through the most dangerous places in the north country, known as "Parents Forget Their Children," "Children Forget Their Parents," "Dogs Turn Back," and "Horses Return."


I was so exhausted that I drew my pillow to me and lay down as soon as we reached an inn.


I could hear the voices of young women, probably two of them, talking in a room one removed from ours at the front of the house.


The voivce of an old man also took part in the conversation.


I gathered from what they were saying that the women were prostitutes from Niigata in Echigo Province.


They were on their way to worship at the shrine in Ise, and the man had escorted them here, as far as the Barrier of Ichifuri.


They would be sending him back the next day, and they were giving him letters they had written and trivial little messages to take back with him.


"We have wandered over the shores washed by the white waves.


Like fisherwomen, we have dived to the depths of this world.


What terrible karma accounts for our inconstant vows, the sins we have daily committed? We are wretched indeed..."


These were the last words I heard before falling asleep.


The next morning, when we were about to start out, the two women approached us, saying, "We feel so uneasy and depressed at the thought of the difficulties that may await us on the way to an unfamiliar place that we would like to folow behind you, even if out of sight.


Grant us this great favor, you who wear the habit of priests, and help us to attain the way of the Buddha."


They were in tears.


I answered, "I feel sorry for you, but we must stop at a great many places.


You'de better go along with some ordinary travellers.


You will be under the protection of the gods. I am sure no harm will come to you."


There were my parting words, but for a time I could not shake off my pity for them.




(basho82.jpg)


 


Under the same roof


Prostitutes were sleeeping


The moon and clover.


 


(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)




130-131ページ 『おくのほそ道』
著者: ドナルド・キーン 挿絵(切り絵): 宮田雅之
1997年2月1日 第2刷発行
発行所: 講談社インターナショナル株式会社



あらっ。。。 これは『奥の細道』をドナルド・キーンさんが英語に訳したのですわねぇ~。。。



そうです。。。 挿絵として宮田雅之さんの切り絵が貼ってあってぇ、なかなか読み応え、見応えのある本になっているのですよ。。。で、これを読めば二人の遊女と芭蕉は一間隔(へだ)てた隣の部屋同士だったということが解る。。。 つまり、部屋は違っていても、間違いなく一つ屋根の下で一夜を過ごしたのですよ。。。 つまり、芭蕉と遊女は一夜の宿をともにしたのです。 一つの布団に寝たわけではなかったけれど、一つ屋根の下で夜をすごしたのです。 要するに二人の間に何らかの会話がない限り、句の中に遊女を持ち出す意味がない!


白洲正子さんが解釈したような「遊女は見えずただ萩と月がある」ということではなく、遊女との会話のかなに芭蕉は何か心に残るものを感じたのでござ~ますかァ?


そうですよ。 それは上の小文を読めば明らかです。。。 新潟から伊勢に詣でるという隣室の遊女から「旅の道連れにしてくれないか」と頼み込まれる。 ただそれだけの事ではないはずです。。。 上の小文を読むと、芭蕉は明らかに遊女たちの身の上に 哀れと同情を感じている。。。 その余韻が芭蕉に上の句を作らせたのですよ。 僕は、そう思いますねぇ~。



(laugh16.gif)


 (すぐ下のページへ続く)


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by denman705 | 2017-06-07 03:01 | 日本・日本文化

芭蕉と遊女再び (PART 2)



 


芭蕉と遊女再び (PART 2)



【卑弥子の独り言】



(himiko22.gif) 


ですってぇ~。。。


あなたは、どう思いますか?


元禄7(1694)年5月、芭蕉は寿貞尼の息子である次郎兵衛を連れて江戸を発ち、伊賀上野へ向かいました。


途中大井川の増水で島田に足止めにあいます。


その後湖南や京都へ行き、7月には伊賀上野へ戻りました。


9月になって奈良そして生駒暗峠を経て大坂へ赴きました。


大坂行きの目的は、門人の之道と珍碩の二人が不仲となり、その間を取り持つためだったそうです。


当初は若い珍碩の家に留まり諭しましたが、彼は受け入れず失踪してしまうのござ~ますわ。


この心労が健康に障ったとも言われ、体調を崩した芭蕉は之道の家に移ったものの10日夜に発熱と頭痛を訴えます。


20日には回復して俳席にも現れましたが、29日夜に下痢が酷くなって伏し、容態は悪化の一途を辿ります。


10月5日に御堂筋の花屋仁左衛門の貸座敷に移り、門人たちの看病を受けました。


8日、「病中吟」と称して次の有名な句を詠みます。


旅に病んで夢は枯野をかけ廻る



(basho120c.jpg)


上の句が事実上最後の俳諧となりました。


病の床で芭蕉は推敲し「なほかけ廻る夢心」や「枯野を廻るゆめ心」とすべきかと思案したそうです。


10日には遺書を書きました。


そして12日申の刻(午前4時頃)、松尾芭蕉は息を引き取ったのでござ~ます。


13日、遺骸は陸路で近江義仲寺に運ばれ、翌日には遺言に従って木曾義仲の墓の隣に葬られたそうです。


焼香に駆けつけた門人は80名。


300余名が会葬に来たということでござ~ますう。



(lotus22.gif)


芭蕉さんのために、このきれいな古代蓮を お墓に捧げますわ。


ほんとうにきれいでしょう!?


2000年の眠りから覚めて咲き出した お花ですわァ。


古代蓮もいいですけれど、たまには古代の日本についても考えてくださいまし。


あなたのために平安史、古代史の記事を用意しました。


ぜひ お読みください。


天武天皇と天智天皇は


同腹の兄弟ではなかった。
 


天智天皇は暗殺された 


定慧出生の秘密 


藤原鎌足と長男・定慧 


渡来人とアイヌ人の連合王国


なぜ、蝦夷という名前なの?


平和を愛したアイヌ人


藤原鎌足と六韜


古事記より古い書物が


どうして残っていないの?


今、日本に住んでいる人は


日本人でないの?


マキアベリもビックリ、


藤原氏のバイブルとは?


とにかく、次回も興味深い記事が続きます。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてください。
じゃあ、またねぇ~。。。



(hand.gif)


ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
(30june.jpg)



(surfing9.gif)




(sayuri5.gif)


ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。


卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。




(miya08.jpg)


『下衆のかんぐり』


『桓武天皇のママがネットで』


『ござが天皇とGOOGLE』


『エロ 建礼門院』


『一敗が三人に!』


『行田の黒い霧をはらう』


『ペルシャ人が飛鳥に』


『小柴垣草子』


『後白河上皇ダントツ』


『ブスと美人』


『エロい話が好き?』


『死んでも生きてる』


『失意の太田将宏』



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『オルフェと聖徳太子』


『源氏物語とおばさんパンツ』


『霊仙はなぜ毒殺されたの?』


『紫式部が地獄へ』


『破戒僧円載』


『アショーカ王の愛と苦悩』


『どら平太の世界』


『三四郎とデンマンさん』


『ヒトラーの姪』


『ゴヤと三島由紀夫』


『仏陀とキリストと娼婦』



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『ズロースと戦争』


『伊藤若冲ブーム?』


『ブッダと物理学』


『加藤清正ブーム?』


『愛憎と三輪山』


『松原智恵子 お尻ペンペン』


『坂本龍馬は流れ者か?』


『野ざらし』


『紫式部堕獄説』


『日本最古のポルノ?』


『源氏物語の性描写』


『寅さんの本棚と急行まつしま』


『ヒトラーは草食系?』


『ブッダとキリストと娼婦』


『顔文字とオナラ』



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『宝暦の恨みを明治維新で』


『デウキと紅葉@行田』


『薄い陰毛と紅のボートピープル』


『江戸の閨房術』


『ずるがしこい現代人』


『春画@源氏物語』


『千早振る』


『あれっ、松本清張』


『キスと源信』


『伎楽は呉から…?』


『紺瑠璃杯に魅せられて』


『神聖娼婦 マリア』


『安徳帝は生きていた』


『白石川の桜』


『ブログ村のマリア様』


『萌える済子女王』


『ピンク桃色@徒然』


『富沢金山の桜』


『ピンク桃色村』


『紫式部@徒然』


『絵里香@ペルー』


『ペルシャ人の楊貴妃』


『ん?佐伯今毛人』


『文学と歴史とウソ』


『百人一首ミステリー』


軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
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by denman705 | 2017-06-07 03:00 | 日本・日本文化

 


美しい日本語 チェーホフ (PART 1)


 



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ケイトー。。。、今日はどういうわけで“美しい日本語”と“チェーホフ”を取り上げるわけぇ~? 



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実は、新潟市に住んでいる美芭里 弐位奈(びばり にいな)さんがGOOGLEで検索して『美しい日本語』を読んだのですよ。。。



(nihongo911.jpg)


『美しい日本語』



新潟市に住んでいる美芭里 弐位奈(びばり にいな)さんが上の記事を読んだということが どうしてケイトーに判ったのォ~?



まず次のリストを見てください。。。



(liv70426a.png)



『拡大する』


『美しい日本語』



これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の日本時間で4月25日の午後7時36分から午後9時51分までの約2時間の「生ログ」の一部ですよ。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目してください。



あらっ。。。 4月25日の午後8時45分にGOOGLEで検索して『美しい日本語』を読んだと記録に出ているわねぇ~。。。


。。。でしょう!


でも。。。、でも。。。、新潟市に住んでいる美芭里 弐位奈(びばり にいな)さんが読んだとは書いてないじゃない!?


IPアドレスを調べたのですよ。。。



(ip1810b.png)


『拡大する』



あのねぇ~。。。 IPアドレスを調べれば アクセスポイントは判るけれど、プライバシーを保護するためにアクセスしたネット市民の名前までは判らないようになっているのよゥ。。。



あれっ。。。 シルヴィーは見かけによらずネットに詳しいんだねぇ~。。。


その程度のことはネットの常識なのよゥ。。。


僕だってぇ~、ネチケットぐらい知っていますからねぇ~。。。 アクセスした女性のプライバシーを守るために仮名を使っています。


分かったわァ~。。。 でも、どういうわけで“チェーホフ”を取り上げたわけぇ~。。。


実は、美芭里 弐位奈(びばり にいな)さんが次のようにして検索したのですよ。。。



(gog70426a.png)



『拡大する』


『美しい日本語』


『現時点での検索結果』



あらっ。。。 「美しい日本語 チェーホフ 徒然」と入れてGOOGLEで検索したのねぇ~。。。



そうです。。。 4,020件ヒットする内のトップに『美しい日本語』が出てくるのです。。。


でも。。。、でも。。。、美芭里 弐位奈(びばり にいな)さんはどういうわけで“徒然”を加えたわけぇ~?


美芭里 弐位奈(びばり にいな)さんは『徒然ブログ』の常連さんだからですよ。。。


マジで。。。? その証拠でもあるのォ~?


シルヴィーも疑り深いのだねぇ~。。。 「生ログ」にちゃんと記録が残っているでしょう!


でも、ただの一度だけじゃない!


あのねぇ~、検索ワードに“徒然”を付け足して検索したことが 『徒然ブログ』の常連さんだという証拠ですよ。。。


そうかしら?


シルヴィーは猜疑心の塊なんだねぇ~。。。


。。。で、美芭里 弐位奈(びばり にいな)さんは『美しい日本語』を読んで どんなところに感銘を受けたわけぇ~?


次の小文ですよ。。。




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チェーホフは2月に日露戦争がはじまったあとの明治37(1904)年7月15日(グレゴリ暦)に亡くなった。
その3日前の友人あての手紙で、日本が戦争に敗北するのを予想して、「悲しい思いにかられている」と記した。
そして死の床についたとき、ぽつんと「日本人」(単数形)と呟いたという。


夫人のクニッペルがちょっとシャンパンを口に含ませた。
するとチェーホフはドイツ語ではっきりと医師に「Ich sterbe」(死にます)といい、それから夫人の顔を見て微笑んで「長いことシャンパンを飲んでいなかったね」と語りかけ、静かに横になり、眼をつむり、そのまま永遠の眠りについた。
午前3時であった。


まるで一場の芝居をみるようであるが、日本に来たこともないチェーホフが、死の床で日本と日本人にたいして何やらの想いを吐露しているようで、すこぶる不思議ではないか。


ところが、そのナゾが中本信幸氏の『チェーホフのなかの日本』(大和書房)を読むことでスパッと解けた(ような気がする)。


明治23(1890)年の春、彼はサハリン(樺太)への長途の旅にでた、その帰り道の途中のこと。
ときは6月26日、ところは中国と国境が接しているアムール河ぞいのブラゴヴェシチェンスクである。
ここで何事かが起こった。


翌27日、チェーホフは友人の作家スヴォーリンに手紙を書いているそうな。
「……羞恥心を、日本女は独特に理解しているようなのです。
彼女はあのとき明かりを消さないし、あれやこれやを日本語でどういうのかという問いに、彼女は率直に答え……ロシア女のようにもったいぶらないし、気どらない。
たえず笑みを浮かべ、言葉少なだ。
だが、あの事にかけては絶妙な手並みを見せ、そのため女を買っているのではなくて、最高に調教された馬に乗っているような気になるのです。


事がすむと、日本女は袖から懐紙をとりだし『坊や』をつかみ、意外なことに拭いてくれます。
紙が腹にこそばゆく当たるのです。
そして、こうしたことすべてをコケティッシュに、笑いながら……」
と書き綴ってきて、最後に記すのである。


「ぼくはアムールに惚れこんでいます。
2年ほどここで暮らせたらもっけの幸いと思うのです。
美しく、広々として、自由で、暖かい。
スイスやフランスでも、このような自由を1回も味わったことはありません」
アムール河畔でのたった一夜の契り。
だが「ぼくはアムールに惚れこんでいる」とまでいう。


当時、シベリア沿海州には、日本人の“からゆきさん”が多くいたことは記録にも見えている。
その中の一人が、チェーホフに優しさと暖かさというイメージ(夢)を抱かせ、その想いがふくらみ、ついに名作『桜の園』を生ましめた。
「庭は一面真っ白だ。 …… 月光に白く光るんだ」(ガーエフ)、
「すばらしいお庭、白い花が沢山」(ラネーフスカヤ)、
こうした日本の桜の純白の美しさを教えたのは、実に、その言葉少なな日本女であった。



(chehogh4.jpg)


(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)




237-239ページ
『ぶらり日本史散策』
著者: 半藤一利 
2010年4月15日 第1版発行
発行所: 株式会社 文藝春秋


『美しい日本語』に掲載。
(2013年03月16日)



要するに、ケイトーが記事の中で引用した『ぶらり日本史散策』の本の上の箇所に美芭里 弐位奈(びばり にいな)さんは感銘を受けたわけなのォ~?



その通りですよ。。。


でも、上の文章のどこに感銘を受けたわけぇ~?


事がすむと、日本女は袖から懐紙をとりだし『坊や』をつかみ、意外なことに拭いてくれますというところです。。。


そんなところに美芭里 弐位奈(びばり にいな)さんが感銘を受けるはずないでしょう!?


シルヴィーは美芭里 弐位奈さんでもないのに、どうしてそのようにムキになって否定するわけぇ~。。。


だってぇ~、女性が男性に奉仕するような。。。、それは男尊女卑の考え方を、男性が自分勝手に、つまり、男に都合がいいように書いているだけじゃない! 女性として美芭里 弐位奈(びばり にいな)さんは上の箇所を読んでムカついたに違いないのよォ~。。。


あのねぇ~、シルヴィーは男女同権のフェミニストだから、そのようにムカついて、ムキになっているけれど、美芭里 弐位奈(びばり にいな)さんは ちょっと“違う視点”から上の小文を読んだのです。。。


その“違う視点”というのは、どういう視点なわけぇ~。。。?


あのねぇ~、美芭里 弐位奈(びばり にいな)さんは『美しい日本語』を読む前に 次の本を読んだのです。。。



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この上の本の中の次の箇所を読んで、考えさせられたのです。



仕事の大切さなんて、


口にするもんじゃない


 


先日、とあるバラエティ番組で、大御所の俳優さんが役者の難しさ、大変さを滔々(とうとう)と語られた。
当然、出演者の多くは芸人さんやタレントさんであり、大御所の俳優相手に言い返せるはずもなく、微妙な空気の中、独演会状態。


しかし、わたしだけは同業の役者で、先輩といえども芸歴も大差ないことから、やんわりと突かせて頂いた。


「役者が役者の大変さを謳うことほど見苦しいものはない」
大変ではない仕事などない」と……。


 



(digger1.gif)


 


全然やんわりじゃないですよね。
ただ、どうしても我慢ならなかったので、言わずにはいられなかったのです。


 


(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
アニメはデンマン・ライブラリーより)




22-23 ページ 『スジ論』
著者: 坂上 忍
2016年10月20日 第1刷発行
発行所: 株式会社 新潮社



つまり、 美芭里 弐位奈(びばり にいな)さんは仕事の大切さなんて、口にするもんじゃないというところに共感したわけなのォ~?



その通りですよ!


でも。。。、でも。。。、その事と“違う視点”とどういう関係があるわけぇ~。。。?


あのねぇ~、「大変ではない仕事などない」と書いてあるけれど、正にその通りですよ。。。 だから、人前で自分の仕事だけが大変で、他の仕事は簡単だとか。。。 下らないとか。。。 価値がないとか。。。 そういう事は言うべきではないのですよ。。。


要するに、美芭里 弐位奈(びばり にいな)さんも そのように思った、とケイトーは言いたいのォ~?


そうですよ。。。


でも、その事と事がすむと、日本女は袖から懐紙をとりだし『坊や』をつかみ、意外なことに拭いてくれますという事実と いったいどのような関係があるわけぇ~?


あのねぇ~、ここまで僕が解り易く説明してきたのですよゥ。。。 聡明なシルヴィーならば僕の言おうとしていることが解っているでしょう!?


解らないから訊いているのじゃない。。。


マジで。。。?


もちろんよ。。。 真剣に、真面目に訊いているのよゥ。。。 教えてぇ~。。。


そのように急にナヨナヨとシナを作って言われると、なんだか僕はテレてしまいますよゥ。。。 あのねぇ~、この日本女の名前をチェーホフは記録に残していない。。。 しかし、この女性の“仕事”がチェーホフにとっては、忘れがたい心に残る経験として のちに本の中に書き記(しる)すほどに感銘深かった。。。 要するに、この日本女性の“カラユキさん”は実に見事な仕事をしたのですよ。。。 つまり、チェーホフの心を揺さぶるような心のこもった仕事をしたということです。。。


どのような仕事も、たとえ“カラユキさん”の仕事であっても、その仕方によっては文豪のチェーホフの心までも揺さぶるような仕事をすることができる。。。 ケイトーは、そう言いたいわけぇ~?


その通りですよ。。。 バラエティ番組で、大御所の俳優さんが役者の難しさ、大変さを滔々(とうとう)と語ったようだけれど、このような自分勝手な俳優の演技を見たら おそらくチェーホフが生きていたら“この大根役者!”と思うと僕は思うのです。。。 要するに、仕事はどんな仕事でも大変なのですよ。。。 それを決めるのは仕事をしている本人ではない!


第3者こそ、仕事の大変さ、素晴らしさを感じ取っている。。。 ケイトーはそう言いたいわけなのねぇ~。。。


そうです。。。


でも。。。、でも。。。、どうしてケイトーには 美芭里 弐位奈(びばり にいな)さんがそこまで感じ取ったということが解るのォ~?


『美しい日本語』を読んで感銘を受けたので美芭里 弐位奈(びばり にいな)さんはメールを書いて僕に その事を知らせてくれたのですよ。。。


信じられないわァ。。。


あのねぇ~、昔の人は“信じる者は救われる!”と言ったのですよ。。。 だからシルヴィーも僕の言った事を信じて救われてねぇ~。。。



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 (すぐ下のページへ続く)


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by denman705 | 2017-05-03 02:46 | 日本・日本文化



 


美しい日本語 チェーホフ (PART 2)



【ジューンの独り言】



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ですってぇ~。。。


あなたは デンマンさんのお話を信じることができますか?


とにかく、上のエピソードのカラユキさんは チェーホフに忘れられないほどの 心に残る経験をさせてあげたのでした。。。


名前は伝わっていませんけれど、この日本女性こそ unsung heroine と言う事ができるかもしれません。。。


では、カラユキさんのことを知らないあなたのために、YouTube のクリップを貼り付けますね。。。


じっくりとご覧になってください。



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話は変わりますけれど、シルヴィーさんのことをもっと知りたかったら次の記事を読んでください。



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『角さんと原発と天罰(2013年1月5日)』


『真紀子落選(2013年1月14日)』


『野火(2013年1月18日)』


『タイタニックと国際化(2013年2月1日)』


『宮澤理恵@Macao(2013年2月28日)』



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『チョコレートと軍産複合体』


『チョコレートと甘い権力』


『CIAの黒い糸』


『美しい日本語再び』


『宮沢りえブーム?』


『また、宮沢りえ?』


『浅間山噴火とフランス革命』


『なぜアクセスが急増したの?』


『気になる検索ワード』


『なぜ塩野七生批判』


『その検査、ムカつく!』


『宮沢りえと床上手な女』


『MH370ミステリー』


『なぜ死刑廃止?』


『真犯人はそこにいる』


『MH370ミステリー裏話』


『お裁きを信じますから』


『ジャルパックと国際化』


『古代ローマのセックス』


『CIAとノーパン』


『エロいローマ再び』


『エロいけれどためになる話』


『えろあくにめ温泉』


『エロいけれどためになる』


『地球上のネット普及率』


『原発はダメだったのに』


『スカートをはいた兵隊』


『行田シンドローム』


『幻の暴走機関車』


『CIA@NOパンツ』


『やっぱり、セックス』


『セックス風呂具村』


『CIAの黒い手再び』


『アダムとイブは何を食べたの』


『舞踏会 明子』


『波乱の人生』


『国際化だよね』


『イングナさんを探して』


とにかく、今日も一日楽しく愉快に
ネットサーフィンしましょう。
じゃあね。バーィ。



(hand.gif)



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ィ~ハァ~♪~!


メチャ面白い、


ためになる関連記事



平成の紫式部、橘卑弥子でござ~ます
(himiko92.jpg)


『卑弥子の源氏物語』


『平成の紫式部』


■ めれんげさんの『即興の詩』


■ めれんげさんの『極私的詩集』


Jagel - Soft Japanese Bagel
(bagel702.jpg)


■ "JAGEL - Soft Japanese Bagel"



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■ 『きれいになったと感じさせる


下着・ランジェリーを見つけませんか?』


■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』


■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』



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■ 『軽井沢タリアセン夫人 - 小百合物語』


■ 『今すぐに役立つホットな情報』




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by denman705 | 2017-05-03 02:45 | 日本・日本文化

白石川の桜 (PART 1)



 


白石川の桜 (PART 1)


 



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あらっ。。。デンマンさん。。。白石川の桜を見に行ったのでござ~♪~ますかァ?



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。。。ん? 僕が白石川の桜を見に行ったと卑弥子さんは思ったのですかァ~。。。


だってぇ~、タイトルにそう書いてあるではござ~ませんかァ!


あのねぇ~、僕が見に行ったわけではありません。。。 だから、写真に卑弥子さんを登場させたのですよ。。。


白石川というのは、いったいどこを流れているのでござ~ますかァ~?


宮城県の南部を流れて柴田町の付近で阿武隈川に合流して 太平洋に注(そそ)いでいるのですよ。。。


デンマンさんが白石川の桜を見に行かないのに、どういうわけで“白石川の桜”を取り上げたのでござ~ますかァ?


あのねぇ~、福島市に住む柴田 明美(しばた あけみ)さんが、そろそろお花見のシーズンなので 今年はどこへ行こうか? そう考えながらネットをサーフィンしていたら“白石川の桜”に出会ったというわけなのですよ。。。 ちょっと次のリストを見てください。



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『拡大する』


『大伴柴田臣の末裔』



これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の日本時間で4月13日の午前9時12分から午後7時33分までの約10時間の「生ログ」の一部です。。。 赤枠で囲んだ箇所を見て欲しい。。。



4月13日の午前11時6分に『大伴柴田臣の末裔』を読んだのですわねぇ~。。。


そうです。。。 でも。。。、でも。。。、“白石川の桜”が“大伴柴田臣の末裔”と関係あるのでござ~ますか?


もちろん、関係あるのですよ。。。 赤いアンダーラインが引いてある「リファラ」をクリックすると次のページが表示されるのです。



(riv70414a.png)



『拡大する』


『実際のページ』



あらっ。。。 川の名を調べる地図のページなのですわねぇ~。。。



そうなのですよ。。。 福島市に住む柴田 明美(しばた あけみ)さんは宮城県を流れる白石川の桜がオツムに浮かんできてネットで調べたわけです。。。 何か桜の情報が書いてあるかもしれないと思ったわけです。。。


それでページを見ていったら、デンマンさんが投稿した『大伴柴田臣の末裔』のタイトルが目に付いたわけでござ~ますか?


そうです。。。 それでタイトルをクリックして記事を読んだわけです。。。


でも。。。、でも。。。、福島市に住む柴田 明美(しばた あけみ)さんが記事を読んだとどのようにして判ったのでござ~ますかァ~?


IPアドレスを調べたのですよ。。。



(ip127245b.png)


『拡大する』



IPアドレスを調べれば、確かにアクセスポイントは判りますけれど、プライバシーを保護するために、アクセスしたネット市民の名前までは判らないのでござ~ますわァ。。。



卑弥子さんは意外に厳しい突込みを入れるのですねぇ~。。。 そのような堅い事を言わないでサラリと僕の話を聞いてくれませんかァ~?


分りましたわァ~。。。 デンマンさんが そのようにおっしゃるのでしたら クドクドと詮索するのはやめにいたしますわァ~。。。 で、柴田 明美(しばた あけみ)さんは白石川のお花見に行くことにしたのでござ~ますかァ?


そうなのですよ。。。



(whiteriv3.jpg)



柴田 明美(しばた あけみ)さんは なぜ白石川のお花見に行こうと決めたのでござ~ますか?



次のメールを読んだからですよ。。。


宮城県柴田郡柴田町の


船岡城址公園・四保山の丘上から


白石川の堤の桜並木を見下ろす



(funaoka.jpg)



Beaverland Net Form Processor
From: yasu60@******.plala.or.jp
To: barclay1720 barclay1720@aol.com
Date: Thu, Mar 22, 2012 9:20 pm
(Pacific Daytime Saving Time)
日本時間: 3月23日午後1時20分
MESSAGE SENT THROUGH YOUR WEBSITE


This form was submitted:
Mar 22 2012 / 21:20:44


userid = barclay1720
FreeCity = oldhist-shinri-superb
Your_Name = 柴田yasuhiro
Your_Email_Address =
yasu60@******.plala.or.jp


Comments:



初めまして、いろいろ文献を読んで、貴殿のサイトにたどり着きました。
私は、大伴柴田臣の末裔だと思っている者です。


しかし家紋からするに、下藤一で藤原の親戚になってしまいます。
私は、シボ族で不動明王を祖先に持つ者だと思っております。


貴殿の考えに賛同いたし、心が爽快になりました。
藤原の捏造で大伴氏族系柴田の流れが分断されて、困りはてています。
貴方の考えは如何でしょう。


藤原の由来は、安東将軍で、トウタン、トルファンであると思います。
近衛文麿が陸軍を先導して太平洋戦争まで持ち込み、強いては、天皇の座まで狙った。
それを知っている、昭和天皇は、愛知県にある東条秀樹の墓参りをして、これをわびた、と思っています。


現在ですら、NHKの作った大化改新は愚作の極みで下らない出来で日本人の恥と思える作品です。
あたかも、現代の中国、韓国の思想に近い、考えの人が作ったと解ります。
今ですら藤原が怖いと思っている人がいる。


我々は、法の元で平等で自由で公平な目で物事を判断できる。
我々は道徳を重んじ、恥を最も嫌う優秀な日本人である。
それが、現在の米国、英国、ロシア、イスラエル、中国、韓国人とは決定的に違う民族である、と思います。


Thank you for using Bravenet Email Form Processing!



つまり柴田 明美(しばた あけみ)さんも もしかしたら大伴柴田臣の末裔かも知れないと思ったのでござ~ますかァ~?



そうですよ。。。 それで明美さんも『大伴柴田臣の末裔』をじっくりと読む気になったのですよ。。。


そもそもデンマンさんは、どのようなわけで『大伴柴田臣の末裔』を書く気になったのでござ~ますかァ?


あのねぇ~、柴田町は、1970(昭和40)年のNHKの大河ドラマ『樅ノ木は残った』で注目を浴びたのです。


どのようなお話なのでござ~♪~ますか?


原作は山本周五郎さんの作品です。 江戸時代の有名な伊達騒動の話ですよ。 柴田町は、その主要人物である原田甲斐こと原田宗輔の城下町として知られていたのです。 でも、この人物は寛文事件(伊達騒動)で斬死し、原田氏は断絶するのです。



1200年(正治2年)頃 - 芝田次郎が居城。同氏は宮城小四郎家業(宮城四郎)によって追討を受ける。


16世紀初頭 - 伊達氏の家臣で柴田家の祖四保但馬定朝の居城となった。


1593年(文禄2年)- 屋代景頼が居城。


1615年(元和元年) - 原田宗資が居城。


1671年(寛文11年)- 原田宗輔が寛文事件(伊達騒動)で斬死し、原田氏断絶。


1681年(天和元年) - 柴田宗意が5000石を拝領し居城。


1694年(元禄7年) - 柴田氏が三の丸に居館を築造し、居住した。



当時、『樅ノ木は残った』は、それほど有名だったのですか?



そうですよ。 しかも、僕は学生時代に仙台で6年近く暮らしたことがある。 実家の埼玉県行田市と仙台の間を東北本線で行ったり来たりする時には決まって船岡城のそばを通った。 桜の時期には車窓から白石川沿いの堤の桜がきれいに咲きほこっているのが見えたものです。 だから、上の写真の情景は僕の眼に焼きついていますよ。 1990年(平成2年)には一目千本桜とともに宮城県で唯一、日本さくら名所100選の地に選ばれ、毎年4月中旬には多くの花見客で賑わいます。


。。。で、柴田さんは、その桜並木のお近くに住んでおられるのですか?


ところが柴田さんの IPアドレスを調べたら、東京をはさんで宮城県とは反対方向の岐阜県に住んでいることが判った。



IPアドレス: 114.185.4*.**


ホスト名:
i114-185-4*-**.s02.a021.ap.plala.or.jp


IPアドレス割当国: 日本 ( jp )
接続回線: xDSL
都道府県: 岐阜県


プロバイダー: PLALA
IPネットワークアドレス: 114.185.0.0/17
組織名: 株式会社NTTぷらら
ドメイン名: PLALA.OR.JP
Network Service Name: NTT Plala Inc.



つまり、デンマンさんの推測は全く的外れだったのでござ~♪~ますわね。



そうなのですよ。 


柴田さんは「藤原の捏造で大伴氏族系柴田の流れが分断されて、困りはてています」と書いておられますが、藤原氏の捏造で柴田氏は宮城県と岐阜県に分断されてしまったのですか?


だから、僕も調べてみましたよ。 その結果を見てください。



○「柴田」という苗字は、ある統計によると現代日本のなかでは多い方から第63位となっており、その分布が最も多い県は愛知県で、茨城県は必ずしも多いとはいえない。
しかし、その県内分布はきわめて特徴的である。
具体的には、西茨城郡友部町と多賀郡十王町友部が分布の二大拠点をなしているようであり、後者は『和名抄』の多珂郡伴部郷の地であった。
同書には茨城郡の近隣、真壁郡にも伴部郷があげられるから、茨城郡の友部も同様に古代伴部の居住に由来か。
友部はもと伴部(←大伴部)であり、大伴連の部民に由来する地名であった。
かって、十王町を含む地域を仕事の管轄地としていたことがあったが、そのときはそうした問題意識を何ら有していなかったことが惜しまれる。


○大伴連とその部民の東国・陸奥における分布は、四世紀中葉の倭建命(日本武尊)の東征に由来する場合が多く、この遠征には大伴連の祖・武日命の子弟・配下が主力部隊として随行し功績を建てた。
この辺の伝承は、大伴宿禰家持の「陸奥国より金を出せる詔書を賀く歌」(『万葉集』歌番4094)に詠まれる。
すなわち、「海行かば水漬く屍 山行かば草生す屍 大王の辺にこそ死なめ 顧みはせじ」と詠われるが、この情景は、大王(オホキミ)すなわち倭建命の東征関連であったと考えられる。


常陸から陸奥、具体的には茨城県から宮城県にかけての地域には、靱大伴連、大伴行方連、大伴苅田臣、大伴柴田臣、大伴白河連、大伴亘理連、大伴安積連、大伴山田連、大伴宮城連という大伴□□連(臣)という形で「大伴」(のちに「伴」)を冠する姓氏が頻出する。
これらは大伴連一族かその配下・部民の出自という系譜をもつと推される。


○柴田氏については、これらのうち大伴柴田臣との関係に注目されるが、この氏は陸奥国柴田郡(現宮城県南部の柴田郡)の地名に因んだ郡司級の地方大族であった。
なぜ古代常陸の伴部郷の地に「柴田という氏」が多いのかは不明であるが、何らかの形で陸奥国柴田郡から常陸の先住地・縁故地に帰ったものか、柴田という地名の元が常陸国にあったか、そのいずれかではなかろうか。


○中世、三河の土豪・柴田氏は、その出自を秀郷流藤原氏の下河辺一族の出で、常陸国鹿島郡の柴田に因むと伝えるが、本来、同氏が三河古族の出だとみられ、この系譜自体は仮冒ではなかろうか。
なお、下河辺一族に柴田氏があったこと、鹿島郡の柴田という地名も確認できない。
しかし、中世の常陸の前掲地区にある程度の土豪として柴田氏があったことは認めてよかろう。


○なお、尾張の柴田氏については、今のところ全く手がかりがない。
有名な柴田権六勝家を出した柴田氏については、管領家斯波氏の庶流とも伝えるが、勝家の父くらいからしか知られず、明らかに系譜仮冒であろう。
尾張に分布が多いということは、古来海神族の地であったという性格から考えれば、その流れを汲むものか、その地域を何らかの縁由で知行したものか。
いずれにせよ、柴田氏に絡む謎は多く、資料が皆無に近い。


赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。)




出典:『常陸の柴田氏について(メモ)』



岐阜県だと尾張・名古屋に近いですわね。 大伴柴田臣は、あの有名な豊臣秀吉の家来の柴田勝家と関係がある氏族なのでござ~♪~ますか?



でも、上の記事によると、「柴田権六勝家を出した柴田氏については、...勝家の父くらいからしか知られず、明らかに系譜仮冒であろう」と書いてありますからね。。。


要するに、尾張の柴田氏は大伴柴田臣と関係ないのでござ~♪~ますか?


だから、その事を柴田さんは藤原の捏造と言っているのかもしれません。


。。。で、デンマンさんは柴田さんにお返事を書いたのですか?


書きましたよ。 読んでみてください。





(foolw.gif)


Subj:柴田さん、古代史へのコメント


ありがとうございました。


バンクーバーの加藤です。


Date: Sun, Mar 25, 2012 9:17 am
Pacific Daylight Saving Time
日本時間: 3月26日 午前1時17分
From: denman12345@infoseek.jp
To: yasu60@******.plala.or.jp
CC: barclay1720@aol.com

 

柴田さん、コメントありがとうございます。
僕の記事には、めったにコメントが付かないのですよ。
コメントを書いてくれるのは、熱心な読者か? それとも底抜けの馬鹿か? そのどちらかです。 (爆笑)


柴田さんの場合は、もちろん、「熱心な読者」です。 (微笑)



私は、大伴柴田臣の末裔だと思っている者です。
しかし家紋からするに、下藤一で藤原の親戚になってしまいます。
私は、シボ族で不動明王を祖先に持つ者だと思っております。
貴殿の考えに賛同いたし、心が爽快になりました。
藤原の捏造で大伴氏族系柴田の流れが分断されて、困りはてています。
貴方の考えは如何でしょう。


そうですか。。。柴田さんの先祖は「大伴柴田臣」ですか!?
藤原の捏造で大伴氏族系柴田の流れが分断されて困りはてている、ということですが、藤原氏のやりそうなことなので僕には柴田さんの困り果てている様子が充分に理解できますよ。


実は、僕の先祖は藤原氏の先祖と同じく百済からやって来たのです。
つまり、藤原氏とは同郷なのですよ。
もし興味があったら次の記事に書きましたので読んでみてください。



(himiko40.gif)


『デンマンの祖先は百済からやってきた』


(2010年8月4日)


しかし、藤原氏が「勝ち組」だとすると僕の先祖は「負け組」でして、百済軍の親衛隊の一員として 663年に唐と新羅の連合軍と「白村江」で戦い、敗れると百済の貴族・官僚などと共に日本へ亡命したのでした。 
この人たちの中には大和朝廷の役職に付いて、現在の大臣に当たる役職に付く者まで出てきます。


藤原不比等が「養老律令」を作ろうとした時に集めた、唐から帰ってきた若い留学生たちの中に百済人成(くだらのひとなり)という人物が居ますが、この人物の祖先と僕の一族の祖先は同族だったのです。
しかし、僕の祖先は要領が悪くて大和朝廷で出世することはなかったのです。
戦争に嫌気がさした僕の祖先は開拓団の一員として関東を目指して移住したのでした。
でも、百姓になりきれなくて、やがては武蔵国の豪族である成田氏に仕えるようになります。
騎馬武者だったのですが、漢学の素養を買われ、城主の祐筆(記録係)に出世します。


1590年(天正18年)の小田原の役の際には 城主・成田氏長は小田原城にて籠城しました。
嫡男・成田長親を城主とし、家臣と農民ら3,000の兵が忍城に立てこもったのです。



(oshi1.jpg)


    忍城


僕の14代前の加藤家当主である加藤兵庫介は、この時、農民たちと行動を共にし、豊臣方の忍城攻めの総大将・石田三成と対峙したのです。


三成は、忍城を一望する近くの丸墓山古墳(埼玉古墳群)に本陣を置き、近くを流れる利根川を利用した水攻めを行うことを決定しました。
この時、あの有名な総延長28キロメートルに及ぶ「石田堤」を築いたのです。
しかし忍城はついに落城せず、結局は小田原城が先に落城したことによる開城となり、城側は大いに面目を施すことになったのでした。



(ishida90.jpg)


石田堤(いしだづつみ)



(maruhak2.jpg)


丸墓山


明治になると廃藩置県に伴い「忍県」の県庁が二の丸に置かれましたが、その後廃城となりました。
僕の曽祖父は手先が器用だったので武士を辞めて忍城下で「くりもの屋」になったのです。
祖父の加藤定吉は優秀な作品を作るという定評を得て、県展に出品して大正6年に県知事より2等の賞状を頂戴しました。
しかし僕の父親が7歳の時に癌で亡くなってしまいました。
まだ働き盛りの42歳でした。


そのような訳で大黒柱を亡くした加藤家は赤貧を洗うような貧乏になってしまったのです。
僕の父・加藤佐吉は小学校を卒業すると母校の給仕をしながら独学で教員検定試験を受けて18歳のときに助教師として母校の教壇に立つようになったのです。
しかし、まもなく太平洋戦争が始まり赤紙で戦地へ引っ張られたのでした。


同じ百済からやって来たのに、「勝ち組」の藤原氏の末裔は日本帝国総理大臣の近衛文麿になりました。



(konoe01.gif)


近衛文麿


「負け組」の加藤家の当主・佐吉は小学校の給仕を経て助教師です。
「勝ち組」と「負け組」の差は大きい! (苦笑)


しかし、“人間万事塞翁が馬”と申します。
近衛文麿氏には1945年(昭和20年)12月6日、GHQからの逮捕命令が伝えられました。
巣鴨拘置所に出頭を命じられた最終期限日の1945年12月16日未明に、荻外荘で青酸カリを服毒して自殺。
僕の父親は満州から最後は沖縄戦へ転戦しましたが、幸運にも沖縄本島ではなく宮古島に駐屯したので戦死を免れたのでした。



(miyako88.jpg)



(miyako87.gif)


運命のいたずらとでも申しましょうか。。。?
どのように栄達しようとも、人の命は、このように歴史の流れとともに変わってゆくのですね。


百済難民の末裔である僕は、さらに東を目指し、太平洋を越えてバンクーバーに移住したと言う訳です。
「白村江」の戦いに敗れてから、実に、今年で 1349年目になります。


約1350年の歴史をざっと語りましたが、柴田さん、僕の家系を信じることができますか?
僕の家族と親戚の一部だけが、この家系を信じているのですよ。


しかし、藤原氏は、百済からやって来たのにもかかわらず、日本古来から連綿として伝わっている中臣氏の出身だと主張し続けています。
それが学校で教えている日本史では信じられているわけですよね。


どうして。。。?


もちろん、それを可能にしたのが『古事記』と『日本書紀』の編纂です。
「勝ち組」の藤原不比等のやる事は日本史を書き換えるようなことまでしてしまうのですよね。



(kamatari2.jpg)


中央が藤原鎌足


左が次男の不比等


右の坊さん姿が


長男の定慧(じょうえ)


僕は別に日本史を書き換えるつもりはありませんが、ネット上に加藤家の家系を広めながら藤原氏の「六韜史観」とは、どういうものだったのかを語り続けようと思っているのです。
まだまだ語りたいことはたくさんありますが、この続きは次の記事で読んでください。


『大伴柴田臣の末裔』


(2012年3月26日)


日本時間で3月26日の午前8時までには投稿します。
とにかく、コメントありがとうございました。
おかげさまで、久しぶりに自分の書いた記事を読み返して、いろいろと考えることができました。
柴田さんも、日本史を紐解(ひもと)いて、日本人とはなにか? さらに突き詰めて考えてみてください。
では。。。



柴田さんがコメントを書いたというのは、一体どの記事なのですか?



実は柴田さんは、次の3つの記事をじっくりと読んでくれたのですよ。



『真理とは何か?』


『真理は作られた?』


『韓人(からひと)とは誰か?』


どうして上の3つの記事を読んだとデンマンさんには判るのですか?


上の3つの記事を読まない限り、柴田さんには上のコメントが書けないからですよ。 


それで明美さんは大伴柴田臣の末裔であると確信したのですか?


あのねぇ~、コメントを書いてくれた 柴田yasuhiroさんは岐阜に住んでいるのですよ。。。 それから比べれば、明美さんは福島市ですからねぇ~。。。 柴田yasuhiroさんよりも 柴田町にずっと近いところに住んでいるわけですよ。。。


それで、明美さんは末裔であると確信したのですか?


いや。。。 確信したというよりも、柴田町になんとなく近親感を覚えて、白石川の土手を歩きながらお花見を楽しんだ後で柴田町に寄って花見団子でも食べながらじっくりと町の中を散歩しようと決めたのです。。。


マジで。。。?


明美さんにじかに訊いてみないと解らないけれど、僕はそう思うのですよ。。。


どうして。。。


明美さんは柴田町では花見団子が食べたいからですよ。。。 (微笑) 卑弥子さんも花より団子でしょう!?



(laugh16.gif)


 (すぐ下のページへ続く)


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by denman705 | 2017-04-19 02:58 | 日本・日本文化

白石川の桜 (PART 2)



 


白石川の桜 (PART 2)



【卑弥子の独り言】



(himiko22.gif) 


ですってぇ~。。。


確かに、お花見しても おなかは満ち足りませんものねぇ~。。。


どちらかと言えば あたくしも 花より団子でござ~ますわァ~。。。


では、あなたのために白石川の桜をお目にかけますね。


じっくりとご覧くださいませぇ~。。。



(whiteriv4.jpg)



どうですか? おなかが空(す)いたでしょう!


でも、このページを最後まで読んでから、お団子屋さんに走ってくださいねぇ~。。。 (モナリザの微笑)


ところで、話は変わりますけれど、あたくしは“平成の紫式部”と呼ばれているのでござ~ますわァ。


うふふふふふふ。。。


ええっ。。。 信じられないってぇ~。。。?


じゃあ、『卑弥子の源氏物語』を お読みくださいませぇ~。。。



(genjiero4.jpg)


『卑弥子の源氏物語』


どうですか? あたくしが “平成の紫式部”だと納得がゆきましたか?


ええっ。。。 ちょっと納得がゆかないのでござ~ますかァ?


でも こう見えても 一応 京都の女子大学で腐女子たちに「日本文化と源氏物語」を講義しているのでござ~ますわァ。


ただし、なかなか あたくしの魅力を認めてもらえないのでござ~ますう。


つまり、結婚相手が 現れないのですわァ。


この際 高望みはいたしません。


“寅さん”のような人でもいいですわ。


旅に出ていることが多いので 手がかからないと思うのでござ~ますう。


ついでだから、寅さんの映画でも見て、希望をつなごうと思います。


“袖触れ合うも他生の縁”と申します。


あなたも 一緒に寅さんのYouTubeでも見てくださいねぇ~。。。



(tora019.jpg)



ちなみに、紫式部のお話も面白いですけれど、古代のお話も心にしみますわァ。


たまには、日本の古代史の記事も読んでくださいませぇ。


そういうわけで あなたのために平安史、古代史の記事を用意しました。


ぜひ 覗いてみてくださいね。


天武天皇と天智天皇は


同腹の兄弟ではなかった。
 


天智天皇は暗殺された 


定慧出生の秘密 


藤原鎌足と長男・定慧 


渡来人とアイヌ人の連合王国


なぜ、蝦夷という名前なの?


平和を愛したアイヌ人


藤原鎌足と六韜


古事記より古い書物が


どうして残っていないの?


今、日本に住んでいる人は


日本人でないの?


マキアベリもビックリ、


藤原氏のバイブルとは?


とにかく、次回も興味深い記事が続きます。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。
じゃあ、またねぇ~。。。



(hand.gif)


ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
(30june.jpg)



(surfing9.gif)




(sayuri5.gif)


ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。


卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。




(hama10.jpg)


『ハマグリにハマる』


『ハマグリの誘惑』


『ハマグリの足跡を追って』


『芭蕉と遊女』


『光源氏もビックリ』


『エロエロ源氏物語』


『悲痛の紫式部』


『卑弥子のえっち』


『白妙の和歌を探して』


『キーワード診断』


『紅のボート難民』


『ん?ネトウヨ』



(miya08.jpg)


『下衆のかんぐり』


『桓武天皇のママがネットで』


『ござが天皇とGOOGLE』


『エロ 建礼門院』


『一敗が三人に!』


『行田の黒い霧をはらう』


『ペルシャ人が飛鳥に』


『小柴垣草子』


『後白河上皇ダントツ』


『ブスと美人』


『エロい話が好き?』


『死んでも生きてる』


『失意の太田将宏』



(annasalleh.jpg)


『オルフェと聖徳太子』


『源氏物語とおばさんパンツ』


『霊仙はなぜ毒殺されたの?』


『紫式部が地獄へ』


『破戒僧円載』


『アショーカ王の愛と苦悩』


『どら平太の世界』


『三四郎とデンマンさん』


『ヒトラーの姪』


『ゴヤと三島由紀夫』


『仏陀とキリストと娼婦』



(zurose2.jpg)


『ズロースと戦争』


『伊藤若冲ブーム?』


『ブッダと物理学』


『加藤清正ブーム?』


『愛憎と三輪山』


『松原智恵子 お尻ペンペン』


『坂本龍馬は流れ者か?』


『野ざらし』


『紫式部堕獄説』


『日本最古のポルノ?』


『源氏物語の性描写』


『寅さんの本棚と急行まつしま』


『ヒトラーは草食系?』


『ブッダとキリストと娼婦』


『顔文字とオナラ』


『宝暦の恨みを明治維新で』


『デウキと紅葉@行田』


『薄い陰毛と紅のボートピープル』


『江戸の閨房術』


『ずるがしこい現代人』


『春画@源氏物語』


『千早振る』


『あれっ、松本清張』


『キスと源信』


『伎楽は呉から…?』


『紺瑠璃杯に魅せられて』


『神聖娼婦 マリア』


『安徳帝は生きていた』


軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
(godiva05.jpg)



(byebye.gif)


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by denman705 | 2017-04-19 02:57 | 日本・日本文化