デンマンが日々思ったこと考えたこと感じた事を書きます。


by denman705

カテゴリ:国内旅行・名所・旧跡( 178 )


 


行田物語 ピラミッド (PART 1)


 



(oshijo09b.jpg)



(pyramid82.jpg)



(pyramid81.jpg)



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(daibuts85.jpg)




(sayuri55.gif)


デンマンさん。。。行田市に まさかピラミッドができたのではないですよねぇ~!?



(kato3.gif)


もちろん行田にピラミッドなどありません。。。 観光名所にピラミッドを作る計画もないようです。


それなのにどういうわけでピラミッドを持ち出してきたのですか?


あのねぇ~ 小百合さんは忘れてしまったかもしれないけれど、かつて僕が迷子になった道を 小百合さんが三菱の軽トラを運転して僕が助手席に乗りながら通ったことがあったのです。 その時 小百合さんが次のように言ったのですよ。


「この辺で昔、ピラミッドのようなものを


見かけたことがあるのですわァ」


そのデンマンさんが迷子になった道と言うのはいったいどの道のことですかァ?


かつて記事を書いたので、ここに書き出します。 小百合さんも読んで思い出してください。





(daibutsu7.jpg)


Subj:今日の小百合物語は


題して『思い出を食べる』でした。


読んでみてね。


ヽ(´ー`)ノキャハハハ。。。


Date: 28/03/2008 10:32:22 PM
Pacific Daylight Saving Time
日本時間 3月29日午後2時32分
From: barclay1720@aol.com
To: fuji@adagio.ocn.ne.jp


『思い出を食べる@麻布』




突然 ゼリーフライが食べたくて、
行田に行ってきました。


「かどや」 で食べると決めてたのに
行ったら 休みで、
どうしよう と思っても
お店の紹介してあったパンフをわすれました。



(zenifry3.gif)



地元の人はうまい店を知っているものですよ。
僕のお袋も知っているはずですよ。
電話して尋ねてみたらよかったですね。


僕の弟もうまいフライ屋で買ってくる事がありますよ。



おろおろ しながら 大長寺の橋をわたり、
人に尋ねて商工会センターの建物を見つけて 
パンフをもらい かねつき堂
という店を 探すのですが
これがまた 見つからず子供達もあきれ顔。
ちょっと 見つけずらかった


行田の町は、もともとが城下町ですからね、
道が分かりにくいように作られているのですよ。
つまり、攻め込まれて来た時に敵が道に迷うようにできていた。


明治の頃から市内の道路は、ほとんどが昔のままですよ。
舗装されたけれど、道筋(みちすじ)は昔のままのところが多いのです。


行田のフライ屋もゼリーフライ屋も、ほとんどが市内にありますからね、
本町や新町(あらまち)通りから一歩入ると、僕でも、どこだか分からなくなってしまう事がありますよ。


どうして碁盤の目のようにしないのか不思議でなりません。
2006年、帰省した時にもネットカフェの『みるみる』をつかったのですよ。


たいてい自転車で産業道路を通って『みるみる』へゆくのですが、
いつも同じ道では退屈するので、JRの行田駅から市内に向かう広い道路を使ってみたのですよ。



(gyodast03.jpg)


初めてその道路を使った。
僕が子供の頃には無かった道です。


欧米の都市のように新しい道路を碁盤の目のように造ればいいのですよ。
ところが、そうなっていないのですよね。


4車線もある道路なのに、弓なりに曲がったりしている。
夜だった事もあって、すっかり道に迷ってしまいました。
道路が妙に曲がっているので、走っているうちに方向感覚が全くなくなってしまったのですよ。
30分も自転車をこげば帰れるのに2時間以上もかかって、やっと実家にたどり着いたのですよ。


アメリカでもカナダでも北か南か東か西か走っている方向はまず間違いなく分かる。
道路標識もちゃんとしているし、どのような道にもストリート名がある。
だから、道に迷っても、教えやすいし、言われても分かりやすい。
“何ブロック行って西に曲がれば、○○○ストリートに出られる”


ところが、行田はそうではないのですよね。新しい道路なのに、
全く計画性が無く造られていて、
“この道を○○店まで行って右に曲がって。。。”
こういう教え方をする。


しかし、夜だから、店は閉まっていて分からない。
意外に街灯が少ないのですよね。
ほぼ真っ暗です。


急に外国に来たような気分になってしまいましたよ。
うへへへへ。。。


生まれ育った町で迷子になろうとは夢にも思っていませんでした。
それほど、道路が無計画に作られている!




『思い出のフライ』
(2008年3月31日)



そうです。。。 そうです。。。 もう10年ほども前になるのですわねぇ~。。。 思い出しましたわァ。。。



僕は、その時 小百合さんに言ったものですよ。


「小百合さんがいつ行田にやって来たか


知らないけれど、この道は僕が子供の頃は


なかったのですよ。


JR行田駅ができたので


造られた道なのだから…


僕が迷子になったくらいだから


それは確かです。」


そうでしたわ。 デンマンさんは私の話を全て否定したのですわァ。 確かに私が見たのはずいぶん昔のことでしたわァ。 館林の女子校を卒業して初めて就いた仕事が広告代理店の営業で、出来上がったチラシを行田のお客様の所へ届けに行った途中で見たのですもの。。。


でも、小百合さんがピラミッドのようなモノと言ったので、僕にはすぐに思い当たるモノがあった。 清善寺の無縁塚ですよ。。。



新兵衛地蔵尊



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昭和7年5月8日、清善寺無縁塚の上に、新兵衛地蔵尊が開眼供養された。
早いもので48周年を迎える。


大正13年5月に、大澤龍次郎翁が亡父13年忌供養に丈余の無縁塔を建立し、成田家、阿部家家臣の天文年間より天保年間300年の香煙絶えて久しき無縁の精霊を慰め供養し、次いで無縁の墓石を集め無縁塚としたのは昭和6年である。


今でこそ無縁塚を建立するのは珍しくないが---今の無縁塚は、無縁の墓が多く邪魔なので片付ける為に塚にしたというのが多い---初め立派な供養塔を建て8年間供養してから、これらを集め塚としたという仏心による無縁塚建立という例は、全国でも例をみない本当の無縁塚であろう。


そして無縁を慰める菩薩は地蔵尊しかない。
幸いに、父新兵衛が念持していた地蔵を拡大鋳造して安置して、相州大雄山最乗寺山主大石観法老師によって新兵衛地蔵尊と名付け開眼されたことは仏道にのっとり、無縁の精霊の供養に範とする処で、新兵衛地蔵尊の真意はここにあることを強調したい。



(shinpei03.jpg)


昭和7年頃の清善寺を想い出して貰いたい。
今の赤門は、大沢証券の前にあって、左側には大きな樹が昼なお暗く繁り今の城東会館の処は、田と沼で、朽ちた鐘楼が見え、今の道の上に愛染堂があり茶畑にかこまれていた。
夜は墓地に人魂が飛ぶといわれた程さびしいというよりこわい古刹だった。


名誉市民 大澤龍次郎翁は郷土発展の為に数え切れない程 たくさんな施策をしたが、その中で特記すべき一つに地味ではあるが、大事業であった、今の天満から内行田に抜ける道を拓いたことをあげることが出来よう。


昭和7年 新兵衛地蔵尊開眼、その東の延命苑の造園、新兵衛地蔵尊通りの開通の着手、そして西條八十詩 中山晋平作曲、勝太郎の吹込の『行田音頭』レコードと、東京より直通列車による地蔵講参拝団の来訪と、昭和初期の大不景気のさ中に、行田では華々しさを物語っている。
5月8日の新兵衛地蔵尊の祭日は、参拝後、水城公園に廻って行田音頭の記念碑でもみて、あなたの頭の中に40数年前のタイムカプセルを浮べて下さい。



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   『行田音頭』



(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)




239-241ページ 『行田史跡物語』
著者: 大澤俊吉
1979(昭和54)年12月20日 初版発行
発行所: 歴史図書社



そうです。。。 そうです。。。 デンマンさんがわざわざこの場所へ連れて行って見せてくれたのですわァ。。。 でも私は、これと同じようなピラミッドを確かにデンマンさんが迷子になった道で見たのですわァ。。。



ここ以外に小百合さんが言うピラミッドのようなモノは絶対にない!と云う事を示すために僕は小百合さんを連れて行ったのですよ。


でも。。。、でも。。。、私は見たのですわァ。。。


だってぇ~、僕が迷子になった道は 小百合さんが通ったという時にはなかったのだから。。。 そう言っても小百合さんは同じことを繰り返して言うのですよねぇ~... 清善寺とは違う所でピラミッド型の無縁冢を確かに見たと。。。


だってぇ私は確かに見たのですわァ。 夢ではありませんでしたァ。


それで、去年の秋でした。 僕が行田に帰省した時に、小百合さんが行田の古代米カレーが食べたいということで行田駅のすぐ近くのCafe Cozyへ行ったのですよ。



(cafecozy01.jpg)



(cafecozy02.jpg)


『古代米カレー』



Cafe Cozy はシャレた店だったですわねぇ~。。。



残念ながら古代米がきれていたので白いご飯だったけれど一応満足しました。。。 その帰りに市内に向かう途中で小百合さんが道端にある藁屋根の古い民家に気付いて、ちょっと見てみようということになって車から降りたのですよ。



(boroya02.jpg)



見かけよりもかなりボロだった。



そしたら、私は見覚えのある風景に出くわしたのですわァ。。。この辺に来たことがあることをはっきりと思い出したのです。。。 それで思い出を手繰り寄せながら歩いて行ったら お寺があって見覚えのあるピラミッド型の無縁塚が現れたのですわァ。。。



(josho02.jpg)



(gyodamap90.png)


『拡大する』



僕も、この時ばかりはエジプトのピラミッドが現れたのではないか!?。。。と思ったくらいに唖然としましたよ!



デンマンさんが、そんな道はない!。。。と自信を持っ言ったので私は思い違いだと考えたほどでした。。。 でも、心のどこかに確かに見たという思いがあったのですわ。。。


考えてみたら僕は無縁塚があるこのお寺を初めて見たのですよ。。。 そもそも、子供の頃、この辺に来たことがなかった。



成正寺



(josho01.jpg)


 


成正寺(じょうじょうじ)は、埼玉県行田市にある


浄土真宗本願寺派の寺院である。


文政6年(1823年)、桑名(三重県)から


忍(現在の行田市)に移封した


松平忠堯の家老、加藤大炊が、


浄土真宗本願寺派の寺院が無いことに気づき、


築地本願寺(本願寺の別院)の出張道場として


開基に賢随を迎え建立したという。


 



(josho02.jpg)




出典: 「成正寺 (行田市)」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』



つまり、もともと細い道路があったのですわよ。。。 JR行田駅ができたので道路を広げて駅まで延ばしたのですわ。



僕も、こうして改めて成正寺の無縁塚を見ると、僕が子供の頃にも細い道路があったのだと納得することができました。


要するに、この事を言うために“行田物語 ピラミッド”というタイトルを付けて私を呼び出したのですか?


いや、そればかりじゃありません。。。 ちょっと次の小文を読んで見てください。。。



13歳の少女と「武士」の出会い



(kiyomasa.gif)


旅の始まりで『更級日記』にふれます。
父の任地である東国で生まれた13歳の少女が、任期が満ちて京に帰る父に連れられて草深い武蔵野国を通ったのは寛仁四(1020)年のことでした。
たまたま望見した名も知らぬ人物について書き記します。


「馬に騎りて弓持(もち)たる」人物についてです。
広々とした空の下、馬に乗った武人はやがて草むらに消えて行きます。
点景のように草原に現れたこの人物のことを彼女が書きとどめたのは、よほどそのときの光景があざやかだったからに違いありません。
さりげなく書かれたこの一節が司馬さんの記憶に止まります。
そしてその時代から一挙に時間を360年ほど溯(さかのぼ)ります。


それより360年前の西暦663年。
朝鮮半島。
百済(くだら)が滅亡の危機に瀕(ひん)していました。
百済の救援に向かった約二万七千の日本軍は白村江(はくすきのえ)の海戦で大敗北。敗戦の混乱の中で多くの百済遺民を伴って帰国します。
百済人は長年、ツングース系の高句麗騎兵と戦っており、騎射に長じていました。
司馬さんの想像力は、少女が見た「馬に騎りて弓持たる」人物が、土着人と混血した360年後の百済人の子孫ではないかと見るのです。当時、武蔵野には二千余人の百済人が移住し、土着しました。
そして、中国的な国家の「かたち」である律令制を倒し、1192年に鎌倉幕府という日本的な政権を作った新興勢力である坂東(ばんどう)武士団とは、この人たちの後裔(こうえい)ではないかと考えるのです。



「この集団が、日本史上、われわれが誇る、最も典型的な日本人集団とされる坂東武者に変わってゆくことを思うと、東アジアの人間の交流や、文化の発生にかぎりないおもしろさを覚える。」(『街道をゆく』1)


日本人の原型体質とは、坂東武士団の中から結晶のように煮詰って現われ出た生き方であり、その広がりはアジア的スケールを持っていたかもしれないのです。
かれら坂東武士団のモラルこそ、「名こそ惜しけれ」でした。「坂東」とは箱根の東ということです。




(84-87ページ) 『司馬遼太郎の「武士道」』
著者・石原靖久 発行・平凡社
2004年8月25日 初版第一刷発行




『セレブと碓氷峠』より
 (2008年9月7日)


 




司馬さんが『街道をゆく 1』の中で言っているように、僕も「東アジアの人間の交流や、文化の発生にかぎりないおもしろさを覚える」のですよう。



でも、小百合さんがどのように関わってくるのでござ~♪~ますか?


実は、小百合さんの祖先も僕の祖先と一緒に百済からやって来たのですよう。ちょっと読んでみてください。



デンマンの祖先は百済からやって来た



(oshi1.jpg)


 



僕の家は徳川時代には忍城下で“木のくりもの屋”をしていた。僕の祖父の代までこれが続いて、大正時代に作品の品評会があって、これに出品して埼玉県知事からもらった2等賞の賞状が家宝のようにして2階の床の間に飾ってありましたよう。つまり、僕の祖父は腕のいい木工職人だったのですよう。家にも祖父が作ったと言う置物がたくさんありました。僕のオヤジが行田市の博物館にすべて寄付したようです。



それで徳川以前はどうだったのでござ~♪~ますか?


後北条氏に仕えていた騎馬武者だった。つまり、『更級日記』の作者が見たと言う騎馬武者の末裔(まつえい)だったのですよう。


つうことわあぁ~。。。デンマンさんの遠い祖先は百済から逃げてきた難民だったのでござ~♪~ますわね?


難民と言うと響きは悪いけれど、唐と新羅の連合軍と戦った騎馬隊の一員だった訳ですよう。


それで、戦いに負けて百済の国が滅びてしまったので仕方なしに日本へ逃れて来たと言うことでござ~♪~ますか?


そう言う事ですよう。


。。。んで、デンマンさんのご実家には家系図が残っているのですか?


そんなモノは残っていませんよう。


。。。んで。。。、んで。。。、どうして上のような事を、さも史実のように言うことができるのでござ~♪~ますか?


僕の体の中にある DNA に僕の祖先から伝わっている遺伝子が刻み込まれているからですよう。


その。。。その遺伝子って。。。いったい、どういうモノでござ~♪~ますか?


“海外飛躍遺伝子”ですよう。うしししし。。。


つまり、デンマンさんの遠い祖先は戦い敗れて百済から“海外”である日本へ渡ってきた。それから、京都に下って行ったけれど、生活の糧を得るためには畑仕事でもして食料を得なければならない。でも、近畿地方には土地がないので開拓団に入って関東まで落ちていったのでござ~♪~ますか?


そうですよう。


でも、結局、後北条氏に仕えたけれど、秀吉の小田原征伐で後北条氏が滅びると、騎馬武者から“くりもの屋”になって忍城下でお店を開いたのでござ~♪~ますか?


その通りですよう。


。。。んで、その“くりもの屋”が大正時代まで続いて、デンマンさんの代になると、1400年近く眠っていた“海外飛躍遺伝子”が眠りから覚めて、デンマンさんは34カ国を放浪した末に、カナダに安住の地を求めて定住した、と言う訳でござ~♪~ますか?


全く、その通りですよう。。。うしししし。。。どうですか?。。。これが、僕のつむぎだした壮大な叙事詩ですよう。




『セレブと碓氷峠 (2008年9月7日)』より



。。。んで、小百合さんの祖先も百済からやって来て武蔵国に定住したのでござ~♪~ますか?



そうですよう。 おそらく、百済から当時の平城京(現在の奈良市)に行ったけれど、土地があまりなさそうなので開拓団に加わって一緒に武蔵国まで行ったのですよう。


どうして、そのような事が分かるのでござ~♪~ますか?


小百合さんの実家は館林にあるのですよう。 僕の実家から車で20分から30分ですよう。 目と鼻の先ですよう。


そのような近くに住んでいたのにデンマンさんは日本で小百合さんにお会いした事は無かったのでござ~♪~ますか?


不思議な事に小百合さんと僕が初めて出会ったのはカナダのバーナビー市で小百合さんが13年間借りていた“山の家”だったのですよう。



(burnamap2.gif)


バーナビー市というのはバンクーバー市の東隣にある町です。上の地図の赤い正方形で示した部分を拡大すると次のようになります。



(burnamap3.gif)


この地図の Deer Lake (鹿の湖)の畔(ほとり)に小百合さんが借りていた“山の家”があるのですよう。



(deerlak3.jpg)



(house22.jpg)



(house23.jpg)



この家でデンマンさんは10数年前に小百合さんと初めてお会いになったのでござ~♪~ますか?



そうですよう。 次のように小百合さんの“山の家”の応接間で会ったのですよう。



(room007.jpg)



これって、またデンマンさんがコラージュしてでっち上げたのでござ~♪~ますわね?



確かに、上の写真は僕がでっち上げたのだけれど、現実でもねぇ、僕は、こうやって小百合さんと会ったのですよう。


でも、どうして小百合さんの祖先とデンマンさんの祖先が一緒に百済からやって来たと分かるのですか?


小百合さんの DNA にも“海外飛躍遺伝子”が焼きついているのですよう。僕と同じようにして、その DNAの飛躍遺伝子が1400年の眠りから覚めて、小百合さんは佐野からカナダのバーナビーに渡ったわけですよう。 そして僕と“山の家”で出会ったのですよう。


ただ、それだけの事でござ~♪~ますでしょう?


ただ、それだけじゃないですよう。ちょっとジューンさんの言ったことを思い出してくださいよう。




(chiwawa5.gif)


こんにちは。ジューンです。


袖触れ合うも他生の縁


(そでふれあうもたしょうのえん)


聞いたことがあるでしょう?


なかなか味わいのある諺ですよね。


袖が触れ合うようなちょっとしたことも、


前世からの深い因縁によって


起こるものである、と言う事です。


わたしは、初め、“袖触れ合うも多少の縁”


だと思ったのですわ。うふふふふ。。。


つまり、袖が触れ合ったのは、


全く偶然ではなくて、少しは


そうなる運命にあったのよう。。。


私は、そのように思い込んでいたのです。


でも、「多少」じゃなく「他生」だと。。。


「他生」というのは「前世」の事だと、


デンマンさんに教わったのですわ。


調べてみたら、「他生」とは


「前世」と「来世」の事を言うのですって。


上の諺では、文脈から「前世」となる訳ですよね。


この世の事は「今生(こんじょう)」と言うのです。


そう言えば「今生の別れ」と言う語句を


何度か耳にしたことがありました。


仏教の輪廻(りんね)と関係のある諺なのでしょうね。


わたしは英語ではこの諺は無いと思っていたのですけれど、


調べてみたら、次のようなものがありましたわ。


A chance acquaintance is a divine ordinance.


Even a chance meeting is


due to the karma in previous life.


つまり、「偶然の出会いは神の定め」と言う事なのです。


多分、日本の諺を英訳したのでしょうね。


カナダでは耳にしたことがありませんわ。



(miroku3.jpg)


ところで、英語の面白いお話を集めました。


時間があったら、ぜひ覗いてくださいね。


■ 『あなたのための 楽しい英語』


とにかく、今日も一日楽しく愉快に


ネットサーフィンしましょうね。


じゃあね。



(june96.gif)




『出会い系の悪魔』より
 (2008年9月10日)



僕と小百合さんの出会いは、偶然の出会いのように見えて偶然ではないのですよう。 つまり、小百合さんと僕に共通するモノが実にたくさんあるのですよう。



“海外飛躍遺伝子”でござ~♪~ますか?


それも一つですよう。 まず、車で30分も走れば会える距離に住んでいたのに、僕と小百合さんが初めて出会ったのは、何千キロも離れたバーナビーだった。 僕の祖先と小百合さんの祖先が1400年程前に百済から日本に一緒に渡ってきた事が分かるような気がしますよう。 小百合さんの祖先の娘は、やがて武蔵国から現在の栃木県の栗山村へ嫁にゆき、上の昔話を伝える事になったのですよう。 どうですか?


確かに、そのような可能性があったかもしれませんわ。 だってぇ~、デンマンさんの祖先の中には、きっとお話に出てくるような「ばか息子」が居たでしょうからねぇ~。。。 うしししし。。。


一人ぐらい変わり者が居たかもしれませんよう。。。 とにかく、このように見てゆくと、すべての話がここで丸く収まるのですよう。 卑弥子さんも、そう思いませんか?




『愛とロマンと昔話』より
(2008年9月11日)



車で30分も走れば会える距離に住んでいたのに、僕と小百合さんが初めて出会ったのは、何千キロも離れたバーナビーだったのですよ。。。 でもねぇ~考えてみたら小百合さんと行田は、僕とバーナビーで会う前から どこかでつながっていたのですよ。



要するに、デンマンさんと私は昔から見えない赤い糸で結ばれていたと言いたいのですわねぇ~。。。


いや。。。 僕は言ってませんよ。。。 小百合さんは、そう思うのですかァ?


デンマンさんがそう言うように仕向けているのですわァ~。。。


小百合さんが先に言ってくれたので僕は助かりましたよ。 (微笑)


デンマンさん。。。、こういう個人的なお話は読んでいるネット市民の皆様を白けしらけさせるのですわァ。。。 ホー厶・ムービを見せられたような気分になってウンザリするのです。。。 恐らく、もう他のブログへ飛んでいますわァ~。。。


そうでしょうかァ?


当たり前ですわァ。。。 んもおおおォ~。。。



(laugh16.gif)


 (すぐ下のページへ続く)


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by denman705 | 2017-05-19 03:14 | 国内旅行・名所・旧跡

 


行田物語 ピラミッド (PART 2)



【卑弥子の独り言】



(himiko22.gif)


そうですわよねぇ~~


あなたも半ば白けたでしょう?


では、ここであなたの気分を爽快にするために次の曲を聴いてくださいまし。。。



(whitecliff.jpg)



いかがでしたかァ~。。。?


ところで、小百合さんが「軽井沢タリアセン夫人」と呼ばれているのですわァ。


なぜ。。。?


ご存知でござ~♪~ますか?


実は簡単な事なのですわよう。


小百合さんは軽井沢に別荘を持ったのですわ。


小さな頃から軽井沢に住むことが夢だったのですってぇ~。。。


分からない事ではござ~ませんわ。


そもそも小百合さんが軽井沢に興味を持ったのは、朝吹登水子のエッセーなどを読んだことがきっかけだったとか。。。


現在、朝吹登水子の山荘、睡鳩荘(すいきゅうそう)は軽井沢タリアセンに移築されて公開されています。



(suikyu9.jpg)


それで、小百合さんは軽井沢タリアセンを訪れては睡鳩荘に足を運んで少女の頃の事を思い出すのが楽しみなんですってよ。


そういう訳で、デンマンさんが小百合さんのことを「軽井沢タリアセン夫人」と呼ぶようになったのですわ。


軽井沢・雲場池の紅葉



軽井沢のイルミネーション



秋の旧軽井沢銀座ぶらり散歩



とにかく、明日もデンマンさんが興味深い記事を書くと思いますわ。
だから、あなたも、お暇なら、また読みに戻ってきてくださいまし。
じゃあねぇ~~。



(hand.gif)



(surfin2.gif)


ィ~ハァ~♪~!


メチャ面白い、


ためになる関連記事




(linger65.gif)


■ 『きれいになったと感じさせる


下着・ランジェリーを見つけませんか?』


■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』


■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』



(house22.jpg)


■ 『カナダのバーナビーと軽井沢に


別荘を持つことを夢見る小百合さんの物語』


軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
(godiva05.jpg)


■ 『蕎麦屋と軽井沢タリアセン夫人』


■ 『おしまいでございます』


■ 『軽井沢タリアセン夫人 愛の写真』


■ 『菊ちゃんと阿部忠秋』


■ 『菊ちゃん、知恵伊豆、忠秋』


■ 『丸墓山は誰の墓?』


■ 『外国人SEXデンマン再訪』


■ 『日本最高?』


■ 『短歌に込められた愛の真実』


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(fragran11.jpg)


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■ 『私のバレンタイン』


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■ 『忍城時代まつり』


■ 『夜道のルート66』


■ 『上を向いて歌おう』


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■ 『元気が一番!』


■ 『行田のスープカレー』


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■ 『軽井沢を文学散歩する』


■ 『ばァ~の面影』


■ 『バレンタイン@行田』


■ 『軽井沢タリアセン夫人@遠藤家』


■ 『桃の節句@天国』


■ 『古代米カレー』


■ 『愛のジェローを探して』


■ 『コーヒーと愛の香り』


■ 『愛の馬車道』


■ 『亀姫と香芽子さん』


■ 『愛の夕顔を探して』


■ 『ケネディ暗殺の謎』



(bare02b.gif)


こんにちは。ジューンです。


「上を向いて歩こう」がアメリカで人気が出るきっかけは


何だったのでしょうか?


通説によると、1963年の春、


アメリカ西海岸のローカルラジオ局のDJが、


異国情緒を味わってもらおうと、たまたま手元にあった


日本の曲をオンエアーしたところ、


リスナーからリクエストが殺到したために


人気に火がついたと言われています。


果たして、その話はどこまで本当なのでしょうか?


アメリカで「上を向いて歩こう」をシングルとして


最初に発売したレコード会社はキャピトルです。


同じ時期にキャピトルはイギリスの親会社であるEMIが


ビートルズのシングルを出すようにと要請してきたのです。


ところがアメリカでは人気が出ないと断っているのですね。


では、いったい誰が「上を向いて歩こう」をシングルとして


発売したのでしょうか?


その発売を決定した人の名前が


デンマンさんが描いた次のチャートに出ています。



(qchan90.gif)


デイブ・デクスター・ジュニアさんなのです。


「A&Rマン」と言われていた人で、


売れる可能性のあるアーティストを発掘し、契約を結び、


制作を担当する仕事をしていた人です。


ローカルラジオ局のDJからある日電話がかかってきて


「上を向いて歩こう」が人気が出ていると聞いて、


さっそく自分でも聞いてみたそうです。



(qchan03.jpg)


九ちゃんが日本語で歌っているので


詞の内容は理解できなかったけれど、


これならイケそうだと直感して売り出すことに決めたそうです。


つまり、ビートルズの曲はヒットしないと蹴ったけれど、


九ちゃんの「上を向いて歩こう」は直感的に


ヒットすると思ったのだそうです。


ところで、デンマンさんが小百合さんの記事をまとめて


次のサイトを立ち上げました。


時間があったら下のリンクをクリックして覗いてみてくださいね。


『夢とロマンを持って前向きに生きる


小百合さんの物語』


では、今日も一日楽しく愉快に


ネットサーフィンしましょうね。


じゃあね。



(ebay5.jpg)



(byebye.gif)


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by denman705 | 2017-05-19 03:13 | 国内旅行・名所・旧跡

亀姫と香芽子さん(PART 1)



 


亀姫と香芽子さん(PART 1)


 



(ran103g.jpg)



(kame90.jpg)



(kane001.jpg)




(sayuri55.gif)


デンマンさん。。。 香芽子さんというのはデンマンさんが行田市の「古代蓮公園」でナンパした女性ですか?



(kato3.gif)


どうして僕が「古代蓮公園」で香芽子さんをナンパしたと小百合さんは思うのですか?


だってぇ~、「古代蓮公園」のハスが写っていますわァ~。。。



(lotus101.jpg)



(ran103g.jpg)



確かに「古代蓮公園」のハスが香芽子さんの背景に写っているように見えるけれど、同じように見えるハスなど 日本全国の各地にありますよう。。。 でもねぇ~、何もハスを見ながらナンパするほど僕は野暮じゃありません。。。



じゃあ、どこで香芽子さんをすけこましてきたのですか?


あれっ。。。、小百合さんは、意外に言い難い事をサラリと言ってのけるのですねぇ~。。。 僕はナンパもスケコマシもやらない人なのですよ。。。


じゃあ、いったい どういうわけで「亀姫」と香芽子さんを並べたのですか?


次のリストを見たからですよ。。。


ライブドアの『徒然ブログ』の日本時間で4月19日の午後8時22分から午後11時5分までの約2時間半の「生ログ」の1部
(liv70421a3.png)



『拡大する』


『かねつき堂と亀姫』



これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の日本時間で4月19日の午後8時22分から午後11時5分までの約2時間半の「生ログ」の1部ですよ。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目してください。。。



4月19日の午後9時11分にGOOGLEで検索して『かねつき堂と亀姫』を読んだネット市民が居たのですわねぇ~。。。


そうです。。。 実は、この記事を読んだのが大阪市に住んでいる金田 香芽子(かねだ かめこ)さんなのですよ。。。


つまり、IPアドレスを調べて香芽子さんを特定したのですか?


そうです。。。


大阪市に住んでいる金田 香芽子(かねだ かめこ)さんのIPアドレス:118.11.217.148
(ip217148b.png)


『拡大する』



でも、IPアドレスを調べてもプライバシーを守るために アクセスしたネット市民までは特定できないのですわァ~。。。



小百合さんも結構ネットに詳しいのですねぇ~。。。


その程度のことは常識ですわァ~。。。


あのねぇ~、実は、僕も香芽子さんのプライバシーを守るために仮名を使っているのですよ。。。 だから、小百合さんも そのように目くじらを立ててすごまないでくださいねぇ~。。。


分かりましたわァ~。。。 で、香芽子さんはどのようなキーワードを入れて検索したのですか?


次のようにして検索したのですよ。。。


日本のGOOGLEで「かねつき堂 亀姫」と入れて検索した結果
(gog70428b.png)



『拡大する』


『かねつき堂と亀姫』


『現時点での検索結果』



でも。。。、でも。。。、私は大阪市に住んでいる金田 香芽子(かねだ かめこ)さんが「かねつき堂 亀姫」と入れて検索したとは信じられませんわァ。。。



どうしてですか?


だってぇ~、上の検索結果のリストの緑の枠で囲んだリンクをクリックすれば行田市の「かねつき堂」が出てくるのですわァ。。。


行田市の「かねつき堂」ゼリーフライの店
(kane01.png)



『拡大する』


『実際のページ』



大阪市に住んでいる金田 香芽子(かねだ かめこ)さんが行田の「かねつき堂」を入れて検索するはずがないではありませんかァ!



あのねぇ~、大阪市にも「かねつき堂」があるのですよ。。。 ちょっと次の検索結果を見てください。。。


日本のGOOGLEで「かねつき堂 大阪市」と入れて検索した結果
(gog70429b.png)



『拡大する』


『現時点での検索結果』



赤枠で囲んだ箇所を見てください。。。 大阪の四天王寺に“鐘つき堂”があるのです。。。


大阪の四天王寺の 黄鐘楼 鐘つき堂
(kane05.png)



『拡大する』


『実際のページ』



でも。。。、でも。。。大阪の四天王寺の“鐘つき堂”と亀姫が関係あるのですか?



あのねぇ~、大阪の四天王寺と言えば聖徳太子が建てたお寺として地元の人は知らない人は居ないのですよ。。。 だから、当然 金田 香芽子(かねだ かめこ)さんも知っているのです。。。


だから、その聖徳太子が建てたお寺と亀姫が関係あるのですか?


亀姫に興味を抱いていた金田 香芽子(かねだ かめこ)さんも そのような疑問を持ったのですよ。。。


それで四天王寺と亀姫の間に何か関係があるのだろうか?。。。 そう思って「かねつき堂 亀姫」と入れて金田 香芽子(かねだ かめこ)さんはGOOGLEで検索したのですか?


その通りですよ。。。


。。。で、答えが見つかったのですか?


見つかったのです。。。 行田の「かねつき堂」というのは名前ばかりで 実際には鐘はない。。。 ただ、鐘を吊っていた古い鐘楼だけがあるだけで、それを看板代わりにして 行田名物の“ゼリーフライ”を売っているということが解ったのです。



(kane001.jpg)



(kane002.jpg)



香芽子さんは、それだけで満足したのですか?



もちろん、それは“おつり”のようなものですよ。。。 あとで機会があったら、ぜひ行田市の亀姫ゆかりの東照宮を訪ねて ついでに近くの「かねつき堂」に寄って“ゼリーフライ”を食べてみたいと思ったのです。。。 ただ、亀姫に興味を持っていた香芽子さんは次の記事を読んで なるほどと思ったのですよ。。。



行田市の東照宮



(toshogu2.jpg)


例祭は 4月17日。


祭神は家康公、松平忠明、それから八幡大神が祀られており、大坂夏の陣後の復興に尽力した家康公の長女・亀姫の 4男である松平忠明が、元和3年(1617) 4月、大坂城外の川崎に創建したのがはじまりという。


この川崎東照宮(廃絶)は、2代将軍秀忠により、姉である亀姫に伝えられた家康公の木像を御神体とした。



(ieyasu90.jpg)


又、亀姫は父・家康公の肖像画も頂いており、のちに忠明に伝えられている。


忠明は大和国郡山へと移ると、寛永2年(1625)には大和郡山城内にも社殿を造営して、家康公の肖像を安置したといわれ、以来、藩主・藩士崇敬の社となった。


その後、移封の都度に東照宮は遷座された。


文政6年(1823)、忠明の子孫・松平忠尭(ただたか)は伊勢桑名から忍へと移封するにあたり、忍城内の下荒井の地へ東照宮を勧請した。


社領は、大和郡山当時より100石を受け継ぎ、明治維新まで続くことになるが、その地は埼玉古墳群(さきたまこふんぐん・行田市埼玉)の辺りであったと伝えられている。


又、慶応4年(1868)、鳥羽伏見の戦いの引揚げに際して、時の藩主・松平忠誠は大坂蔵屋敷内の川崎東照宮の御神体であった家康公の木像を、忍東照宮に遷座したと伝えられている。


その後、明治 4年(1871)に藩主が東京に移住したため、忍東照宮は祭祀断絶の危機を迎えるが、旧藩士らにより、同 7年(1874)に下荒井の地より、忍城本丸の一部である諏訪郭内の諏訪神社境内に忍東照宮の本殿を移し、同33年(1900)には藩祖である松平忠明を配祀、現在に至っている。


尚、現在の拝殿は昭和5年(1930)に造営されたもので、又、亀姫から松平忠明に伝わった、家康公の肖像画(徳川家康画像・県文化)は、現在も忍東照宮にある。



(ieyasu91.jpg)




出典: 『忍東照宮』


(写真はデンマンライブラリーより)



亀姫の 4男である松平忠明が、元和3年(1617) 4月、大坂城外の川崎に創建したのが東照宮のはじまりということが解った。。。 つまり、ここに大阪と亀姫のつながりを見つけたのですよ。



要するに、香芽子さんは亀姫と大阪とのつながりをネットで見つけようとしていたのですか?


もちろん、それは単なる興味以外の何ものでもなかった。。。 ひょっとして亀姫と大阪に何か関係あるのかなァ~?。。。 そう思っただけですよ。


ただ、それだけのことですか?


いや。。。それだけじゃありません。。。 さらに記事を読んでいったら小百合さんと僕との次の対話に出くわしたのです。。。




どうして亀姫が家康の肖像を持っていたのですか?



亀姫は家康の長女でもあり、やはり何かと気遣っていたらしい。 嫁いでから久しぶりに会った亀姫に、家康が「何か望む物があったら、何なりと申せ」と言ったらしい。


それで、亀姫は何と答えたのですか?


健気(けなげ)にも、亀姫は「父上とは しばしばお会いすることができないので、どうか肖像画をくださいませ。 そうすれば、父上といつも一緒に居られるような気がいたします」と言ったらしい。


亀姫のその気持ち、何となく分かりますわ。 私は一人っ子で、父には大変可愛がられたので、結婚してからも、父と撮った写真は大切にしていますから。。。


ほおォ~。。。 そうだったのですか? 僕は亀姫の話を聞いた時に、なんだかゴマをすってぇ、あとでもっと高価なものをねだるのではないか?! 僕は、そう思ったのですけどねぇ~。。。


それで、家康は娘の求めに応じて御用画家に自分の肖像画を描かせたのですか?


そうなのです。。。それが行田の東照宮に伝わる肖像画ですよ。 家康には“狸オヤジ”というような悪賢いイメージがあってぇ、現在に伝えられている家康の肖像画は、まさに“狸オヤジ”を想わせるような肖像画が多いのですよ。



(ieyasux.jpg)



上の家康の肖像も“狸オヤジ”というイメージです。 でも実物は、亀姫に持たせた肖像画のように、それほど悪いイメージではなかったらしい。 家康が生前に描かせた肖像画というのは、行田市の東照宮に伝わっている肖像画だけだということですよ。



つまり、行田の東照宮に伝わっている肖像画が家康にもっとも似ているということですか?



(ieyasu91.jpg)



そういうことになりそうです。



でも、御用画家が気を遣って、実物よりも良い男に描いたのではありませんか?


うん、うん、うん。。。 そのような可能性も充分にありますよねぇ~。。。




『かねつき堂と亀姫』より
(2014年11月25日)



つまり、亀姫のお父さんの肖像画のうちで 最も似ているモノが行田の東照宮にあるということが判って香芽子さんも それを見てみたいと思ったのですか?



そうですよ。。。 それで上の肖像画を見ながら いつか暇ができたら行田市に行って「かねつき堂」で“ゼリーフライ”をぜひ食べようと心に決めたのです。。。


それは、デンマンさんの推測でしょう?


いや。。。 ここまで読んでくれば、誰でも「かねつき堂」の“ゼリーフライ”が食べたくなるはずです。。。



(laugh16.gif)


 (すぐ下のページへ続く)


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by denman705 | 2017-05-01 03:49 | 国内旅行・名所・旧跡

亀姫と香芽子さん(PART 2)




 


亀姫と香芽子さん(PART 2)



【卑弥子の独り言】



(himiko22.gif)


ですってぇ~~


あなたも 「かねつき堂」の“ゼリーフライ”が食べたくなりましたか?


では、あたたのために行田のゼリーフライのクリップをここに貼り出します。。。



(ran103g.jpg)



(kane002.jpg)



いかがですか?


あなたも、機会があったら、ぜひ行田を訪れて“ゼリーフライ”を食べてくださいませぇ。。。


ところで、小百合さんがどうして「軽井沢タリアセン夫人」と呼ばれるのか?


ご存知でござ~♪~ますか?


実は簡単な事なのですわよう。


小百合さんは軽井沢に別荘を持ったのですわ。


小さな頃から軽井沢に住むことが夢だったのですってぇ~。。。


分からない事ではござ~ませんわ。


そもそも小百合さんが軽井沢に興味を持ったのは、朝吹登水子のエッセーなどを読んだことがきっかけだったとか。。。


現在、朝吹登水子の山荘、睡鳩荘(すいきゅうそう)は軽井沢タリアセンに移築されて公開されています。



(suikyu9.jpg)


それで、小百合さんは軽井沢タリアセンを訪れては睡鳩荘に足を運んで少女の頃の事を思い出すのが楽しみなんですってよ。


そういう訳で、デンマンさんが小百合さんのことを「軽井沢タリアセン夫人」と呼ぶようになったのですわ。


軽井沢・雲場池の紅葉



軽井沢のイルミネーション



秋の旧軽井沢銀座ぶらり散歩



とにかく、明日もデンマンさんが興味深い記事を書くと思いますわ。
だから、あなたも、お暇なら、また読みに戻ってきてくださいまし。
じゃあねぇ~~。



(hand.gif)



(surfin2.gif)


ィ~ハァ~♪~!


メチャ面白い、


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(linger65.gif)


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(house22.jpg)


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別荘を持つことを夢見る小百合さんの物語』


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■ 『愛の馬車道』



(bare02b.gif)


こんにちは。ジューンです。


「上を向いて歩こう」がアメリカで人気が出るきっかけは


何だったのでしょうか?


通説によると、1963年の春、


アメリカ西海岸のローカルラジオ局のDJが、


異国情緒を味わってもらおうと、たまたま手元にあった


日本の曲をオンエアーしたところ、


リスナーからリクエストが殺到したために


人気に火がついたと言われています。


果たして、その話はどこまで本当なのでしょうか?


アメリカで「上を向いて歩こう」をシングルとして


最初に発売したレコード会社はキャピトルです。


同じ時期にキャピトルはイギリスの親会社であるEMIが


ビートルズのシングルを出すようにと要請してきたのです。


ところがアメリカでは人気が出ないと断っているのですね。


では、いったい誰が「上を向いて歩こう」をシングルとして


発売したのでしょうか?


その発売を決定した人の名前が


デンマンさんが描いた次のチャートに出ています。



(qchan90.gif)


デイブ・デクスター・ジュニアさんなのです。


「A&Rマン」と言われていた人で、


売れる可能性のあるアーティストを発掘し、契約を結び、


制作を担当する仕事をしていた人です。


ローカルラジオ局のDJからある日電話がかかってきて


「上を向いて歩こう」が人気が出ていると聞いて、


さっそく自分でも聞いてみたそうです。



(qchan03.jpg)


九ちゃんが日本語で歌っているので


詞の内容は理解できなかったけれど、


これならイケそうだと直感して売り出すことに決めたそうです。


つまり、ビートルズの曲はヒットしないと蹴ったけれど、


九ちゃんの「上を向いて歩こう」は直感的に


ヒットすると思ったのだそうです。


ところで、デンマンさんが小百合さんの記事をまとめて


次のサイトを立ち上げました。


時間があったら下のリンクをクリックして覗いてみてくださいね。


『夢とロマンを持って前向きに生きる


小百合さんの物語』


では、今日も一日楽しく愉快に


ネットサーフィンしましょうね。


じゃあね。



(ebay5.jpg)



(byebye.gif)


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by denman705 | 2017-05-01 03:48 | 国内旅行・名所・旧跡

富沢金山の桜(PART 1)



 


富沢金山の桜(PART 1)


 



(mikamine01.jpg)




(mikaminemap.png)


『拡大する』



(himiko92.jpg)




(himiko22b.gif)


あらっ。。。 デンマンさんは学生時代に仙台の桜の名所の近くに下宿していたのでござ~ますかァ~?



(kato3.gif)


そうなのですよ。。。 もうずいぶん昔のことです。。。 当時の住所で仙台市富沢金山45 勤栄荘という玄人下宿でした。。。 今では宮城県仙台市太白区三神峯 となっているようです。。。


つまり、“富沢金山の桜”というのは、実は、三神峰公園の桜のことなのですねぇ~。。。


そうなのですよ。。。 三神峰公園というのは僕の学生時代からあった名前だけれど、富沢金山という地区名が僕のオツムに刻み込まれていて、ネットで見かけるまで“三神峰山”をど忘れしていましたよ。。。


。。。で、どうして急に“富沢金山の桜”を取り上げる気になったのでござ~ますかァ~?


あのねぇ~、次の記事に中原明さんが4月19日にコメントを書いてくれたのです。。。


2017年4月19日 Denman Blog に投稿した『白石川の桜』
(wp70419e.png)



『拡大する』


『実際のコメント』




(masuo01c.jpg)


中原明 Says:


2017年4月19日 3:16 AM | 返信する 編集


ブログ愛読者です。


いつも興味津々て熟読しています。


学生時代、6年間仙台で過ごされたそうで、当方仙台に52住んでおり、より親近感を覚えます。


柴田町船岡には菊人形祭りで行きました。


佐久間良子さんの元夫・平幹二朗さんの出世作「樅ノ木は残った」は少しだけですが視聴しました。


 



(mominomi2.jpg)
 


 


平幹二朗さん、2016年に亡くなられているのですね。


最後まで俳優として活躍されました。


以下、些細な指摘で申し訳ありません。



1970(昭和40)年 → 昭和45年


柴田町は、1970(昭和40)年のNHKの大河ドラマ『樅ノ木は残った』で注目を浴びた





denman705 Says:


2017年4月20日 10:48 AM | 返信する 編集


 


中原さん、コメントありがとうございます。
私のブログにはコメントがつかないのですよ。。。(モナリザの苦笑)
よほどの馬鹿なコメントスパマーか?
ミーハーとは対照的な教養豊かで誠実な人物か?
そのどちらかです!
中原さんはもちろん後者です。。。(モナリザの微笑)


些細なことで結構ですよ。。。
ブログを読んでもらえたということの証拠ですから。。。(モナリザの満足した笑い)


そうです。。 1970年は確かに昭和45年です!
完全に見落としておりました。


どんなに忙しくても投稿する前には最低でも3度読み直すのです。
しかし、この記事では見落としていたようです。。。


人間は完璧にはなれない証拠ですね!
でも、私は完璧な人間になろうと努力していますが。。。 (モナリザの爆笑)



(monalaugh.jpg)


中原さんは仙台に52年住んでいるのですか!?
私にとって仙台は第3のふるさとです。。。


第1がもちろん生まれて18歳まで育った埼玉県の行田市です。。。
第2がカナダのバンクーバーです。
すでに30年近くバンクーバーで暮らしています。


仙台には行田市に帰省するたびに 時たま訪れています。
地下鉄の東西線ができて青葉山まで伸びてずいぶんと便利になったようですね。。。
今度仙台を訪れたら、ぜひ地下鉄に乗ってみたいと思います。


 



(sendaiew.jpg)



 


私は仙台市の南部 富沢金山に下宿していました。
工学部に通うようになってから、バスで金山から青葉山までは乗り継ぎで ずいぶんと時間がかかったものです。。。


現在の学生は地下鉄ができて、ルンルン気分で通えるようになったことでしょう!
今から思えば、ずいぶんと昔になりました。。。


中原さんも仙台の暮らしを満喫してください。
間違いに気づきましたら、またコメントを。。。
では。。。



(hand.gif)




『白石川の桜』のコメント欄より
(2017年4月19日)



中原明さんは親切な方なのですわねぇ~。。。 デンマンさんの記事にはコメントスパマーが愚かなコメントを書く以外は、めったに まともなコメントがつかないのですよねぇ~。。。



そうなのですよ。。。 中原明さんは わざわざ僕のミスを指摘してくれたのです。。。


でも。。。、でも。。。、これってぇ、自作自演ではないですよねぇ~。。。


卑弥子さん! あまり馬鹿げた事を言わないでくださいよ。。。 どうして僕が自作自演までして、中原明さんに成りすましてコメントを書かねばならないのですかァ!?


だってぇ~、これまでにも、そういう愚か者が結構いましたわァ~。。。


確かに、そういう底抜けの愚か者がいました。。。 例えば、友成隼! 自作自演でコメントを2000以上も書き込んだ!



(uncle006.gif)


自作自演でネット市民の皆様を


騙そうとする友成隼に


騙されないように!



(tomonari4.jpg)


『自作自演 友成隼』



あのねぇ~、僕は こうして自作自演でネット市民の皆様を騙そうとする友成隼を晒しているのですよ! その僕が中原明さんに成りすましてコメントを書くはずがないでしょう!! 卑弥子さんが 納得するように その証拠を見せますから、しっかりと見てください。


中原明さんのIPアドレス 仙台市に住んでいる
(ip84240b.png)


『拡大する』



でも。。、でも。。。、どうして IPアドレスの中にアスタリスクが3つ入っているのでござ~ますか?



あのねぇ~、中原明さんのIPアドレスをすべて明らかにすると、悪い奴がいて 中原さんのパソコンに不正アクセスするかもしれないので、最後の3桁をアスタリスクで伏せたのですよ。。。


そのような悪い事をする人がいるのでござ~ますかァ?


それがいるのです。。。 かつて僕のパソコンにも不正アクセスして、僕のパソコンからスパムメールをバラ撒いた愚か者がいたのですよ。。。


マジで。。。?


だから、中原明さんのIPアドレスを特定できないようにしたのです。。。


ところで、いつもならば、コメントをもらって、デンマンさんがキレて暴言を吐くのですけれど、今回は素直に感謝したのでござ~ますかァ~?


当然でしょう!。。。 僕のミスを指摘してくれたことは、とってもありがたいことですよ。。。


それほどありがたいことでござ~ますかァ?


あのねぇ~、僕も たまには他のブロガーが書いた記事を読むことがありますよ。。。 すると、当て字や誤字が目につくことがあります。。。


。。。で、デンマンさんも そういう時にはコメントを書いて間違いを指摘するのでござ~ますか?


いや。。。 これまでに、そういうことをしたことがない。。。


どうしてでござ~ますかァ?


面倒くさいし、時間がもったいない。。。 他人の記事の当て字や誤字についてコメントを書く時間があったら、自分の記事の文章を考えますよ。。。 だから、中原明さんが親切に僕の間違いを指摘してくれたということは、ただ単に時間を割いてコメントを書いてくれた事に対して感謝する他に、僕の記事をじっくりと読んでくれたという証拠でもありますからねぇ。。。 本当にありがたいことですよ。。。


つまり、わざわざこの事を言うために、今日の記事を書こうと思い立ったのですかァ~?


もちろん、そればかりではありません。。。 実は、7年前に 卑弥子さんと吹上温泉へ行った時のことを『仙台市富沢金山に住んで…』というタイトルで記事を書いたことを思い出したのですよ。。。


あらっ。。。 マジで。。。?


卑弥子さんは きっと忘れていると思うので ここに貼り出します。。。 ちょっと読んでみてください。。。



仙台市富沢金山に住んで…


 


落ちる人が死んでから


乗ってけーさい


 



(fukiage7.jpg)


 


どうですか?
あなたも温泉につかって
さっぱりして、身も心も癒されたいと思いませんか?
上の写真は滝つぼで泳いでいる訳ではないのですよ。


これ、温泉なんです。
自然のお湯が流れているのですよ。
驚きでしょう?
ちょっと温(ぬる)めですけれどね。。。


でも、立派な露天風呂です。
宮城県鬼首(おにこうべ)温泉郷、吹上温泉の旅館峯雲閣にある湯滝です。
男女混浴の露天風呂なんですよ。


仙台からそう遠くありません。
宮城県大崎市にあります。
鳴子温泉郷とも呼ばれます。
陸羽東線鳴子温泉駅よりバスで約30分で着きます。


この温泉については次の記事で書きました。


■ 『七夕の起こりって? (2007年7月7日)』


興味があったら読んでみてください。


でも、仙台と聞いてすぐに思い浮かぶのは松島でしょうね。


“松島や ああ松島や 松島や”



(matsu2.jpg)


 


松島湾内外にある大小260余りの小さな島が奇妙な形を見せてあなたの目を楽しませてくれるのですよ。
日本三景の1つだから、あなただって名前だけは聞いたことがあるでしょう?
芭蕉もこの地を訪れたのですよ。


あまりにも素晴しい景色を前にして芭蕉は俳句が浮かんでこない。
それで、思い余ってその感激を上の句として書いたということを僕は中学校の国語の時間に聞いた覚えがあるのですよ。



(matsu-map2.gif)



(niou3.jpg)


     仁王島


 


でもね、上の俳句は芭蕉が作ったのではないらしいのですよ。
実は、僕もこの記事を書く前まで知らなかったのですよ。
でも、念のために調べたら次のように書いてあるじゃないですか!


 




(basho3.jpg)


 


松尾芭蕉が『奥の細道』で松島を訪れた際に、あまりに絶景なので句が浮かばず、
「松島やああ松島や松島や」と詠んだという逸話があるが、
この川柳は後世の狂歌師田原坊の作で、芭蕉の作ではないとされる。


ただし、その場で句が思い浮かばなかったのは事実らしく、
『奥の細道』には、同行した弟子の河合曾良の次の句が掲載されている。


「松島や 鶴に身をかれ ほととぎす」


また別の説では、句は詠んだが景色に釣り合うよいものができなかったともいわれる。


アインシュタインが訪れた際に同行者に次のように言ったと伝えられている。


「どんな名工の技も、この美しさを残すことはできない」




出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


僕も松島へ行きました。
初めて行ったのはもう20年以上も前ですよ。
JRではなく国鉄時代の仙石線で仙台から松島海岸駅まで行ったのですよ。


僕が驚いたのは車掌さんが車内のマイク放送で松島案内をするのですよ。
テープじゃなくて生の声です。
その案内が終わると、なんと『松島音頭』を歌ったのですよ。
バスガイドじゃあるまいし。。。


でも、僕には楽しい驚きでした。


 


“ところ変われば品変わる”


 


バスガイドでも観光ガイドでもないのに国鉄の車掌さんが車内のマイクを使って『松島音頭』を歌う。
50才ぐらいの男の声でした。
決して歌がうまい訳ではない。
でも歌い慣れているのを感じました。
しかし、NHKの喉自慢に出ても合格の鐘はならなかったでしょうね。
ただし、そのサービス精神の旺盛な事には驚かされました。


僕も旅行が好きですから、日本のあちらこちらを旅行しましたが、
国鉄の車掌さんが車内のマイクを使って歌うのを聞いたのは、それが初めてで最後でしたね。


ところで、『松島音頭』の歌詞を調べたら、なんと北原白秋が書いたのですよ。
作曲が山田耕筰です。
知りませんでしたね。


 



松島音頭 北原白秋



(5daidou.jpg)


 


松は松しま、


磯馴の松の


松のねかたに、桔梗が咲いた。


  見たよ、見ました、


      一もと桔梗。


  や、ほうれ、ほうい


   舟ばたたゝいて


  や、ほうれ、ほうい。




『d-score 楽譜 - 松島音頭』より


松島と仙台は僕にとって日本での第2のふるさとです。
だから思い出の多いところです。
でも、最も強烈に思い出されるのはタイトルに書いた言葉ですよ。


松島を初めて訪れたのはちょうど夏の観光シーズンだったのです。
混んでいたのですね。
松島海岸駅に着いたら駅員さんが叫んでいたのですよ。


“落ちる人が死(スィ)んでから乗ってけーさい”


驚きましたよ。
一体、何事が起こったのか?
どうして、物騒な事を言うのだろうか!?


僕にはそのように聞こえたのですよ。うしししし。。。


でもね、これは仙台弁(宮城弁)なんですよねぇ~。


僕は仙台市富沢金山という地区に住んでいました。
政令都市100万の仙台市ができる前の住所です。
僕が住んでいた近所の人も仙台弁丸出しで話していましたよ。


でも、松島海岸駅の駅員さんは、かなり東北弁の訛(なまり)が強い人でした。


“降りる人が済んでから乗ってください”


標準語でならば、このように言うつもりだったのですよ。



(foolw.gif)


あなたもぜひ一度日本三景の一つ、松島を訪ねてくださいね。


楽しい思い出がたくさんできるかもしれませんよ。


じゃあ、あなたも日本のすばらしいさを


満喫してくださいね。


Have a nice trip!




『仙台市富沢金山に住んで…』より
(2010年5月17日)



あらっ。。。 吹上温泉の思い出が鮮やかに蘇(よみがえ)ってまいりましたわァ~。。。 うふふふふふふ。。。 今年の秋には、あたくしもデンマンさんのお供をして 仙台の地下鉄東西線に乗って青葉山に行きたいと思います。



あれっ。。。 卑弥子さんは「源氏物語学会」で発表があって忙しいではありませんかァ~?


デンマンさんのためならば、学会の発表など後回しにしてもかまいませんわァ。。。


卑弥子さん! それはいけませんよ! 卑弥子さんの将来がかかっていますから。。。 卑弥子さんが京都の女子大学でいつまでも橘卑弥子・准教授にとどまっているのは、僕のお相手をしてブログに出ているからだというもっぱらの噂ですよ! 卑弥子さんは もう教授になっていても当然なんだから。。。


あらっ。。。 マジで そのような噂がネットで飛び回っているのでござ~ますかァ?


そうですよ。。。 ネットでは次のような卑弥子さんを誹謗・中傷する“未婚の母”の写真までが出回っているのですよ!



(preg12.jpg)



あらっ。。。 あたくしの教え子の中に このようなことをする腐女子がいるのですわよう。



だから、卑弥子さんも少しは 世間体を考えた方がいいですよ。。。


つまり、デンマンさんのお供をして仙台へ行くのはいけないのでござ~ますかァ?


ネットで このように公言したら 卑弥子さんを貶(おとし)めようとする腐女子たちが 更にヤ~らしい写真をネットにアップしますよ。。。 だから、今年の秋は京都での源氏物語学会のために万全の準備をしてくださいねぇ~。。。


分かりましたわァ。。。 デンマンさんが それほどあたくしのために心配してくださるのであのなら、あえて同伴しようとは思いませんわァ~。。。



(laugh16.gif)


 (すぐ下のページへ続く)


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by denman705 | 2017-04-28 03:05 | 国内旅行・名所・旧跡

富沢金山の桜(PART 2)



 


富沢金山の桜(PART 2)



【卑弥子の独り言】



(himiko22.gif) 


ですってぇ~。。。


そうですよねぇ~。。。 振り返ってみると小保方晴子さんも不倫旅行した?とか しない?とかで 2ちゃんねるでもりあがったのですわ。。。



NEWS まとめもりー



(netsuzo4.jpg)


『拡大する』


7: キチンシンク(家)@\(^o^)/ 2014/08/12(火) 22:00:43.62 ID:oEx+wvIF0.net


小保方と楽しい出張を55回もできたんだから本望だろ




22: スパイダージャーマン(東日本)@\(^o^)/ 2014/08/12(火) 22:12:33.42 ID:1fwlTm/C0.net


>>7
ほんこれ。
5回ぐらい俺にも分けて欲しい。




71: アイアンクロー(大阪府)@\(^o^)/ 2014/08/12(火) 23:58:28.39 ID:PzIENwHg0.net


>>22
逆に考えるのだ。
よくもまあ55回も。
君を含めて常人は相手があれなら5回で十分飽きるよ。
惜しまれる人は違うなと感心した。


税金使ったことが後ろめたかったんだろうな。
予算を獲得するのがうまい人は、税金をうまく使う天才なのだな。
策士策にオボ(小保)れるなり。




8: 毒霧(WiMAX)@\(^o^)/ 2014/08/12(火) 22:01:56.38 ID:TobRj+eG0.net


生きていれば今後明らかになる不名誉な事実、死ぬ事で有耶無耶になり、オボちゃんも守った。


仮にオボちゃんであれば、捏造の真相究明は止まらなかった。


自殺が最高最速最良の問題解決手段になった事を恥じるべきだは。




195. 名無しさん@NEWSまとめもりー2014年08月16日 00:44


※31
>不当と表現しているのは以下の2点でしょ。
>精神的に崩壊してもなんら不思議じゃないと思うな。


小保方さんとは男女の関係ではないのに、あたかも男女の関係があったものと
  意図的にミスリードを誘うような報道がされていたこと


事実ではないと否定すればいいだけ、一度もそうしたことはしていない。


デンマン注: 上の本の中に書いてあるように笹井氏は記者会見で否定している。


 〇STAP細胞は存在するのに、的外れな議論ばかりで存在しないものと扱われていること


存在する根拠を出しなさい。
世界中の科学者が科学的に疑義を申し立てているのは無視かよ


最近はマスゴミのせいにして問題の本質を逸らして悪いことした人を擁護する俺かっこいいっていうジンケン屋が流行なのか?




201. 名無しさん@NEWSまとめもりー2014年08月16日 01:24


>>195
同感です。小保方のSTAP細胞の捏造について、異議があるのならさっさと証拠なり、しっかりと説明責任を果たせば良かった。
笹井さんも不倫も、公費流用も、全くの事実無根なら、さっさと名誉毀損で訴えたり、証拠をあげるなり、反論して堂々としてれば良かった。
やましいところがあったから小保方も笹井さんも説明責任と証拠提出責任をちゃんと果たせなかった。


実験に失敗したら小保方が真っ先に処分や責任追求を受けるのは当然だろう。
そして、笹井さんの研究者としての人生も非常に厳しいものになるのは明らか。


おまけに処分を連帯して受けるとともに、不適切な関係がまたクローズアップして家族は大打撃を受ける。


笹井さんにとっては、小保方の捏造だとわかっていたから、実験は失敗に終わると確信して、
それによる自分自身の最悪な結末も確信してたから、
実験結果も見ずに自ら命を断ったのだろう。


擁護派は、日本中、世界中の科学者の意見やSTAP細胞についての批判に全く反論や意見なんか言ってませんから。
最初から科学に関わろうとしないで、信じるか信じないの宗教レベルに過ぎません。


小保方は200回以上成功したにも関わらず今まで、客観的なまともな証拠やサンプルらしいもの出したでしょうか?笑。
それにも関わらず、小保方の言うことを信じるのは、非科学的、宗教レベルか工作員レベルに決まってますよね!
国民の大半は皆さん同じ意見なんで大丈夫だと思います。
まともな意見共感しましたよ!



(netsuzo5.png)



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195. 名無しさん@NEWSまとめもりー2014年08月16日 00:44


※31
>不当と表現しているのは以下の2点でしょ。
>精神的に崩壊してもなんら不思議じゃないと思うな。


小保方さんとは男女の関係ではないのに、あたかも男女の関係があったものと
 意図的にミスリードを誘うような報道がされていたこと


事実ではないと否定すればいいだけ、一度もそうしたことはしていない。


デンマン注: 上の本の中に書いてあるように笹井氏は記者会見で否定している。


 〇STAP細胞は存在するのに、的外れな議論ばかりで存在しないものと扱われていること


存在する根拠を出しなさい。
世界中の科学者が科学的に疑義を申し立てているのは無視かよ


最近はマスゴミのせいにして問題の本質を逸らして悪いことした人を擁護する俺かっこいいっていうジンケン屋が流行なのか?


あたくしも このように2ちゃんねるで話題にされないように 学会の発表のためにデンマンさんと仙台旅行するのは控えたいと思います。


2ちゃんねるの悪ガキさんたちは、あたくしの言うことを信じて 絶対に 2ちゃんねるで あたくしを祭りあげなでくださいませぇ~。。。


うふふふふふふ。。。


話は変わりますけれど、あたくしは“平成の紫式部”と呼ばれているのでござ~ますわァ。


ええっ。。。 信じられないってぇ~。。。?


じゃあ、『卑弥子の源氏物語』を お読みくださいませぇ~。。。



(genjiero4.jpg)


『卑弥子の源氏物語』


どうですか? あたくしが “平成の紫式部”だと納得がゆきましたか?


ええっ。。。 ちょっと納得がゆかないのでござ~ますかァ?


でも こう見えても 一応 京都の女子大学で腐女子たちに「日本文化と源氏物語」を講義しているのでござ~ますわァ。


ただし、なかなか あたくしの魅力を認めてもらえないのでござ~ますう。


つまり、結婚相手が 現れないのですわァ。


この際 高望みはいたしません。


“寅さん”のような人でもいいですわ。


旅に出ていることが多いので 手がかからないと思うのでござ~ますう。


ついでだから、寅さんの映画でも見て、希望をつなごうと思います。


“袖触れ合うも他生の縁”と申します。


あなたも 一緒に寅さんのYouTubeでも見てくださいねぇ~。。。



(tora019.jpg)



ちなみに、紫式部のお話も面白いですけれど、古代のお話も心にしみますわァ。


たまには、日本の古代史の記事も読んでくださいませぇ。


そういうわけで あなたのために平安史、古代史の記事を用意しました。


ぜひ 覗いてみてくださいね。


天武天皇と天智天皇は


同腹の兄弟ではなかった。
 


天智天皇は暗殺された 


定慧出生の秘密 


藤原鎌足と長男・定慧 


渡来人とアイヌ人の連合王国


なぜ、蝦夷という名前なの?


平和を愛したアイヌ人


藤原鎌足と六韜


古事記より古い書物が


どうして残っていないの?


今、日本に住んでいる人は


日本人でないの?


マキアベリもビックリ、


藤原氏のバイブルとは?


とにかく、次回も興味深い記事が続きます。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。
じゃあ、またねぇ~。。。



(hand.gif)


ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
(30june.jpg)



(surfing9.gif)




(sayuri5.gif)


ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。


卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。




(miya08.jpg)


『下衆のかんぐり』


『桓武天皇のママがネットで』


『ござが天皇とGOOGLE』


『エロ 建礼門院』


『一敗が三人に!』


『行田の黒い霧をはらう』


『ペルシャ人が飛鳥に』


『小柴垣草子』


『後白河上皇ダントツ』


『ブスと美人』


『エロい話が好き?』


『死んでも生きてる』


『失意の太田将宏』



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『オルフェと聖徳太子』


『源氏物語とおばさんパンツ』


『霊仙はなぜ毒殺されたの?』


『紫式部が地獄へ』


『破戒僧円載』


『アショーカ王の愛と苦悩』


『どら平太の世界』


『三四郎とデンマンさん』


『ヒトラーの姪』


『ゴヤと三島由紀夫』


『仏陀とキリストと娼婦』



(zurose2.jpg)


『ズロースと戦争』


『伊藤若冲ブーム?』


『ブッダと物理学』


『加藤清正ブーム?』


『愛憎と三輪山』


『松原智恵子 お尻ペンペン』


『坂本龍馬は流れ者か?』


『野ざらし』


『紫式部堕獄説』


『日本最古のポルノ?』


『源氏物語の性描写』


『寅さんの本棚と急行まつしま』


『ヒトラーは草食系?』


『ブッダとキリストと娼婦』


『顔文字とオナラ』



(hama10.jpg)


『宝暦の恨みを明治維新で』


『デウキと紅葉@行田』


『薄い陰毛と紅のボートピープル』


『江戸の閨房術』


『ずるがしこい現代人』


『春画@源氏物語』


『千早振る』


『あれっ、松本清張』


『キスと源信』


『伎楽は呉から…?』


『紺瑠璃杯に魅せられて』


『神聖娼婦 マリア』


『安徳帝は生きていた』


『白石川の桜』


『ブログ村のマリア様』


『萌える済子女王』


『ピンク桃色@徒然』


軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
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(byebye.gif)


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by denman705 | 2017-04-28 03:04 | 国内旅行・名所・旧跡

北海道に無いものは


 


北海道に無いものは?


 



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こんにちは。ベティーです。
お元気ですか?
今日は気分転換にちょっとしたクイズをだしますね。


他の都府県の住宅と比べて、
北海道の住宅では、
あまり見られないものは次のうち、どれでしょうか?



1) 玄関や門にある郵便受け


2) 一般的な三角形の屋根


3) 屋外のテレビアンテナ


4) 洗濯物などを干すベランダ


5) キッチンの窓


さあ、このうちのどれが、北海道ではもっとも見ることができないモノでしょうか?


北海道にお住まいの方ならばきっと分かると思いますが。。。


あなたは、いかがですか?



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正解は 2番です。
一般的な三角形の屋根です。


北海道の住宅には“三角形の屋根”がないの?


ちょっと不思議に思うかもしれませんが、
本州の西部や九州や四国と比べると、
“三角形の屋根”が圧倒的に少ないのです。


なぜ?


それには北の大地ならではの理由があります。
普通の三角屋根の場合、除雪作業が必要です。
しかも、すごい雪の量なので、落雪の危険や除雪した雪の置き場に困ったりします。
また、ご近所とのトラブルにもなりかねません。


そこで登場したのが“無落雪屋根”と呼ばれる平らな金属屋根です。
基本的に屋根の雪はそのまま。
屋根中央のダクトに向けて僅かなM字の傾斜があり、融けた雪がそのダクトから流れ出るという仕組みです。


住宅の多い市街地に多いそうです。
北海道では、子どもたちが描く家の絵も四角いのかも。。。



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あなたが絶対、


見たいと思っていた


面白くて実にためになるリンク



平成の紫式部、橘卑弥子でござ~ます
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『卑弥子の源氏物語』


『平成の紫式部』


■ めれんげさんの『即興の詩』


■ めれんげさんの『極私的詩集』



(snowboard.jpg)


■ 『あなたも北海道へ! お得で役立つトラベル ガイド』


■ 『今すぐに役立つホットな情報を集めたサイト』



(creditx.gif)


■ 『あなたのための クレジット カード ガイド』



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■ 『あなたのための ローン ガイド』



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■ 『住宅ローン・ビジネスローン ガイド』



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■ 『きれいになったと感じさせる下着・ランジェリーを見つけませんか?』


■ 『笑って楽しんで幸せになれるサイト』


■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』


■ 『興味深い写真や絵がたくさん載っている世界の神話』


■ 『現在に通じる古代オリエント史の散歩道』


■ 『見て楽しい、読んで面白い 私版・対訳ことわざ辞典』


■ 『笑って楽しめる 私版・対訳 慣用句・熟語辞典』


■ 『辞書にのってない英語スラング』


■ 『オンライン自動翻訳利用法』



(sunwind2.gif)


平成の紫式部、橘卑弥子でござ~ます
(himiko22.gif)


おほほほほ。。。


卑弥子でござ~♪~ます。


また、例によって、


出てまいりましたわ。


ええっ?クイズの記事に


なぜ出て来たのかって?


あたくしだって、


たまには気晴らしに


クイズに挑戦


したかったのですわよ。


でも、外れてしまいましたわ。


三角形の屋根とは


思いませんでしたわ。


あたくしはベランダだと思ったので


ござ~♪~ますのよ!


雪が多いからベランダの使い道が


無いと思ったのですわよ。


ところで、デンマンさんに言われて、


あたくしも一生懸命に


パソコンを勉強して


少しはITについて


理解し始めているのでござ~♪~ますわ。


そんなわけで、この際ITビジネスを


立ち上げたいのですわよ。


もし、あなたもビジネスを始めたいならば、


次のリンクをクリックして覗いてみてね。


■ 『あなたもビジネスを立ち上げて社長になりませんか?』


ええっ?あなたは職探しの方がいいの?


だったらね、次のリンクをクリックしてみるといいわよ。


■ 『あなたの転職をサポートしてくれる就職・転職 ガイド』


ところで、あたくしがマスコットギャルをやっている


次のサイトも見てね。


■ 『面白い新しい古代日本史』


気分転換にいかがですか?


興味深い記事がたくさん読めますことよ。


では、今日も一日楽しく愉快に


ネットサーフィンしましょうね。


じゃあね。バ~♪~イ



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(byebye.gif)


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by denman705 | 2017-04-24 03:50 | 国内旅行・名所・旧跡

那須高原の紅葉 (PART 1)

 

那須高原の紅葉 (PART 1)

 


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デンマンさん。。。 日本に帰省して、行田市で軽井沢タリアセン夫人の小百合さんとスープカレーを食べてから 那須高原の紅葉を見に行ったのですか?



そうなのですよ。。。


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(sayuri201b.jpg)

『スープカレーなのね』



小百合さんと行田市でスープカレーを食べたのですよ。。。 でもねぇ~、小百合さんはちょっと忙しくって時間が取れなかったのです。。。



じゃあ、デンマンさんが一人で那須高原へ出かけたのですか?

あのねぇ~、珍しいことに卑弥子さんが行田市にやて来たのですよ。。。

あらっ。。。マジで。。。?

“古代ハスのふるさと”を思い出して居ても立ってもいられなくなってやって来たと言うのです。。。


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『古代蓮のふるさと』



卑弥子さんは突然、やって来られたのですか?



そうなのです。。。 季節外れだから当然 ハスは咲いてなかったのです。。。

あらっ。。。 京都からわざわざ行田までやって来たのに、残念でしたわねぇ~。。。

あのねぇ~、どうやら、卑弥子さんは また失恋したようなのです。。。 それが本当の理由のようでした。

つまり、失恋してストレスがたまっていて 居ても立っても居られなくなって デンマンさんに会いにやって来たのですか?

そうなのです。。。 かなり落ち込んでいたのですよ。。。 だから、紅葉でも見に連れてゆけば、気分が少しは良くなるだろうと思って那須高原へ出かけたのです。。。

卑弥子さんは マジで十二単(じゅうにひとえ)を着て出かけたのですか?


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もちろん、ハロウィーンには十二単を着て出かけたのです。。。 迷惑するから、十二単だけは着ないようにと言ったのだけれど。。。、「これは、あたくしのトレードマークなのでござ~♪~ますわ」と言って脱ごうとしなかったのですよ。。。今時、十二単を着てデートしたら失恋するのは当たり前です。。。



卑弥子さんは、マジで十二単を着たまま那須高原へ紅葉を見に出かけたのですか?

そうなのですよ。。。 それで撮ったのが上の写真です。

。。。、那須高原のどちらへ出かけたのですか?

ロープウェイに乗って那須岳に登ったのです。


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(nasumap2.png)


(nasumap.png)

『拡大する』



もしかして。。。、もしかして。。。、すぐ上の地図の「自在荘」に泊まったのですかァ~?



そうです。。。 真由美ちゃんは よくわかりましたねぇ~。。。


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(jizai200.png)


『拡大する』

『実際のページ』




だってぇ~、上の那須高原の地図に赤いピンマークが付いてますわァ。。。 それに、私の宇都宮商業高校時代の同級生が「自在荘」で働いているのですわァ~。


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(utsunomiya6.jpg)


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(utsunomap.png)


『拡大する』

『日本で再会』




マジで、真由美ちゃんの高校時代のクラスメートが「自在荘」で働いているのォ~?



そうですわ。。。 デンマンさんが前もって私に旅行の事を言ってくれれば、紹介したのにぃ。。。 残念ですわァ。。。 で、卑弥子さんは、ルンルン気分になりましたァ~?

確かに、卑弥子さんは 満足していましたよ。。。 でもねぇ~、また いつものように温泉に入って、少し はしゃぎすぎたのです。。。


(jizai08b.jpg)



でも。。。、でも。。。、卑弥子さんは幸せそうにデンマンさんとご一緒に温泉入浴を楽しんでいるではありませんかァ!



でもねぇ~、部屋にもどってから、また悪いクセが出たのですよ!


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『衝撃の角度』



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 (すぐ下のページへ続く)
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by denman705 | 2016-11-02 13:42 | 国内旅行・名所・旧跡

那須高原の紅葉 (PART 2)



 

那須高原の紅葉 (PART 2)


【デンマンの独り言】


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真由美ちゃんは、現在ノース・バンクーバーでホームステーしながら
VCC (Vancouver Community College)にかよって
パン職人・ベーグル職人の勉強と実習に励んでいました。

9月に卒業式を終えて、
現在、バンクーバー市内の旨いベーグルを提供するカフェで働いています。

学生時代には、先生やクラスメートとの英会話には、まごつくことがあったそうです。
外国語というのは習得するのが実に大変です。

あなたは英会話を勉強してますか?
できれば、英語を話している国へ行って英会話を勉強するのが一番です。

でもねぇ~、英会話を勉強する方法に王道はありません。
人それぞれです。。。
自分に合った勉強法を見つけるのが、英会話の上達の早道だと僕は思いますね。

同じことを同じように勉強しても、人によって上達が違うのですよ。
僕の経験で言っても、人によって、語学の才能というのはまちまちです。

太田将宏老人のように、40年もカナダに住んでいるのに
英会話が満足にできずに 6人に成りすまして日本語でブログにコメントを書きなぐって余生を過ごす人もいます。


なかには、日本語を忘れてしまうほど、英語にどっぷりと浸かってしまう人もいます。
20年以上英語圏で英語を話してますけれど、
僕は、漢字を忘れることはあっても、日本語を忘れることはありません。

もちろん、今でも、英語を話すよりも日本語を話す方が楽に話せます。
僕自身は語学の才能があるとは思ってませんが、
僕が、カナダ人と笑いながら話しているのを聞いていると、
真由美ちゃんには さっぱり 何を話しているのか解らないと言うのですよね。

僕がペラペラと英語を話しているように見えるのだそうです。
早くデンマンさんのように 英語がしゃべれるようになりたい、と真由美ちゃんは言います。

しかし、僕は、常に、英語を日本語のように しゃべれたら いいなと思っているのですよ。
外国語を母国語のように話すのは、本当に難しいと思います。

いずれにしても、真由美ちゃんは小さい頃からの夢が叶ってぇバンクーバーにやって来たのです!


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現在、移住を目指して頑張っているところです。

ところで、あなたはバンクーバーに行ったことがありますか?

とっても素敵な街ですよ。


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世界で最も住みやすい街バンクーバー








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ビデオを見ても、なんだかワクワクしてくるでしょう?

卑弥子さんが バンクーバーにやって来たのは 2008年の元旦の2週間ほど前でした。

クリスマスをバンクバーで過ごして、それから元旦の“Polar Bear Swim (寒中水泳)”に参加したのです。


(polar10.jpg)



上のビデオを見ると、まるで真夏のようでしょう?

ところが気温は確か2度ぐらいでした。 

水の中の方が暖かかったのです。

とにかく、バンクーバーには面白い人たちがたくさん居ますゥ。

あなたも、お暇と お金の余裕があったらぜひ出かけてみてください。

では、また興味深い、面白い記事を書くつもりです。

だから、どうか、あなたも またやって来てくださいねぇ~~。
じゃあね。


(hand.gif)




If you've got some time,

Please read one of the following artciles:




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“ついに会えました”

“お天道様が見てます”

『真由美ちゃんのカナダ移住』

『真由美ちゃんのカナダ就活』

『ロマンと夢が広がる』

『カナダ就活と英語』

『カナダへの履歴書』

『真由美ちゃんの夢とベーグル』

『真由美ちゃんの命の力』

『迷い、決断、そして行動』

『夢と希望の光』


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『下着女装に負けない真由美ちゃん』

『真由美ちゃんの就活面接』

『真由美ちゃんのリクエスト』

『真由美ちゃん@とんでん』

『バンクーバーで面接』

『海外で面接』

『真由美ちゃん、読まれてるよ』

『真由美ちゃん@面接英会話』

『真由美ちゃん@教会』

『真由美ちゃん@バンクーバー渡航』

『真由美ちゃん@バンクーバー』

『心温まるスープ』

『大切な第一印象』


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『サンタ マユミちゃん』

『お汁粉@海外』

『お汁粉@カナダ』

『支払いでトラブル』

『風邪で甘えてる場合じゃねぇ~!』

『バレンタインのお菓子』

『結婚、仕事、人生』

『命の力だね』

『英語と真由美ちゃん』

『海外に目を向ける』

『カーネギーホールじゃないよ』

『やる気があれば道は開ける』

『ニャンニャンと人生』


(juneswim.jpg)

『ピラミス@美術館』

『夢のバンクーバー』

『バンクーバーの屋上で』

『オランダ移住』

『カナダ移住の夢』

『ディープコーヴ』

『浴衣のバンクーバー』

『黒豚テリマヨ』

『イタリアのベーグルとサルサ』

『花火大会』

『乙女老い易く学成り難し』

『真由美ちゃん@英語』

『真由美ちゃんダントツ』

『日本よい国天国だ!』

『やっぱりどこか狂ってる』

『日本で再会』


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『乙女力@宇都宮』

『いい出会いの連鎖』

『笑顔の乞食おばさん』

『ニュートンの暗い秘密』

『新年@バンクーバー』

『スープキッチン@新年』

『猫と癒し』

『猫と犬と癒し』

『大通りde水の滑り台』

『イルカとワンちゃん』

『カワウソ@スタンレー公園』

『生パンツ系男子とベトナム兵』

『愛と癒しの涙』

『ダンスとノーベル賞』

『おもてなし』

『思い出ポロポロ』

『ロブソンの5月』

『ネットが不倫を連れて来る』

『ペットと良心』

『夢のデニッシュ』

『パンツァネッラ』

『12歳少女の短命』

『行田の伯母さん』

『パン職人修行』

『タイムマシーン』

『ルンルンdeサルサ』

『天国のワンちゃん』

『万の風になって』

『プロシュット』

『なせば鳴る音楽』

『日本人女学生行方不明』

『日本人女学生死亡』

『ガレット』



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by denman705 | 2016-11-02 13:41 | 国内旅行・名所・旧跡

混浴風景を探して (PART 1)


 

混浴風景を探して (PART 1)

 



(roten101.jpg+cleoani.gif)


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あらっ。。。デンマンさんは最近、日本の混浴風景を探しているのですか?


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いや。。。 混浴風景を探しているのは僕ではありません。。。

じゃあ、どなたが混浴風景を探しているのですか?

ちょっと次のリストを見てください。


(liv50814b.png)

『拡大する』



これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の8月1日から14日までの2週間の「リンク元URL」のリストですよ。。。 赤枠で囲んだ 16番、23番、それに28番に注目してください。。。



あらっ。。。 GOOGLE とマイクロソフトの BING で検索して『最新混浴風景』を読んだネット市民が 2週間に 6 + 5 + 4 = 15 人居たということですわねぇ~。。。

そういうことですよ。。。 試しに、僕も 「混浴風景」を入れてGOOGLEで検索してみました。


(gog50814a.png)

『現時点での検索結果』



485,000件ヒットするうちのトップから9番目に『最新混浴風景』が出てくるのですよ。



あらっ。。。 どうして、この『最新混浴風景』が読まれるのですか?

ジュンコさんと卑弥子さんと、それにジューンさんが出てくるからですよ。。。


あなたも美肌に露天風呂!


(2girls.jpg)


(himiko22b.gif)

露天風呂の良さは、なんと言っても

1に、ゆったりとした気分で入浴を楽しむ事が出来る。
2に、すばらしい景観を眺めながら心を癒す事が出来る。
3に、日本人の昔ながらの伝統を感じる事が出来る。
4に、なんともいえない情緒、旅情の中で疲れを取ることが出来る。
5に、自然により親しむ事が出来る。
6に、あなたが美肌になる。

あなたはどう思いますか?

でもね、混浴だと女性の場合は、なかなか思うように楽しむ事が出来ないのですよ。
なぜだかお分かりですか?

エロオヤジが居るからなんですよ。
わたしたちのような若い女性が混浴の露天風呂にやって来ようものなら、
もう鼻の下を伸ばして、じろじろ見つめるのですよ。

若い男性は、あたしたち二人が入ってゆくと、こそこそと出て行ってしまう事が多いのです。
でも、50代60代のエロオヤジは、寄ってきますわ。うふふふふ。。。

今年の1月、ジュンコさんと二人で男女混浴の「ヒバ千人風呂」で知られる青森市の「酸ケ湯(すかゆ)温泉」へ行ったのです。
そしたら、エロオヤジが居たのです。
もちろんすべての男性がジロジロ見るわけではありません。
一部男性客が遠慮のない視線を女性客にむけるのです。

たまたま、中年の威勢の良い地元のおばさんが居て、
“あんた、見ればまいね”、と怒鳴ったほどでした。
“あなた、見たらいけませんよ”という意味だそうです。

地元の湯治客の人たちは、「混浴を守る会」を立ち上げて“エロオヤジ撲滅作戦”に乗り出したほどでした。
“女性入浴者を好奇の目で見てはいけません”というマナーを記した「心得三ケ条」の看板を設置する活動が功を奏して、最近では女性客からの苦情も激減しているそうです。

年間約15万人が訪れる酸ケ湯温泉はこの数年、湯治客や観光客が増える一方で、
女性客から「男性客にじろじろ見られた」という苦情が後を絶たなかったのですが、
最近、エロオヤジが減っているそうですよ。

でも、中には女性の裸が目当ての男性も少なくないということです。
「たまに5時間も6時間も浴場に入ったままの男性がいる」と、その威勢の良いおばさんが話してくれました。
「でも、そんなに長くお風呂に浸かっていたら、のぼせてしまうでしょう」
「そうで、ねえづら、ちょくちょく脱衣所に戻るべ。おなごが現れると同時に温泉に入りきよる。あきれちゃうべ」

“見ればまいね、見せればまいね”、というのがマナーだそうです。

つまり、見たらいけません、見せたらいけません、と言うことだそうです。

では、そのようなエロオヤジが居ない露天風呂をご紹介しますね。

【女の旅湯】






『あなたも美肌に露天風呂!』より
(2006年6月18日)




あらっ。。。若い女性が二人で混浴の温泉に入るとジロジロ見られるようですわね。



そうですよ。 なかには、それを目当てで混浴温泉に行く男性客もいると言うから。。。

デンマンさんも、若い女性が入ってくるのを期待して混浴風呂に行くのではありませんか?

確かに、そういう下心が無いわけではありません。。。 でもねぇ~、いくらなんでも、若い女性が入ってくるのを待ちながら5時間も6時間も温泉に入っている気にはなりませんよ。 茹(ゆ)でタコになってしまいますよ。 うへへへへへ。。。

じゃあ、1時間ぐらいならば若い女性が入ってくるまで温泉に浸(つ)かっているのですか?

若い女性が入ってくるかどうかにかかわらず1時間ぐらいならば、のんびりと入っているかもしれませんね。 でも、一人で1時間は間(ま)が持ちませんよ。 話し相手がいれば2時間ぐらい入っているかもしれません。 しかし、お湯が熱いと30分はきついですね。

じゃあ、ぬる目のお湯に長い時間浸かっているのが好きなのですか?

温泉で、あまり熱いのは好みじゃないですね。 でも、カナダやアメリカの温泉のように、ぬるすぎるのもいけませんよ。

。。。で、どうして上の記事を持ち出してきたのですか?

あのねぇ~、上の記事は2006年の6月に投稿されたものですよ。 それから2年ほどたった記事に次のように書いてあったのですよ。


スッポンポンで堂々と入る

若い女性の当世「混浴事情」


J-CASTニュース
2008年12月21日17時21分


(kinuga25.jpg)

「混浴」に乗り込んでくるのは、おばちゃんかお年寄り、というイメージがあるが、最近は事情が変わってきていて、若い女性が堂々と入る姿が目撃されている。
それも、「ゆあみ着」など着けずに、裸のままが多いそうだ。
そのせいか、居心地が悪いと嘆く男性さえいる。
混浴で戸惑うのは今や男性の方らしい。

 (中略)

そこで、J-CASTニュースが、混浴を設けている、いくつかの温泉に聞いてみた。

十和田八幡平国立公園の北部に位置する一軒家宿の酸ヶ湯温泉旅館(青森市)は、総ヒバ造りの「千人風呂」と呼ばれる内湯で有名だ。
混浴で、160畳もの浴室には5つの浴槽があり、300人が入れる。
神経痛、リウマチなどに効くと言われ、地元の人のほか、ゴールデンウィークやねぶた祭りの時期には多くの観光客で賑わい、ピーク時は1日に約1000人が入湯する。
旅館の従業員は「若い女性の利用は、昔よりも増えている」という。

浴槽へのタオルの持ち込みは禁止されているが、着たまま入れる「ゆあみ着」を売っている。

「ゆあみ着を着て入るのは、中高年の女性がほとんどです。
今の若い女性は堂々と裸で入りますよ。
お湯が白濁しているので、いったん入ってしまえば抵抗感がないのでしょう」

出入りの際は裸をさらさなければならないが、「それは平気」という女性は結構多いようだ。

「日本一の総檜大浴場」とPRする千人風呂があるのは、千人風呂金谷旅館(静岡県下田市)だ。
弱アルカリ性、無色透明の温泉で、女性専用の木造風呂、男女別の露天風呂もあるが、泳げるほど広い混浴の千人風呂が人気だ。
ここでも、

「年配の女性もいますが、若い女性の方が混浴を利用しています」

と明かす。

「女子大生が大挙して入ってきて非常に出づらかった」
「日本で唯一本物のさるのこしかけ湯が楽しめる」と謳う万座温泉湯の花旅館(群馬県吾妻郡)。

青味がかった乳白色をした露天風呂は混浴で、「せっかく一緒に来たのだから」と夫婦やカップルが利用する。
北温泉(栃木県那須郡)も混浴風呂があり、若いカップルがよく入っているという。

一方、蟹場温泉(秋田県仙北市)には宿から50メートルほど離れた原生林の中に混浴の露天風呂がある。
「平日は中高年が多いですが、連休になると若い女性客が増えます」
女性専用となる時間帯を設けているが、混浴の方が人気が高いという。

山奥にある「秘湯」は混浴であることが多い。
川原毛大湯滝(かわらげおおゆたき、秋田県湯沢市)は、上流の湧出地から温水が流れる滝壺状の温泉(野湯)だ。
湯沢市商工観光課の職員は、「先日、若いカップルで入っているのを見かけました」と明かす。

ヤフー知恵袋の「混浴」についてのQ&Aには、

「混浴好きですよ。同じ湯船に浸かっている紳士的な男性達とお話することもあります」
という女性のコメントが書き込まれている。
この女性にとって、温泉は「男女という垣根を越えて、同じ湯を楽しむ。リラックスしながら世間話を楽しむ」場で、裸を性的に意識する方がおかしいという。

また2ちゃんねるには、若い女性が堂々と入っていることに戸惑う男性の書き込みもある。

「田舎の混浴風呂に夜中に入っていると女子大生が大挙して入ってきて非常に出づらかった」

また、一人で入っていたという男性は、

「『なんでこいつは一人で混浴に入っているんだ?』みたいな目で見られたから、それ以来行ってません」
と嘆く。
中には「男性専用湯」を作って欲しい、という意見さえみられた。

(写真はデンマン・ライブラリーより)




『J-CASTニュース』より
(若い女性の当世「混浴事情」)




あらっ。。。2年で、ずいぶんと変わるものですわね。 スッポンポンで堂々と入る若い女性が増えてきたようですわね。



これは、たまたまスッポンポンで平気な女性が混浴露天風呂に入って来たということで、すべての女性がスッポンポンになり始めたということではないと思うのですよ。 

そうかしら?

ジューンさんはどうですか?

わたしは裸になることにあまり抵抗がありませんわ。

そう言えばジューンさんは次のように書いていましたね。



(bare04e.gif)

こんにちは。ジューンです。

日本の露天風呂っていいですよね。

カナダにも露天の温泉ってありますわ。

でも、日本と違うのは、まず間違いなく

水着を着用しなければならないことです。


(hotspa2.jpg)

人里離れた山奥でも行かない限り

日本のような露天風呂に入ることはできません。

わたしはデンマンさんとご一緒に

北海道の長万部(おしゃまんべ)にある

ラジウム温泉の露天風呂に入ったことがありました。

2度目に入った時にはわたし一人だけで行きました。

20代の若い男の人が2人ほど入っていましたが、

わたしが行くと、あわてて出てしまいました。

3度目にはわたし一人だけでしたが、

50歳くらいの男の人があとからやって来ました。

英語が少しだけ話せましたが、

かなりしつこくわたしに話しかけてきました。

お酒の臭いがしたので、たぶん、

いたずら心を起こしたのかもしれません。

ニコニコしながら、わたしに近づいて

お尻に触ろうとしたのです。

わたしは合気道2段の技を持っていますので、

「逆手取り」にその老人を沈めました。



イテテテぇ~、と言いながら、かなりお湯を飲み込んで

目を白黒させながら、わたしを恨めしそうに見て

ゲロゲロとお湯を吐き出していましたわ。


(roten09.jpg)

大変面白い経験をしました。

うふふふふ。。。





『熱い長恨歌』より
(2009年6月28日)




スケベ爺は投げ飛ばしてもいいけれど、うへへへへ。。。、たまたまその時一緒に居た若い男は迷惑だったかも知れませんよ。



どうして。。。?

金髪の西洋女性がスッポンポンで同じ温泉に入ってくるなんて、まずほとんどの男は想像もしていませんよ。

でも、最近は日本でも外人の女性が街を歩いていても、それほど珍しい光景ではないでしょう?

それは、東京や大阪、京都。。。要するに大きな都市ですよ。 でもねぇ~、福島県や青森県の田舎の温泉にジューンさんのような金髪で、しかもボインな女性がスッポンポンで入ってきたら、平均的な日本人の男はビックリしてしまいますよ。

どうして。。。?

まず、英語がしゃべれない。 第一、これまでに金髪の若い女性を見たこともない。 それが、こともあろうスッポンッポンで同じ湯壷に入ってくる。 その驚きを僕も想像することができますよ。

だけど、デンマンさんは驚かないでしょう?

それは、僕はニューヨークでも、バンクーバーでも、ドイツでも、北欧でもヌーディストたちに会っているからビックリすることはありませんよ。

でも、女性の裸に対してそれほどビックリすることもないと思いますわ。

あのねぇ~、実は日本でも女性の裸に対して男が異常に興味を持ち出したのは明治時代になってからのことなのですよ。

あらっ。。。そうだったのですか? じゃあ、江戸時代には温泉で女性の裸を見ても男性はそれほど驚かなかったのですか?

驚かなかったのですよ。

でも、デンマンさんはどうして、そのような事が解るのですか?

幕末の頃に日本を訪れた外国人が手記を残しているからですよ。 ちょっと読んでみてください。



(back110.jpg)

3日目の朝は嬉野に、夕方は武雄に、それぞれ硫黄温泉を見つけた。
最初にわれわれが訪れた湯治場は、街路からあけすけに見えるところにあり、入浴者を日光からさえぎるための小屋の屋根があるだけだった。

われわれが近づいたときに、中年過ぎのひとりの婦人が湯につかっていた。
この婦人は、いっさいの自意識や当惑といったものをまったく持ち合わせていなかったので、カン・フスの『おお、神聖な無知よ』という叫びを想い起こさないわけにはゆかなかった。

... かの女は体を洗っていたので清潔だった。
かの女にはひとつの仕事をすませたという意識があるだけで、そのことをたまたまそこを通りがかった他人が知ったり見たりしてはいけない理由はない、と考えていたことは明らかである。

(『大君の都』)




蝦夷の鉱山に滞在している折に、わたしは一夜、仲間の役人と入浴に出かけた。
その小さな温泉場には、使用人と鉱夫用の露天風呂と、役人とその家族用の屋内の仕切りがあった。
しかし、この仕切りは湯の上だけで、湯は温泉から深さ3フィート、長さ8フィートのひとつの浴槽に流れ込んでいた。

われわれが屋内の浴室に入ったとき、鉱山頭の妻が家族と入浴していた。
わたしが引き返す暇もなく、夫人は風呂から上がって来た。

彼女は上品に風呂に入るように勧めながら、皆が入るには狭いので、自分は子供たちと別の浴室に行くつもりだと告げた。
いっさいが奥ゆかしく運ばれ、彼女の方にはいささかの困惑もなかったため、わたしは礼節に関する先入観にたいして、どちらの方向から次のショックがくるかがわからなくなり始めた。

『思い邪なる者に災いあれ』とは、ヴァチカンの彫刻陳列室と同じく、おそらく日本の公衆浴場にも当てはまるだろう

(『日本踏査紀行』)




118-119ページ 『温泉と日本人』
著者: 八岩 まどか
2002年1月22日 第1版第1刷発行
発行所: 株式会社 青弓社




『大君の都』はイギリスの初代駐日公使となったラザフォード・オルコックが書いたもので、『日本踏査紀行』は鉱山技師として来日し北海道の調査と採鉱技術の紹介に尽くしたレフェイアエル・パンペリーが書いたものです。 ちょうど幕末から明治時代の初期の日本人の女性の裸に対する意識が読み取れるのですよ。



最初に出てくる女性は庶民の婦人のようですけれど、2番目の女性は役人の夫人ですわね。

そうです。 どちらの女性も裸で外国人に向かっているのだけれど、特に羞恥心を表してはいないのですよ。 割り切っているというか、けろっとしている。 文中にあるように「たまたまそこを通りがかった他人が(自分の裸を)知ったり見たりしてはいけない理由はない」と考えていたのですよ。



(laugh16.gif)


 (すぐ下のページへ続く)
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by denman705 | 2016-08-15 04:38 | 国内旅行・名所・旧跡