デンマンが日々思ったこと考えたこと感じた事を書きます。


by denman705

カテゴリ:アクセス解析の面白い話( 67 )

天の川の思い出 (PART 1)


 


天の川の思い出 (PART 1)


 



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デンマンさん。。。 また“天の川”ですかァ~。。。



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いけませんか?


だってぇ~、2度、3度と同じ話題を持ち出したら、デンマンさんのブログの常連さんでも退屈しますわァ~。。。


確かに、同じ話題が続けば退屈するかもしれません。。。 でもねぇ~、僕は常連さんが退屈するような記事は書かないつもりです。。。


つまり、今日の天の川の思い出は楽しくて、面白くて、退屈しないのですかァ~?


当たり前田のクラッカー!


デンマンさん!。。。 1世代も2世代も前のギャグを出さないでくださいなァ~。。。 若いネット市民の皆さんには、いったい前田のクラッカーがどういう意味なのか全く理解に苦しむと思いますわァ~。。。


分りました。。。 古臭いギャグは脇に置いて。。。、じゃあ、さっそく次のリストを見てください。。。 



(liv70712a4.png)



『拡大する』


『天の川de思い出』



これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の7月11日の午後1時から午後6時25分までの約5時間半の「生ログ」の一部です。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目して欲しいのです。



あらっ。。。 7月11日の午後1時15分に デンマンさんが7月9日に投稿した『天の川de思い出』を読んだのですねぇ~。。。


そうです。。。 神奈川県の平塚市に住んでいる天野 亜莉沙(あまの ありさ)さんが読んだのです。。。


上のリストに出ている写真の女性が、『天の川de思い出』を読んだ天野 亜莉沙(あまの ありさ)さんなのですか?


そうです。。。 IPアドレスを調べたので、その結果を見てください。。。



(ip19231bx.png)


『拡大する』



あらっ。。。 おきれいな方ですわねぇ~。。。 デンマンさんのブログにやって来る女性は、どうして皆さん おきれいな方ばかりなのですかァ~?



僕自身がきれいな女性が好きだからです。。。。 (微笑)


でも。。。、きれいな女性だけがデンマンさんのブログにやって来るというのは不自然じゃありませんか?


あのねぇ~、写真を加工してコラージュしながら美人に変身させてネットで公開しているのですよ。。。 こうすれば、本人が見ても美人になっているから喜びます。。。 しかも、身元がバレませんからねぇ~。。。


。。。で、下のリストの赤いアンダーラインが引いてあるリンクをクリックすると どのページが現れるのですか?



(liv70712aw.png)



『拡大する』


『天の川de思い出』



次のページが表示されます。



(mur70712a.png)



『拡大する』


『実際のページ』



あらっ。。。 ずいぶんとゴテゴテしたページが出てきましたわねぇ~。。。 これは、どういうページですか?



「にほんブログ村」の「海外美女・海外美少女 記事画像(新着順)」のページですよ。。。 天野 亜莉沙(あまの ありさ)さんは上のページの赤枠で囲んである⑥番の写真をクリックしたのです。。。


するとデンマンさんの“徒然ブログ”の『天の川de思い出』の記事が開くのですか?


そういうことです。。。



1) 2017年07月12日



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『Hiro 中野 せどり 悪質』




2) 2017年07月11日



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『夫婦de風呂』




3) 2017年07月11日



(vienna9.jpg)


『じょんば』




4) 2017年07月10日



(tengu52.jpg)


『増長慢』




5) 2017年07月10日



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『ドンちゃん騒ぎ』




6) 2017年07月09日



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『天の川de思い出』




7) 2017年07月09日



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『恋人のタイプ』




8) 2017年07月08日



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『日航スチュワーデス』




9) 2017年07月08日



(wren02.jpg)


『若いツバメ』




10) 2017年07月07日



(costa04b.jpg)


『おばさんパンツ@サンホセ』




11) 2017年07月07日



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『あなたの出世』




12) 2017年07月06日



(laugh16.gif)


『Hiro 中野 せどり 悪徳』




13) 2017年07月06日



(cute306.jpg)


『内緒よ』




14) 2017年07月05日



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『行田物語 悪夢』




15) 2017年07月05日



(5men5.gif)


『叱りつける』




16) 2017年07月04日



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『晩香坡物語 生誕150年』




17) 2017年07月04日



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『ちょっと太った』




18) 2017年07月03日



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『嘘を書く日記』




19) 2017年07月03日



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『この最古の映画』


 




これだけ興味深いたくさんの写真から、天野 亜莉沙(あまの ありさ)さんは次の写真を選んで『天の川de思い出』を読んだわけなのですよ。


 


6) 2017年07月09日



(tenriver3.jpg)


『天の川de思い出』


 



上の写真を見て天野 亜莉沙(あまの ありさ)さんは すぐに“天の川”を連想したのです。。。 つまり、天の川の思い出があるからですよ。。。



どのような思い出ですか?


あのねぇ~、亜莉沙さんは“何のために生きるのか? 自分のこれから歩む道は。。。?”という思いで 飛騨の山奥の秘境に旅をしたのです。。。



(bern03b.jpg)



これが そのときの写真ですか?



そうです。。。 ついでに 下の写真も見てください。



(seawall812d.jpg)



僕が重井出 亜由美(おもいで あゆみ)さんのワンピースのポケットの中に入っているのですよ。。。



重井出 亜由美(おもいで あゆみ)さんは『天の川de思い出』の記事の中に出てくる女性ですわねぇ~。。。


そうです。。。


つまり、天野 亜莉沙(あまの ありさ)さんも、デンマンさんのブログの常連さんの一人だと言いたいのですか?


その通りですよ。。。 “天の川”の写真の女性のポケットの中に僕が入っていたので、文句なしに その写真をクリックして記事を読んだわけです。。。


。。。で、亜莉沙さんの天の川の思い出とデンマンさんが 何か関係あるのですか?


あのねぇ~、亜莉沙さんは かつて僕の次の記事を読んでいたのです。。。



北極の原野での孤独


 



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本当に孤独になって寂しくなると、死ぬなんてことは全く頭から消えうせてしまうものですよ。むしろ本能的に生きようとするすさまじいまでの生に対する執着にとらわれるものですよ。



どういうことですか?


北極の原野に一人で置き去りにされた事を考えてみてくださいよ。寂しいなんて言っているどころじゃない。その瞬間から生きなければならない。腹をすかせたハスキー犬が牙をむいて襲い掛かる。グリスリー・ベアに出会えば、命はないと思わなければならない。


デンマンさんは、北極の原野に放り出された事でもあるのですか?


もちろん、ありませんよ。でも、僕の宿舎から5分も歩くと人の姿は見えませんでした。30分も歩いたら、そこは上の写真のような原野ですよ。野生化したハスキー犬が獲物を狙い、牙をむいて近づいてきますよ。


ハスキー犬って何ですか?


狼と犬の混血だと言われています。だから野生化したハスキー犬は人も襲いますよ。


怖いでしょう?


怖いなんてものじゃない。ハスキー犬の群れに襲われたら命がありませんよ。


それでハスキー犬に出会ったことでもあるのですか?


ありますよ。僕は2週間ほど休みをとって夏、北極の原野を歩きましたよ。せっかくイエローナイフに行ったのですからね。もう2度とそういう経験は出来ないと思いましたからね。


それで怖い思いをなさったのですか?


“怖い思い”と言っているうちは本当に怖くはないんですよ。


どういうことですか?


僕は“野生化する”という意味が初めて分かりましたよ。野生化するということは一口で言ってしまえば“死と隣り合わせ”で生きるということなんですよ。常にビクビクしていなければならない。感覚が研ぎ澄まされている。ライフルを背負っていないと安心していられない。


ライフルって、。。あの~。銃、。。。鉄砲のことですかあああ?


そうですよ。カップヌードルじゃないですよ。常に身を守る事を考えていますよ。ハスキー犬でもただの野犬でも、飛びかかって来る前にライフルを構えなければならないから、つねに辺りに気を配っていますよ。あんなに音に敏感になれるとは思ってもみませんでしたよ。葉っぱが擦れ合う音にさへ最初のうちはビクッとしましたよ。


それでどのような怖い思いをしたのですか?


夜でも横になっては寝られなかったですよ。


どのようにして眠るのですか?


座って寝るんです。とても横になって寝る気になれませんでしたよ。リュックを背にしてライフルを抱くようにしながら眠るんですよ。熟睡できない。1時間半から2時間おきに目が覚めますね。


それで。。。?


遠吠(とおぼ)えなんかが聞こえると実に嫌なものですよ。“お~い、獲物が居たぞォ~、みんなで襲おうじゃないかァ~~”そう仲間に呼びかけているように聞こえてくるんですよ。


それで。。。


よく西部劇で獣を寄せ付けないために一晩中火をたきながら眠るシーンがありました。でもね、あんな事は出来ませんでしたよ。


どうしてですか?


燃やす薪(たきぎ)がすぐになくなってしまうんですよ。上の写真で見るように森なんてありませんからね、潅木がチラホラ程度ですよ。燃やすものがなくなって火が消えて真っ暗になります。そういう時にオーロラが頭上を神秘的に踊っている。まさに踊っているようにサラサラ動いている。ゾォ~~とするような美しさですよ。でも、いつまでもボケーと見上げているわけにはゆかない。コソッとでも物音がしようものならすぐにライフルを引き寄せて構えますよ。最初のうちは、珍しいから撃ちたくってバンバン引き金を引きましたが、そのうち弾(たま)が減ってくるから、そうやたらに撃てなくなる。弾が無くなった時が僕の命が無くなる時ですよ。


それで。。。


最初の夜などは、かなりぶっ放しましたが5日ぐらい経つとライフルを撃つ事も面白くなくなる。それよりも弾の数が減ってくる事の方が心配になりますよ。


それで。。。


とにかく、近くにセブンイレブンはないんですよ。自動販売機もないんですよ。公衆電話もないんですよ。人っ子一人居ないんですよ。短波放送を聞く気になれば聞く事が出来ますが、ラジオなんかかけていたら、獣の物音が聞こえなくなる。ハスキーの群れに襲われたら、命は無いんですよ。耳を澄まして物音だけに神経を集中しますよ。そういう時には寂しいなんて気持ちにはならないものですよ。早く夜が終わってくれないか。そればかりを考えている。気を紛らせることができるのはオーロラを見上げる時ぐらいです。


それでどういう怖い事があったのですか?


1週間ぐらい経った頃ですかねぇ~。僕はもうやたらにライフルを撃たなくなりました。ある程度物音にも慣れてきました。“殺気”という言葉を聞いた事があるでしょう? 僕は初めてそういう経験をしましたよ。あれは、野生化した僕が本能的に感じたものだと思うんですよ。理屈ではどうにも説明できないんです。確かに物音を感じた。でも、それが獣だか潅木の葉っぱが擦れ合う音なのか?あまりはっきりしなかった。 とにかく“やばい”という胸騒(むなさわ)ぎがして僕はライフルを引き寄せてテントの入り口から外をソッとうかがった。


何が居たのですか?


目が2つ光って僕を見ているんですよ。ゾォ~としましたね。僕は引き金に手をかけていましたが撃つ気になれない。


それは何だったのですか?


おそらくハスキー犬か野犬でしょうね。瞬(まばた)きもせずに僕の方をジィ~と見ているんですよ。最初の夜だったら、僕は間違いなく、すぐにぶっ放していましたよ。でも、“殺気”はそれまでなんですよ。僕はもう怖さはない。すぐ撃てるからですよ。僕はブルックリンで人間の返り血を浴びた事があるから、結構そのような度胸はついている。“かかってくるなら来い、ぶっ放してやるだけだ!” そう思いながら僕も睨(にら)みつけましたよ。僕の目もおそらくオーロラの光を受けて光っていたでしょうね。僕には5分ぐらいに感じられたけれど、それ程長い間のことじゃなかったでしょう。とにかく、にらみ合いの挙句、その獣は諦めたようにクルッと身を翻(ひるがえ)すと帰っていきましたよ。


デンマンさんは撃たなかったのですか?


“殺気”が消えていたんですよ。喧嘩した後、さっぱりした気持ちになるでしょう。あの気持ちなんですよ。動物同士だって勝ち負けがついたら相手を殺さないものですよ。


それで、その夜はそれ以外には何もなかったのですか?


何もなかった。もうその獣はやって来ませんでしたよ。


それで、デンマンさんの寂しさって何ですか?


つまり、人間が野生に返って生きるなら、寂しさを感じている暇がないんですよ。僕はしみじみとそう感じたものですよ。そしてあの朝を迎えた時のなんとも言えない幸せな気分。僕はお日様に向かって感謝し、祈るような気分になりましたよ。



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“あああ。。。お日様さん、ありがとうございます。夕べも無事で命に別状はありませんでした。今夜もよろしくお願いします。どうか僕をお守りください” 朝日を浴びながら、実際そう思ったものですよ。レンゲさんに、この僕の伝えようとしている気持ちが分かりますかあああ?




『群衆の中の孤独!寂しくって死んでしまいたい』より
(2005年12月31日)


『愛と性の秘められた物語』より
(2017年1月23日)



デンマンさんがイエローナイフで過ごした時のエピソードを亜莉沙さんが読んでいたことと天の川の思い出と どういう関係あるのですか?



だから、飛騨の山奥の秘境で 亜莉沙さんはテントを張って一夜を一人で過ごしながら、ふと僕が書いた上の手記を思い出したのです。。。 別に野犬が吠えたわけではないけれど、ふとテントの外に出てみると、天の川が頭上にキラキラと光り輝いて流れているようだった。



(tenriver6b.jpg)



それで、その時の光景が 未だに亜莉沙さんの思い出の中にくっきりと浮かび上がっていると言うのですか?



そうです。。。 小百合さんは、感動的だと思いませんかァ~?


もし私が一人で苦労しながら飛騨の山奥に分け入って、テントを張って一人で真っ暗な夜を過ごす。。。 夜中に、ふと外に出てみると、天の川が手で届くような近さでキラキラと流れている。。。



(tenriver5b.jpg)



そういう体験があれば、感動的な眺めかもしれませんけれど、残念ながら私には、そのような経験がないのですわァ~。。。



でも。。。、でも。。。、自分を見つめ、自分を探すたびに出て、そのような光景に出くわしたら、感動的だと思いませんかァ?


そうですわねぇ~。。。


あまり感動的な言葉ではありませんねぇ~。。。 分かりました。。。 今年の秋、日本へ帰省したら 小百合さんと二人で飛騨の秘境に行き 天の川を眺めましょう! そうすれば、小百合さんにも、この感動が味わえると思うのですよ。。。



(laugh16.gif)


 (すぐ下のページへ続く)


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by denman705 | 2017-07-14 03:08 | アクセス解析の面白い話

天の川の思い出 (PART 2)


 


天の川の思い出 (PART 2)



【卑弥子の独り言】



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ですってぇ~~


小百合さんがデンマンさんと一緒に飛騨の秘境に行くわけがありませんわァ~。。。


天の川を見るためだけに飛騨の山奥に入ってゆくなんて、ミーちゃん、ハーちゃんだってぇ、絶対にありえないことですわァ。


信じられないことです。


あなただってぇ、そう思うでしょう?


では、天の川が出たついでに、夜空の星を眺めるような


ロマンチックな曲を あなたのために貼り付けますので、


ぜひ 聴いてくださいまし。。。



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いかがでしたかァ~。。。?


ところで、小百合さんが「軽井沢タリアセン夫人」と呼ばれているのですわァ。


なぜ。。。?


ご存知でござ~♪~ますか?


実は簡単な事なのですわよう。


小百合さんは軽井沢に別荘を持ったのですわ。


小さな頃から軽井沢に住むことが夢だったのですってぇ~。。。


分からない事ではござ~ませんわ。


そもそも小百合さんが軽井沢に興味を持ったのは、朝吹登水子のエッセーなどを読んだことがきっかけだったとか。。。


現在、朝吹登水子の山荘、睡鳩荘(すいきゅうそう)は軽井沢タリアセンに移築されて公開されています。



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それで、小百合さんは軽井沢タリアセンを訪れては睡鳩荘に足を運んで少女の頃の事を思い出すのが楽しみなんですってよ。


そういう訳で、デンマンさんが小百合さんのことを「軽井沢タリアセン夫人」と呼ぶようになったのですわ。


軽井沢・雲場池の紅葉



軽井沢のイルミネーション



秋の旧軽井沢銀座ぶらり散歩



とにかく、明日もデンマンさんが興味深い記事を書くと思いますわ。
だから、あなたも、お暇なら、また読みに戻ってきてくださいまし。
じゃあねぇ~~。



(hand.gif)



(surfin2.gif)


ィ~ハァ~♪~!


メチャ面白い、


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■ 『天の川de思い出』



(bare02b.gif)


こんにちは。ジューンです。


「上を向いて歩こう」がアメリカで人気が出るきっかけは


何だったのでしょうか?


通説によると、1963年の春、


アメリカ西海岸のローカルラジオ局のDJが、


異国情緒を味わってもらおうと、たまたま手元にあった


日本の曲をオンエアーしたところ、


リスナーからリクエストが殺到したために


人気に火がついたと言われています。


果たして、その話はどこまで本当なのでしょうか?


アメリカで「上を向いて歩こう」をシングルとして


最初に発売したレコード会社はキャピトルです。


同じ時期にキャピトルはイギリスの親会社であるEMIが


ビートルズのシングルを出すようにと要請してきたのです。


ところがアメリカでは人気が出ないと断っているのですね。


では、いったい誰が「上を向いて歩こう」をシングルとして


発売したのでしょうか?


その発売を決定した人の名前が


デンマンさんが描いた次のチャートに出ています。



(qchan90.gif)


デイブ・デクスター・ジュニアさんなのです。


「A&Rマン」と言われていた人で、


売れる可能性のあるアーティストを発掘し、契約を結び、


制作を担当する仕事をしていた人です。


ローカルラジオ局のDJからある日電話がかかってきて


「上を向いて歩こう」が人気が出ていると聞いて、


さっそく自分でも聞いてみたそうです。



(qchan03.jpg)


九ちゃんが日本語で歌っているので


詞の内容は理解できなかったけれど、


これならイケそうだと直感して売り出すことに決めたそうです。


つまり、ビートルズの曲はヒットしないと蹴ったけれど、


九ちゃんの「上を向いて歩こう」は直感的に


ヒットすると思ったのだそうです。


ところで、デンマンさんが小百合さんの記事をまとめて


次のサイトを立ち上げました。


時間があったら下のリンクをクリックして覗いてみてくださいね。


『夢とロマンを持って前向きに生きる


小百合さんの物語』


では、今日も一日楽しく愉快に


ネットサーフィンしましょうね。


じゃあね。



(ebay5.jpg)



(byebye.gif)


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by denman705 | 2017-07-14 03:07 | アクセス解析の面白い話


 


聖徳太子のチューター(PART 1)


 



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(lotus102c.jpg+spacer.png+himiko82.gif)




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デンマンさん。。。、聖徳太子のチューターは女性だったのでござ~♪~ますかァ~?



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いや、違います。。。 卑弥子さんを呼び出したついでに、卑弥子さんに似た人を貼り出したまでです。。。 深い意味はないのですよ。。。


でも、どういうわけで急に聖徳太子のチューターというタイトルにしたのでござ~ますかァ?


実は、東京に住んでいる 正徳 多恵(しょうとく たえ)さんが僕の記事を読みにやって来たのです。。。 次のリストを見てください。。。



(liv70710a4.png)



『拡大する』


『聖徳太子の家庭教師』



これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の7月9日の午後3時から午後8時23分までの約5時間半の「生ログ」の一部です。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目して欲しいのですよ。



あらっ。。。 7月9日の午後3時19分にGOOGLEで検索して『聖徳太子の家庭教師』を読んだのでござ~ますわねぇ~。。。


そうです。。。


IPアドレスを調べて 東京に住んでいる 正徳 多恵(しょうとく たえ)さんが『聖徳太子の家庭教師』を読んだと突き止めたのでござ~ますかァ?


その通りです。。。



(ip223106b.png)


『拡大する』



でも、IPアドレスを調べてもアクセス者の名前まではゲットできないのですわァ~。。。



卑弥子さんは、また きびしいツッコミを入れるのですかァ~?


だってぇ~、事実は事実ですものォ~。。。 上の結果を真に受けて、IPアドレスを調べると、個人情報までゲットできるような間違った印象をネット市民の皆様に与えるのはよろしくござ~ませんわァ。


あのねぇ~、正徳 多恵(しょうとく たえ)さんは『聖徳太子の家庭教師』を読んで、とっても面白かったというメールを僕に寄越したのです。。。


つまり、、正徳 多恵(しょうとく たえ)さんも デンマンさんのブログの常連さんの一人だと言いたいのでござ~ますかァ?


そうです。。。 僕が自作自演をしているのではないということを示すために、わざわざIPアドレスを公開しているのですよ。


。。。で、多恵さんは、どのようにしてデンマンさんの記事を探しだしたのでござ~ますかァ?


もちろん、GOOGLEで次のように検索したのですよ。。。



(gog70710c.png)



『拡大する』


『現時点での検索結果』



あらっ。。。 「聖徳太子 家庭教師」と入れて検索したのですわねぇ~。。。



そうです。。。 42,700件ヒットするのですよ。。。


正徳 多恵(しょうとく たえ)さんは赤枠で囲んだ記事を読んだのでござ~ますか?


そういうことです。。。


でも。。。、でも。。。、多恵さんは、どういうわけで聖徳太子に家庭教師がいたことを知っていたのでござ~ますかァ?


あのねぇ~、多恵さんは東京の文京区目白台にある日本女子大学の文学部史学科の4年生なのですよ。。。



(tjkoshidaimap.png)



(tjkoshidai.jpg)



(lotus101b.jpg)



つまり、日本古代史の聖徳太子で卒論を書こうとしているのでござ~ますかァ?



そういうことです。。。


。。。で、卒論のヒントを得るためにGOOGLEで検索したのでござ~ますかァ?


その通りです。。。


。。。で、何が参考になったのでござ~ますかァ?


多恵さんは次の箇所を読んでオツムに閃(ひらめ)くものがあったのですよ。。。



4) 聖徳太子の母親はペルシャ人だった



(persian02.gif)


宇宙の摂理ブログ聖徳太子の母親はペルシャ人だった? 聖徳太子の母親は ペルシャ人だった? 渡来人 聖徳太子とその時代を考えるとき、私たちは日本古代史の中で考えようとします。昔の日本で起こったことを考えるのだから、それも当然のことのように思えます。 ...


http://barclay.wablog.com/4.html - 95k


5) 聖徳太子の個人教授には


  ペルシャ人がいた


宇宙の摂理ブログ確証があるわけではありませんが、これが事実とするならば、聖徳太子には、16分の1のペルシャ人の血が流れていたことになり ... ここで、聖徳太子の母親にペルシャ人の血が混じっていたこと、また彼女の回りにペルシャ人を含めて、多くの渡来人が居た ...


http://barclay.wablog.com/3.html - 98k




(2008年7月10日午後4時現在)


『「聖徳太子 ペルシャ人」 の検索結果』



つまり、聖徳太子にはペルシャ人の血が流れたいたのかもしれない、と多恵さんは関心を深めたのですか?



そうです。。。 それで次の部分をじっくりと読んだのです。。。



 


聖徳太子の個人教授には


ペルシャ人がいた



(taishi01.gif)


太子は、高句麗からの渡来僧・慧慈(えじ)を個人教授として内教(仏教)を学んだとされています。さらに外典(そとふみ)を覚袈(かくか)から学んだそうです。仏教から外典というと、その中には儒教、道教、景教、拝火教、バラモン教、つまり仏教以外のさまざまな経典が含まれます。この覚袈が渡来人であったと言われていますが、どこの国からやって来たのか、については確証がありません。


聖徳太子は、蘇我氏の一員だと言っても過言ではないほど、蘇我氏とは切っても切れない繋がりを持っています。また、蘇我氏は渡来人を支配することによって実力をつけてきたということからも分かるように、渡来人の集団とは強い絆で結ばれています。私は、蘇我氏自身も高句麗りからやって来たとみています。このことについては、このページ (蘇我氏は高句麗からやってきた) で説明しています。


要するに、聖徳太子は、小さな頃から渡来人に取り囲まれて生活していたと言うことは、まず間違いないようです。従って、成長してからも彼の回りには実に渡来人が多いのです。先ほど述べた高句麗からの渡来僧・慧慈(えじ)と外典(そとふみ)を教えた覚袈(かくか)は、太子に影響を与えた数多い渡来人の中のたった二人に過ぎません。


太子の個人教授にはこの二人の他に慧聡(えそう)がいます。この人は、実は慧慈(えじ)と同じ年に百済から来朝しています。『書紀』 に 「慧慈、慧聡は内教を弘演(ひろめ)て並(ならび)に三宝の棟梁となる」、とあります。これら名僧は、飛鳥寺を造り終えると同時に、飛鳥寺の住僧となっています。


しかし、この当時の国際関係を考えると、一見、不思議な感じがします。交戦を続ける高句麗と百済の敵国同士の両僧が、同時に来朝し、飛鳥寺に共に居住して、仏教の二大棟梁となる、ということは、常識的には考えられません。こじつけて、説明しようとするならば、高句麗の慧慈を通して北朝仏教を、一方百済の慧聡を通して南朝仏教をともに導入しようとした、ということが言えるでしょう。しかし、これとても、もう一つ説得力に欠けます。そこで、この当時の坊さんの役目を考えてみる必要があります。


一言で言ってしまえば、言葉の響きは良くありませんが、坊さんは頭を丸めたスパイです。仏教を国教とする時代です。しかも、「推古女帝と聖徳太子」のページで述べているように、蘇我馬子の宗教観には、仏教を思想面で受け入れると言うよりも、政治に利用するという意図がありありと見て取れます。したがって、慧慈、慧聡、覚袈は、太子の宗教の専門の師であるばかりでなく、高度の政治外交の顧問格でもあったわけです。しかも、スパイとしての役目を担っていますから、「同時に来朝し、飛鳥寺に共に居住して、仏教の二大棟梁となる」ことは、不思議でもなんでもない。むしろ、この二人にとっては、好都合だったと言えるでしょう。居ながらにして情報交換ができるのですから。


後年、慧慈(えじ)は高句麗へ戻っています。もちろん、時の高句麗王に報告のためです。坊さんになってスパイ活動をしたという良い例は、藤原鎌足の長男・定慧(じょうえ)です。この人のことは、このページ (藤原鎌足と長男・定慧) で詳しく述べています。あまり出過ぎたことをしたために、天智天皇の命令で殺されています。


百済は高句麗や新羅にたえず攻められるため、大和朝廷に幾度も軍事援助を求めています。派兵の代償として、五経博士などの文化使節を送ってきたわけで、慧聡(えそう)もそうした文化使節の一員です。その記事は 『日本書紀』 の「継体紀」 「欽明紀」や 『百済本紀』 に書かれています。しかし、文化使節とは、表向きのはずで、慧聡(えそう)のような僧侶は、時の権力者に近づく機会が多いわけで、よく言えば、百済大使、悪く言えばスパイの親分として活動していたことは、いわば当然のことです。


五経博士の「五経」とは儒教の易・書・詩・礼・春秋で、これとともに医博士、暦博士、採薬師施(くすりかりのはかせ)や僧侶など、各分野の専門家を送って来ており、諸博士の人名も中国の南朝人と分るものもあり、時の大和朝廷は百済のみならず、百済を介して南朝文化の導入も意図していたことがうかがわれます。


ここで、このページのタイトルについて考えてみましょう。覚袈(かくか)は果たしてペルシャ人だったのだろうか?覚袈は外典(そとふみ)を太子に教えたのです。外典とは儒教、道教、景教、拝火教(ゾロアスター教)、バラモン教を含めた仏教以外のさまざまな経典ですから、儒教と道教については百済人や高句麗人でも教えることができたかもしれません。しかし、景教、拝火教、バラモン教となると、百済人や高句麗人では手に負えなかったのではないでしょうか?このように考えれば、覚袈がペルシャ人であったとしても不自然ではありません。


 


聖徳太子の一族に


ペルシャ人が居たの?


ここで考えなければならないことは、これらの高度の文化を、一体、大和朝廷の誰が受容できたのであろうか?と言うことです。語学の素養もない、外国文化に触れたこともない一般の官吏ではまず無理です。つまり、これらの高度の文化を受け入れることができるのは語学の素養もあり、外国文化に触れたこともある東漢人(やまとのあやひと)や今来漢人(いまきのあやひと)などの渡来人です。


この人たちを掌握していたのは一体誰か?蘇我氏です。従って、蘇我氏の中にもまた語学の素養があり、外国文化に明るい人たちがたくさん居ないと、彼らを掌握し切れません。このことからも、蘇我氏が渡来系の氏族であったということがよく分かります。


上に述べたような理由で蘇我氏のもとには渡来人がたくさん集まってきます。渡来人の中には、もちろんペルシャ人も居ました。当然のことながら、蘇我氏を頼って行ったでしょう。


ここで、前のページからの本題に入ります。聖徳太子の母親はペルシャ人だったのか?



(pergal.jpg)


当時ペルシャ人をハシ人と呼び、波斯人と書きました。太子の個人教授の一人である覚袈(かくか)がペルシャ系の人ではないかという推測は、太子の母が穴穂部間人(あなほべのはしひと)と書かれている事と、大いに関係があります。間人(はしひと)とは波斯人(はしひと)でペルシャ人のことではないか!と、言うわけです。太子が赤い髪の毛をしていたと言う伝承があります。この伝承に真実が隠されているのではないか?もしそうだとするなら、太子の母親がペルシャ人であると言う事も決して荒唐無稽な事ではありません。



(shotoku03.gif)


聖徳太子の父は用明天皇、母は蘇我稲目の孫娘です。この稲目の父は高麗(こま)で、高句麗からやってきたのですが、実はこの人がペルシャのサカ族の出身だと言う研究家も居ます。しかし、そんな遠いところにペルシャ人を持ってゆかなくてもよいのです。私はその説よりも、むしろ穴穂部間人の母親、つまり小姉君(おあねぎみ)がペルシャ人の血を受け継いでいるのではないか、とみています。


もし当時、ペルシャ人が日本へやってきて、どの一族を頼りにするかといえば、当然、飛ぶ鳥を落とす勢いの蘇我氏の元を訪れたことでしょう。その頃、渡来人を掌握していたのが蘇我氏だからです。ペルシャ人の中には、蘇我氏との絆を確固なものにするために、蘇我稲目に娘を側室として差し出す親も現れたでしょう。そのようにして穴穂部間人が生まれた、と考えるわけです。


小姉君の父はたしかに稲目なのですが、母親の出自について日本書紀は沈黙しています。なぜ沈黙する必要があるのか?その答えを出すには誰が日本書紀を書いたかが分かれば簡単です。天武天皇の息子の舎人親王が編集長だったと言うように書かれていますが、彼はむしろ発行人であり、実際に編集に当たっていたのは藤原不比等です。藤原氏は、元、中臣氏ということで、日本古来の氏族となっていますが、不比等のおじいさんの御食子(みけこ)は百済からやって来ました。従って、自分たちが「よそ者」であるということを書きたくなっかたように、穴穂部間人の出自についても沈黙していたのです。


では、なぜ、不比等は自分の名前を編集長として書紀に書かなかったのか?それには、これまた事情があります。そのことについてはこのページ (『壬申の乱』は天智帝暗殺で始まった) で説明しています。


しかし、この説を採ると、飛び越えねばならないハードルがあります。どういうことかというと、実は、小姉君の母親が物部氏出身と思える節があるのです。


というのは、当時の皇子・皇女は一定の年齢まで母方の実家で養育されるのが普通でした。そして育った土地の名前をつける慣習がありました。飛鳥で育った大王の娘なら飛鳥皇女と呼ばれるわけです。すると穴穂部間人皇女の穴穂も地名に由来することになります。大和周辺に穴穂の地名は河内と奈良の石上にあります。皇女がどちらで育ったか分りませんが、どちらも物部氏の領地なのです。


つまり小姉君は蘇我稲目の娘であると同時に、物部氏の娘でもあったのです。しかも穴穂部間人皇女は物部の土地で成長しました。しかし、ご存知のように、仏教をめぐって蘇我氏と物部氏は対立し、それまでの史上最大の戦闘を繰り広げました。したがって、このようなことがあり得るだろうかと、あなたは疑問に思うかもしれません。


ところが、それ以前、朝廷で権力を握っていた大伴氏を退けるため、蘇我氏と物部氏は手を握り合ったことがあります。どういうことかというと、小姉君は、蘇我氏と物部氏が宮中で勢力を伸ばす方策として、互いに婚姻関係を結んでいた当時の産物ということになります。「友情の証」として、蘇我稲目かあるいは彼の父親の高麗が自分の側室の中から美しいペルシャ人の娘を物部の氏の長者に与えたのでしょう。このようなことは、この当時よくあることでした。軽皇子(後の孝徳天皇)が小足姫(おたらしひめ)を中臣鎌足(藤原鎌足)に与えたのもこのような例です。このことについては、このページ (藤原鎌足と軽皇子) で述べています。


そのお返しに、今度は、物部氏がペルシャ人の女性から生まれた娘を蘇我稲目の側室として与えたわけです。その娘から生まれたのが小姉君だというわけです。したがって、小姉君の体内にはペルシャ人の血が4分の1流れていたわけです。彼女の娘が穴穂部間人皇女です。確証があるわけではありませんが、これが事実とするならば、聖徳太子には、16分の1のペルシャ人の血が流れていたことになります。太子が赤い髪の毛をしていたという伝承は、このことによって説明がつきます。


また、後に推古天皇を生む堅塩媛(きたしひめ)と小姉君の間の確執も、このことによっていっそう良く理解することができます。つまり、この腹違いの姉妹は共に欽明天皇の後宮に入ります。ところが、若くてきれいな小姉君へと天皇の愛は傾いてゆきます。それも分かるような気がします。エキゾチックなペルシャ人の血を引いている小姉君は、天皇の目には、さぞかし魅惑的に映ったことでしょう。


しかし、堅塩媛(きたしひめ)にしてみれば我慢のならないことです。このようなことを身近に見て来た娘の豊御食炊屋姫(とよみけかしきやひめ)も、当然、この混血児の叔母のことを良く思うはずがありません。母親からずいぶんとグチをきかされたことでしょう。この豊御食炊屋姫が推古帝です。


推古天皇は、後年、この小姉君の血を引き継いでいる皇子(聖徳太子も含めて)が天皇になることを極力避けようとしています。推古帝の身になってみると、2重の意味でこのような皇子を排除したかったでしょう。先ず「よそ者」の血が流れているということ。しかも、この混血児の叔母のために、自分の母親がつらい目にあってきたということ。このように考えてゆくと、つまり小姉君にペルシャ人の血が流れているとすれば、このあたりの事情が非常にすっきりと説明できます。


しかし、これだけに止まりません。なぜ、聖徳太子は厩戸王子と呼ばれたのか?母親の穴穂部間人皇女が宮中を見回るうちに、馬屋の前で産気づき、そこで出産したからという逸話が日本書紀などに見られます。これはキリストの生誕を彷佛とさせます。しかし、納得ゆくような説明が見当たりません。


ここで、聖徳太子の母親にペルシャ人の血が混じっていたこと、また彼女の回りにペルシャ人を含めて、多くの渡来人が居たことを考えると、このことも、非常にうまく説明がつきます。では、次のページでもっと詳しくこのことを見て行こうと思います。




この記事は次のページをコピーして編集したものです。


http://beaverland.web.fc2.com/oldhist/persia3.html




リンク元(referer)


Google.co.jp 聖徳太子 ペルシャ人
Google.co.jp えじ えそう
Google.co.jp 聖徳太子 ペルシャ
Google.co.jp 聖徳太子 ペルシャ人
Google.com 聖徳太子 物部 鎌足
Google.com 高句麗 聖徳太子
Google.com 聖徳太子 ペルシャ人
Google.co.jp 聖徳太子はペルシャ人か
Google.co.jp ペルシャ人
Google.co.jp 聖徳太子 ペルシャ人


(2008年7月13日現在)




『聖徳太子の個人教授にはペルシャ人がいた』より
 (2005年6月2日)



どうですか、卑弥子さん?。。。 京都の女子大学で腐女子たちに「日本文学と源氏物語」を講義している卑弥子さんにとっても 面白いと思えるでしょう?



いつものようにデンマンさんの理屈に引き込まれそうでござ~♪~ますわ。


僕は理屈を捏(こ)ね回しているわけではないのですよう。


根拠に基づいているとおっしゃるのでござ~♪~ますか?


もちろんですよう。 上の記事の中に貼ってあるすべてのリンクをたどって僕が書いた記事を読めば、納得できるように書いてあるのです。


デンマンさん。。。、あのですねぇ~。。。よほど暇がある人でない限り、デンマンさんが書いた記事をすべて読むなんて無理でござ~♪~ますわ。


でもねぇ、僕も驚いたのだけれど、上の中で引用されている記事は結構読まれているのですよう。


どうして分かるのですか?


アクセス解析で訪問者の数が分かるのですよう。 僕と同じように聖徳太子の時代に、壮大な歴史ロマンを感じている人が結構、たくさん居るのですよう。 上の記事を読むだけでも、国際的な広がりを感じませんか? 僕は源氏物語より面白いと思いますね。


デンマンさん!。。。あたくしは、これでも京都の女子大学で「日本文化と源氏物語」を講義している者でござ~♪~ますわ。


知ってますよう。


そのあたくしに向かって、“源氏物語よりも聖徳太子物語の方が面白い!”。。。デンマンさんは、そう宣(のたま)うのでござ~♪~ますか?


宣(のたま)うなんて、すごい事を言いますねぇ~ うへへへへ。。。


デンマンさん!。。。笑いで誤魔化さないでくださいな。 あたくしは真面目に腹を立てているのでござ~♪~ますわ。


分かりました。。。 僕は源氏物語がつまらない、と言っているのではないのですよう。。。 もちろん、源氏物語は世界的にも認められている素晴しい小説ですよう。。。 でもねぇ~、「聖徳太子物語」は、それ以上に歴史ロマンを感じさせる壮大な絵巻だと思っているのですよう。


でも、そう言う絵巻はござ~♪~ませんわ。


だから、僕がネットで立ち上げようかと。。。 『壮大なる歴史ロマン・聖徳太子物語』。。。 『レンゲ物語』と『小百合物語』に引き続いて、この歴史的大ロマンをスタートさせてみようかと。。。 うへへへへ。。。


デンマンさん。。。マジですか?


夕べ、そう言う夢を見たのですよう。


夢のお話でござ~♪~ますか?。。。 んで、上の“リンク元”と言うのは、どう言う事でござ~♪~ますか?


これは僕が書き加えたものではないのですよう。


誰が書き加えたのでござ~♪~ますか?


『宇宙の摂理ブログ』では、記事を読みにやって来た人のリンク元を上のように最新10個だけ記録するのです。つまり、10個の URL を自動的に書き込むようになっているのですよう。そういう機能が WABLOG のブログにはついているのです。 (デンマン注: WABLOG プロバイダーは 2010年以前に すでに店じまいしました!


「リンク元」に記録されている URL はデンマンさんの記事を読みにやって来る前に、ネットサーファーが居たページの URL でごさ~♪~ますか?


そうですよ。上の10人は、すべて検索エンジンで検索した結果の中に表れた僕の記事のタイトルをクリックして読みにやって来たのです。


それで、その人たちの IP アドレスまで分かるのでござ~♪~ますか?


もちろん、調べる気になれば分かりますが、そこまで記録するようにはなっていません。 だから、上の記録だけでは 読みにやって来た人の IP アドレスまでは分かりません。


。。。んで、多恵さんは卒業論文に聖徳太子を書くことに決めたのでござ~ますかァ?


そうです。。。 女性らしく、“聖徳太子の母親がペルシャ人だった可能性について”という題目で卒論を書こうと決めたのです。



(pergal.jpg)



マジで。。。?



僕はウソと卑弥子さんの尻はつかないことにしているのですよ。。。



(laugh16.gif)


 (すぐ下のページへ続く)


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by denman705 | 2017-07-12 03:31 | アクセス解析の面白い話


 


聖徳太子のチューター(PART 2)



【卑弥子の独り言】



(himiko22.gif) 


ですってぇ~。。。


最後のオチは、かなり下品なオシモのオチですわァ~。。。


なんだかオチの意味が解らないネット市民の皆様は、深く考えないようにしてくださいねぇ~。。。



(taishi01.gif)


多恵さんは卒業論文に“聖徳太子の母親がペルシャ人だった可能性について”という題目で書こうと決めたようでござ~ますけれど


あなたは、聖徳太子のママにペルシャ人の血が混ざっていたと考えられますか?



(persian02.gif)


マユツバものだと思うでしょう?


あたくしだってぇ、ちょっと信じられませんわよう。。。


むしろ、あたくしの“ヴィーナスのえくぼ”が最近、男性の目の保養になっているという事実の方が信じられると思うのですわァ~。


あなたは信じられないかもしれませんけれど、


最近、“ヴィーナスのえくぼ フィーバー”が起こっているのですわよう。。。


ええっ。。。 マジで信じられないのですかァ~?


じゃあ、ちょっと次の検索結果を見てくださいまし。。。



(gog60409a.png)


『拡大する』


『現時点での検索結果』


「卑弥子 女性の本当の魅力 ヴィーナスのえくぼ」と入れてGOOGLEで検索する殿方が多いのでござ~ますわァ。


つまり、あたくしの“ヴィーナスのえくぼ”を目当てにやって来るのですわァ~。。。


うふふふふふふ。。。


あなたも、ビックリするでしょう?


ジムに毎日通って“ヴィーナスのえくぼ”をゲットしたのですわよ。



(buttdimp5.jpg)


どうでござ~ますかァ?


ええっ。。。 あたくしのお尻だとは思えないのでござ~ますかァ~?


どうしてよう?


ええっ。。。 スタイルがよすぎると、おっしゃるのござ~ますかァ~?


あたくしが十二単を一枚、一枚脱いでゆくと、


最後には上のようなおヌードになるのですわよう。


信じてくださいましなァ~。。。


ところで、話は変わりますけれど、古代にはあなたの知らない雄大な、あるいはミステリアスな面白いお話があるのですわよう。。。


あなたのために平安史、古代史の興味深い記事を用意しましたわァ。


ぜひ お読みくださいねぇ~。。。


天武天皇と天智天皇は


同腹の兄弟ではなかった。
 


天智天皇は暗殺された 


定慧出生の秘密 


藤原鎌足と長男・定慧 


渡来人とアイヌ人の連合王国


なぜ、蝦夷という名前なの?


平和を愛したアイヌ人


藤原鎌足と六韜


古事記より古い書物が


どうして残っていないの?


今、日本に住んでいる人は


日本人でないの?


マキアベリもビックリ、


藤原氏のバイブルとは?


とにかく、次回も興味深い記事が続きます。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてください。
じゃあ、またねぇ~。。。



(hand.gif)


ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
(30june.jpg)



(surfing9.gif)




(sayuri5.gif)


ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。


卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。




(miya08.jpg)


『下衆のかんぐり』


『桓武天皇のママがネットで』


『ござが天皇とGOOGLE』


『一敗が三人に!』


『行田の黒い霧をはらう』


『ペルシャ人が飛鳥に』


『小柴垣草子』


『後白河上皇ダントツ』


『ブスと美人』


『死んでも生きてる』


『失意の太田将宏』



(annasalleh.jpg)


『オルフェと聖徳太子』


『源氏物語とおばさんパンツ』


『霊仙はなぜ毒殺されたの?』


『紫式部が地獄へ』


『破戒僧円載』


『アショーカ王の愛と苦悩』


『どら平太の世界』


『三四郎とデンマンさん』


『ヒトラーの姪』


『ゴヤと三島由紀夫』


『仏陀とキリストと娼婦』



(zurose2.jpg)


『ズロースと戦争』


『伊藤若冲ブーム?』


『ブッダと物理学』


『加藤清正ブーム?』


『愛憎と三輪山』


『松原智恵子 お尻ペンペン』


『坂本龍馬は流れ者か?』


『野ざらし』


『紫式部堕獄説』


『日本最古のポルノ?』


『源氏物語の性描写』


『寅さんの本棚と急行まつしま』


『ヒトラーは草食系?』


『ブッダとキリストと娼婦』


『顔文字とオナラ』



(hama10.jpg)


『宝暦の恨みを明治維新で』


『デウキと紅葉@行田』


『薄い陰毛と紅のボートピープル』


『江戸の閨房術』


『ずるがしこい現代人』


『春画@源氏物語』


『千早振る』


『あれっ、松本清張』


『キスと源信』


『伎楽は呉から…?』


『紺瑠璃杯に魅せられて』


『神聖娼婦 マリア』


『安徳帝は生きていた』


『白石川の桜』


『ブログ村のマリア様』


『萌える済子女王』


『ピンク桃色@徒然』


『富沢金山の桜』


『ピンク桃色村』


『紫式部@徒然』


『絵里香@ペルー』


『ペルシャ人の楊貴妃』


『ん?佐伯今毛人』


『文学と歴史とウソ』


『百人一首ミステリー』


『芭蕉と遊女再び』


『映画とロマン@仙台』


『源氏物语中的性描写』


『忘れられた歴史ロマン』


『おばさんパンツ@サンホセ』


軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
(godiva05.jpg)



(byebye.gif)


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by denman705 | 2017-07-12 03:30 | アクセス解析の面白い話


 


ペルシャ人の楊貴妃 (PART 1 OF 3)


 



(yang04.jpg)



(youkihi2.jpg)



(bettywk2.gif)



(himiko12.jpg)


 




(himiko22b.gif)


デンマンさんはマジで楊貴妃がペルシャ人だったと信じているのでござ~♪~ますかァ?



(kato3.gif)


。。。ん? 楊貴妃がペルシャ人だった?


だってぇ~、タイトルにそのように書いているではござ~ませんかァ?


うん、うん、うん。。。 確かに、そのように思うネット市民もたくさんいるのですよ。。。


あらっ。。。 その証拠でもあるのでござ~ますかァ?


ちょっと次のリストを見てください。。。



(liv70511a.png)



『拡大する』


『楊貴妃もペルシャ人?』



これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の日本時間で5月10日の午後7時53分から11日の午前3時までの約7時間の「生ログ」の一部だよ。。。 赤枠で囲んだ箇所を見て欲しい。。。



あらっ。。。 5月10日の午後9時6分に2009年10月6日にデンマンさんが投稿した『楊貴妃もペルシャ人?』を読んだネット市民が居たのですねぇ~。。。


そうです。。。 和歌山県の田辺市に住んでいる若山 辰子(わかやま たつこ)さんが読んだのです。。。


どのよにして若山 辰子が読んだということを突き止めたのでござ~ますか?


次のようにIPアドレスを調べたのです。。。


IPアドレス: 119.10.163.129 和歌山県の田辺市に住んでいる若山 辰子(わかやま たつこ)さん
(ip163129b.png)


『拡大する』



あらっ。。。、また写真まで貼り出して若山 辰子(わかやま たつこ)さんを紹介していますけれど、アクセスポイントは確定できても プライバシーを守るためにアクセス者の名前までは絶対にゲットできないのですわァ~。。。



あのねぇ~。。。 卑弥子さんは厳しいツッコミを入れるけれど、話が前へ進まないから、ツッコミを撤回してサラリと僕の話を聞いてくれませんか?


デンマンさんが そのように言うのであれば、仕方がありませんわ。。。 でも。。。、でも。。。、上の写真の人物はなんとなくジュンコさんに似ていますわねぇ~。



(junko25.jpg)



実は、和歌山県の田辺市に住んでいる辰子さんはジュンコさんの従妹ですよ。。。



でも。。。、でも。。。、ちょっと似すぎていませんかァ~?


卑弥子さん!。。。 んもおおおォ~。。。! どうして、そうたびたびツッコミを入れるのですか?。。。 話が前へ進まないから、ツッコミを撤回してサラリと僕の話を聞いてくれませんか?


分かりましたわァ。。。 デンマンさんが そのように言うのであれば、仕方がありませんわ。。。 でも。。。、でも。。。、若山辰子さんが「楊貴妃はペルシャ人かもしれない?」と疑問を持ちながら『楊貴妃もペルシャ人?』を読んだとしても、それは単なる偶然の出来事かもしれませんわァ~。。。


それが単なる偶然ではないのですよ。。。 次のリストも見てください。。。



(liv70520a5.png)



『拡大する』


『楊貴妃もペルシャ人?』



これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の日本時間で5月19日の午後4時57分から午後8時までの約3時間の「生ログ」の一部だよ。。。 赤枠で囲んだ箇所を見て欲しい。。。



あらっ。。。 5月19日の午後5時36分にGOOGLEで検索して デンマンさんが投稿した『楊貴妃もペルシャ人?』を読んだネット市民が ここにも居たのですわねぇ~。。。


そうです。。。 神奈川県横浜市に住んでいる洋木 妃瑠子(ようき ひるこ)さんが読んだのです。。。


またIPアドレスを調べて洋木 妃瑠子(ようき ひるこ)さんが読んだことを突き止めたのでござ~ますかァ?


そうです。。。


IPアドレス: 126.188.70.230 神奈川県横浜市に住んでいる洋木 妃瑠子(ようき ひるこ)さん
(ip70230b.png)


『拡大する』



あらっ。。。、また写真まで貼り出して洋木 妃瑠子(ようき ひるこ)さんを紹介していますけれど、このイラストはベティ~さんじゃござ~ませんかァ!?



(bettywk2.gif)



卑弥子さんは、どうして そのようにツッコミを入れないと気がすまないのですかァ~?



だってぇ~、マジで似ていますわァ~。。。


あのねぇ~、ここで本人の写真を出すわけにはゆかないのですよ。。。 プライバシーを保護する必要がありますからねぇ~。。。


分かりましたわァ。。。 洋木 妃瑠子(ようき ひるこ)さんの写真がゲットできないのでベティ~さんのイラストで代用したのですわねぇ~。。。


まあァ~、そういうことですよ。。。 (モナリザの微笑)


。。。で、お二人は『楊貴妃もペルシャ人?』を読んで楊貴妃がペルシャ人だということを納得したのでござ~ますかァ?


そうです。。。 そういうこともあり得るということを納得したのですよ。。。 僕は聖徳太子にペルシャ人の血が流れている、ということを記事で書いたことがある。。。 それに対して軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが励ましのメールを寄越したことがあるのです。。。




(sayuri80.jpg)


 


Subj:ブログも歴史編になり


ますます 力 が入ってますね


\(^_^)/




(foolw.gif)


 


Subj:虫の知らせと言うのでしょうか?


小百合さんからメールがあるような


気がしました。


\(^o^)/キャハハハ。。。


Date: 02/03/2008 7:02:55 PM
Pacific Standard Time
日本時間: 3月3日午後0時2分
From: barclay1720@aol.com
To: fuji@adagio.ocn.ne.jp


 



ブログも歴史編になり
ますます 力 が入ってますね


そうですよう。
今日の『小百合物語』は、かなり頑張って書いたのでライブドアでは1ページにまとまりきらずに
2ページになってしまいました。
確かに、最近、歴史の事や文学の事が多くなりました。
今日も万葉集の事と大化の改新が出てきますよ。
題して『ん?社会派?』



(strike5.jpg)


■ 『ん?社会派?(2008年3月3日)』


すでにライブドアに投稿して推敲も済ませましたよ。
時間があったらぜひ読んでみてくださいね。


小百合さんの、あの“思い出し笑い”のメールを使わせてもらいましたよ。
ありがとう!


あのメールは、メチャ使い道がありますよう!
\(@_@)/ キャハハハ。。。



今日はたまっていた、返信と検索が多い日です。


虫の知らせと言うのでしょうか?
小百合さんからのメールが、クリックするとあるなあああぁ~
僕はそう思いながらメールボックスをクリックしたのですよ。
あったア~!\(@_@)/うしししし。。。
こんな気持ちでしたよ!


やはり“以心伝心”ってあるものですよねぇ~。
小百合さんからのメールがありそうな気がしたものです。


デンマンでした。


じゃあね。



(byebye.gif)




『楊貴妃もペルシャ人?』より
 (2009年10月6日)



ええ、あたくしも上のメールを読んで思い出しましたわ。。。 聖徳太子にペルシャ人の血が流れている、と言うお話は興味深くお伺いしたのでござ~♪~ますわ。 でも、楊貴妃にまでペルシャ人の血が流れている、と書くと多くの人が馬鹿バカしいと思って、デンマンさんの書いたものを全く信用しなくなると思うのでござ~♪~ますう。



つまり、京都の女子大学で「日本文化と源氏物語」を講義している卑弥子・准教授にとっても、楊貴妃の体内にペルシャ人の血が流れていた、と言う事は馬鹿バカしい事なのですかァ~?


あたくしは、デンマンさんに向かって馬鹿バカしいなどと。。。 おほほほほ。。。 そのような大それた事は、とっても申し上げられないのでござ~♪~ますわァ。


でも、言ってしまったでしょう!


おほほほほ。。。 言えないと言っているのでござ~♪~ますわ。。。 うふふふふ。。。


でも、言ってしまったのですよう。 卑弥子さんも、やっぱり僕の話が荒唐無稽(こうとうむけい)だと思っているのですねぇ~?


だってぇ~。。。 楊貴妃は、誰が考えたって中国人でござ~♪~ますわァ。


しかしねぇ~、「楊貴妃は中国人だった?」と言うタイトルにしたら、それこそ、もっと滑稽になってしまうでしょう?


もちろんですわ。 当然のことを質問するようなものでござ~♪~ますものォ。。。


だから、"ペルシャ人の楊貴妃"とした方が、タイトルとして読者をひきつけるでしょう?


でも、タイトルを見ただけで、ほとんどの人が馬鹿バカしいと思って無視すると思うのでござ~♪~ますわ。


やっぱり、卑弥子さんも馬鹿バカしいと思うのですねぇ~?


いいえ。。。 あたくしは、アホらしいなどと思いませんけれど、そのような事を書けば、多くのネット市民の皆様がデンマンさんはオツムがイカレテしまったのではないか? そう思う人が居る、と申し上げているのでござ~♪~ますわァ。 おほほほほ。。。


やっぱり、卑弥子さんは信じようとしないのですねぇ~?


だってぇ~。。。あまりにも奇抜でござ~♪~ますわア。。。 せめて、「楊貴妃は日本人だった?」とか「楊貴妃は韓国人だった?」とか。。。その程度にとどめておくべきですわァ~。。。 うふふふふふ。。。


楊貴妃が日本人であったはずがないでしょう?


だったら、「楊貴妃はペルシア人だった」、と言う事は、もっと可能性のないことでござ~♪~ますわ。


それは、卑弥子さんが楊貴妃が純粋な中国人だと思い込んでしまっているからですよう。


だってぇ、どの本を読んでも楊貴妃は中国人だと書いてありますわよう。


あのねぇ、人類学の本を読めば、人類はアフリカで誕生した事が書いてあるのですよう。 つまり、その当時、中国には人類は居なかった。


つまり、アフリカ原人が中国に歩いていって中国人になった。。。デンマンさんは、そうおっしゃるのでござ~♪~ますか?


もちろん、アフリカ原人が中国人になるまでには何十万年と言う年月がかかっているのですよう。 アフリカと中国の間にペルシャがある。 それで、ペルシャで足踏みしていた時にペルシャ人になった。 それから何万年かの後に中国にたどり着いた。 それで中国人になったのですよう。


だから、その中国人から生まれたのが楊貴妃でござ~♪~ますわ。。。だから、中国人なのですわ。


確かに、その通りなのです。


それなのに、どうしてまた時間をタイムスリップさせて、楊貴妃がペルシャ人だったなんて、こじ付けをなさるのでござ~♪~ますかァ?


あのねぇ~、僕だって、「楊貴妃もペルシャ人だった」と言うのを初めて目にした時には、馬鹿バカしいと思ったものです。


そうでござ~♪~ますでしょう? 誰だって、そう思いますわよう。。。 んで、どこでそう言うタイトルを見たのでござ~♪~ますか?


卑弥子さんだって、僕の記事を読んだのだから、目にしているはずですよう。


そのような事がデンマンさんが書いた記事の中に出てきたのでござ~♪~ますか?


出てきたのですよう。 次の記事の中にちゃんと出てきたのですよう。


■ 『聖徳太子の家庭教師 (2008年7月15日)』


あたくしは覚えていませんわ。


GOOGLEの検索結果の中に出てきたのですよう。卑弥子さんのために、もう一度書き出しますよう。 読んでくださいね。



「聖徳太子 ペルシャ人」 の検索結果


約 2,860 件



(persepo2.jpg)


1) 聖徳太子はペルシャ人


チョコバットで2000本安打 - Yahoo!ブログ2008年7月1日 ... 子供の頃から大好きな「チョコバット」で2000本安打を達成し名球会 入りを目指す男のブログ。 (猫 写真 古着)
http://blogs.yahoo.co.jp/y_0291/53915263.html - 34k


2) 聖徳太子は実在したのか


神護景雲と花鳥風月な日々~007の ...2008年7月8日 ... 最近昔習った歴史が覆されることが多いですね。 必死に覚えた年号等なんだったやねんー!と叫びたい(^m^) TVか雑誌の記事だったかな。聖徳太子はペルシャ人?!というのを見かけました。もう全然わかりません(≧▽≦;) ...
http://blogs.yahoo.co.jp/japanbaseball007/55045713.html - 104k


3) 聖徳太子はペルシャ人だった


異端会議ソロ/ウェブリブログ 日本史ミステリーの予告編を視ていたら「聖徳太子はペルシャ人だった。」という内容の予告編が(笑)。 サブテロップを見ると「楊貴妃も遣隋使も・・・」とあったように思えたのだけど、要は太子の都「斑鳩の里」においてペルシャ文化の影響を受けてこの ...
http://conie.at.webry.info/200807/article_1.html - 21k



4) 聖徳太子の母親はペルシャ人だった?


宇宙の摂理ブログ聖徳太子の母親はペルシャ人だった? 聖徳太子の母親は ペルシャ人だった? 渡来人 聖徳太子とその時代を考えるとき、私たちは日本古代史の中で考えようとします。昔の日本で起こったことを考えるのだから、それも当然のことのように思えます。 ...
http://barclay.wablog.com/4.html - 95k


5) 聖徳太子の個人教授には


  ペルシャ人がいた


宇宙の摂理ブログ確証があるわけではありませんが、これが事実とするならば、聖徳太子には、16分の1のペルシャ人の血が流れていたことになり ... ここで、聖徳太子の母親にペルシャ人の血が混じっていたこと、また彼女の回りにペルシャ人を含めて、多くの渡来人が居た ...
http://barclay.wablog.com/3.html - 98k




(2008年7月10日午後4時現在)


『「聖徳太子 ペルシャ人」 現時点での検索結果』



つまり、「楊貴妃も遣隋使も・・・」という部分は「楊貴妃も遣隋使も(ペルシャ人だった)・・・」という事でござ~♪~ますか?



文脈に従って読めば、そのようになるのですよう。 卑弥子さんだって、そう思ったのでしょう?


ええ。。。 確かに、そうなるのではないか?そう思ったのでござ~♪~ますわ。。。でも。。。、でも。。。、まさか、デンマンさんはマジで信じているわけではないのでしょう?


僕も、初めて目にした時には馬鹿バカしいと思ったのですよう。 でも、すぐに僕は思い返したのですよう。


どうしてでござ~♪~ますか?


僕はかつて楊貴妃の記事を書いたのだけれど、その中で、もしかすると楊貴妃の体にはペルシャ人の血が流れているのではないか?。。。僕自身が、そのような事を書いた覚えがあるのですよう。


マジで。。。?


もちろんですよ。


それで、デンマンさんが書いた、その楊貴妃の記事って、どの記事でござ~♪~ますのォ~?


GOOGLEで検索したらすぐに分かりました。


 (すぐ下のページへ続く)


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by denman705 | 2017-05-24 04:39 | アクセス解析の面白い話


 


ペルシャ人の楊貴妃 (PART 2 OF 3)





「楊貴妃 ペルシャ人 デンマン」の検索結果



(youkihi3.jpg)


Results 1 - 15 of 15


for 楊貴妃 ペルシャ人 デンマン.


1) むっちり楊貴妃 PART 2


デマンのブログ-上の楊貴妃の像を造った彫刻家も、明らかに欧米の美人観の影響を受けていますよ。欧米と言って語弊がある
聖徳太子の個人教授にはペルシャ人がいた by デンマン ...
http://blog.goo.ne.jp/denman/e/b4a4ae36f35d3368a8f79a94b5e19e6c - 67k


2) むっちり楊貴妃 PART 3


デンマンのブログ デンマンが徒然につづったブログ
そういう時にペルシャ人の血が入っているハーフの楊貴妃を目にした。うわさ通りの、透き通るような色白の肌をして、純粋な中国娘 ...
http://blog.goo.ne.jp/denman/e/04481f217df028e4d8d605012ec26b8e - 66k


3) 徒然ブログ:むっちり楊貴妃


27 Mar 2008 ... それが今日のタイトルの“むっちり楊貴妃”と関係あるのですか? ..... 聖徳太子の個人教授にはペルシャ人がいた by デンマン ...
http://blog.livedoor.jp/barclay1720/archives/51234510.html - 35k


4) 徒然ブログ:聖徳太子はペルシャ人


13 Jul 2008 ... つまり、マンネリ化してつまらなくなったから、デンマンさんは聖徳太子の事を持ち出したのですわよね。 はっきり言って、聖徳太子がペルシャ人だ ...
http://blog.livedoor.jp/barclay1720/archives/51316828.html - 36k


5) むっちり楊貴妃 宇宙の摂理ブログ


それが今日のタイトルの“むっちり楊貴妃”と関係あるのですか?
ところで、デンマンさんが 飛鳥時代に日本に居たであろうペルシャ人について ...
http://barclay.wablog.com/1897.html - 119k


6) 美容と入浴とアラビアン・ナイト


宇宙の摂理ブログ Google.com 楊貴妃 ペルシャ人
トラックバックURL. コメント
この中ではデンマンと呼ばれていますが、デンマンというハンドル名はGOOに居るときに使っていたもの ...
http://barclay.wablog.com/1531.html - 97k




(2008年7月15日午前7時現在)


「現時点での検索結果」より



この上の検索結果に表示されているけれど、僕は次の記事の中で楊貴妃がペルシャ人の血を受け継いでいるのではないかと書いたのですよう。


『むっちり楊貴妃 (2008年3月27日)』



どう言う訳で楊貴妃にペルシャ人の血が流れているのでござ~♪~ますか?


すでに書いたことだから、その箇所をここに書き出しますよう。 卑弥子さんと話しながら書いたのですよう。 でも、卑弥子さんはすっかり忘れてしまったのですねぇ?


だってぇ~、デンマンさんとの話題はいろいろなんですものォ~。。。 いちいち覚えていられませんわぁ~。


とにかく、読んでみてください。



楊貴妃はペルシャ人だったの?



(youkihi2.jpg)



(himiko22b.gif)


中国人の中にもグラマーな女性が美人だと思う人が居るのでござ~♪~ましょうか?



(kato3.gif)


もちろん居ますよ。 上の楊貴妃の像を造った彫刻家も、明らかに欧米の美人観の影響を受けていますよ。 欧米と言って語弊があるならば古代ギリシャの影響と言い換えることもできますよ。



(venusmiro5.jpg)


このミロのビーナスを見るとき、楊貴妃の像を制作した彫刻家がこのビーナスの像を参考にしたような気がするほどですよ。


楊貴妃が生存していた唐の時代にも、ミロのビーナスのような女性が美しいと考えていた中国人が居たのでござ~♪~ましょうか?


居たのですよ。


証拠でもあるのでござ~♪~ますか?


ありますよ。 次の像を見てくださいよ。



(bosatsu3.jpg)


これは、あの有名な敦煌の莫高窟(ばっこうくつ)、第45窟の菩薩像です。唐の時代に造られたと言われているものです。


この像がミロのビーナスの影響を受けているのでござ~♪~ますか?



(silkmap2.jpg)


 


古代ギリシャ時代に作られたミロのビーナスとは、地理的に見て全く関係なさそうに見えるけれど、実は関係があるのですよ。


どのようにでござ~♪~ますか?


次のガンダーラの仏像を見てください。



(gandhara2.jpg)


如来坐像 ガンダーラ クシャン王朝 紀元2~3世紀



ガンダーラ (Gandhara)


ガンダーラ地方は、現在のパキスタンの西北部にあり、中心はペシャワールやその北部のスワット地方。
たくさんの遺跡が残っている。
「ガンダーラ」は、「ガンダ・ハル=いい匂い」の意味から来ている。


紀元前380年頃までにペルシャの支配は弱まり、多くの小王国がガンダーラを分割支配した。
紀元前327年にはアレクサンドロス大王がガンダーラに侵攻したが、大王はこの地に1年も留まらなかった。


同じ頃、マウリヤ朝のチャンドラグプタ王はタクシラにあったが、紀元前305年にはセレウコス朝を破り、アフガニスタン南部を支配下に収めた。
その後、1世紀半にわたりマウリヤ朝がこの地を支配した。


チャンドラグプタの孫アショーカ王は熱心な仏教徒となり、ガンダーラに多くの仏塔を建立した。
紀元前1世紀頃から仏教の大中心地となった。


その後、マウリヤ朝が衰退してインド亜大陸に退くと、ギリシャ系のバクトリアがこの地に勢力を拡張した。


実は古代ギリシャ世界のあの有名なアレクサンドロス大王がガンダーラにもやってきたのですよ。この影響が上のガンダーラの仏像にもはっきりと影響を残しているのです。



ガンダーラがギリシアの植民地だった


アレクサンダー大王の遠征(前327~前325)によって、ガンダーラがギリシアの植民地となります。
アショーカ王(前3世紀)以後マウリヤ王朝とともに仏教および仏教文化が入ることによって、ギリシア文化と仏教文化が次第に混ざり合ってゆきます。


これにインド中央部の伝統美術の影響も加わっていきます。
この複合文化は紀元後2~3世紀を頂点として、かなり長い間ガンダーラ仏教美術は栄えました。


特にカニシカ王は仏教を信奉し、仏教と仏教美術、学問を保護し、首都プルシャプラに仏教寺院・塔を建立して、ギリシア人の芸術家を呼びよせています。
ギリシアの写実的様式および技法で、仏教のテーマやモチーフを表現しているのが上のガンダーラの仏像には、ありありと見て取れます。


ガンダーラの彫刻は、もともと建造物を荘厳に見せるために造られました。
また仏教建築の装飾にコリント式列柱やギリシア風の文様が使われています。


仏像をよく見ると鼻や額が高く、唇が薄く、髪は波打ち、西洋風の顔立ちが一目見ただけでもよく分かります。
仏教は、もともと偶像は作りませんでしたが、仏教を分かりやすく伝えるために次第に控えめに表現された仏像が出現します。


ガンダーラ仏像の特徴は、自然な人間らしい姿を現しています。
法衣の襞にギリシア風の影響がみられます。


実際、上のようなガンダーラ仏が日本へもかなり伝わっています。
その一つを次のリンクをクリックすると見ることができます。



■ 『嶽林寺のガンダーラ仏』


大峰山 嶽林寺 (群馬県利根郡月夜野町1697)


仏像が伝わっていたという事実は、それを製作した石工たちも日本へ来ていたという可能性が十分にあります。
ギリシャ人がやってきていた、とは言いませんが、彼らの血を引いたペルシャ人は、かなりの数日本へやってきていたようです。


つまり、彼らは、ギリシャの様式や、技法をも身に付けていたのです。
ですから、法隆寺にエンタシスがあることも決して不思議ではないのです。


日本へやって来たペルシャ人やペルシャの文物、またギリシャ文化の影響については次に示すページで説明しています。


■ 飛鳥とペルシャ(波斯) 石人男女像の謎


■ ペルシャ人の石工が飛鳥にやって来た


■ 飛鳥坐(あすかざ)神社の神事と古代ギリシャのディオニソス神話


■ 聖徳太子の母親はペルシャ人だった?


■ 聖徳太子の個人教授にはペルシャ人がいた


by デンマン




『エンタシス史観 (2003年10月12日)』より


上の莫高窟(ばっこうくつ)の菩薩像は、このガンダーラ仏像の影響を受けているとデンマンさんは考えているのでござ~♪~ますか?


当然ですよ。 すぐ上の囲み記事を読んでも、ペルシャ人の石工が日本まで行った可能性が充分に考えられるのですよ。 日本までの距離を考えれば、ガンダーラと敦煌は目と鼻の先ですよ。


古代ギリシャの文化がペルシャ人に伝わったと言うのは理解できましたが、その古代ギリシャ文化が唐の時代にペルシャ人を通じて中国人に伝わったのでござ~♪~ましょうか?


伝わっていたのですよ。


証拠でもあるのでござ~♪~ますか?


あります。 詩人・李白(701ー762)が作った「少年行」という詩があるのですよ。



少年行


五陵の年少、金市の東


銀鞍白馬、春風を渡(わた)る


落花(らっか)踏み尽くして、


何(いず)れの処(ところ)にか遊ぶ


笑って入る、胡姫酒肆(こきしゅし)の中



盛り場を貴公子が春風の中、馬に乗って走っていく。


白馬に銀の飾りのついた豪華な鞍をつけている。


見るからに金持ちの貴公子です。


花びらを踏み散らしながらどこへ行くのかと李白が見ていたら、


やがて胡姫酒肆の中へ入っていった。



酒肆というのは酒場のことです。 この詩の中に現れる胡姫という言葉に注目してください。 胡という字はもともとは異民族という意味で使っていたのですが、唐の時代になるとペルシャ人をさすようになります。 中国語では別に「波斯」と書いてペルシャのことをそう呼びます。 これはペルシャ語によるペルシャの発音「ファルシー」の音訳です。


つまり、「胡姫」というのは胡の姫、ペルシャ人の女の子でござ~♪~ますか?


その通りですよ。 だから胡姫酒肆とくれば、もう決まっていますよね。 エキゾチックな可愛いペルシャ娘がお酌をしてくれるキャバレーですよ。 うしししし。。。



(himiko12.jpg)


こんな感じのペルシャ人のお姉さんがお酌をしていたのかもしれませんよ。


でも、ペルシャ人は極めて少なかったのでござ~♪~ますでしょう?


いや、それが意外に多かったようですよ。 この当時の長安(現在の西安)は国際都市だったのですよ。


どうして、そのような事が分かるのでござ~♪~ますか?


「安史の乱」がなかったら、そもそも白楽天は『長恨歌』を作ることはなかったでしょう。 その「安史の乱」を起こした安禄山(あんろくざん)はペルシャ人だったのですよ。


マジで。。。?


もちろんですよ。 正確にはソグド人(ペルシア系のオアシス農耕民族)と突厥人(トルコ系の遊牧民族)の混血だと言われています。 とにかく、容貌も体型も中国人とはかけ離れていた。 なにしろ、体重が200キロを越す巨漢だった。


つまり、中国に帰化した外国人だったのでござ~♪~ますか?


その通りですよ。 この人の生まれはサマルカンドだった。



サマルカンド (Samarkand)



(silkmap2.jpg)


 


紀元前10世紀ころからイラン系民族のオアシス都市として発展した。
ギリシャ史料で紀元前4世紀のアレクサンドロス3世率いるマケドニア王国遠征軍に最後まで抵抗したソグド人の都市「マラカンダ」の名で知られる。


『後漢書』などの漢文資料では康国として知られている。
玄奘三蔵や後世のアラビア語、ペルシア語の地理書によればソグディアナ、マーワラーアンナフルの中心と呼ばれている。


都市国家の連合体であったソグディアナではサマルカンドの支配者が、時には都市国家連合全体を盟主として采配を振るった。
8世紀初頭にはサマルカンド王デーワーシュティーチュが「ソグドの王」を名乗っている。


当時の中国の首都・長安も国際都市だったけれど、このサマルカンドは、まさに国際都市の中の国際都市だった。 そう言う訳で、安禄山は6ヶ国語に堪能であったため、初め互市郎(貿易官)に任じられたのですよ。 その後、軍功を立て出世してゆき、742年には節度使になり、その後は玄宗と楊貴妃に取り入り、二つの州の節度使を拝命し、まもなく三つの州の節度使を兼任する事になった。


つまり、この当時外国人に対する偏見は中国人は持っていなかったのでござ~♪~ますわね?


僕は思うのだけれど、長安が国際都市だったことを考えると、楊貴妃がハーフだったのではないか?僕はそう思っているのですよ。


どうして、そのように思ったのでござ~♪~ますか?



長恨歌(ちょうごんか)


漢の王は長年美女を求めてきたが、どの女性にも満ち足りないものを感じていた。
ところが、ついに探し求めていた美女に出会った。楊家の娘だった。


 (中略)


楊貴妃は、そもそもは玄宗皇帝の子息の一人の妃であった。
さすがに息子から妻を奪うのをはばかり、いったん道士となった後で玄宗の後宮に迎え入れられている。
太真は楊貴妃の道士時代の名。


 (中略)


温泉の湯水がなめらかに凝脂を洗う、と表現されるように、むっちりとした白い肌の持ち主だった。




『あっちかち (2008年3月25日)』より


このあらすじを読んだ時に、玄宗皇帝のこだわりようが常軌を逸している、と僕には思えたのですよ。


それ程常軌を逸しているでしょうか?


自分の息子の嫁を取り上げてしまったのも同然ですよ。 ちょっと、平凡な人には考えも及びませんよ。


そうでしょうか?


つまり、玄宗皇帝は、普通の中国人の女性ではどうしても飽き足らなかったのですよ。 楊貴妃は、かなり変わった女性だったのではないか? 要するに日本人の男が金髪の白人の女性に魅力を感じるようなものですよ。


デンマンさんも、金髪の白人女性にそのような魅力を感じた事がござ~♪~ましたか?


ありましたよ。 おそらく、宮殿の庭園でも歩いていたハーフの楊貴妃を玄宗皇帝は目にしたのでしょうね。 李白が「少年行」を詠んだように、当時の長安ではペルシャ人の娘が人気を呼んでいたのですよ。 玄宗皇帝も、うわさを耳にしていた。 そういう時にペルシャ人の血が入っているハーフの楊貴妃を目にした。 うわさ通りの、透き通るような色白の肌をして、純粋な中国娘にはない異国情緒が表情に表れている。 それがメチャ魅惑的に見えた。 一目見て玄宗皇帝は楊貴妃の異国風な魅力の虜になってしまったのですよ。


そうでしょうか?


そのような特徴的な女性を想定しない限り、いろいろと手の込んだ事をして自分の息子の嫁を取り上げるなんてしないと思うのですよ。


う~♪~ん。。。 でも、楊貴妃がハーフだったなんて聞いた事がござ~♪~ませんわ。


でもねぇ、状況証拠ならばたくさんありますよ。 安禄山が玄宗と楊貴妃に取り入って、二つの州の節度使を拝命し、まもなく三つの州の節度使を兼任する事になった、と言う事だって、楊貴妃自身がハーフであれば抵抗なく受け入れられる話ですよ。


そうでしょうか?


つまり、この当時の長安は国際化がかなり進んでいて、美人観も古代ギリシャの影響が強くでていたのですよ。 ハーフの楊貴妃は当然のことながらミロのビーナスのような体型に近かったでしょう。 もちろん肌も白人に近い白い肌だったでしょう。 そのような魅力が玄宗皇帝を虜にしてしまったのですよ。 どうですか。。。? 卑弥子さんも、そう思いませんか?


でも、大理石の楊貴妃のムッチリした像を作った彫刻家は、そのような事を知っていたのでござ~♪~ましょうか?


もちろん、知らなかったでしょう? 多くの中国人と日本人のように、楊貴妃は柳腰で細面の表情をしていた、と信じていたはずですよ。 それは、中国に現在残っている楊貴妃の絵を見れば分かります。


それなのに、どうして華清池の像を制作した彫刻家はムッチリとした楊貴妃の像を造ったのでござ~♪~ますか?


それが我々の遺伝子の中に組み込まれている美人観だと僕には思えるのですよ。 つまり、ムッチリとした腰と言うのは、骨盤が広い安産に適した体型ですよ。 楊貴妃の像を作った彫刻家もミロのビーナスの自然な美しさに感銘を受けて、それを参考にして華清池の楊貴妃の像を造ったのだと思いますよ。


。。。んで、柳腰の細面は。。。?


それは、纏足(てんそく)美人観ですよ。 つまり、人為的に女性の自由を制限して考え出された美人観だから、我々の遺伝子に組み込まれている美人観とは違っているのですよ。


古代ギリシャの美人観は、より自然な発想から生み出されたものだ、とデンマンさんはおっしゃるのですか?


そうですよ。 より自然で、より人類の幸せと発展にかなった美人観ですよ。 つまり、安産型の美人観です。 僕には、そう思えるのですよ。




『むっちり楊貴妃 (2008年3月27日)』より



どうですか、卑弥子さん?。。。面白いでしょう?



いつものようにデンマンさんの理屈に引き込まれそうでござ~♪~ますわ。


僕は理屈を捏(こ)ね回しているわけではないのですよう。


根拠に基づいているとおっしゃるのでござ~♪~ますか?


もちろんですよう。上の記事の中に貼ってあるすべてのリンクをたどって僕が書いた記事を読めば、納得できるように書いてあるのですよう。


デンマンさん。。。、あのですねぇ~。。。よほど暇がある人でない限り、デンマンさんが書いた記事をすべて読むなんて無理でござ~♪~ますわ。


でもねぇ、僕も驚いたのだけれど、上の中で引用されている記事は結構読まれているのですよう。


どうして分かるのですか?


アクセス解析で訪問者の数が分かるのですよう。 僕と同じように唐の時代に、壮大な歴史ロマンを感じている人が結構、たくさん居るのですよう。 上の記事を読むだけでも、国際的な広がりを感じませんか? 僕は源氏物語より面白いと思いますね。


デンマンさん!。。。あたくしは、これでも京都の女子大学で「日本文化と源氏物語」を講義している者でござ~♪~ますわ。


知ってますよう。


そのあたくしに向かって、“源氏物語よりも楊貴妃物語の方が面白い!”。。。デンマンさんは、そう宣(のたま)うのでござ~♪~ますか?


宣(のたま)うなんて、すごい事を言いますねぇ~。。。 うへへへへ。。。


デンマンさん!。。。笑いで誤魔化さないでくださいな。 あたくしは真面目に腹を立てているのでござ~♪~ますわ。


分かりました。。。 僕は源氏物語がつまらない、と言っているのではないのですよう。 もちろん、源氏物語は世界的にも認められている素晴しい小説ですよう。 でも、「楊貴妃物語」は、それ以上に歴史ロマンを感じさせる壮大な絵巻だと思っているのですよう。


でも、そう言う絵巻はござ~♪~ませんわ。


だから、僕がネットで立ち上げようかと。。。『壮大なる歴史ロマン・楊貴妃物語』。。。『レンゲ物語』と『小百合物語』に引き続いて、この歴史的大ロマンをスタートさせてみようかと。。。うへへへへ。。。


デンマンさん。。。 マジですか?


夕べ、そう言う夢を見たのですよう。



(laugh16.gif)


 (すぐ下のページへ続く)


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by denman705 | 2017-05-24 04:38 | アクセス解析の面白い話


 


ペルシャ人の楊貴妃 (PART 3 OF 3)



【卑弥子の独り言】



(himiko22.gif) 


ですってぇ~。。。


どうですか? あなたは楊貴妃がペルシャ人だったということを信じることができますかァ?


信じられなくても、ペルシャ人の血が少しは流れているという可能性はあるでしょうねぇ~。。。


ところで、あたくしには紫式部の血が流れているのでござ~ますわァ。。。


信じられないでしょう?


では、あたくしの次のお話を読んでくださいませぇ。。。



(genjiero4.jpg)


『卑弥子の源氏物語』


どうですか? あたくしが“平成の紫式部”だと納得がゆきましたかァ~?


ええっ。。。 ちょっと納得がゆかないのでござ~ますかァ?


でもねぇ~、あたくしは 一応 京都の女子大学で腐女子たちに「日本文化と源氏物語」を講義しているのでござ~ますゥ。


だけど、どういうわけか結婚相手が 現れないのですわよゥ。


あたくしは別に高望みはしていないのでござ~ますう。


“寅さん”のような人でもいいのです。。。


ついでだから、寅さんの映画でも見てください。



(tora019.jpg)



ちなみに、紫式部のお話も面白いですけれど、古代の話も心にしみます。


たまには、日本の古代史の記事も読んでくださいませぇ。


そういうわけで あなたのために平安史、古代史の記事を用意しました。


ぜひ 覗いてみてくださいねぇ~。。。


天武天皇と天智天皇は


同腹の兄弟ではなかった。
 


天智天皇は暗殺された 


定慧出生の秘密 


藤原鎌足と長男・定慧 


渡来人とアイヌ人の連合王国


なぜ、蝦夷という名前なの?


平和を愛したアイヌ人


藤原鎌足と六韜


古事記より古い書物が


どうして残っていないの?


今、日本に住んでいる人は


日本人でないの?


マキアベリもビックリ、


藤原氏のバイブルとは?


とにかく、次回も興味深い記事が続きます。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてください。
じゃあ、またねぇ~。。。



(hand.gif)


ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
(30june.jpg)



(surfing9.gif)




(sayuri5.gif)


ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。


卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。




(miya08.jpg)


『下衆のかんぐり』


『桓武天皇のママがネットで』


『ござが天皇とGOOGLE』


『エロ 建礼門院』


『一敗が三人に!』


『行田の黒い霧をはらう』


『ペルシャ人が飛鳥に』


『小柴垣草子』


『後白河上皇ダントツ』


『ブスと美人』


『エロい話が好き?』


『死んでも生きてる』


『失意の太田将宏』



(annasalleh.jpg)


『オルフェと聖徳太子』


『源氏物語とおばさんパンツ』


『霊仙はなぜ毒殺されたの?』


『紫式部が地獄へ』


『破戒僧円載』


『アショーカ王の愛と苦悩』


『どら平太の世界』


『三四郎とデンマンさん』


『ヒトラーの姪』


『ゴヤと三島由紀夫』


『仏陀とキリストと娼婦』



(zurose2.jpg)


『ズロースと戦争』


『伊藤若冲ブーム?』


『ブッダと物理学』


『加藤清正ブーム?』


『愛憎と三輪山』


『松原智恵子 お尻ペンペン』


『坂本龍馬は流れ者か?』


『野ざらし』


『紫式部堕獄説』


『日本最古のポルノ?』


『源氏物語の性描写』


『寅さんの本棚と急行まつしま』


『ヒトラーは草食系?』


『ブッダとキリストと娼婦』


『顔文字とオナラ』



(hama10.jpg)


『宝暦の恨みを明治維新で』


『デウキと紅葉@行田』


『薄い陰毛と紅のボートピープル』


『江戸の閨房術』


『ずるがしこい現代人』


『春画@源氏物語』


『千早振る』


『あれっ、松本清張』


『キスと源信』


『伎楽は呉から…?』


『紺瑠璃杯に魅せられて』


『神聖娼婦 マリア』


『安徳帝は生きていた』


『白石川の桜』


『ブログ村のマリア様』


『萌える済子女王』


『ピンク桃色@徒然』


『富沢金山の桜』


『ピンク桃色村』


『紫式部@徒然』


『絵里香@ペルー』


軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
(godiva05.jpg)



(byebye.gif)


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by denman705 | 2017-05-24 04:37 | アクセス解析の面白い話

ピンク桃色村 (PART 1)



 


ピンク桃色村 (PART 1)


 



(girl312c.jpg)



(bikini50.jpg)



(himiko92.jpg)




(himiko22b.gif)


デンマンさん。。。 “ピンク桃色村”というのがあるのでござ~♪~ますか?



(kato3.gif)


そういう村があるはずないでしょう!


じゃあ、どうして“ピンク桃色村”というタイトルを付けたのでござ~ますか?


ちょっと次のリストを見て欲しいのですよ。。。


ライブドア『徒然ブログ』の日本時間で2017年4月29日の午後9時25分から4月30日の午前2時56分までの約5時間半の「生ログ」の一部
(liv70430a2.png)



『拡大する』


『ピンクと桃色@徒然』



これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の日本時間で2017年4月29日の午後9時25分から4月30日の午前2時56分までの約5時間半の「生ログ」の一部ですよ。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目して欲しい。



あらっ。。。、4月29日の午後10時15分に『ピンクと桃色@徒然』を読んだネット市民がいたのですわねぇ~。。。


そうなのですよ。。。 熊本市に住んでいる桃田 春子(ももた はるこ)さんが読んだのです。。。


赤いアンダーラインが引いてある「リファラ」をクリックすると どのようなページが出るのでござ~ますかァ?


次のページです。。。


「にほんブログ村」の海外美女・海外美少女人気ランキングのページ
(mur70430a.png)



『拡大する』


『ピンクと桃色@徒然』



これは「にほんブログ村」の海外美女・海外美少女人気ランキングのページです。。。



あらっ。。。 デンマンさんの『徒然ブログ』が 8位にランクされているのですわねぇ~。。。


あのねぇ~、参加者が52人だけだから、たいしたことではないのですよ。。。 


つまり、熊本市に住んでいる桃田 春子(ももた はるこ)さんは 上のページを開いて海外美女・海外美少女 注目記事の1位に取り上げられた『ピンクと桃色@徒然』をクリックして読んだということですか?


そういうことです。。。


でも、熊本市に住んでいる桃田 春子(ももた はるこ)さんが読んだと どのようにして調べたのでござ~ますか?


IPアドレスを調べたのですよ。。。


IPアドレス: 114.187.233.239 熊本市に住んでいる桃田 春子(ももた はるこ)さん
(ip233239b.png)


『拡大する』



あらっ。。。、写真まで貼り出して桃田 春子(ももた はるこ)さんを紹介していますけれど、アクセスポイントは確定できても プライバシーを守るためにアクセス者の名前までは判別できないのですわァ~。。。



卑弥子さんは、かなり厳しいツッコミを入れるのですねぇ~。。。


いけませんでしたかしら。。。?


あのねぇ~、堅い事を言わずにサラリと僕の話を聞いてくれませんかァ~。。。


分かりましたわ。。。 デンマンさんが そのように言うのであればサラリと聞き流しますわァ。。。 それで春子さんは『ピンクと桃色@徒然』を読んで どこに惹かれたのでござ~ますか?


“ピンク” と“桃色”の違いを知って驚いたのですよ。。。


デンマンさんの記事の中に、その違いが書いてあるのでござ~ますかァ?


書いてあるのですよ。。。 読んでみてください。。。



桃色 ピンク


29 桃色(ももいろ)


桃の花のような色。 くすんだ赤。



(momohana.jpg)




32 ピンク (英 pink)


「ピンク」はナデシコ科ナデシコ属植物の総称で、ナデシコ(撫子)、カーネーション、セキチク(石竹)などを言い、色はセキチクなどの花のような色を言う。 うすい赤。
「桃色」と混同して用いられることもある。



(nadeshiko.jpg)


   ナデシコ



(carnation.jpg)


   カーネーション



(sekichiku.jpg)


   セキチク



《参考》


(1) 「桃色」と「ピンク」はごく近い色で、しばしば混同されるが語源を異にする。


(2) 左翼的な傾向を言うのは、西洋の「ピンク」に由来し、



(bmania03.jpg)


   「ピンク映画」「桃色遊戯」などの性的な色事にかかわることを言うのは日本の「桃色」に由来する。



(midori60.jpg)



(momo103.jpg)


(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)




17-19ページ 『色の手帖』
編集: 尚学図書
1987年7月20日 第1版第10刷発行
発行所: 株式会社 小学館



あらっ。。。 「ピンク」と「桃色」は同じようでも、だいぶ違うのでござ~ますわねぇ~。。。



そうなのですよ。 意外にも違っていることが多いのですよ。 例えば「ピンク映画」ねぇ。。。 これを英語に直訳すると "pink movies" になるのですよ。 僕もこのままで「ピンク映画」として英語圏でも通用すると思ったのだけれど、違うのですよ。


あらっ。。。 英語ではポルノ映画のことを "pink movies" とは言わないのでござ~ますか?



(porno03.jpg)



あのねぇ、英語圏では日本語の「ピンク映画」のことを"blue movies"と呼ぶのですよ。



(blue002.jpg)



あらっ。。。 どうして「ピンク」ではなくて「ブルー」なのでござ~ますか?



あのねぇ~、昔ポルノ映画を作り始めた頃、セット全体をブルーにしたのですよ。


どうしてでござ~ますか?


そうすることで撮影すると役者の顔が判りにくくなる。 つまり、役者のプライバシーを保護するために、顔がはっきりと映らないようにしたというのですよ。 そういう配慮から、いつしかポルノ映画のことを"blue movies"と呼ぶようになったらしい。


今でも"blue movies"と呼ぶのですか?


いや。。。 僕は20年以上カナダ人やアメリカ人やイギリス人と話していて"blue movies"というのを聞いたことがありませんよ。


じゃあ、何と言うのですか?


"Porno" と言ったり "adult film" とか "stag film" とか。。。 でも、僕が一番耳にするのは "smut" という言葉ですよ。


どういう意味なのでござ~ますか?


卑弥子さんがよく言う「ヤ~らしい映画」という意味ですよ。


カナダやアメリカやヨーロッパでは「ピンク」という言葉は“ヤ~らしい意味”では使わないのですか?


あのねぇ~、昔、ナチスドイツでは「ピンク」は同性愛者を意味した。


どうして「ピンク」が同性愛者を意味したのでござますか?


ヒトラーが同性愛者にピンクの三角マークをつけて強制収容所にぶち込んだからですよ。



(pinkhomo2.jpg)



つまり、ヒトラーが広めたのでござ~ますか?



そういうことですよ。


今ではどうなのでござ~ますか?


むしろ最近では、オランダの同性愛者などは誇りを持って自分たち、同性愛者のニュースグループを “nl.roze”と呼んでいますよ。 rozeはオランダ語ではピンクを意味します。


カナダでは。。。?


同性愛者をピンクというのは聞いたことがありません。


じゃあ、何と言うのですか?


もちろん、 Homosexual と言うか、あるいは、ここでは書くべきでない蔑称を使うのですよ。


つまり、欧米ではポルノよりも、どちらかと言えば政治的な“左翼”を表現するため「ピンク」が使われているのでご~ざますか?


その通りです。。。 例えば、ポルトガルなのでは「社会主義者党(Socialist Party)」は誇りを持ってピンクのロゴを使っていますよ。



(socialist2.gif)



アメリカでは、「ピンク」とは“左翼的”という意味で使われているのですよ。



確か、共産主義者は「red(レッド)」ですよねぇ~?


そうです。。。 共産主義者じゃなくても、どちらかと言えば共産主義や社会主義に賛同するような人たちを罵(ののし)る時に"Pinko"などと言ったのですよ。



(pinko02.jpg)



マジで。。。? いつ頃のことでござ~ますか?



冷戦時代にアメリカでは“pinko” だとか “pinky” がよく使われたのです。 例えば、あの悪名高い元大統領のリチャード・ニクソンが1950年の上院議員の選挙の時に、対立候補のヘレン(Helen Gahagan Douglas)さんのことを次のように言ったのはよく知られているのですよ。




(nixon07.jpg)


"She's pink right down


to her underwear!"


ヘレンさんは左翼的で


下着までピンクですよ!



(pinku02b.jpg)



。。。で“ピンク桃色村”というタイトルにしたのには、何かわけがあるのでござ~ますかァ?



もちろんですよ。。。 たぶん、“ピンク” と“桃色”は 同じ色のようであって、どこかが違うのではないだろうか?。。。 そう思っているネット市民が案外多いのではないか?


その証拠でもあるのですか?


あるのですよ。。。 別のリストを見てください。


ライブドア『徒然ブログ』の日本時間で2017年5月4日の午後4時46分から午後6時38分までの約2時間の「生ログ」の一部
(liv70505a5.png)



『拡大する』


『ピンクと桃色@徒然』



これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の日本時間で2017年5月4日の午後4時46分から午後6時38分までの約2時間の「生ログ」の一部ですよ。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目して欲しい。



5月4日の午後5時6分に『ピンクと桃色@徒然』を読んだネット市民がいたのですわねぇ~。。。


そうです。。。 赤いアンダーラインを引いた「リファラ」をクリックすると次のページが出てきます。


「にほんブログ村」の海外美女・海外美少女 新着記事画像のページ
(mur70505b.png)



『拡大する』


『ピンクと桃色@徒然』



これは「にほんブログ村」の海外美女・海外美少女 新着記事画像のページです。。。 神奈川県の平塚市に住んでいる平田 桃子(ひらた ももこ)さんが 上のページの一番下の赤枠で囲んである写真をクリックして『ピンクと桃色@徒然』を読んだのですよ。。。



IPアドレスを調べて 平田 桃子(ひらた ももこ)さんの個人情報をゲットしたのでござ~ますか?


そうです。。。


IPアドレス: 14.193.192.31 神奈川県の平塚市に住んでいる平田 桃子(ひらた ももこ)さん
(ip19231b.png)


『拡大する』



あらっ。。。、また写真まで貼り出して平田 桃子(ひらた ももこ)さんさんを紹介していますけれど、アクセスポイントは確定できても プライバシーを守るためにアクセス者の名前までは絶対にゲットできないのですわァ~。。。



あのねぇ~。。。 卑弥子さんは厳しいツッコミを入れすぎるのですよ。。。 話が前へ進まないから、ツッコミを撤回してサラリと僕の話を聞いてくれませんか?


デンマンさんが そのように言うのであれば、仕方がありませんわ。。。 お話を続けてくださいなァ~。


あのねぇ~、それぞれの写真の上にマウスをかざすと記事のタイトルが表示されるのですよ。。。


つまり、平塚市に住んでいる平田 桃子さんは、そのようにして『ピンクと桃色@徒然』を読んだ、とデンマンさんは主張なさるのでござ~ますかァ?


もちろんですよ。。。 平田 桃子さんも“ピンク” と“桃色”は 同じ色のようであって、どこかが違うのではないだろうか?。。。 以前から、そのような疑問を持っていたのです。。。


あたくしは、絶対に違うと思うのですわァ~。。。


どこが、どう違うのですか?


だいたい、“ピンク” と“桃色”は 同じ色のようであって、どこかが違うのではないだろうか?。。。 以前から、そのような疑問を持っていたら、新着写真などを見ているはずがありませんわァ~。。。 写真をクリックしたのは平田 桃子さんではなくて弟の桃雄君ですわァ~。。。


まさかァ~。。。?


まさかァ~、じゃありませんわァ~。。。 あたくしは、その証拠を握っているのですから。。。


。。。ん? 卑弥子さんは 平田 桃子さんではなくて弟の桃雄君が新着写真を物色していたと言うのですかァ~?


そうですわ。。。 デンマンさんが次の画面を作っていたのを あたくしはちゃんとコピーしておいたのでござ~ますわァ。


「にほんブログ村」の海外美女・海外美少女 新着記事画像のページ
(mur70503a.png)



『拡大する』


『実際のページ』



これは「にほんブログ村」の海外美女・海外美少女 新着記事画像の5ページ目ですわァ。。。 桃子さんの弟の桃雄君は1ページから順々に見ていって5ページ目についに目的の写真に辿りついたのでござ~ますわァ~。。。 それが赤枠で囲んだ写真ですゥ。。。



卑弥子さんは 僕が作った画像を盗んだのですねぇ~。。。


人聞きの悪い事を言わないでくださいましなァ~。。。 盗んだのではありません。。。 デンマンさんが記事に載せようと用意していたものをコピーしておいたのでござ~ますわァ。。。


だから、許可もなくコピーすることを世間では盗むというのですよ。。。


デンマンさんもキツいツッコミを入れるのですわねぇ~。。。 とにかく、ついでだから あたくしがコピーしておいた次のリストも見てくださいなァ~。。。


ライブドア『徒然ブログ』の日本時間で2017年5月3日の午前1時16分から午前2時40分までの約1時間半の「生ログ」の一部
(liv70503a.png)



『拡大する』


『パンツが並んだ』



これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の日本時間で2017年5月3日の午前1時16分から午前2時40分までの約1時間半の「生ログ」の一部でござ~ますわすわよう。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目して欲しいのでざ~ますわァ。。。



あれっ。。。 5月3日の真夜中の午前1時56分に 「にほんブログ村」の海外美女・海外美少女 新着記事画像の5ページ目のリンクをクリックして『パンツが並んだ』を見たネット市民が居たのですねぇ~。。。


だから、それが平田桃子さんの弟の桃雄君ですわァ~。。。 次の記事を覗いたのですわよゥ。。。


ライブドアの『徒然ブログ』に2017年5月2日に投稿された『パンツが並んだ』
(liv70502e.png)



『拡大する』


『パンツが並んだ』



あれれれぇ~。。。 桃子さんの弟の桃雄君は“おばさんパンツマニア”なのですねぇ~。。。



そうですわァ~。。。 だから、この際 あたくしも“おばさんパンツ”を見せてしまいますわァ~。。。


タラァ~♪~



(curtain5.jpg



(laugh16.gif)


 (すぐ下のページへ続く)


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by denman705 | 2017-05-08 03:49 | アクセス解析の面白い話

ピンク桃色村 (PART 2)



 


ピンク桃色村 (PART 2)



【デンマンの独り言】



卑弥子さんは時々 暴走するのですよ。。。


だいたい、このような真面目な話題の時に たとえ桃子さんの弟の桃雄君が“おばさんパンツマニア”だとしても、自分の“おばさんパンツ”まで見せてしまうということは 常識はずれですよねぇ~。。。


あなただってぇ、そう思うでしょう!?


とにかく、卑弥子さんは 時々 サ-ビス精神が旺盛になるのです。。。


でも、時と場合によりけりですよねぇ~。。。


そのようなわけで、デートしてもたいていの男性が引いてしまうのです。。。


それで卑弥子さんは未だに独身です。。。


だけど、卑弥子さんは“平成の紫式部”と呼ばれているのですよ。


信じられないでしょう?


もし関心があったら『卑弥子の源氏物語』を読んでください。



(genjiero4.jpg)


『卑弥子の源氏物語』


どうですか? 卑弥子さんが“平成の紫式部”だと納得がゆきましたかァ~?


ええっ。。。 ちょっと納得がゆかないのですかァ?


でもねぇ~、卑弥子さんは 一応 京都の女子大学で腐女子たちに「日本文化と源氏物語」を講義しているのです。


だけど、卑弥子さんの暴走する性格から、結婚相手が 現れないのですゥ。


本人は、高望みはしていないと言うのですよ。。。


“寅さん”のような人でもいいと言うのです。。。


ついでだから、寅さんの映画でも見てください。



(tora019.jpg)



でもねぇ~、寅さんだって女性を選ぶ権利がありますからねぇ~。。。


ちなみに、紫式部のお話も面白いですけれど、古代の話も心にしみます。


たまには、日本の古代史の記事も読んでください。


そういうわけで あなたのために平安史、古代史の記事を用意しました。


ぜひ 覗いてみてくださいね。


天武天皇と天智天皇は


同腹の兄弟ではなかった。
 


天智天皇は暗殺された 


定慧出生の秘密 


藤原鎌足と長男・定慧 


渡来人とアイヌ人の連合王国


なぜ、蝦夷という名前なの?


平和を愛したアイヌ人


藤原鎌足と六韜


古事記より古い書物が


どうして残っていないの?


今、日本に住んでいる人は


日本人でないの?


マキアベリもビックリ、


藤原氏のバイブルとは?


とにかく、次回も興味深い記事が続きます。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてください。
じゃあ、またねぇ~。。。



(hand.gif)


ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
(30june.jpg)



(surfing9.gif)




(sayuri5.gif)


ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。


卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。




(miya08.jpg)


『下衆のかんぐり』


『桓武天皇のママがネットで』


『ござが天皇とGOOGLE』


『エロ 建礼門院』


『一敗が三人に!』


『行田の黒い霧をはらう』


『ペルシャ人が飛鳥に』


『小柴垣草子』


『後白河上皇ダントツ』


『ブスと美人』


『エロい話が好き?』


『死んでも生きてる』


『失意の太田将宏』



(annasalleh.jpg)


『オルフェと聖徳太子』


『源氏物語とおばさんパンツ』


『霊仙はなぜ毒殺されたの?』


『紫式部が地獄へ』


『破戒僧円載』


『アショーカ王の愛と苦悩』


『どら平太の世界』


『三四郎とデンマンさん』


『ヒトラーの姪』


『ゴヤと三島由紀夫』


『仏陀とキリストと娼婦』



(zurose2.jpg)


『ズロースと戦争』


『伊藤若冲ブーム?』


『ブッダと物理学』


『加藤清正ブーム?』


『愛憎と三輪山』


『松原智恵子 お尻ペンペン』


『坂本龍馬は流れ者か?』


『野ざらし』


『紫式部堕獄説』


『日本最古のポルノ?』


『源氏物語の性描写』


『寅さんの本棚と急行まつしま』


『ヒトラーは草食系?』


『ブッダとキリストと娼婦』


『顔文字とオナラ』



(hama10.jpg)


『宝暦の恨みを明治維新で』


『デウキと紅葉@行田』


『薄い陰毛と紅のボートピープル』


『江戸の閨房術』


『ずるがしこい現代人』


『春画@源氏物語』


『千早振る』


『あれっ、松本清張』


『キスと源信』


『伎楽は呉から…?』


『紺瑠璃杯に魅せられて』


『神聖娼婦 マリア』


『安徳帝は生きていた』


『白石川の桜』


『ブログ村のマリア様』


『萌える済子女王』


『ピンク桃色@徒然』


『富沢金山の桜』


軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
(godiva05.jpg)



(byebye.gif)


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by denman705 | 2017-05-08 03:48 | アクセス解析の面白い話

萌える済子女王(PART 1)



 


萌える済子女王(PART 1)


 



(nariko03.jpg)




(nariko01.jpg)



(himiko92.jpg)


 




(himiko22b.gif)


デンマンさん。。。 “萌える済子女王”なんてぇ~、読む前から ワクワクしてきますけれど、“済子女王”は“せいこじょうおう”と読むのでござ~♪~ますか?



(kato3.gif)


卑弥子さんはマジで読み方が解らないのですかァ~。。。


なんとなく解るようですけれど、はっきりとは解りませんわァ~。。。


実は、僕もタイトルだけを見た時には、自信がありませんでしたよ。。。 ウィキペディアにはつぎのような説明がありますよ。。。



済子女王



(nariko02.jpg)


済子女王(なりこ/せいしじょおう、生没年不詳)は、平安時代中期の皇族。
伊勢斎宮。
章明親王の王女(醍醐天皇の皇孫)。
母は藤原敦敏の女。
斎宮隆子女王の妹。


略歴


永観2年(984年)11月4日、花山天皇の即位に伴い斎宮に卜定される。
翌年の寛和元年(985年)9月2日初斎院(左兵衛府)に入り、同月26日に野宮に入ったがまだ建物も未完成で、禊所の前方に葬送の火が見え不吉と囁かれた。
9月28日には野宮に盗賊が入り、侍女の衣装が奪われるという前代未聞の出来事があった。


潔斎中の寛和2年(986年)6月19日、野宮から退下。
花山天皇の突然の譲位によるとされるが日本紀略、本朝世紀、十訓抄によれば野宮で滝口武者平致光に犯され、それが露見したためと記されている。
後に神祇官を召し、祭文を奉じたという。


この事件は後に絵巻『小柴垣草紙』の題材となった。
それ以後の消息は不明。




出典: 「済子女王」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』



あらっ。。。 “なりこじょおう” または “せいしじょおう”と読むのですわねぇ~。。。



そのようです。。。


。。。で、野宮で滝口武者平致光に犯されたので、デンマンさんは記事で取り上げたのでござ~ますか?


いや。。。 滝口の武者・平致光に犯されたから僕が取り上げたわけではないのですよ。。。


じゃあ、なぜ“萌える済子女王”というタイトルにしたのですか?


ちょっと次のリストを見てください。



(liv70419a.png)



『拡大する』


『小柴垣草子』



これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の 日本時間で4月17日の午後6時49分から午後10時4分までの約3時間の「生ログ」の一部です。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目してください。。。



あらっ。。。 4月17日の午後8時6分に見慣れない検索エンジンで検索して デンマンさんが投稿した『小柴垣草子』を読んだのでござ~ますわねぇ~。。。


そういうことです。。。


。。。で、赤いアンダーラインが引いてある「リファラ」をクリックするとどのような検索結果が表示されるのでござ~ますか?


次のような検索結果が出てくるのですよゥ。。。



(dic70419a.png)



『拡大する』


『現時点での検索結果』



あらっ。。。 54件ヒットする内の 2ページ目のトップにデンマンさんが「徒然ブログ」に投稿した『小柴垣草子』が出てくるのですわねぇ~。。。



そうなのです。。。 横浜市神奈川区にある「株式会社ディスクシティエンタテインメント」という会社に勤めている舜賀 観三郎(しゅんが かんさぶろう)さんが『小柴垣草子』をクリックして読んでのですよ。。。


どうして、そこまで詳しくデンマンさんには判るのですかァ~?


IPアドレスを調べたのです。。。



(ip15122b.png)


『拡大する』



確かに会社名までは判りますわァ。。。 でも、個人情報を保護するためにアクセス者の名前までは判らないのでござ~ますわァ。。。



卑弥子さんは、かなり きつい突っ込みを入れるのですねぇ~。。。 僕だってプライバシーを保護することぐらいは知っていますよ。。。 だから、アクセス者の名前は仮名にしてあるのです。。。


分かりましたわァ。。。 で、舜賀 観三郎(しゅんが かんさぶろう)さんは仕事の関係で“済子女王”を調べたのでござ~ますかァ?


あのねぇ~、「株式会社ディスクシティエンタテインメント」という会社は、宿泊業と飲食サービス業に関わっている会社なのです。。。


要するに、 舜賀 観三郎(しゅんが かんさぶろう)さんは、お仕事とは全く関係ない事を就業時間中に会社のパソコンで調べていたのでござ~ますかァ?


いや。。。 僕は そう思わないのですよ。。。


だってぇ~、宿泊業と飲食サービス業に従事している会社員の舜賀 観三郎(しゅんが かんさぶろう)さんが滝口の武者・平致光に犯された“済子女王”を調べるのってぇ、可笑しいではござ~ませんかァ!


卑弥子さんは、ここでも かなり きつい突込みを入れるのですねぇ~。。。


だってぇ~、舜賀 観三郎(しゅんが かんさぶろう)さんは私用に会社のパソコンを使ってネットで検索してサボっていたのですわよう! あたくしが会社の社長ならば見つけ次第 即刻クビにしますわァ~。。。


あのねぇ~、観三郎さんはサボっていたわけではないのですよ。。。 宿泊客の内の一人が ほろ酔い気分でフラフラとエロ本を持てきてフロントにいた舜賀 観三郎(しゅんが かんさぶろう)さんに、ページの中の一枚の春画を見せたのです。。。



(shibagaki4c.jpg)



あらっ。。。 このような昔のムンムン、ムレムレするようなヤ~らしい春画を見せたのでござ~ますかァ~!? ボカシが入ってますわねぇ~。。。



あのねぇ~、僕のブログはアダルトブログではありませんからねぇ~。。。、そのままの春画を載せるわけにはゆかないのですよう。。。 だから、ボカシを入れたけれど、ほろ酔い気分の宿泊客が見せた春画にはボカシはありません。。。


ボカシが入っているのってぇ~、つまりませんわァ~。。。


卑弥子さん。。。 そのようにガッカリしないでくださいよう! あとで、卑弥子さんにはボカシがない春画をメールで送りますから。。。


分かりましたわァ~。。。 それで、どういうわけで舜賀 観三郎(しゅんが かんさぶろう)さんは検索したのですか?


だから、お客が舜賀 観三郎(しゅんが かんさぶろう)さんにからんだんですよ。。。


なんてぇ~?


「あのなァ~、あんちゃん。。。 このエロい絵の中の女は“済子女王”と書いてあるのだけど、この女は実在の人物なのかい?」 とほろ酔い気分の客がエロい絵を見せながら尋ねたのですよ。。。


それで。。。?


でも、舜賀 観三郎(しゅんが かんさぶろう)さんだってぇ、そんな昔のエロい絵の中の女が どのような人物なのか? 分かる訳ない。。。 でも、お客はしつこい。。。 「おい、あんちゃん。。。 あんたは一応大学を出てるんだろう?」 「はい。。。 一応大学は出てますけれど、3流大学なもんでぇ~、平安時代のエロい絵には詳しくありません。。。」 「でも、平安時代のエロい絵だということが分かるだけでも てぇ~したもんだよ。。。」


つまり、そうやって 煽(おだ)てられたので、舜賀 観三郎(しゅんが かんさぶろう)さんはフロントにある会社のパソコンで検索してみたのですか?


その通りですよ。。。 それで次の箇所を読んだわけです。。。



小柴垣草紙



(koshiba02.jpg)


小柴垣草紙(こしばがきぞうし)は、春画の絵巻物である。
「小柴垣草子」「野宮草紙」とも称され、また後述する長文系統の話末に独自の宗教観に基づく評釈があることから、宗教的な極意伝授を意味する『灌頂巻』と呼ばれることもある。


原本は平安時代末期に描かられたと推測されるが、現在残っているのは江戸時代の模本や写本である。
他にも古春画絵巻は、後世の模写によって何点か残っているが、その中でも『小柴垣草紙』は、官能的な物語を流麗な筆致の詞書と濃密な愛欲描写の挿絵によって描き、日本の古春画最高傑作とみなされている。


寛和2年(986年)花山朝の斎宮済子女王が、天皇の名代として伊勢神宮に奉仕するため洛西嵯峨野の野々宮で潔斎していた折、美男の滝口武者平致光を誘惑し密通したとの噂が流れ、ついには済子の伊勢行きが取りやめになったという、『十訓抄』第五にある物語に基づく秘戯図である。


伝写本は数多いといわれ、さまざまな異本があるが、原本はおそらく12段前後の詞書と挿絵から成っていたと推測される。
画は藤原信実筆、詞は藤原為家筆とも、奥書より画は住吉慶恩(13世紀初頭の絵師。住吉派の祖とされる)筆、詞は後白河天皇または久我通具筆ともいい、ほかに豊後法橋画というもの、土佐光則画というものなどがある。
しかし、あからさまに性愛を扱う内容のため、公開される機会は極めて少ない。


伝承としてこの絵巻物は、承安元年(1171年)高倉天皇に嫁いだ平清盛の娘平徳子に対して、彼女の叔母にあたり後白河天皇の女御だった平滋子が贈ったとする説がある。
後白河天皇は、絵巻物好きで好色な人物だったことを考えると、小柴垣草紙も後白河の意向で制作された可能性が高い。


『小柴垣草紙』は詞書の長短で二種類に分類できる。
一つは斎宮と平致光の一夜の逢瀬を濃密な性表現によって描写した後、この密通が発覚して斎宮群行が取りやめられた結末で終わる短い内容の伝本群。


もう一つは前者の内容に加えて、逢瀬の後に再会し、噂を耳にした女房も加わり、最後は性行為の有り難さについて宗教的言説を用いて解説した、やや長い内容を持った伝本類である。
順序としては、まず短文系統が成立し、次いでこれを増補する形で長文系統が現れたと見られる。




出典: 「小柴垣草紙」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』



でも、この上の部分はデンマンさんが『ウィキペディア(Wikipedia)』を丸写しにしたのではありませんかァ!



いけませんか?


舜賀 観三郎(しゅんが かんさぶろう)さんが検索して デンマンさんが投稿した記事が出てきたということは、ウィキペディアには書いてないことも出ていたのでござ~ますでしょう?


もちろんですよ。。。 だから、観三郎さんは次の箇所も読んだのです。。。




(goshirakawa.jpg)


平安時代の末期である院政期には「日本で一番前衛的な天皇様」である後白河上皇が大活躍をして、絵巻物の黄金時代を現出させた。


(中略)


日本の国宝級の絵巻物を続々と生み出した日本最大の文化プロデューサーである後白河上皇は、ポルノというものが嫌いだったのだろうか?---ということになると、そんなことはない。
彼はちゃんと、ポルノグラフィーの制作に関与している(らしい)のだ。
男女---あるいは人間同士の性交渉を描写した(たぶん)日本で最初の絵巻物《小柴垣草子絵巻》の詞書(ことばがき)は、後白河上皇が直接書いたのだといわれている。
彼はちゃんと、やっている(らしい)のだ。


 (中略)


平安時代には、賀茂神社と伊勢神宮という二つの大きな神社の神に仕える、“斎院”“斎宮”と呼ばれる特別な未婚の女性がいた。
“特別”というのは、この女性たちが内親王をはじめとする皇族の娘たちだったからだ。
“神の花嫁”となって、斎院は京都の賀茂神社へ、斎宮は伊勢神宮へと出向いていった。
彼女たちは当然“未婚の処女”でなければならないし、神に仕える間に男との交渉を持ってはならない。
がしかし、その神聖な処女である伊勢の斎宮が、ある時警護の男性と密通をしてしまった。
大スキャンダルになって、彼女は斎宮の地位を下ろされて出家させられてしまうのだが、《小柴垣草子絵巻》は、その“歴史上の大事件”を題材にした絵巻物なのである。


 (中略)


986年の夏、やがては伊勢に下ってゆくことになる斎宮・済子(さいし)は、京都の野の宮で、身を清めるための潔斎に時を過ごしていた。
決して男を近づけてはならない斎宮を守るために身辺警護の男達がいて、その中に平致光(むねみつ)という武士がいた。
《小柴垣草子絵巻》の詞書によれば、「この男を御簾の間からご覧になった斎宮はポーッとなってしまった」のである。


ポーッとなってしまった斎宮は、夜になって、その致光が庭の小柴垣のそばで横になっているのを発見した。
身辺警護の武士たちが夜勤の時にいつもそうするように、致光も庭の垣根のそばで寝ていたのである。
ポーッとなった斎宮は、御簾から出て、その男を誘惑してしまった。



(shibagaki4c.jpg)


赤字はデンマンが協調のため。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより。)




168ページ 『ひらがな日本美術氏2』
著者: 橋本治
1997年8月25日 第1刷発行
発行所: 株式会社 新潮社



でも、この上の部分は『ひらがな日本美術氏2』の丸写しではござ~ませんかァ!



そうです。。。 いけませんかァ~?


デンマンさんが ご自分で足で歩いて調べたことを書いてくださいなァ~。。。


あのねぇ~、“済子女王”の事は、これ以上調べようがないのですよ。。。 『ウィキペディア(Wikipedia)』にもそれ以後の消息は不明と書いてあるのですよ。。。


だから、デンマンさんが ご自分の足で歩いて まだ誰も発見しなかった事実を掘り出すのですわよう!


でもねぇ~、僕はバンクーバーに住んでいるのですよう。。。 そう簡単に京都まで行くわけにはゆきません。。。


あ~らァ~。。。 京都に住んでいるあたくしに会いにやって来れば、その帰りに、ちょこっと伊勢神宮によって調べることができるではござ~ませんかァ~。。。!


分かりました。。。 じゃあ、今年の秋にでも足を伸ばして京都にも行きますよゥ。。。


あ~らァ~。。。、うれしいわあああァ~。。。 じゃあ、あたくし、デンマンさんを有馬温泉へお連れして またおヌードのアクロバットをお見せしますわねぇ~。。。 うふふふふふふ。。。



(fukiage7.jpg)



(aerobics5.gif)


『衝撃の角度』



卑弥子さん! 今日は露天風呂の話ではないのですよ。。。



あらっ。。。 あたくしとしたことがァ~。。。 ついつい調子に乗って、あられもない事を口にしてしまいましたわァ~。。。 エロい春画のことでしたわよねぇ~。。。 で、舜賀 観三郎(しゅんが かんさぶろう)さんは、どうなさったのでござ~ますかァ?


上の記事に書いてあることを ほろ酔い気分の客に話してやったのですよ。。。


そしたら。。。?


その客は舜賀 観三郎(しゅんが かんさぶろう)さんを見直したわけですよ。。。 「あんちゃん!。。。 3流大学とは言え、パソコンをいじって即座に答えてくれるなんてぇ、さすがに大学では違うねぇ~」 


エロい お客さんはマジで舜賀 観三郎(しゅんが かんさぶろう)さんを見直したわけでござ~ますかァ~!?


そうなのですよ。。。 観三郎さんのお礼のメールにそう書いてありました。



(laugh16.gif)


 (すぐ下のページへ続く)


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by denman705 | 2017-04-23 02:54 | アクセス解析の面白い話