デンマンが日々思ったこと考えたこと感じた事を書きます。


by denman705

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天平の裸婦(PART 1)


天平の裸婦(PART 1)




息づく女



秋篠寺の技芸天像

高校時代からの仲良しと二人連れ、あちこち旅したあげくに(秋篠寺のこの像に)たどりついたのでした。 友人は美大にすすみ、わたしは詩を書き始めたたばっかりでした。

「うちのおかあさんに似ている」と友人が天女像を前にして言いました。 たしかにそのとおり、それは、ふくよかで落ち着いた中年の女に見えました。 表情と、体型と、そして置かれた暗がりが、妙に心に残りました。

それからわたしは、何度ひとり旅してそこに立ち戻ったかわかりません。 何にそんなに惹かれるのか考えぬまま、何度も何度もその前に立ちました。

数年前のことです。 わたしは『日本霊異記』に夢中になり、それを語り直そうと試みていたんです。 その中に、「修行僧が吉祥天の塑像に恋をして、夢の中で交接し、その証拠に、塑像の裳裾に精液がついていた」という話がありました。

まず、思い浮かべたのがこの像です。 もちろんこれは吉祥天じゃなく、技芸天です。 塑像でもなく、乾漆像です。 吉祥天の塑像といえば東大寺ですけれど、なんだかあいまいな顔をしておられたし、浄瑠璃寺のは福々しすぎました。



東大寺の吉祥天像

女の体臭と体温がむんむんして、修行僧の熱意にほだされてつい交接してしまうような人情味のある天女像といえば、やはりこれだと思ったのです。

詩人・伊藤比呂美

(注:写真はデンマン・ライブラリーから貼り付けました。
赤字はデンマンが強調)




158ページ
『別冊太陽 日本のこころ156』
2010年4月1日 初版第3刷発行
編集人: 湯原公浩
発行所: 株式会社 平凡社




デンマンさん。。。あんさんは裸婦にこだわってますねんな?



ん。。。? わてが裸婦にこだわってるゥ?

そうやんか。。。あんさんは4月20日に次の記事を書いてますやん。



『裸婦と今一つの世界』

(2011年4月20日)




めれちゃんは、よう覚えているなァ~?



あんさんは何をぬかしてけつかんねん。。。「裸婦と今一つの世界」を語りおうてから、まだ2週間もたってませんやんかア!

そうやったかいな。

そうですう。。。わたしが子供の頃に横尾忠則さんのエッチなイラストに目を奪われてしもうたというような手記まで、あんさんは持ち出してきやはったのですねん。



読書して怒られる

 



2006/05/11 14:16

子供のころから、
家にはたくさんの本がありました。

わたしは江戸川乱歩の少年探偵団を、
よく読んでいたのですが、
そのうち、飽き足らなくなったのか、
親が持っていた「江戸川乱歩全集」を、
愛読するようになりました。

しかし。
その全集には、
横尾忠則氏の挿絵がついていて、
えっちなんです。
なので、親には読んじゃダメと
言われていました。
(だったら、かくしといてくれ)

わたしはこっそりかくれて、
そのえっちな江戸川乱歩の本を、
読んでいたのでした。
しょっちゅう見つかって、怒られました。

さらに。
印象的なのが
「チャタレイ夫人の恋人」です。
もちろん禁止本です。
禁止されたら、読むに決まってます。

・・・ませガキ。
・・・エロガキ。

by めれんげ




「めれんげの日記」
『だれかつっこみいれて!』より

『エロい文学少女』に掲載
(2007年4月11日)





そうやった。。。うしししし。。。実は、めれちゃんもエッチなイラストやエッチな本に惹かれるということを改めて読み返していた時に、たまたま読んでいた本が『別冊太陽 日本のこころ156』やったのや。



その本の中で読んだ伊藤比呂美さんの文章が気になって、あんさんは冒頭の文章を引用しやはったん?

そうなのや。

。。。で、何がそんなに気になりはったん?

伊藤さんは次のように書いてるねん。


秋篠寺の技芸天像



もちろんこれは吉祥天じゃなく、技芸天です。 塑像でもなく、乾漆像です。 吉祥天の塑像といえば東大寺ですけれど、なんだかあいまいな顔をしておられたし、浄瑠璃寺のは福々しすぎました。

女の体臭と体温がむんむんして、修行僧の熱意にほだされてつい交接してしまうような人情味のある天女像といえば、やはりこれだと思ったのです。




そやから、この上の文章のどこが気になりはったん?



あのなァ~、この技芸天が「女の体臭と体温がむんむんして、修行僧の熱意にほだされてつい交接してしまうような人情味のある天女像」とは、わてには思えんのや。

どうして、そないな事をあんさんは言わはるのォ~?

まず、わてが修行僧なら、上の技芸天に「体臭と体温がむんむんし」た女を感じやへん。 伊藤さんの女友達が「うちのおかあさんに似ている」と言うたように、わても母親像を感じ取ってしまうねん。 そやから交接したいなんて気持ちが端(はな)からおこらへん。

つまり、女と男の感じ方の違いやと、あんさんは言わはるの?

そうやなァ。。。わてが修行僧やったらなァ、もし、それほどまでに交接したい女性を仏像の中に見たいのやったら、東大寺の日光菩薩か月光菩薩にエロチックな女性を見つけるだろうと思うねん。



日光菩薩像



月光菩薩像



つまり、技芸天像と比べると日光菩薩像や月光菩薩像の方に、あんさんは「体臭と体温がむんむんして」いる女を感じはるのォ~?



そうやァ。。。めれちゃんも、そう思わんか?





どう見たって技芸天像よりも日光菩薩像や月光菩薩像の方が、ジューンさんに似て「体臭と体温がむんむんして」いるでぇ~。。。うしししし。。。



わたしは、あんさんの視点と伊藤さんの視点が違うと思うねん。

ん。。。? 視点が違う。。。?

そうですう。

めれちゃんは、どう違うていると言うねん?

あんさんは仏像の中にエロスの対象を探してるねん。 そやけど、伊藤さんは仏像の中に「修行僧の熱意にほだされる人情味」、あるいは母性を見ているねん。 





つまり、伊藤さんは“受け入れる女”を見ている。 あんさんは“エロスの対象”を見つけようとしているのやわァ。



なるほどォ~。。。めれちゃんは、なかなか穿(うが)った事を言うなァ~。。。うん、確かにそうかも知れへん。

女は“エロスの対象”を見つけようとするよりも、“受け入れる女”に共感を覚えるねん。

さよかァ~。。。?

あんさんは“エロスの対象”に拘(こだわ)り過ぎていると、わたしは思いますう。

そうやろか?。。。でもなァ、めれちゃんは女でありながらも“エロスの対象”を見ようとしているように、わてには思えるでぇ~。。。

その根拠でもあるん?

もちろんやァ。 めれちゃんが書いた次の手記を読んでみィ~なァ。


「エログロナンセンス」の時代

特有の、妖しげな表現に

魅せられました。


2007-04-13 13:53



デンマンさん
わたしの言う「エロい」は、
やはり少々お下品だったかな?
この表現って、
わたしにとっては「ギャグ」に近いんですよ
わたしは関西人のなかでも特に?
ウケをねらう傾向が強すぎるものでして、
必要以上に自分をコミカルにデフォルメするという、わるーい癖があるんですよね

で、回答へとまいりますね。。。

江戸川乱歩全集に関してですが、
とにかく横尾氏のイラストが、
エロチックだったのです。



幼いころから、女性の肉体の美しさに
強烈に魅了されていたわたしは、
偉大な画家たちの描く裸婦や、
女性のヌード写真を見て
「わたしも早くこんな風にキレイになりたいなあ!」
と、成熟へのあこがれを強く感じていました。

乱歩の作品自体については、
「エログロナンセンス」の時代特有の、
妖しげな表現に魅せられました。



「人間椅子」での、愛する女性のソファに、
自ら入り込み、悦楽にひたる男の異常な愛などは、
「家畜人ヤプー」に通じるものがあり、
それはむしろ、純粋なものすら感じました。

そういえば…
乱歩の時代のことが知りたくて、
おばあちゃんに
(今は亡き愛するおばあちゃんです!)
「見世物小屋行ったことある?」
「衛生博覧会って、どんなんやった?」
などと、聞きまくっていたものです

「チャタレイ夫人の恋人」ですが…
ぶっちゃけエロい箇所の拾い読み、
というのが事実です!
だってねえ…あの小説の大半は、
ロレンスの思想の
展開だと思いませんか?

小学生のわたしに、
そんなものを理解できるような
知性も理解力もなかったっす…
で、大人になってから読み返したのですが、
森の番人の野卑でありながらも、
深い洞察力に満ちた性格に、
恋愛感情にも似た気持ちを感じました。
おまけに、セックスは上手ですしね(キャー!)

女性が自らの性欲を恥じる必要など
ないということを、
わたしは少女時代に、
あの小説によって知ったのかもしれませんね。


フロイトも、ヒステリーの原因は、
性的欲求不満であると、言ってましたよね?
セックスとは、
愛を基盤とした自由なものであるべきだと、
わたしはずーっと信じてます!
 
 
by レンゲ




『ゴスロリと黒パンツ』より
江戸川乱歩の世界
(2009年5月6日)


 (すぐ下のページへ続く)
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by denman705 | 2011-04-30 08:34 | 日本・日本文化

天平の裸婦(PART 2)


 
天平の裸婦(PART 2)



めれちゃんは、こないな事を2007年の4月に書いていたのやでぇ~。。。



つまり、わたしが“エロスの対象”を求めていたと、あんさんは言わはるの?

いや。。。“エロスの対象”を求めていたとは言わへん。。。そやけど、“受け入れる女”に共感しているわけでもないねん。

それで、わたしが何を言おうとしていると、あんさんは思うてるん?

つまり、めれちゃんは女として声高らかに“女のエロス”のあるべき姿を宣言しているのやないかいなァ。

女性が自らの性欲を恥じる必要など

ないということを、

わたしは少女時代に、

あの小説によって

知ったのかもしれませんね。

...

セックスとは、

愛を基盤とした自由なものであるべきだと、

わたしはずーっと信じてます!



【レンゲの独り言】



ですってぇ~。。。
そうですよね。
女性が自らの性欲を恥じる必要などないのですよね。
めれんげさんが赤裸々に“女のエロス”のあるべき姿を宣言している様子がたくましいと思いましたわ。
あなたは、どう思いますか?

とにかく、次回も面白くなりそうですわ。
あなたもどうか、またあさって読みに戻ってきてくださいね。
では、また。。。




メチャ面白い、

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こんにちは。ジューンです。

20代の三島由紀夫の短編に『ラディゲの死』があります。

若き日の三島は、堀口大學が訳した

『ドルジェル伯の舞踏会』を読んで

感銘を受けたそうです。

『ドルジェル伯の舞踏会』は、

ラファイエット夫人が書いた

『クレーヴの奥方』を参考にして、

高度に文学的な手腕で換骨奪胎し、

別の次元の「フランス心理小説の傑作」に

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「夭折の天才」の名にふさわしい

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『ドルジェル伯の舞踏会』を読むと理解できます。



三島も、この本を読んで自己同一化する程、

多大な影響を受けました。

それで書いたのが『ラディゲの死』と言われています。



ところで、卑弥子さんが面白い記事をまとめました。

楽しいから、ぜひ読んでみてくださいね。

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では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。





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by denman705 | 2011-04-30 08:33 | 日本・日本文化

ショートカットキー

 
ショートカットキー



こんにちは。ベティーです。
お元気ですか?
季節の変わり目は風邪をひき易いです。
あなたも注意してくださいね。

ところで、パソコンに慣れているお友達を見ていたら
キーボード操作だけでページをスクロールさせたり、
前の画面にサッと戻ったり、なんだか便利そう!

あなたも、そのような経験がありませんか?
マウスを動かさなくても、そのような事ができるのですよね。

いったいどうやってるのかな?

あなたも、やり方を知りたいと思いませんか?

ネットの「ショートカットキー」を覚えるのです。

ええっ?ショートカットキーって何?

ショートカットキーといえば「Ctrl(コントロールキー)」を押したまま「C」を押すとコピーができるような、キーの組み合わせです。
もちろん、単独のキーを押しただけでも特別な作業をしてくれショートカットキーもあります。

実はInternet Explorerで、ネットサーフィンしているときにも、ショートカットキーは大活躍します。

たとえば・・

「Home」キーを押すとページの先頭へ移動します。

「End」キーを押すとページの最後に移動します。

一般的なキーボードではテンキーと呼ばれる数字の並んだキーの横にある「Home」や「End」のキーは特別な作業をしてくれます。

何に使うんだろう?とあなたは不思議に思ったことがあるかも知れませんよね?
実は、これもInternet Explorerでページを見ている時に使えるショートカットキーの1つなんですよ。

上の例では、「Home」や「End」を使えばマウス操作をしなくても一発でページのスクロールが完了です。

他にも、覚えておくと便利なショートカットキーがいっぱいありますよう。

興味がありませんか?
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あなたは、レンゲさんの記事を

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ダメよ!そいじゃあああ~~

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『面白くって楽しくて、

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このレンゲさんは、実はデンマンさんが

ネットで出会った女性なのですわよ。

デンマンさんが7年程前にネットで出会って、

それ以来、お二人はラブラブなんですのよ。

あなたがまだ、その記事を読んでいないのだったら、

ぜひ読んでね。

つまりね、ブログをやると、

そのような出会いもあるという事なのよォ~。

だから、あたくしもブログで頑張っているのですわよ。

ええっ?

それは不純な動機だとおっしゃるのですか?

何を言ってんのよォ~~。んも~~

不純であろうが、なんであろうが、

あたくしはボーイフレンドが

欲しいのでござ~♪~ますわよゥ。

。。。そいでもって、ネットでデンマンさんのような

すばらしい殿方との出会いがあるのならば、

これ以上の幸せは無いのでござ~♪~ますのよ。

うふふふふふ。。。。



お分かりですかぁ~~?

あたくしだって、こうしてラブラブに

萌えたいのでござ~♪~ますわよゥ~~。

うしししし。。。。

ええっ?でも、そうゆうのは

不純だと言うのですかぁ~?

あなたは、まだ、そのような下らないことに、

こだわっているのですかあ~? んも~~

不純だろうが、なんであろうが、

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すばらしい殿方と出会えて、

上の写真のようにラブラブになって

萌えることが出来たなら、

これ以上の幸せは無いので

ござ~♪~ますわよ。でしょう?

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だから、ブログをするのよおゥ~~

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頼むわよねぇ~。うへへへへ。。。。

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ブログを始めるわよねぇ~♪~?

ええっ?

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貴方は、あたくしのお願いを

聞いてくれないのですかぁ~?

ええっ?

聞いてあげるから、面白いことを話せと

あなたはあたくしに強要するのですかァ~?

いやなお方ぁあああ~~~

分かりましたわア。

だったらね、メチャ面白いお話を

あなたにおせ~♪~てあげますわよ。
 
 
たらぁ~♪~
 
 


うふふふふ。。。

ええっ?マジかって。。。?

大真面目なのよう。

あなただって、あたくしが

どうしておばさんパンツをはいたのか

興味がおありでしょう?

あなたも、これだったら、絶対に読みたくなるでしょう?

読んでね?

ダメよ!生返事してこの場を誤魔化そうとしちゃああ、

絶対に読んでねぇ~~?

お願い。頼むわよねぇ~。

うふふふふ。。。

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とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。

ああああ~~~

初恋の人と会いたいわああああ~~!





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by denman705 | 2011-04-30 08:33 | パソコン・コンピューター

波乱の半生(PART 1 OF 3)

 
波乱の半生(PART 1 OF 3)








あらっ。。。ケイトーって見かけによらずに女性に対して、かなり積極的なのねぇ~?



それは、もう20年以上も前の話ですよ。

今はもう積極的ではないのォ?

ブログを書くのが忙しくってねぇ~。

マジで。。。?

そうですよ。。。だから、こうして図書館に毎日のようにやって来て記事を書くようになったのですよ。

自分の家のパソコンでは書かないの?

ボッコわれてしまったのですよ。

あらっ。。。そうだったの? なるほどォ~。。。それでねぇ~。。。納得したわァ~。。。

何を納得したのですか?

あのねぇ~。。。実は、私はあなたと会うのは初めてではないのよ。

ん。。。? 初めてではない。。。?

そうなのよ。。。私はあなたと何度も会っているのよ。

まさか。。。?

いえ。。。マジで。。。

でもねぇ、シルヴィー。。。僕は今日あなたと面と向かって初めて話をしたのですよ。

ええ、そうだわ。。。でも、私はあなたと何度も会ってるのォ。

冗談でしょう!?

マジよ。。。あなたが気づかなかっただけなのよ。 私の話を聞けばあなただって納得するわ。 その前に、私、ちょっと。。。おトイレにいってくるから。。。ここでじっとして待っててね。 じゃあねぇ。 うふふふふふ。。。




『図書館deロマンス』より
(2011年4月27日)




シルヴィー,...ずいぶん長かったねぇ~。。。



あらっ。。。そうかしら?。。。30分ぐらい、どうってことないでしょう? ちょっと気に入った本を見つけたから1章だけ読んでいたのよ。 ケイトーだってぇ、他に何もすることがなかったのでしょう?

待っててねぇ、とあなたが言ったじゃないですかァ!。。。僕はシルヴィーの話を早く聞きたいと思っていたから、1時間ぐらい待っていたような気がしますよ。

それってぇ、ちょっとオーバーよ。

とにかく僕は今日シルヴィーに会ったのが初めてなんですよ。

でも、私はケイトーにマジで何度も会ってるのよ。

だけど僕には記憶が全く無いよ。

そうかもねぇ。。。あなたはいつだってパソコンとにらめっこしていたからよ。 私はウェストエンドの分館で、あなたが記事を書いていたのをちょくちょく見かけていたのよ。

ウェストエンドの分館で。。。?

そうよ。。。あなたはいつもDianeの隣で記事を書いていたじゃない!

あれっ。。。シルヴィーはダイアンを知ってるの?

知ってるわよ。。。Dianeとは、ずいぶん前からの友達なのよ。 あの人ときたらケイトーと同じで、英国系カナダ人には珍しく勤勉なタチなのよ。。。日曜日は教会へ行くからパソコンに向かわないけれど、月曜日から土曜日まで毎日決まった時間にパソコンに向かい合うでしょう。 Dianeだけかと思っていたら、今年の1月頃からケイトーが加わったじゃない。 しかも、決まってDianeの隣に座って、澄ました顔して記事を書いていたじゃないの。。。それも不思議に決まった時間にDianeと隣り合わせでキーボードに向かって打ち込んでるじゃない。。。いったい、どういう事なのかと初めの頃はとっても興味深かったわよ。。。うふふふふふ。。。

知らなかったなあああァ~。。。ネットをやる場合、ウェストエンドの分館ではパソコンは1時間だけしか使えないんだよ。 1時間では、とっても足りないんだよ。。。それで中央図書館にも足を運ぶようになった。 ここでは2時間使えるからね。 でも、1日3時間でもまだ時間が足りない。 それで僕はダイアンともほとんど話をしないで、わき目も振らずに記事を書いていたと言う訳なんだよ。。。だから、近くにマリリンモンローがビキニ姿で座っていたとしても、じっくりと眺めている暇が無いほど僕は集中していたんですよ。

そうよねぇ~、だから、私も、もし停電しなかったとしたら、あなたに声をかける気にならなかったと思うわ。

なるほどォ~。。。

何がなるほどなのよ?

停電で他に何もすることがないからシルヴィーが話しかけてきたとは思うけれど。。。それでも、急に畳み掛けるようにして話してきたから、ずいぶんと社交的な女性だと思って僕は内心ではビックリしていたんですよ。

あらっ。。。私、ちょっと積極的過ぎたかしら。。。?

いや。。。ダイアンと友達だったと聞いて僕も納得しましたよ。。。で、シルヴィーはバンクーバーで生まれて育ったの?

そう見える?。。。でも、違うのよ。

。。。つうことわァ~。。。もしかして移住者?

そうなのよ。。。ケイトーは私がどこの生まれだと思う?

まあ。。。そうだねぇ~。。。シルヴィーの表情から察して、多分英国系だと思うけれど。。。イングランドか? スコットランドか? アイルランドか? ウェールズか?。。。恐らくその内のどれかだと思うよ。

まったく違うわ。。。。実は、私はインドネシアで生まれたのよ。

マジで。。。? インドネシアは太平洋戦争前にはオランダの植民地だったから。。。もしかしてシルヴィーの両親はオランダ人?

そうなのよ。。。私の父はオランダ人。 母はオランダ人と華僑のハーフだったのよ。 つまり、私には4分の1の中国人の血が流れているのよ。

なるほどォ~。。。よく見るとシルヴィーの表情には、どこかに東洋系の特徴があるよ。。。 まず、髪の色が黒っぽい。 鼻があまり高くない。 丸顔がなんとなく東洋系の女を思わせる。。。で、インドネシアからカナダに移住してきたの?

違うのよ。。。実は、私がまだ小さかった頃。。。、1965年にインドネシアには動乱があったのよ。 私は大きくなってから父に聞かされたのだけれど、1963年にマラヤ連邦が北ボルネオをイギリスから譲り受けてマレーシアが建国されると、スカルノ大統領はこれをイギリスによる新植民地主義のあらわれであると非難して「対決政策」を宣言したのよ。


1965年の動乱(9月30日事件)

インドネシアはボルネオ島全域の領有を主張して、マレーシア領へ侵入するなど、一触即発の事態となった。
これは1964年に領有を主張するフィリピンも含めた3者が東京で会談するなどで、現状維持で落ち着いた。
この対決政策によって、インドネシアはアメリカとIMFからの経済援助を停止され、国際社会から孤立していった。
スカルノ大統領は急速に中国に接近し、そして1965年1月7日、国連を脱退した。
さらに1965年の独立記念日(8月17日)には、世界銀行とIMFからも脱退した。

そのようにして対外政策がすすんでいるあいだにも、インドネシア国内の経済状態は悪化し、インフレによる物資高騰は民衆の生活を苦しめた。
こうした状況に国軍主流派や一部の政党政治家、経済テクノクラートらは危機感を強め、スカルノ大統領と共産党に対する不満が高まっていった。
このように緊張した政治環境の中で発生したのが9月30日事件だった。

この事件は、1965年9月30日深夜から翌未明にかけて、共産党シンパの国軍部隊と、共産党傘下の組織が国軍幹部の6将軍を殺害したことに端を発する。
陸軍戦略予備軍司令官だったスハルトがこれをすぐに鎮圧したため、左派勢力による政権奪取は失敗し、クーデター未遂事件として終わった。
共産党に肩入れしていたスカルノ大統領は苦しい立場に追い込まれ、事態を回復するための一切の権限をスハルトにあたえることになった。
これを受けてスハルトは共産党員およびそのシンパを殺害、拘束し、国内の左派勢力を物理的に解体した。
東南アジアで最大規模を誇ったインドネシア共産党が壊滅したことは、国内政治のみならず、冷戦期におけるこの地域の勢力図を一変させた。

その後、スカルノ大統領は事件への関与を疑われるきびしい立場に追い込まれ、国軍が煽動する反スカルノの民衆運動によって辞任への圧力をうけた。
1967年3月、スカルノは終身大統領の地位を剥奪され、1968年3月、スハルトが第2代大統領として選任された。
また、1966年9月にインドネシアは国連に復帰した。




この動乱がシルヴィーと関係あるの?



もちろんよ。。。スカルノ大統領は、国民をオランダの植民地支配から解放したということでインドネシア建国の父と呼ばれていたの。 国民的英雄だったわ。 でも、その一方で、植民地時代の遺産の完全否定を宣言して経済的には疲弊をもたらしたのよ。 大統領は、外国企業の資産を接収し、新たな外資の導入も禁止したのよ。 それに、植民地時代から経済分野で優勢な地位を固めていた華僑を差別したわ。 私の家族の場合には2重に風当たりが強かったのよ。 なぜなら、父がオランダ人。 昔の植民地主義者だと思われ、しかも、母の実家が華僑でしょう。 

つまり、スカルノ大統領から目の敵(かたき)にされたわけだ。。。

そうなのよ。。。スカルノ大統領が共産主義に近づいていったのよ。 当然のことながら、それまでインドネシアの独立を支持していたアメリカもスカルノ大統領に対して不快感を強めていったのよ。 そう言う訳で、今ではスカルノ政権の転覆を図るためにアメリカのCIAが9月30日事件を策謀したという説も出ているのよ。 スハルト将軍は、政治的野心がないと思われていて、スカルノ大統領から信頼されていたのよね。 大統領は共産党寄りになっていたので、事件と関係があると疑われて厳しい立場に追い込まれたわけ。。。

それで大統領に代わってスハルト将軍が治安回復に乗り出したというわけ?

そうなのよ。 大統領がスハルト将軍に権限を委譲したのよ。 この後、スハルト将軍はアメリカ寄りの態度をとったわけ。。。それで、クーデター首謀者や共産主義者や、その仲間と関係したと疑われた一般の人々の集団虐殺が広がっていったのよ。 20世紀最大の虐殺の一つとも言われたものよ。

何人ぐらいが虐殺されたわけ?

50万人ぐらいと言われたけれど、歴史家の中には、最大推計では300万人とも言われているのよ。 今でも正確には把握されていなわ。 私の家族はジャワに住んでいたのだけれど、残虐に巻き込まれそうになったので父の親戚を頼ってオランダに逃げたのよ。

なるほどねぇ~。。。それからオランダで暮らしたというわけだ。

そうなのよ。 アムステルダムに着いたのよ。 私はまだ小さかったけれど、ホッとしたわ。 子供心に、あの動乱の殺伐とした雰囲気を肌身に感じていたから天国にやって来たと思ったわ。











話には聞いていたけれど、アムステルダム(Amsterdam)って、とってもきれいな街なのよね。 なんだかおとぎ話の国に来たような気持ちだったわ。



ほおおおォ~。。。おとぎ話の国ねぇ~。。。 僕は“飾り窓の女”を思い出すけれど。。。





ケイトー!。。。あなたは、そういう事しか興味を持たないのォ~?



いや。。。、あのォ~、もちろん、オランダは江戸時代には日本と深いつながりがあったから、“飾り窓の女”以外にも、ずいぶんとオランダのことを勉強しましたよ。。。それで、どうしてカナダへやって来たの?

やっぱりねぇ~、なかなか思うように暮らしが立たず、インドネシアから戻ってきたと言うと、なんとなく肩身が狭いのよね。 当時カナダに移住することが話題になっていて、いっそのこと新規まき直しでカナダに行こうということに家族で決めたのよ。

それでバンクーバーにやって来たわけ。。。?

違うのよ。。。モントリオールへ家族とともに移住したのよ。

モントリオール!?。。。でも、まもなくモントリオールでは 1970年の動乱ですよ。

そうなのよ。。。皮肉といえば皮肉よね。 まさかモントリオールで1970年に動乱があるなんて考えもしなかったでしょう。 だから1967年の春に船でカナダに渡ったのよ。 今のように飛行機がポピュラーだったら直接バンクーバーへやって来ていたかもしれないわ。

それで、モントリオールの動乱に巻き込まれてしまったの?

そうなのよ。

 (すぐ下のページへ続く)
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by denman705 | 2011-04-29 08:56 | 国際化・グローバル化・国際人

波乱の半生(PART 2 OF 3)





 
波乱の半生(PART 2 OF 3)


オクトーバー・クライシス



オクトーバー・クライシス(October Crisis)は、1970年10月にカナダのケベック州で発生した、ケベック解放戦線(FLQ)のテロリストによる2件の政府要人拉致事件の呼称。
当時のカナダ首相ピエール・トルドーが、(短期間ではあるが)戦時措置法を発動し、ケベック州とオタワにカナダ軍が展開された。

ケベック州首相のロバート・ブラッサ(Robert Bourassa)と、モントリオール市長のジャン・ドラポー(Jean Drapeau)が、カナダ政府に対して戦時措置法の発動を求めた。
カナダ首相トルドーは1970年10月に戦時措置法を発動。
強い力を与えられた警察は、分離主義者と判断した者すべてを保釈なしで留置した。

この時カナダ政府は、FLQのメンバーと他の過激な分離主義者、民主主義的な手法で独立を勝ち取ろうと啓蒙活動をしているケベック党(Parti Québécois)党員などを区別することを拒否した。
本危機が終結した後、特に1973年にケベック党の党員リストを手に入れるためにRCMP職員が不法に突入した事件などに対して、トルドー首相の指導によるRCMPに関する疑惑(Scandals surrounding the RCMP)が捜査された。

背景

1963年以降、ケベック州独立を唱えるケベック解放戦線(FLQ)によって仕掛けられた爆弾テロによって6名が死亡した。
特にこの爆弾の標的となったのは、裕福なアングロフォン(Anglophone、英語を話すケベック住民)が多く住むケベック州ウェストマウント(Westmount)の郵便箱であった。

1969年2月13日、モントリオール証券取引所で最大の爆発があり、これは負傷者27名という大規模な被害が出た。
FLQのメンバーは、軍事施設や産業施設から盗み出した数トンのダイナマイトを保有しており、自らの広報機関「La Cognée」を通じて更なるテロ攻撃の予告を行い、人々に脅威を与えた。

1970年までに、23名のFLQメンバーが逮捕・収監され、その内4名が殺人罪で有罪判決を受けた。

1970年2月26日、パネルトラックに乗った2人組がモントリオールで逮捕された。このとき彼らは、ソードオフ・ショットガン(銃身や銃床を短く切り詰めた散弾銃)と「イスラエル領事を誘拐する」という内容のコミュニケ(声明文)を持っていた。逮捕された一人はジャック・ランクト(Jacques Lanctôt)だった。

1970年6月、モントリオールから車で40分ほど北にあるローレンシャン高原の小さな町プレヴォスト(Prévost)で、警察が民家を急襲し、火器と弾薬、136kgものダイナマイトとその雷管、「アメリカ領事を誘拐する」というランサム・ノート(ransom note)を発見した。

戦時措置法の発効



トルドー首相の「まあ見ていろ」発言から3日後の10月16日、彼はケベック州知事ロバート・ブラッサとモントリオール市長ジャン・ドラポーの要請により、戦時措置法を発効した。
午前4時ちょうどにこの法律は執行され、何百人ものFLQメンバーとその共鳴者たちと疑われた人々が睡眠中のベッドから追い出され、そのまま拘束された。
ケベック州およびカナダの他地域で行われた世論調査では、戦時措置法に対する圧倒的な支持が示された。
後のケベック党党首ルネ・レベックは、当時はそれが必要な事態であったため執行に同意した、と書き残している。
しかしそれ以降、平時における戦時措置法の施行は、それが警察に逮捕と捜査に関する大きな力を与えることになるため、カナダ国内において激しい議論の対象となった。

ケベックの外(主にオタワ地域)で連邦政府は、連邦オフィスとその従業員を守るためとして、自らの権限の下に軍を配備した。
戦時措置法によって増大する逮捕権と(ケベック州政府によって要求され制御されているものの)軍隊の配備という組合せは、どこから見ても戒厳令の施行を連想させるものであった。
重大な違いは、軍が行政当局(この場合はケベック当局)に対するサポート役のままであり続け、司法的な機能を演じることがなかったことである。
にもかかわらず、連邦議会の芝生に駐車された戦車という光景は、多くのカナダ人を当惑させるものであった。
さらに、警察官僚が権力を濫用し、著名なアーティストや知識人を証拠無しで拘留したとの説もある。

1971年2月3日、法務大臣ジョン・ターナー(John Turner)は、戦時措置法により497人が逮捕され、うち435人が既に釈放されていることを報告した。
その他の62人は拘留され、うち32人は重罪犯としてケベック州高等裁判所から保釈を拒否された。

結果とその余波

オクトーバー・クライシスは、現代カナダにおける最も深刻なテロ事件とされ、そして、連邦政府および地方政府による対応については、現在も激しい論争の種となっている。
しかし当時の世論が、ケベック州の戦時措置法施行を圧倒的に支持していたのは確かである。
新民主党のトミー・ダグラスら幾人かの批評家は、トルドー首相が市民の自由を停止するために戦時措置法を施行するのは行き過ぎであった、そして、このことが先例となること自体が危険であると考えた。

この時カナダ政府がとった強硬な手段に肯定的な者は、政府の積極的な対応があったおかげで、1970年以降には同様なテロ事件が発生していないとの主張を続けている。
その一方でより一般的な見解として、ケベック州市民の間でこういったテロリズムは不愉快かつ不必要なものと理解されたからといわれている。
これによってカナダからの独立を求める人々は、充分に民主的なプロセスで独立が達成されるべきであり、またそうでなければならないと意識するようになった。

ケベック分離主義者に対する支持は一時低下したものの、後には再び十分な支持を得るようになった。
分離政策を掲げるケベック党も1976年にケベック州与党となった。1982年にカナダは新憲法を採択するが、ケベック州はこれを拒み、1987年にはケベック州の地位を認めたミーチ・レーク合意が得られたが、これも各州の足並みがそろわず実施されなかった。
ケベック州はカナダの一州であるが、その政治的地位は微妙な状態のままにある。

出典:
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』




この時ケイトーは、バンクーバーに居たの?



いや、まだ僕は日本でのんびりと暮らしていましたよ。 でも、この動乱は日本でもテレビニュースで伝えられました。 僕はカナダに行こうと思っていたので、この時の動乱があったから、モントリオールではなくトロントに行こうと決めたのですよ。

じゃあ、ケイトーは初めにトロントへ行ったの?

そうですよ。 4年ほど暮らして、それから北極圏に近いイエローナイフの政府でコンピューターの仕事に就いたのですよ。。。で、シルヴィーは1970年に家族と共にモントリオールからも逃げ出したと言う訳?

そうなのよ。。。当時、ケベック州は独立するかもしれない、というウワサが飛び交って、そうなれば独立戦争になるかもしれないと思って家族で決断したのよ。

それでバンクーバーにやって来たわけだ。

違うのよ。。。私以外はバンクーバーにやって来たけれど、私の姉が結婚してラトビアのリガ市に住み始めたので姉の所に厄介になろうと思って出かけたのよ。

マジで。。。? ラトビアのリガ市に行ったの?

そうよ。。。どうしてケイトーはそれほどビックリした顔をするの?

あのねぇ~、実は、僕はラトビアのリガ市からやって来た女性と知り合いになったのですよ。 その事は記事にも書いたよ。


ラトビアからやって来た

イングナさん






イングナさんは、安子さんが経営していた英語学校の生徒の一人だったのでござ~♪~ますか?



そうなのですよう。僕は英語学校の仕事を手伝っていた関係から、イングナさんとも知り合いになったのですよう。

イングナさんがきれいだったのでデンマンさんは、ちょっかいを出したのでござ~♪~ますわね?

やだなあああァ~。。。人聞きの悪い事を言わないでくださいよう。イングナさんのお母さんがブティックを始めたのだけれど、税務が分からないからと言うので安子さんが僕を紹介したのですよう。

それで、イングナさんとは特に親しくしたのでござ~♪~ますか?

そうなのですよう。ソ連崩壊のことには興味があったから、僕は当時の事をずいぶんとイングナさんに尋ねたものですよう。

それで。。。?

一つだけ不思議な事をイングナさんが言ったのですよう。

どのような事を。。。?

手をつなぎあってエストニアから、ラトビア、リトアニアのバルト三国を結んだと言うのですよう。





手をつなぎあって三国を結ぶなんて冗談ならともかく、マジで考えるような事ではないのですよう。不可能ですよう。イングナさんは、まだ英語が充分に話せないので言い間違えたと僕は思ったのですよう。



それで。。。?

「手をつないでデモ行進したと言うのでしょう?」。。。僕は、そ~聞き返したのですよう。でも、手をつないでデモ行進したのではない!3つの国を手をつないで結んだんだと言い張るのですよう。

。。。んで、デンマンさんは納得したのですか?

もちろん、納得できませんよう。「あのねぇ~、3つの国を結ぶって、距離にしてどれくらいあるのォ~?」

イングナさんは、なんと答えたのでござ~♪~ますか?

約600キロメートルあるわ。。。と言うのですよう。。。600キロと言ったら、東京から大阪を越えて神戸を越えて明石の方までですよう。人間が手をつないで東京から明石まで並べるはずがないじゃないかア~!何を寝ぼけた事を言ってるのォ~!

そうしたら。。。?

イングナさんが学校のインターネット・コーナーのところまで僕を連れて行って英語版のウィキペディアを開いて見せたのですよう。


人間の鎖 (Baltic Way)



人間の鎖は別名「バルトの道」といわれ、1989年8月23日当時ソビエト連邦支配下にあったバルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア)の独立運動の一環として行われたデモンストレーション。

およそ200万人が参加して手をつなぎ、3カ国を結び、600キロ以上の人間の鎖を形成した。
このデモンストレーションは、バルト三国のソ連併合を認めたモロトフ・リッベントロップ(独ソ不可侵条約)秘密議定書締結50周年を期して行われ、三国が共通の歴史的運命を共有していることを、国際社会に訴えるために行われた。

背景

旧ソ連ではゴルバチョフ政権のもとでペレストロイカ、グラスノスチが進められ、街頭デモが急増し、市民の支持も集めていた。

1986年、3国のそれぞれの首都で、一握りの人々が集まり抗議行動を行ったが、直ちに警察により解散させられた。
1987年には大規模集会が3国の首都で行われたが、当局者に非難され、逮捕者が出て終わった。

一年後、大規模抗議行動が初めて当局の認可を得て、平和裏に行われた。
この「人間の鎖」の一週間前にはソ連政府も秘密議定書の存在を認めたが、バルト3国が自主的にソビエト連邦に加盟したという点については譲らなかった。

集会の数日前、リトアニアの独立運動組織サユディスの委員会の170人のメンバーが、「ソビエト連邦の政治的、文化的、行政的支配を受けない」独立のリトアニア国家をめざすことを議決した。

抗議

「人間の鎖」は地元の共産党当局によって認可され、鎖が切れないよう、周到に計画された。
例えば、各都市や町には担当の場所が割り当てられ、他の交通手段を持たない参加者には無料バスを提供するよう指示された。
参加者は、現地時間午後7時から15分間手をつないだ。
この集会を調整するため、特別のラジオ放送も行われた。

人間の鎖にどれだけの人が参加したかは報道によって異なる。
翌日のロイター通信によれば、エストニア人70万人、ラトビア人50万人、リトアニア人100万人が参加したと報じている。



ラトビアの首都・リガの旧市街

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


いやァ~~。。。驚きましたよう。僕はマジで知らなかった。

あたくしも知りませんでしたわ。

僕は、これを読んでソ連の崩壊がバルト三国から始まったと言うのも分かるような気がしましたよう。やっぱり、民衆の力ってすごいよう。日本人も見習うべきだよね。




『小百合さんとワーグナー』より
(2009年7月4日)


 (すぐ下のページへ続く)
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by denman705 | 2011-04-29 08:55 | 国際化・グローバル化・国際人

波乱の半生(PART 3 OF 3)




 
波乱の半生(PART 3 OF 3)



あらっ。。。偶然ねぇ。。。私も「人間の鎖」に参加したのよ。 当時、私は小学校の先生をしていたの。



マジで。。。? じゃあ、ラトビア語も話せるんだ。

一生懸命勉強したわよ。

ロシア語に似ている?

ロシア文字じゃなくてアルファベットに近い文字を使っているから、ロシア語を覚えるのよりも簡単だと思うわ。

。。。で、ソ連が崩壊する前にバンクーバーへやって来たわけ?

そうよ。。。1986年から独立運動が表面化するようになって、また動乱でも起こるのじゃないかと思って、私は兄弟が残っているバンクーバーへやって来たと言う訳なのよ。 もう動乱なんてこりごりだったから。。。

。。。で、また小学校の先生をしたの?

いいえ。。。大学に行き直すのが面倒だったからエアカナダのフライトアテンダントになったのよ。

すごいねぇ~。。。シルヴィーの半生は波乱の連続だよね。 つまらない小説を読むよりもシルヴィーの話を聞いている方がよっぽど面白いよ。

あらっ。。。パソコンが使えるらしいわよ。。。司書の人たちが電源を入れ始めているわよ。

やっとかァ。。。でも、シルヴィーの話をもっと聞きたいなあああァ~。。。

また、あとでねぇ。。。


【卑弥子の独り言】



ですってぇ~。。。
想い返せば、あたくしの半生は京都だけに閉じ込められていたようなものでござ~♪~ますわ。
命の危険だけには晒された事がありませんけれど、
なんだか、あまりにも平凡な半生を歩んできたようで、
シルヴィーさんがうらやましいですわ。



“キャ~ 素敵ィ~♪~”





日本も含めて世界中にビートルズの熱狂的な嵐が吹き荒れたのは、あたくしが生まれる以前のことでしたわ。
あたくしの生まれるのも遅すぎてしまって
上の女の子たちのように我を忘れてビートルズに熱狂することができなかったのですわよ。
本当に悲しい半生でござ~♪~ましたわ。

でも、何度も何度もビートルズの夢を見るのですわ。
軽井沢の万平ホテルに行くと
ジョンレノンとあたくしがカフェテラスで会うのでござ~♪~ますう。




滞在中のジョン・レノンは朝9時半ごろ、

このカフェテラスに下りてきたのですよ。

わたしたちに「おはようございます」と

日本語であいさつしたものですわ。

いつも庭に面した一番奥の席にすわって、

他のお客様には背を向けるような格好で

腰掛けていました。

ジョン・レノンのお気に入りは

ローヤルミルクティーでしたわ。



『幸福の谷』より
(2008年4月6日)


あたくしは万平ホテルのカフェテラスでマジでジョン・レノンとローヤルミルクティーをいただいている記憶が鮮明に甦ることがあるのでござ~♪~ますわ。
あなたは信じられないでしょう?
あたくしだって信じられないのですから。。。おほほほほほ。。。

われわれの記憶が、

真実と作りものによって

構成されていることに似ている。

記憶というのは時間とともに

どんどん変化していく。


横尾忠則さんがこのようにおっしゃったのですわ。
とにかく次回も面白くなりそうです。
だから、あなたも読みに戻ってきてくださいましね。
じゃあねぇ。






ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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こんにちは。ジューンです。

ラトビアからやって来たイングナさんの愛犬は

とっても大きなニューファンドランド犬でした。



わたしの愛犬のチワワは

デンマンちゃんという名前です。

もちろんカナダのバンクーバーですから、

“デンマンちゃん”とは呼びません。

デンマン、デンマン、。。。と

呼びすてにするんです。

でも、カナダ人が名前を呼び合うように、

それで充分愛着がこめられていますよ。

そうすると、デンマンさんが

返事をすることがあるんですよね。

全く笑ってしまいます。

「ジューンさん、まぎらわしいから、

チワワの名前を変えたら?」

「デンマンさんこそ、ハンドル名を変えてくださいよ」

「そういうわけにもゆかないよ」

「バークレーを使えばいいじゃないですか?

ロブソンでもいいですよ。

わたしが知っているだけでも、

デンマンさんは4つハンドル名を

持っているのですから、

デンマンを使う必要はないでしょう?」

「たとえ、使わなくしても僕は長いこと

デンマンを使っているから、

ジューンさんに呼ばれれば、

つい返事をしてしまうよ」

というようなわけで、いまだにデンマンさんが

返事をすることがあります。

「もし生まれ変われることができるなら、

今度はジューンさんに可愛がられる

チワワのデンマンに生まれてきたいよ」

今でも、よくふざけてデンマンさんはそう言うんですよ。

でもね、そうなったら、チワワじゃなくて

猫を飼うかもしれません。(笑い)



ところで、小百合さんが面白い記事をまとめて

小百合物語を作りました。

もし、小百合さんの記事をまとめて読みたいならば、

次のリンクをクリックしてくださいね。

■ 『最近の小百合物語 特集』



とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。





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by denman705 | 2011-04-29 08:54 | 国際化・グローバル化・国際人

俗語で食べ物

 
俗語で食べ物



こんにちは。ジューンです。
お元気ですか?

食べ物って英語でなんと言うか、あなただって知っていると思います。

Food

中学生でも知っていますよね。

では、俗語で食べ物の事をなんと言うか知っていますか?

例文をお目にかけますね。




I'm starving.

let's grab some grub.

腹ペコなのよう。

何か食べるものを手に入れようね。


grub

そうなのです。grub を使うのです。
あまり聞いたことが無いでしょう?
「食べ物」と言う意味です。

あなたも、たまには使ってみてくださいね。

どうですか?
英語の俗語って面白いでしょう。

英語は国際語ですよね。
あなたも英語をおさらいしてみませんか?

ええっ? 時間もないしお金もないの?
だったらね、時間がなくてもお金がなくても勉強できる方法を教えますよ。

どうすればいいのかって。。。?
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明日から始めることが出来ますよ。
いろいろなコースがあります。
例えば、科学用語だとか。。。
ビジネス用語だとか。。。
わたしは俗語を選択しています。
あなたも好きなコースを選ぶ事ができますよ。

では、今日のホットな情報に参りますわねぇ。


今日のホットでお得な情報



夢の副業



どう?夢の副業って考えてみた事ある?
あなただってできるのよう。
ネットで始める新しいビジネス!

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在宅ビジネスに注目するのよ。

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可能性に挑戦するのですわよう。
では、幸運を祈っていますね。





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 『あなたもワクワクする新世代のブログ』



■ 『心にジ~ンとくる動物感動物語』

■ 『他人の不幸は蜜の味 (2009年2月23日)』

■ 『漢字馬鹿の恋 (2009年2月25日)』

■ 『馬鹿のモデル (2009年2月27日)』

■ 『漢字馬鹿さん元気?(2009年3月25日)』




おほほほほ。。。

卑弥子でご

ざ~♪~ます。

また、例によって、

出てまいりましたわ。

ええっ?

英語の記事になぜ

出て来たのかって?

あたくしだって、

英語を勉強して

国際的に

活躍したいのでご

ざ~♪~ますわよう。

それで、デンマンさんに言われて、

あたくしも一生懸命に

パソコンを勉強して

少しはITについて

理解し始めているのでござ~♪~ますわ。

そんなわけで、この際ITビジネスを

立ち上げたいのですわよ。

とにかく、どうやったらビジネスを

立ち上げる事ができるのか

やっとそのサイトを探したのですわ。

あなたも興味があったら次のリンクをクリックして

覗いてみてくださいね。

『あなたがビジネスを立ち上げるのに

参考になるサイト』


ええっ?あなたはビジネス始めるよりも

もっと良い仕事に就きたいの?

だったらね、次のリンクをクリックしてみるといいわよ。

『あなたの転職をサポートしてくれる

就職・転職 ガイド』


ところで、あたくしがマスコットギャルをやっている

次のサイトも見てね。

『面白い新しい古代日本史』

気分転換にいかがですか?

興味深い記事がたくさん読めますことよ。

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。バ~♪~イ





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by denman705 | 2011-04-29 08:53 | 英語・英会話

すてきな世界(PART 1)

 
すてきな世界(PART 1)




デンマンさん、お元気ですか?
今、日本は誰もが考えもしなかったような状況になっています。
幸い郷土・埼玉は屈指に値するような風光デンマン媚な土地でない代わりに魔物に襲われるような危険性もありません。この時期にありがたいなあと思います。
今、4月13日(水曜日)15:30ですが小刻みに余震があります。
マグニチュード2か3ですが、慣れてしまって、この方が怖いですね。

実は1月20日にデンマンさんに便箋に2枚ほど手紙を書きました。少し続きがあったので翌日に廻しました。
そのあくる日、勝太郎さんの弟の嫁さんの訃報があって大寒の厳しい中、何回か横浜と鴻巣の間を往復したら、すっかり体調を崩してしまいました。
それで、その時の手紙はそのままになってしまったのです。

3月11日の被災後、行田の芳江さんを案じて一度電話したのですが正造さんが出られて「大丈夫」と言うことだったので私は咳で声が詰まってしまい芳江さんとは直接話はしませんでした。
ちょうど、その頃から微熱に悩まされ、余震の揺れも精神的に追い討ちをかけ診断の結果、気管支肺炎とのこと。
白血球数が 7,300 CRPが 1.18と、3月いっぱいイライラした日が続いていました。

デンマンさんの誕生日の4月4日にバンクーバーへ電話しようかと何度も思いましたが、なにぶん大きな声が出ません。
その時の国際回線の込みようによっては雑音が入ったりして大きな声を出さねばならないので、その事を考えると電話するのを断念してしまいました。

昨日、3度目の検査ではリンパ球も 17から 31になり気分的にも開放に向かっているので、今日になって手紙を書いている次第です。
くどくど症状を書いても仕方のないこと。





私もこの桜の下、4月8日が誕生日です。
慌てずゆっくり歩こうと誓いを立てています。
年を重ねれば健康体でも自然に衰弱してきます。
このことを考えると、芳江(注:デンマンの母親)さんやつねちゃん、犬塚の両親と由子姉さんたちはすごいと思います。
芳江さんより私は22歳若いという頭があるので少しでもお手伝いしようと思いますが、どうも思いどおりにならないのでしょげ返っています。
4月いっぱいおとなしく体を気遣いながら、5月になって体がしっかりしたら行田に出かけてみようと思います。

話は大地震に戻りますが、被災日の3月11日からまともにテレビ報道は見ませんでした。 体に触るといいますか、私のような喘息患者には精神的に良くないそうです。
だから新聞も読めません。テレビは当たり障りのない「世界紀行」とか、「世界街歩き」、それに歴史ものは洋の東西を問わずになんでも見ています。
カナダのことも結構見ました。
そしてラジオは上方漫才とか、落語がいいですね。何と言っても笑えるんだものね。
久しく私から笑いはなかったから笑っている自分が不思議なくらいです。

でも、ここ1週間ぐらいからテレビで地震被害や原発事故を直視できるようになりました。
大きな問題になっている原発事故は、1ヶ月が過ぎましたが今もって埒が開かないようです。
しかし、これからが正念場でしょうね。
日本の知恵の見せ所だと思います。
そのように神に願ってやみません。
それにしても世界はすごいなと思いました。
各国からの支援。 医療関係、救援物資、それに捜索は地上のみか宇宙からも行われています。
私は直接的に支援する立場にはおりませんが世界の心のぬくもりを感じて、こんなにありがたいと思ったことはありません。

以前、ブラットピットの主演映画、題名は忘れましたが、交通事故で死の世界から生還する SF恋愛ものです。
エンディングに流れた音楽が素敵でした。
「きらきら星」、「虹のかなたに」、もう一つが判らない曲。 この曲の名前が知りたくて、やっと突き止めたその名前は"What a wonderful world"でした。
今、私は純粋に生きてきた足跡、そして現在がいい世界だなあと、いろいろな意味でほんとうに、ほんとうに思っている現状です。
上記3曲をポップ調に織り交ぜた曲を近くDVDを借りてもう一度聴こうと思っています。

行田の記事がシリーズで4回朝日新聞に大きく掲載されたのを1月20日に書いた手紙と共に送ろうと思いましたが、手紙は読み返すと面白くないので新聞の切り抜きだけを同封しました。
テレビで秩父鉄道の話があり、その時に東行田駅の近くのフライ屋さんの女主人が映っていたのでその事を書きました。
一度Eメールも送ってみましたが着いたでしょうか?
私はEメールを書くよりも手紙を書くほうが好きです。

いづれにしても、お体に気おつけてお過ごしてください。
また書きます。
では。。。



九条多佳子

2011年4月13日






多佳子さん、元気ですか?
カナダはGOOD Fridayで全国的に休日です。
4月25日の月曜日はEaster Mondayで、この日も全国的に休日です。



つまり、今週末のカナダは全国的なロング・ウィークエンドです。
でも、僕は、月月火水木金金の毎日が続いていますよ。(微笑)

マジで。。。?

これがマジなのですよ。
その証拠があります。



http://blog.livedoor.jp/barclay1720/

上のURLをブラウザの小窓に書き込んでクリックするとライブドアの『徒然ブログ』を見ることができます。
2005年2月から今日まで、ほとんど毎日、少なくとも1つの記事を投稿しています。
すでに4400件の記事が掲載されています。
僕の遺書のつもりなのですよ。

マジで。。。?

まあ。。。半分冗談ですね。(微笑)
夕べ、すぐそこのバンクーバー図書館の分館(Joe Fortes Library)で三島由紀夫が監督・主演した『憂国』(1966年制作)を初めて観ました。



日本で暮らしていた頃から話題になっていた作品だったけれど、これまで観る機会がありませんでした。
あの自決事件はきわめてショッキングでしたね。
三島は気が違ってしまったのではないか?
時代錯誤ではないか?
普通人には、とても出来ない事だ!
いろいろと言われましたが衝撃的な事件だったに違いない!

“いかに生きるか?”
昭和時代に生きる若者には、この事を考えさせてくれる事件だったように思います。
少なくとも、僕にとってあの自決事件は忘れることの出来ない事件です。

江戸川乱歩の残した言葉に「誰でも“今ひとつの世界”を持ちながら生きている」というものがあります。
三島由紀夫の世界は、あの映画を観る限り“至誠”と“葉隠れ”の世界なんですね。



実際、三島は、あの映画の中の主人公のように自決して果ててしまった。
自分の“今ひとつの世界”を現実のものとして死んで描きながら“歴史の一場面”として三島由紀夫は未来の世界に墓標を立てた。
夕べ『憂国』を観ながらしみじみと、そう感じたものです。

僕にとっての“今ひとつの世界”とは「デンマン・シンジケート(Denman Syndicate)」です。
上のカタカナと英文をそのままGOOGLEで検索すると、僕がその事について書いた記事が検索結果にたくさん表示されるはずです。
これまでに5000件近くの記事を書いています。
その中には多佳子さんのことについて書いた記事もあるのですよ。(微笑)



“田園 アランドロン デンマン 熊谷”

“田園 アランドロン デンマン 熊谷”と入れてGOOGLEで検索すると僕の思い出の中の多佳子さんが記事の中に登場します。(爆笑!)
多佳子さんも懐かしく読めると思います。 ぜひ読んでみてください。

もし、気分が滅入った時とか、なかなか寝付かれない時には、次の語句を検索して僕の記事を読んでみてください。



“めれんげ デンマン”



“小百合 デンマン”

二人の女性の名前が登場しますが対談形式で、いろいろな話題について書いた記事が検索結果に表示されるはずです。

三島由紀夫が『憂国』という映画を「今ひとつの世界」として残したように、
僕は“Denman Syndicate”を自分の「今ひとつの世界」として残そうとしているのかもしれません。

ところで、多佳子さんの「今ひとつの世界」とは何でしょうか?
それは、あの北鴻巣の“憩いの家”ではないでしょうか?
4人の子供を育て上げ、克さんを天国に送り出し、多佳子さんが第2の人生を自分のために生きる。
あの北鴻巣の家は、多佳子さんが自己実現のためのプロジェクトを立ち上げる「今ひとつの世界」だと僕には思えるのですよ。(微笑)

お互いに年を重ねましたね?!
でも、これまでの年月の積み重ねを見つめながら、僕は初めて意味のある人生を歩んでいるような充足感を感じ始めているような気がします。
多佳子さんも、今初めて、自分の時間を持って自分のために生きていると感じているのではありませんか!?
僕は今でも20代、30代の気持ちでいるのですよ。
きゃははははは。。。
まだ、20年や30年は死なないような気がします。
僕にとって「死」は子供の頃の「死」のままです。
つまり、気持ちの上では僕は少年の頃のままなのですよ。(爆笑!)

そう言う訳ですから、多佳子さんも我が身を大切にしながら「今ひとつの世界」を思い切り立ち上げてください。
それが本当に生きることになると僕は信じていますよ。

ところで、4月4日に弟から電話がありました。
一瞬ギクリッとしましたよ。
弟から電話をもらうと、いつでもギクッとします。
母親がいつ臨終を迎えてもおかしくないですからね。
でも、その日、弟はすぐにお袋と代わりました。
元気でしたよ。
声を聴く限り、まだ5年や10年は生きながらえそうですよ。いずれ、あの世に行くでしょうけれど母親の存在は、それだけで、こちらも元気付けられるものです。
お袋がいつあの世へ逝ってもいいように、すでに心の準備はしています。
それだけに元気な声を聴くと実にありがたいと感じます。
「神様」が僕に元気を与えてくれるために母親を生かしておいてくれるのではないか?
そのような勝手なことを考えながら、信じてもいない「神様」に感謝したい気持ちが生まれてきます。

実は、僕もアインシュタインのように“スピノザの神”を信じていますよ。
つまり、“自然”こそ神そのものだと。。。
わざわざスピノザを持ち出さなくても、日本には人知を超越した畏敬すべき“神霊”というものがありました。
万物の成り立ちそのものである捉えどころのない“神霊”こそ、日本人にとって“神様”と呼ぶのがふさわしいかもしれません。


テレビで秩父鉄道の話があり、そのとき東行田のフライ屋さんの女主人が映ったのでそのことなどが書いてありました。

- 多佳子






多佳子さんは上のように書いていたけれど、その女主人は「かどや」の102歳になるおばあさんでしょう!?
僕は、あのおばあさんと話したことがありますよ。
そのおばあさんが100歳の頃でした。
「かどや」は行田市観光協会のフライマップに載っている店です。

館林の藤山さん(僕のお客さんの一人)がゼリーフライの旨い店を紹介して欲しい、と言ったので「かどや」を紹介したのです。
その後、館林の藤山さんを訪ねた帰りに秩父線の東行田駅で降りて「かどや」に立ち寄りました。
ゼリーフライと焼きそばをそれぞれ4人前づつ買って実家に持ち帰りました。
僕が子供の頃、ゼリーフライは“銭(ぜに)フライ”と呼ばれていたものですよ。



懐かしい味です。
お袋は焼きそばが旨い、旨いと言って子供のように喜んで食べました。
食べ物を買って帰るとお袋は他の何よりも喜びます。
「かどや」のおばあさんは信じられないほど元気ですよ。
ああいう女性も居るのですよね。
でもねぇ、あの人には“今ひとつの世界”があるのだろうか? あったのだろうか?
ふとそのような疑問が思い浮かびました。
“ゼリーフライ”があのおばあさんの“今ひとつの世界”なのだろうか?
ちょっと信じられないけれど、あの若さを保つことができたのは、間違いなく“今ひとつの世界”を持っていた。。。いや、今でも持っているに違いないと僕は思うのですよ。

そう言う訳ですから、お互いに“今ひとつの世界”を持って寿命が尽きるまで命の炎を、細々といえども、燃やし続けなければならない!
そう思うのですよ。
ただし、三島由紀夫のように“今ひとつの世界”で自決しては駄目だとも思います。

"What a wonderful world"は、僕も素晴らしい曲だと思います。
元気をもらえる曲ですよね。
ルイ・アームストロングの曲を僕は何度も聴いたのものです。
実際、僕はこの曲について2008年に記事を書いています。

http://beaverland.web.fc2.com/music2/world.html


世界はすごいと思いました。
各国からの支援。医療関係、救援物資、それに捜索は地上のみか宇宙からも行われています。
私は直接的に支援する立場にはおりませんが世界の心のぬくもりを感じて、こんなにありがたいと思ったことはありません。

- 多佳子


うん、うん、うん。。。日本を襲った大災害になると世界のキリスト信者のように神を信じている人たちの援助は、無信心者には信じがたいほどの援助の手を差し伸べるものだと不思議に思うことがありますよ。
政治の事では日本はほとんどカナダのニュースに上ることはありませんが3月11日の大災害、福島の原発事故は、さすがにCNNのラジオニュースでも、ほぼ毎日報道しています。
Fukushimaという単語が聞こえない日はないほどです。最近では毎日のようにカナダ赤十字社が義捐金を募集する広告を流しています。



最近、僕のパソコンがダウンしてしまったので、すぐそこのバンクーバー図書館の分館(Joe Fortes Library)でパソコンを使っているのですが、Dianeというイギリス人の知り合いができたのですよ。
その女性もほぼ毎日決まった時間に僕の隣でパソコンを使うのです。
どうやらボランティアで教会関係の資料を作成しているらしい。
「3月20日に私の教会で日本の被害者のためにお祈りを捧げるイベントがあるのだけれど参加しませんか?」
そのような誘いを受けたのだけれど、「あのねぇ、僕はブログを書くのが天の神様から与えられた使命だと思っているので、その時間には記事を投稿しなければならないのですよ。残念ながら参加できません。あしからず。」
そう言って断ってしまいました。
そうしたら、その翌日牧師さんの説教をプリントアウトした紙をわざわざ僕のため持ってきたのですよ。
もちろん、信者を増やすための活動の一つなのでしょう!?

彼女の熱心さと、被災者に手を差し伸べようという真心に感じて、僕もそのような気持ちでブログを書いているのですよ、と知ってもらうために記事を書いたのですよ。
単なる言い訳で“日本の被害者のためにお祈りを捧げるイベント”に出かけなかったのではなくて、僕だって同じような気持ちで記事を書いているのですよ。
僕の“今ひとつの世界”を知ってもらうつもりもあって、次の7つの記事を書いたのです。

 (すぐ下のページへ続く)
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by denman705 | 2011-04-28 08:35 | 国際化・グローバル化・国際人

すてきな世界(PART 2)



 
すてきな世界(PART 2)



http://denman705.wordpress.com/diane/



http://denman705.wordpress.com/diane/i-wish-you-were-there/



http://denman705.wordpress.com/diane/love/



http://denman705.wordpress.com/diane/jane/



http://denman705.wordpress.com/diane/what/



http://denman705.wordpress.com/diane/spiritual/



http://denman705.wordpress.com/diane/nice/


彼女がこれだけ読めば、僕の“使命”を分かってくれるのではないか?
英語で書いたけれど、きれいな写真がたくさん貼り付けてあるので多佳子さんも時間があったら見てください。

現在は、自分のパソコンが使えないので1日おきぐらいに記事を投稿しています。
もちろん日本語で書いてある記事がほとんどです。

http://denman705.wordpress.com/

上のURLをブラウザに入れてクリックすれば僕の最新の記事が読めるはずです。
とにかく、多佳子さんも元気で“今ひとつの世界”を持って頑張ってくださいね。
くれぐれも体に気をつけてルンルン気分で毎日を楽しんでください。
では。。。



デンマン

2011年4月22日(金)

 

【卑弥子の独り言】



ですってぇ~。。。
九条多佳子さんという人はデンマンさんの叔母さまでござ~♪~ますわ。
デンマンさんのお母様の一番年下の妹さんですって。。。
だから、デンマンさんとは年が6つしか離れていないのですわ。
つまり、デンマンさんにとっては従姉のような存在なのでござ~♪~ますう。
これまでにも、何度かデンマンさんの記事に登場しています。

叔母様はブラットピットの主演映画を観たそうですけれど、
あたくしは、やっぱりビートルズの方がいいのでござ~♪~ますわ。
うふふふふふ。。。



“キャ~ 素敵ィ~♪~”





でも、日本も含めて世界中にビートルズの熱狂的な嵐が吹き荒れたのは、あたくしが生まれる以前のことでしたわ。
ところが何度も何度もビートルズを夢で見るようになってから、
軽井沢の万平ホテルに行くと
ジョンレノンとあたくしがカフェテラスで会うのでござ~♪~ますう。




滞在中のジョン・レノンは朝9時半ごろ、

このカフェテラスに下りてきたのですよ。

わたしたちに「おはようございます」と

日本語であいさつしたものですわ。

いつも庭に面した一番奥の席にすわって、

他のお客様には背を向けるような格好で

腰掛けていました。

ジョン・レノンのお気に入りは

ローヤルミルクティーでしたわ。



『幸福の谷』より
(2008年4月6日)


あたくしは万平ホテルのカフェテラスでマジでジョン・レノンとローヤルミルクティーをいただいている記憶が鮮明に甦ることがあるのでござ~♪~ます。
あなたは信じられないでしょう?
あたくしだって信じられないのですから。。。おほほほほほ。。。

われわれの記憶が、

真実と作りものによって

構成されていることに似ている。

記憶というのは時間とともに

どんどん変化していく。


横尾忠則さんが、このようにおっしゃったのでござ~♪~ますわ。
あなたも、そう思いませんか?

とにかく次回も面白くなりそうですう。
だから、あなたも読みに戻ってきてくださいましね。
じゃあねぇ。






ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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こんにちは。ジューンです。

デンマンさんの叔母さんが観た映画は

1992年に製作されたアメリカ映画

“クールワールド”ではないかしら?



アニメーション作家のラルフ・バクシが手掛けた、

実写とアニメの合成映画でした。

全年齢対象であった『ロジャー・ラビット』と違い、

お色気シーンもある作品でした。

キム・ベイシンガーがアニメと実写の奔放で

セクシーなヒロインを演じ、

ブレイク前のブラット・ピットも出演して

話題になりました。

交通事故に遭ったフランク(ピットが演じる)は

“クール・ワールド”に迷い込み、

その世界の捜査官となります。

彼は自らを創造した漫画家とセックスし

人間界で現実化しようとする悪人の企みを

阻止しようとするのです。

きめ細かな背景によりアニメの持つ不思議な世界が

奥行き深く見事に表現されています。

観る値打ちがありました。

日本では未公開でしたが

デンマンさんの叔母さんは

DVDを借りて観たのでしょうか?

ところで、卑弥子さんが面白いサイトを

やっています。

興味があったら、ぜひ次のリンクをクリックして

覗いてみてくださいね。



『あなたのための笑って幸せになれるサイト』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。バーィ





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by denman705 | 2011-04-28 08:34 | 国際化・グローバル化・国際人

パソコン高速化

 
パソコン高速化



こんにちは。ベティーです。
パソコンが重くなったと感じる事はありませんか?

急ぎのメールを書いているときなどに、
パソコンの反応が遅いのは、イライラするというか、ムカつきますよね。
あなただって経験があるでしょう?

もちろん、たくさんのプログラムが同時に走っているとパソコンは重くなりますよね。
そういう時には、他のプログラムを止めにしてメールだけを書けば早く書けます。

でも、それでも重く感じる事ってありますよね。 

たとえば、だいぶ前に買ったパソコン。
起動に時間がかかるし、だんだん動作も重くなってきた。
あなただって、経験した事があるでしょう。

買った当初はとっても早く感じるのよね。
でも、たくさんのプログラムを使い始め、
それと共にハードディスクにも、いろいろなファイルが増えてゆく。。。

気づいたら、買ったときと比べて、パソコンがかなり重く感じる。
あなただって、そのように思ったことってあるでしょう?

元に戻らないの?
買い替えなくちゃいけない?

軽快に動かなくなるのは、パソコン内の不要なものが主な原因です。
パソコンをクリーンな状態にして、新品のときの快適環境を取り戻す方法があります。



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“高速化”する方法』


もちろん、無料ですよ。
登録する必要もありません。

あなたもパソコンをクリーンな状態にして
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そして、スムーズにラクラク、ネットを楽しんでください。
じゃあね。



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■ 『馬鹿のモデル (2009年2月27日)』

■ 『漢字馬鹿さん元気?(2009年3月25日)』




おほほほほ。。。

卑弥子で

ござ~♪~ますわよ。

くどいようですけれど、

また現れましたわ。

実は、あたくしも、

英語を勉強して

2007年の暮れから

2008年のお正月にかけて

バンクーバーへ

行ってきたのですわよ。

その帰りにハワイにも

立ち寄ったのですわよ。

たったの1日だけでしたけれど。

せっかく北米に行ったのに

帰りに常夏のハワイに

寄らないのでは、

損をした気分に

なりますわあ~

そう言う訳で、

レースクイーンになったつもりで

ワイキキビーチを歩いてみたので

ござ~♪~ますわよ。

うしししし。。。

ダサい十二単に開放されて、

ルンルン気分でしたわア。

あなたも安い航空券を手に入れたければ

次のリンクをクリックして探してみてね。

■ 『あなたもお得な旅をして幸せで

豊かな気分になってくださいね。』


いい気分だから、あなたのために

フラダンスを踊ってあげますわね。



ルンルンル~♪~ン

ランランラ~♪~ン

あらさっとォ~。。。

るるルンル~♪~ン

ららランラ~♪~ン

あらよっとォ~


うしししし。。。

でも、あまりバカやると

デンマンさんに叱られてしまうので、

これぐらいにしますわア。うふふふふ。。。

ところでね、あたしが顔を出す

次のサイトもぜひ見てね。

■ 『面白い新しい古代日本史』

あたくしは、このサイトで

マスコットギャルを勤めているので

ござ~♪~ますのよ。うしししし。。。

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあ、バ~♪~イ。





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by denman705 | 2011-04-28 08:34 | パソコン・コンピューター